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後編(憚ること勿れ)

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**********


ハリセンの引き寄せと同時に小屋は爆発した。ダークグレーの煙が結界の周りを舐めるように這い回っている。

煙の向こうから、緑色の棒が見えた。否、緑色の毛皮。長い耳だ。拳闘兎。しかも1体だけではない。

8体もの拳闘兎が召喚されていた。

拳闘兎共の一斉攻撃を受けた2人は散開した。


爆発時に何か燃えたのか、一面に焦げ臭さが漂っていた。火事にならなかったのは不幸中の幸いだ。

辺りには木の残骸が散らばっている。かつて丸太小屋を構成していたモノだったが、ブービートラップが作動し、木っ端微塵に爆発したため、ただの木片となってしまったのだ。リーザの結界がなければ、特異体質といえどタダでは済まなかっただろう。




重い右ストレートをかわすと、デヴィッドは拳闘兎の腹部目掛け、力に任せてハリセンを打ち込んだ。拳闘兎は呻き声を上げながら吹っ飛び、近くの木に衝突した。拳闘兎は内臓液を吐き、その場で崩れ落ちた。


「ったく、両方作動するだなんて、どんなトラップだよ!?しかもランクAってどういうこった!」


デヴィッドは拳闘兎の死に物狂いの体当たりをかわし、背中に思いきり蹴りを入れながら怒鳴った。昏倒するのを横目に見ながら、別の拳闘兎がファイティングポーズをとっているのを確認し、体勢を整える。


「詐欺栗鼠なんだから、私が確認してきたトラップも詐欺だったってことでしょ!」


分かったような分からないような説明をしたのはリーザだった。プラチナ製のスリングショットに小石をつがえ、ファイティングポーズをとった拳闘兎の眉間におみまいする。放たれた小石が眉間を鋭く直撃すると、拳闘兎は泡を吹きながら倒れた。


「あと何体だ!」


デヴィッドは拳闘兎のアッパーカットを紙一重で避けると、ハリセンを水平に薙ぎ払った。ハリセンは無防備になった拳闘兎の脇腹を正確にとらえ、ものの見事にダウンさせた。


「こっちはあと2体!」


リーザのスリングショットから2つ、立て続けに高速の軌跡が走った。2つの軌跡は、デヴィッドの背後に近づいた拳闘兎の目と足の両方に、「背後をとるなら覚悟しろ」という手痛い教訓を叩き込んだ。これで残るは1体。


