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「一体どういったご用件ですか?」
彼女は笑みさえ含んだ声で格好も年齢もバラバラな6人の男達に問い掛けた。勘付かれたことに驚いてか、男達は一旦2人から離れる。学生服を着た20代と思しき青年がチッと舌打ちをしながら佐保里を見た。
「なんだ、てめぇは」
「質問したのはこっちですよ」
佐保里はあくまで落ち着いた様子で答えるが、るうかの方はそうもいかない。佐保里が言った「プロ」というのは一体どういう意味だろうか。何となく想像はつくが、それは彼女のような一般人が人生において最も関わりたくないタイプの人種であろうことは明らかだった。故にるうかの思考はいやいやまさかとその可能性を否定しにかかる。しかしそれが儚い楽観であろうことも容易に想像できた。
スーツを着た30代程度の男性が学生服の青年を牽制するように彼の前に出ながら佐保里へと視線を向け、まずは軽く一礼する。
「失礼。若い奴はまだあまりこの界隈のことをよく知らないもので」
「それは仕方がないですけれど、まずは質問に答えてくださいな」
にっこりと微笑んだ佐保里に対してスーツの男はわずかに眉を動かしながらも落ち着いた様子で口を開く。
「我々が用があるのは貴女ではなく、そちらのお嬢さんです」
鋭い瞳がるうかを捉え、佐保里がすっとるうかの前に出てその視線を遮る。
「どういったご用件ですか、と私は聞いたんです」
ぞくりとするような妖艶な声音で、佐保里はあくまでたおやかに微笑みながら男達を威嚇した。スーツの男の身体がわずかに後ろへ押されたように下がる。それでも彼は何とか踏みとどまり、ほんの少しだけ唇を震わせながら言った。
「申し訳ない。では単刀直入にいきましょう。落石佐羽をご存知ですね? 彼の連絡先を教えていただきたい」
「あら、悪名高い寅札会の方々がたかが大学生1人の連絡先を知るためにわざわざ大勢で1人の女の子に近付いたと? 随分大袈裟ですね」
佐保里は何でもないことのように言ったが、るうかはびくりを身をすくませる。やはりそうだ。彼らはいわゆる堅気の人間ではないのだ。
「大体……落石くんの連絡先くらいそちらでご存知じゃないんですか?」
首を傾げながら佐保里が尋ねると、先程の学生服の男が「うるっせぇんだよ」と吐き捨てる。
「何なんだてめぇ、ごちゃごちゃ抜かしやがって。ちゃっちゃと聞かれたことにだけ答えろよ、このアマ!」
「おい、黙れ」
ごっ、とスーツの男が学生服の男の胸を強く突いた。学生服の男はぐっと呻きながらも一瞬だけスーツの男を睨む。スーツの男はそれを無視して改めて佐保里へと向き直った。
「失礼」
「構わないですよ、私のことは後でちゃんと教えておいてもらえれば。それで、落石くんの連絡先でしたね。大方、そちらで把握していた番号にかけても繋がらなくなった……といったところでしょう。彼はいくつもの連絡手段を使い分けていますからね。でも、どうしてこの子のところに?」
「これを」
佐保里の問い掛けに対してスーツの男は折り畳んだ数枚の紙を上着の内ポケットから取り出した。彼が開いてみせたそれは今朝るうかの教室の黒板に貼られていたのと全く同じ写真を印刷したものだった。
なるほど、と佐保里が頷く。
「そちらにまで出回っていたんですね」
「ええ、よほど落石佐羽に恨みのある人間がばら撒いたのでしょう。昨夜からネット上に流れていたものをうちの者が見付けました。もっとも、今朝までにはほぼ削除されていたようですが」
「そうなると落石くん自身がその画像を見たために警戒して連絡を絶ったということも充分に考えられますね」
「そういうことなのでしょう。しかしそれで我々が引き下がると思ったら大間違いです」
スーツの男の瞳が剣呑な光を帯びる。およそこの世界での生活ではお目にかかることのできない程に殺意を孕んだその視線にるうかは息を呑んだ。佐羽は一体彼らとどういう関係にあるというのだろうか。そして佐保里は何故このような男と対等に話をすることができるのだろうか。
知ってはいけない事実が隠されている気がして、るうかは今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。何しろこちらの世界ではるうかはただの女子高生で、何の武力も権力もないのだ。勇者の怪力で切り抜けることのできる向こうの世界とは訳が違う。しかし逃げ出そうにも周囲を囲まれていてはそうもいかない。
震えるるうかに佐保里がそっと「大丈夫ですよ」と優しく声を掛ける。そして彼女は改めてスーツの男に向き直った。
「彼女は落石くんと大層な関係にあるわけではないですよ。ただ、落石くんのお友達のお友達、ということで面識があるだけです。ですから彼女を脅しても無駄ですよ」
「その割には随分と親しそうに写っているようですが」
男は写真を見ながら言い、佐保里は困ったように笑う。
「放っておけなかったんでしょう。写真では分かりづらいですけれど、そのとき落石くんは背中を刺されています。被害届などは出していないみたいですけど、それで今日も大学を休んでいます。彼女はとても優しい普通の女の子ですからね。怪我をした知り合いをそのまま見捨てるなんてできなかったんですよ」
「なるほど、それはこちらも持っていない情報でした。感謝します」
「いえいえ」
ところで、と佐保里はわずかに首を傾げながら男達を見やる。
「一応確認しておきたいのですけれど、落石くんの連絡先を知ってどうするつもりなんですか?」
するとこれまで素直に佐保里と会話していたスーツの男が急に黙りこくり、代わりに40代に見える男が小さく溜め息をつきながら前に出てきた。知らない方がいい、と彼は低い声で言う。
「……と言って引き下がるあんたではないな」
「ええ」
「だが、そっちのお嬢さんは堅気だ。もし代わりにあんたが交渉に乗ってくれるっていうんなら、お嬢さんにはお帰りいただこう」
「そうですね、その方が私としても安心です」
そう言うと佐保里はるうかの方へと振り返り、にっこりと笑ってみせた。それは本当にるうかを安心させようとしているようで、それでいてやはりどこか危険なものを含んだ笑顔だった。
「そういうわけで、私はこれからこの怖いおじさま達と少しお話をしなくてはいけなくなりました。るうかさん、1人で帰れますか?」
「えっ……あの、佐保里さん。落石さんの連絡先とかって……」
るうかは佐羽の身の危険を感じて言い募ろうとしたが、その唇は佐保里の人差し指によってそっと塞がれてしまう。
「関わり合いにならない方が身のためですよ」
「そうだ、お嬢さん。俺達も堅気のお嬢さんを巻き込みたくはないんでな、ここは大人しく下がってもらえると助かる」
40代の男がそう言いながらそっと上着のポケットに手を入れた。それを見た佐保里がすぐさまハンドバッグの中の手を外に出す。そこには夕日を反射してぎらりと閃く鋭利なナイフがあった。
「早いぞ、姉さん」
「すみません、この子に何かあっては一大事ですから」
微笑みながらナイフをちらつかせる佐保里を前に、男はポケットから何も持っていない手を出した。佐保里もナイフをバッグに戻す。るうかはもうほとんど何も考えられなくなった頭でそれらの光景をただ見ていた。40代の男が学生服の男に向かって顎をしゃくる。
「おい、お嬢さんを駅まで送って差し上げろ」
「は、はぁ?」
「文句があるのか」
学生服の男は非常に不服そうに、不可解そうに40代の男を睨んだが、逆に凄まれてうっと身を引く。そしてゆっくりとるうかのところまで近付いてくると、彼は不機嫌そうな顔はそのままにぐいとるうかの腕を引いた。その動作は乱暴で、るうかは思わず声を上げる。
「痛っ」
瞬間、学生服の男がぐうっと呻いた。見れば彼の脇腹に佐保里がいつの間にか取り出したナイフが深々と突き刺さっている。周囲の男達が一瞬色めき立つが、40代の男が彼らを牽制した。学生服の男はるうかから手を離してその場に膝をつく。佐保里は彼を冷たい目で見下ろしながら周囲の男達に向かって言った。
「いくら何でも、手下の教育がなっていないんじゃないですか?」
「……すまない。が、こっちもお嬢さんのエスコートなんざ縁のない奴らばかりでな」
「言い訳は結構です」
佐保里の声は冷たく、その微笑みにはぞっとするような殺意が揺らめいて浮かんでいる。男達もそれを感じたのだろう。未だにその場にうずくまったままでいた学生服の男を無理矢理引きずって立たせると、近くの道路に叩きつけるようにして転がした。それから改めてスーツの男が前に出て、るうかへと視線を送る。
「失礼しました。始末はこちらでつけますので、お嬢さんは私がお送りしましょう」
「えっ……」
「もしものことがあっては我々の面子が立ちませんので」
そう言うとスーツの男はそっとるうかの背を押してその場から遠ざけるようにして歩き出す。るうかは思わず振り返って佐保里の名を呼んだが、彼女は振り返りもしなかった。スーツの男が言う。
「これからも平穏な生活を送りたいのなら、大人しく言うことを聞いてください」
「……あなた、達は……」
「私は双沖暢一といいます。もし何かあったときはこれを」
スーツの男、双沖はポケットから名刺を取り出すとそれをるうかの手に握らせた。そしてそれ以降は一言も言葉を発することなく地下鉄駅までるうかを送り、それから挨拶もないまま去っていったのだった。
執筆日2014/02/05