「これであと1体!そっちは!」


「あと2体だ!」


叫びながらデヴィッドは、ハリセンをひろげた。ハリセンは盾になって拳闘兎の左フックを防いだ。拳闘兎の前脚は直角に曲がり、凄まじい悲鳴が辺りを満たした。

その隙にデヴィッドはその拳闘兎の後脚を掴むと、その拳闘兎をフルスイングした。

スイングした先には、もう1体の拳闘兎が目を丸くしていて立ち竦んでいた。デヴィッドはそのまま拳闘兎同士を激突させた。ついでに手も離す。

2体の拳闘兎は、10メト(10m)ほど空中を飛び、放物線を描いて地面に激突した。


「相変わらず、すっごい力ねぇ」


最後の1体の眉間にスリングショットを撃って倒したリーザは、しきりに感心していた。


「お前に言われたかねぇよ。あの宿舎のドア、修繕にいくらかかったと思ってやがる…」


デヴィッドは手や服についた埃を払うと、ハリセンを握り直した。


「さぁて、親玉ん所行こうぜ。居場所はどの辺だ?」


リーザも戦闘で乱れた服を整えた。こういう仕草を見ると、デヴィッドを上回る怪力の持ち主とは俄かに信じ難い、普通の、ちょっとばかりやせぎすの女性である。


「ああ、アイツらは……あっちみたいね」


「よし、行くか」


リーザが指差した方向へ向かってデヴィッドはスタスタ歩きだした。先ほどまでの闘気は隠れ、冷静なデヴィッドに戻っている。

さっきの戦闘は、デヴィッドにとって鬱憤ばらしになったようだ。

リーザはちょっと苦笑すると、早足で追いかけた。






**********


マルコは爪を噛み、アイシャはオロオロと狼狽えていた。


「捕縛道具は見つかったのか?」


木の枝から2人を見下ろしているのは、黒い毛並みに紫色の目をした栗鼠…詐欺栗鼠だった。大好物であるドングリの実を頬袋いっぱいに詰めていたが、気分は最低だった。

詐欺栗鼠は、2人の人間が思っていたより役に立たなかった事に怒り狂っていた。


自分達魔獣を戒める、捕獲人共の捕縛道具。

これさえなければ、自分も同胞も安心して夜眠れる。粉々にしなければならない。それが叶わない場合は、地中深く埋めなければならない。最初はそう思っていた。

だがある日、別の考えが浮かんだ。魔獣を捕縛することができるのであれば、人間も捕縛できるのではないか、と。

試しに、のこのこやって来た捕獲人共を逆に捕え、いろいろ実験してやった。

すると、面白いことが分かった。


捕縛道具は、通常は武器形態に変えていること。


武器形態又は捕縛道具に変化させることができるのは持ち主だけであること。


捕縛道具の状態で持ち主が死んだ場合に限り、他者のものにできること。その時は、自分の魔力を捕縛道具へ注ぐ必要があること。


更に気分が良くなることも分かった。魔獣自身が捕縛道具を使うことはできないが、魔獣に憑かれた人間は使えるのだ。

とても愉快になったので、実験に使った捕獲人共を手下の魔獣達の餌としてくれてやった。




同属であるはずの人間が魔獣の手先であると分かったら。

ましてや自分達にとって心強いはずの捕縛道具で捕えられた時や、それを知った人間共の顔は、さぞや見物だろうて。


そんな笑いが止まらない想像を具体的な計画に移そうとした時に会ったのが、この夫妻だった。夫妻が捕獲人相手の詐欺を練っている所に出くわしたのだ。

そして、この夫妻をうまく手下に引きずりこんだ。捕獲人は魔獣の気配や匂いに敏感だが、人間相手ならば、油断も生じる。それを狙った。


だが、現状はどうだ。

計画では、今、手にあるはずだった捕縛道具は欠片さえもない。


一度は手に入れたはずだった。

だが事もあろうに、捕縛道具は武器形態のままだった。捕縛道具に変化させることができるのは持ち主だけだから、武器形態のそれを取り上げた上で、眠ってしまった捕獲人を起こせと命じた。

しかし本人は1週間昏睡状態になっているという。そんなアホなことがあるかと憤慨し、いろいろ試させたが、結局目覚めなかった。全く忌々しい!

やっと目覚めたので変化させようと夫婦に貸してやれば、小屋へ移動している途中で忽然と消えたと報告してきた。


全く、これなら拳闘兎共の方がよほど使える。ヤツらは、攻撃に長けている武闘派魔獣だからだな。

それに比べて、こいつらは…命令された事もできんとは。

まあいい。これが終わったら、拳闘兎共に餌としてくれてやる。




詐欺栗鼠は、役に立たない人間共を見下ろした。紫の目に怒りの炎が垣間見える。


「さっき、あっちから爆発音が聞こえてきたろうが。その方向にいるはずだ。行って捜してこい!ここまで連れてくるんだ!消えたという捕縛道具も、きっと持っている!」


詐欺栗鼠が、本来持っている魔獣の凶暴さを剥き出しにした。

あの爆発音がブービートラップが作動した結果だという事は、夫婦にも分かっていた。だが。


「も、もういや!命の方が大事よぉ!」


「なんだと?!」


詐欺栗鼠がすごむと、アイシャが小さな悲鳴をあげた。


「だ、だって、あの男は縛っていたのよ。だから、あの男は何もできないはずなのに。で、でも、あの小屋の近くには、召喚された魔獣が倒れていたわ。そ、それに、あのトラップを抜ける人間がいるなんて…誰かが……そうよ、仲間の捕獲人が、あの男を助けに来たのよ!そんな奴に敵いっこない!」


アイシャは自分で話していくうちに興奮したらしく、最後は悲鳴混じりになっていた。だが、詐欺栗鼠は嘲笑した。


「捕縛道具が2つも手に入る良い機会だ。いいからさっさと行け。丸め込むのは得意だろうが」


「そんな?!」


アイシャの顔が絶望の色に染まった。このタイミングで手を引かなければ、自分達はもうおしまいだ。アイシャの足は、ジリジリと詐欺栗鼠から遠ざかろうとしていた。

詐欺栗鼠の目が細まる。

恐怖、理性、生存本能が三竦み状態となっていたが、詐欺栗鼠の目がアイシャの目を見た瞬間、バランスが崩れ、生存本能がアイシャを支配した。アイシャは180度方向転換し、この場から全力で逃げ出そうとした。

そんなアイシャの腕を捕らえたのは…マルコだった。


「マルコ?!離してよぉ!!」


アイシャは必死でもがいた。マルコは悲しそうにアイシャを見つめた。


詐欺栗鼠と組んで…手下になってという方がより正確な事実表現かもしれない…、から、マルコとアイシャは、しばしば魔獣の恐ろしさを目の当たりにしていた。彼らが物理的危害を加えられることはなかったが、緑色の大きな兎がたった1羽で、しかも素手で、武器を持ったAランクの捕獲人3人を一方的に嬲り殺しにするところを見せられた。

しかも、そんな恐ろしい緑の兎を、体格が兎の3分の1しかない詐欺栗鼠が一撃で殺すところも、己の得意武器を持った屈強なSランクの捕獲人7人を一方的に嬲り殺すところも見せられた。


「アイシャ。今は詐欺栗鼠様が仰るとおりにしよう。このままだと、僕達が先に殺されちゃうよ?」


マルコは詐欺栗鼠の恐ろしさを知っているからこそ詐欺栗鼠の言いなりになろうとしている。逆にアイシャは、恐ろしいからこそ逃げだそうとしている。

アイシャは駄々をこねる子供のようにイヤイヤをした。マルコの手に力が篭もると、アイシャは痛みのあまり泣きだした。


「やだぁ!!マルコ?!痛いっ!!」






「ちょっと待ったマルコ!アイシャは奥さんなんでしょ?もっと優しくしてあげなさいよ!」


「…近くで喚くな。鼓膜が破れるだろうが」


「喚かなきゃ、アイシャを五体満足でこっちに戻せないじゃない!アイツらを痛めつけていいのは私達だけなのよ!」


「その気持ちは分かるけどな。結果がおんなじだから、細かいプロセスは気にしなくてもいいんじゃねぇのか」


「よくないわよ!"ぶちのめし権利"を横取りされるなんてお断りなんだから!」


「わーったよ。じゃ、詐欺栗鼠とアイシャはお前な。で、マルコは俺。それでいいよな?」




いつの間にか、詐欺栗鼠と人間2人の所へ捕獲人達が来ていた。




詐欺栗鼠はぽかんと口を開けた。そのはずみで、頬袋の中のドングリが4個こぼれ落ちた。

マルコは目を見張った。アイシャを掴んでいた手が緩み、指が離れた。

アイシャは自分が無事でいられるかどうかが分からなくなり、更にパニック状態に追い込まれた。




リーザが、詐欺栗鼠、マルコ、アイシャが自分達を見ていることに気づいた。


「……げふんげふん」


1つ咳払いをすると、リーザは電光石火の速さでスリングショットの照準を詐欺栗鼠に合わせた。このまま発射すれば詐欺栗鼠の門歯を射抜く、という照準に。


「人化はしていないようだけど、人間の言語は理解できてるわよね、詐欺栗鼠。とりあえず、そこから下に降りてきなさい」


詐欺栗鼠は頬袋からドングリを1個取り出すと、鑿のような門歯でそれを齧った。


「このとおり食事中だ。食事中に席を離れるのはマナー違反だろう。お断りするよ」


ケケケ、と詐欺栗鼠は耳障りな声を上げた。リーザは挑発に乗らず、デヴィッドに視線を流した。


「ですってよ、デヴィッド。魔法は使えないし、今日はあんたの独壇場かしらね」


「…ま、フォロー頼むわ」


リーザからほとんど丸投げされたことに気を悪くする様子もなく、デヴィッドはハリセンを肩に乗せた。焦点を詐欺栗鼠に合わせる。

デヴィッドは重心を落として構えると、前方へダッシュした。詐欺栗鼠がいる木の隣の木まで瞬く間に到達すると、幹を足掛かりにして跳躍した。跳躍先は詐欺栗鼠が乗っかっている木の枝である。デヴィッドは詐欺栗鼠目掛けてハリセンを斜めに振り上げた。

だが、詐欺栗鼠は余裕で打撃をよけると、別の木の枝に飛び移った。

ハリセンをよけられたデヴィッドは、そのまま詐欺栗鼠がいた枝に乗った。しかし、デヴィッドの重みに耐えきれず、枝は折れた。予想の範疇だったのか、特に慌てもせずデヴィッドは綺麗に着地した。乗っていた木の枝は根元に落ちた。


詐欺栗鼠は前脚を合わせて叩いた。


「スピードも攻撃力も申し分ないな。おまけに、拳闘兎共に攻撃されたはずなのに傷一つ負ってない。以前の人間共とは一味も二味も違う。いやあ、見事、見事」


どうやら拍手しているつもりらしい。「そりゃどうも」とデヴィッドは気のない返事をしながら詐欺栗鼠を涼しい目で見た。リーザはリーザで「魔獣が人間を褒めるなんて世も末だわ」と嘆いている。


「ケケケ、どうする?どうやって捕まえるつもりか?」


それに答えたのはリーザだった。無言のまま、詐欺栗鼠へスリングショットを発射する。


スリングショットから放たれたソレは、ゆっくりと弧を描いて詐欺栗鼠に落ちてきた。詐欺栗鼠はよけようと思ったが、本能が何かを告げたので、反射的にソレを前脚で受け取った。


ソレは、ぷくぷくに実ったドングリだった。頬袋に入っているどのドングリよりもいい香りがして、ずっしりと重みがある。


随分うまそうなドングリだな。


詐欺栗鼠の目が輝いた。


と同時に、詐欺栗鼠は後頭部に凄まじい衝撃を受けた。目からいくつもの星が飛びだし、キラキラと宙を舞う。

前脚にあったドングリが落ち、頬袋に詰めていたドングリは雪崩のように詐欺栗鼠の口からこぼれた。

いかん、こぼれる…!

しかし詐欺栗鼠はどうすることもできなかった。意識が急速に遠のく。

木の枝に乗っていることができず体が傾いだ。そのまま一直線に地面に激突し、後頭部に受けたものとは違った種類の衝撃が全身を襲った。




「こんな初歩的な手に引っかかるなんて、世の中分かんないわね」


リーザは毒気を抜かれて、うつ伏せに倒れている詐欺栗鼠を見下ろした。


「食い気には逆らえなかったんだろうよ。単純なのが却って良かったんだろうな」


巨漢に似合わない跳躍を見せ、詐欺栗鼠へ渾身のハリセン攻撃を放ったデヴィッドは、閉じたハリセンの先で詐欺栗鼠を地面へ押さえ込み、抵抗を封じた。


詐欺栗鼠のようなタイプの魔獣は、デヴィッドのような巨躯の持ち主が敏捷性や跳躍力に乏しい傾向があることを知っている。それを想定した上で、デヴィッドは最初の攻撃を繰り出した。案の定、詐欺栗鼠に油断が生じた。そこに更に、リーザが超古典的な方法で一杯食わせたのだ。

デヴィッドは腕力だけでなく、敏捷性も跳躍力も、他の捕獲人達を遥かに凌駕している。鍛えることも怠ったことがない。

だからこそ長い間、捕獲人として最前線に立ち続けていられるのである。そしてそれは、リーザにも当てはまることだった。


しかし、2人の足下で転がっている詐欺栗鼠がそんな捕獲人達の継続的な努力を知る機会は、もう永遠になかった。






**********


ハリセンを鉄の縄…捕縛道具に変化させると、デヴィッドは詐欺栗鼠をぐるぐる巻きにした。縄の端を持って、適当に腰を下ろす。

リーザは服のポケットから魔法通信機を出すと、どこかへかけて話し始めた。

そしてマルコ・アイシャ夫妻は、そんな2人を、魂が抜けたような状態で見つめていた。


あの、あの詐欺栗鼠を、たったの数分で倒した…。

Sランクの捕獲人7人がかりでさえ歯が立たなかったのに、たった、2人で…。

たったの一撃で!


神様。

このヒト達は、本当に人間デスカ?




「……そうよ、本当よ。鑑定は嘘。で、現場にいたのは、詐欺栗鼠と拳闘兎共…………まあ、デヴィッドが一緒だったからやっつけられたのよ…………は?こっちは多勢に無勢だったのよ、捕獲の余裕なんてあるはずないでしょ!………え、なんか言った?………え、依頼人達?ここにいるわよ」


依頼人達、という言葉とリーザの絶対零度の視線に気づいたマルコ・アイシャ夫妻は、虚脱状態からたちまち元に戻ると、手に手を取って、一目散に逃げだした。

リーザは腰に戻していたスリングショットを手に持つと魔力を流した。魔力を流されたプラチナ製のスリングショットは、プラチナ製のブレスレットに変化した。ブレスレットには、細い銀の鎖がついている。


リーザは片手で魔法通信機を持ったまま、ブレスレットを夫婦に向けて放り投げた。銀の鎖の端っこは、しっかりと手に握っている。

プラチナのブレスレットは優雅に舞い上がり、逃走している夫婦を目指して追っていく。ブレスレットが夫婦の頭上に到達した瞬間、ブレスレットから環状の光が現れて夫婦を囲んだ。


「なに?!」


夫婦が異口同音に疑問詞を発した。だが、そんな夫婦におかまいなく、環状の光は螺旋を描きながら窄まり2人を拘束した。拘束は最初は視覚的なものだけだったが、いつの間にか触覚的にも戒められていることにマルコ・アイシャ夫妻は気づいた。

先日2人が訪れた組合に置いてあった2000ページの魔獣図鑑。それと同じくらいの厚みを持ったプラチナの輪が2人を締めつけていたのだ。

マルコ・アイシャ夫妻は驚く間も与えられないまま、リーザに捕まった。


「………はいはい、聞いてるから大声出さないで……ん?ああ、ちょっとね、なんでもないわ………ううん、殺すのはいつでもできるから捕獲しただけよ………デヴィッドが捕獲してるわよ………はい、ちょっと待ってね」


リーザは魔法通信機を顔から離し、デヴィッドの所へ歩いた。通話状態のままでデヴィッドへ差し出す。


「ホワンが、簡単でいいから直接事情を聞きたいって」


デヴィッドは頷くと魔法通信機を受け取り通話を再開した。リーザは、さっきまでデヴィッドがやっていたように、詐欺栗鼠とマルコ・アイシャ夫妻の両方を監視し始めた。


「お疲れ〜……そう、鑑定対象の魔獣はいなかった……仕方ねえだろ、魔獣共の方が先に襲ってきやがったんだ………どうも詐欺栗鼠がリーダーで、拳闘兎共がその手下って感じだった。まあ、調べりゃ分かるだろ……いや、依頼人夫妻はグルみてぇだ…あぁ?依頼人へのペナルティ?」


デヴィッドが夫婦にチラリと視線をよこした。

ランクAとSの魔獣を倒した捕獲人の殺気は半端ない。2人は縮み上がってガタガタ震え始め…マルコは派手に、アイシャはこっそり失禁してしまった。


「………はぁ?そんなことしねぇよ、犯罪になるだろが………しつこいな、危害は加えねぇって……リーザはもういいのか?…分かった、じゃ、あとは事務所でな」


デヴィッドは通信を終えると、リーザにポンと魔法通信機を投げた。リーザは器用に片手でキャッチし、元の場所に納める。組合の庶務職員が絶叫を放つであろう非常にぞんざいな扱いだったが、2人は手慣れたものだった。


「さ、帰りましょうか…あ、この2人へのお仕置き、どうする?」


リーザがマルコ・アイシャ夫妻に侮蔑の視線を送ると、2人は精神的にも硬直状態になった。そんな2人にデヴィッドは、凶悪犯も裸足で逃げだしそうな笑顔をプレゼントしてやった。


「当然やるよ。後悔先に立たずって意味を、たぁっぷり、骨身に刻んでやるって、約束したもんなぁ?」


デヴィッドはわざとゆっくり、一語一語を丁寧に発音した。効果は十分で、アイシャは立ったまま気絶し、マルコは半べそ状態におちいった。


「……ぼっ、僕達に危害を加えたら、お前ら、重犯罪人になるぞっ!?…そうだよ、お前らが手出しできるはずないっ!はは…ハッタリは通じないぞっ!?」


マルコは体の震えと戦いながら、半狂乱になって抗弁した。この期に及んで口答えできるあたり、いっそ天晴れなド根性といえる。

だが、捕獲人達から凶悪な微笑みとオーラが消えることはなかった。








**********


偽鑑定依頼事件から10日後。

魔獣捕獲組合エイド支部の職員用出入口から、デヴィッドとリーザが出てきた。リーザの手には新しい捕獲依頼の写しがある。この依頼を受けるかどうかを今から2人で話し合い、承諾するか拒否するかを組合に対して正式に回答するのだ。回答期限は明日の10時である。

都会でもない田舎でもないエイドの町の大通りを、2人は急ぐでもなくのんびりするでもなく歩いていた。




先に口を開いたのはリーザだった。


「ホワンがしつこく聞いてきたわ。あの2人に何したんだ〜って。デヴィッドの方はどうだった?」


あの2人とは、マルコ・アイシャ夫妻である。デヴィッドはこめかみをかいた。


「あぁ。俺にも聞いてきたぜ。あの詐欺師夫婦、キッチリ反省はしてるようだな…ま、そうでなくちゃ困る」


「そうよね」


先日の簡易報告でも今日も、ホワンに言ったとおり、デヴィッドとリーザは、確かにあの2人には危害を加えなかった。デヴィッドとリーザがしたのは、ず〜っと詐欺栗鼠の捕縛を緩めたまま、ず〜っと夫妻の目と鼻の先の距離に置いていた事くらいであった。


詐欺栗鼠はさすがにランクSの魔獣だけあって、しばらくしたら正気に戻った。

デヴィッド達との力量の差を知った詐欺栗鼠は、マルコ・アイシャ夫妻に対して、前脚と後脚と口を使って殺人的な八つ当たりを始めた。殴る、蹴る、噛み付く、叩く、踏みつける…一撃必殺のそれらを飽きることなく繰り返した。

そしてそれらを全て、デヴィッドはわざと"辛うじて"防いでやっていた。捕縛道具の鉄の縄の長さを微調整することで、詐欺栗鼠の攻撃を夫妻の目前1ミリメト(1mm)で止めていたのである。

一方リーザは、マルコ・アイシャが攻撃を受ける瞬間に目を閉じることを魔法で禁じていた。

つまり、マルコ・アイシャ夫妻は、連行される間、四六時中、詐欺栗鼠の攻撃と死の恐怖に晒されていたのである。




「アレを見られたのは予定外だったけどね。私達の名前が出るたびに、アイツらは化物だって叫んでるそうよ」


デヴィッドの眉が少しだけ上がった。


「バケモン、ねぇ…そいつは聞いてなかったな。でも、誰も信じちゃいねえだろ?」


「うん。誰も本気で取り合ってないみたいね…ったく、失礼しちゃうわ、人のことを化物だなんて」


マルコ・アイシャ夫妻が2人を化物呼ばわりする原因は、2人の戦闘訓練に端を発していた。

組合への連行途中でデヴィッドとリーザは、互いを仮想敵とした戦闘訓練を毎日一定の時間行っていた。その時の様子を、たまたま夫妻に目撃されたのである。

夫妻が目撃したのは、大剣を使った戦闘訓練だった。詐欺栗鼠がうたた寝している時に目に映ったらしい。


彼らはなんとはなしに2人の訓練を眺めていた。そのうち「あっ」という出来事が起こった。

訓練であるにも関わらず、デヴィッドはリーザの怪力任せの攻撃に一瞬我を忘れ、全力で反撃したのである。

それをよけきれなかったリーザが、左腕に、骨が見えるほどの大きな裂傷を負ったのだ。


鮮血が飛散し、リーザが片膝をついた。デヴィッドが傍に寄り、同じように膝をついてリーザの顔を覗き込んだ。


『すまんリーザ、手加減できなかった』

『ん、へ〜き…ちょっと、痛いけど』


ソレはちょっと痛いってレベルか?!夫妻は内心で激しくツッコミを入れていた。

だが、更にツッコミを入れたくなる現象が起きていた。


リーザの傷が、みるみるうちに閉じていったのだ。

噴水のように湧き出ていた血も急速にその勢いを失い、あっという間に止まっていた。


『良かった…うまく再生したな。ホントにすまん…』

『気にしないで。私だって、前にデヴィッドを似たような目に遭わせたじゃない。お互いさまよ』


夫妻の思考も止まった。そして今見たモノを脳内で再生した。

再生した事実と、自分達の常識を繋げた瞬間。

夫婦は絶叫した。

その絶叫に詐欺栗鼠は飛び起き、デヴィッドとリーザは…あまり見られたくない事実を見られてしまったことを知ったのである。

ちなみに、デヴィッドがリーザの傷の治癒速度に驚かなかったのは、デヴィッドとリーザが同じ特異体質だからだ。






「確かに失礼なヤツらだったな。最初から捕獲人の実力をナメきってやがったし…ま、いざとなりゃ、エイドを離れりゃ済むことだし、当分はまだ様子見でいいんじゃねぇか?」


女性に対して化物呼ばわりしたことに対してリーザは怒ったのだが、デヴィッドの感想は微妙にズレていた。


…デヴィッドに女心を分かれって求めるのは…まだ高望みなのかしら。

リーザはちょっと残念に思いながらも、素早く思考を切り替えた。


「それもそうね………ね、タケルの調査報告はまだ来てないの?」


デヴィッドは頷いた。


「中間報告はあった。けど、手がかりゼロだ…この分だと、最終報告も期待できねぇな…ったくアイツ、どこにいやがるんだ。こんだけ長いこと捜してるのになぁ」


「そうねぇ…さ来月でもう、204年になるのねぇ…」


リーザはしみじみとつぶやき、デヴィッドは空を仰いだ。

タケルとは、デヴィッドとリーザの共通の親友であり、2人を特異体質にした張本人でもあった。特異体質…すなわち、不老不死に、2人は望まずしてなってしまった。タケルがくれた栄養ドリンクによって。

マルコに蹴られたデヴィッドの頬の打撲の治りが早かったのも、リーザの裂傷があっという間に治ったのも、不老不死の副産物であった。




2人はしばらく黙って歩いていたが、リーザが「あ」と手をポンと叩いて立ち止まった。つられてデヴィッドも歩みを止めた。


「どうした」


「聞くの忘れてたわ…ねえ、なんで私に黙ってまで鑑定を引き受けたの?まだ、ちゃんと聞いてなかったわ」


「…ああ、あれ、な」


デヴィッドは当惑したように頭をかいた。そのまま忘れてくれてても良かったのに、この相棒は変に記憶力が良すぎる。


「クリスと同じような目に遭わせたくなかったっていうなら…なんだったの?」


リーザのサインを偽造してまで請け負った理由。それは。


「…内心、腹が立ったから、かな」


デヴィッドは自嘲しながら、足下の小石を軽く蹴った。リーザは首を傾げた。


「誰に?何に対して?」


「…鑑定の報酬制度と、あの夫妻に。クリスの死因の間接的な原因は、メニューの不備だった。クリスだけじゃない、似たような捕獲人達のたくさんの死体の上に胡座をかいて、今の鑑定と報酬制度はあるようなもんだ。俺はそう思ってる。なのに、それを単純に喜んでたアイツらに、ちょっとは魔獣の怖さを思い知らせてやろうって思ったんだよ」


随分危険なような、子供っぽいような、義憤に近いような…複雑な動機もあったものである。

だが、デヴィッドらしい動機だった。


「……そうか。そういうことなら、私も手伝ったのに」


デヴィッドが目を丸くした。リーザは自分でも気づかないまま微笑んでいた。


「…はぁ?こんな事でか?」


「私にだって、組合に対して思う事くらいあるのよ…何?私じゃ頼りにならない?」


リーザが腰に手を当てて挑発すると、デヴィッドの頬が緩んだ。


「…いや?Aランクの捕獲人サマの腕前は、十分頼りにしてるぜ?」


「……今さりげなく、自分自身も褒めたでしょ、あんたは……まあいいわ。とりあえず、この捕獲依頼」


リーザは半ば呆れつつも、手にしていた依頼書の写しを目の前にいるAランクの捕獲人に渡した。


「私は引き受けてもいいかなって思ってる。捕獲対象の魔獣は、ランクBよ。最終決定権は…今回はあんたに譲るわ」


デヴィッドは手にした捕獲依頼書にざっと目を通した。捕獲対象の魔獣名…ランク…目撃地区…報償金は……100万エン。


「報償金が低めだぞ?いいのか?」


デヴィッドが揶揄すると、リーザはツンと顎をそらした。心なしか顔が赤い。


「最終決定権はあんたに譲るって言ったでしょ?で?どうするの?」


「はいはい、もうちょっと考えさせてクダサイネ〜」


デヴィッドの慇懃無礼な言い方にカチンときたリーザが拳をあげた。リーザの豪腕を難なくかわすと、デヴィッドはさっさと歩きだした。

バランスを崩して前につんのめったリーザが元の姿勢に戻った時は、デヴィッドはもう既に、かなり先の方を歩いていた。


「あ!待ってよっ!」


リーザは慌ててデヴィッドを追いかけた。

行き交う通行人の何人かが、そんなリーザへ、チラチラと好奇心という名の視線を送った。




エイドの街の上には雲一つない青空が広がっており、街の人々の心に安穏さを与えていた。




《完》




最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

感想や評価を送っていただけますと、作者はドキドキしながら喜びます。(ちなみに、設定を詰め込みすぎて、説明が多くなったこと、反省中です…orz)

誤字脱字等ございましたら、感想にてお願いいたします。

m(_ _)m


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