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前編(過ちを)

※R15。作品全体を通じ、残酷な表現が所々出てきます。苦手な方は御注意ください。

※文字数が多いです。

※後日改稿する可能性があります。

※なろうコン応募作品です。お楽しみいただけましたら幸いです。

**********


今日は平和だなぁ…。

魔獣捕獲組合エイド支部のホワンは、組合窓口の下に置いている木製の湯呑に手を伸ばした。ホワンお気に入りのカモミールティーの香りが、心地良く鼻をくすぐった。


組合の窓口は、口とペンで戦う事務職員の最前線である。

魔獣を捕獲してほしい依頼人は、自分達の生活の原状回復を望む反面、報償金をケチる傾向が強い。窓口職員は、捕獲人の安全確保と組合の利益のため、依頼人からできるだけ魔獣の情報を引き出し、報償金や手間賃の価格設定をする。ここでの戦いが、半ば捕獲の成功率を左右するのだ。窓口担当職員になることは、組合に勤める事務職員にとっては責任重大で、花形戦士になることでもあり、激務に身を浸すことでもあった。


依頼人がひっきりなしに訪れた昨日と違い、今日は朝から依頼人ゼロだった。つまり、ホワンは暇を持て余していた。

閑古鳥が鳴くのは切ないが、それだけ平和ってことなんだろうな。同僚が聞けば「エセ平和主義者が!」と批評されるようなことがホワンの頭をよぎった。

それにしても、このエイド産のカモミールティーのおいしいこと。やっぱりカモミールティーはエイド産に限るよなぁ。

ホワンは恍惚として、柔らかみのある湯呑に口をつけた。


「どういうこと?!」


怒声と共に、2000ページの厚みを誇る「魔獣図鑑:上巻」が空を引き裂き、ホワンの後頭部を直撃した。

ホワンは、口にしていたカモミールティーを全て噴き出したあと、白目をむき泡をふいて、派手な音を立てながらうつ伏せに倒れた。




ホワンが理不尽な人災の尊い犠牲になって失神したエイド支部窓口の奥。そこには、打合せや来客のための応接セットがある。今そこには、机を挟んで男女2組が座っていた。


「リーザ、落ち着けよ」


黒い短髪に茶色い眼の巨漢が、頭の後ろで手を組んでいた。リーザと呼ばれた小柄な女性は、茶色の長いポニーテールを揺らしながら、巨漢と同じ色の眼で自分をなだめた彼を睨んだ。


「落ち着いてられないわよ!実は図鑑に載っていなかったかもしれない、なんて、今頃になってよくもぬけぬけと!」


リーザは、向かいに座っている若い男女を見据えた。

とある筋から、この2人は新婚夫婦だと聞いている。

それはいい。だが、他人の前、それもビジネスの場面で手を握り合っている、この無神経さはいかがなものか。

ちなみにリーザ自身は、自身の剣幕に怯えた夫婦が繋いだ手を離すに離せなくなった、という可能性は微塵も想像していない。


「お怒りはごもっともです。ですが、こちらもまさか魔獣図鑑に載っていない魔獣がいるとは思わなかったのです」


男性が眉と目尻を悲しそうに下げた。女性は手に持っていたハンカチをそっと目にあてた。


「もも、申し訳ございません。アタクシの記憶がもっとしっかりしておりましたら…」


男性は両腕を女性の肩におくと、優しく微笑んだ。


「アイシャ、君は怖い魔獣相手によく頑張ったよ。思い出すのも恐ろしかっただろうに、気にすることはない」


捕獲人のことも少しは気にしてほしいんですけどね…巨漢とリーザは生温かい目で男性を見つめた。


「ありがとう、マルコ。ドジでみそっかすなアタクシにそんな優しい言葉をかけてくれるなんて、アナタだけよ」


アイシャと呼ばれた女性は、目に星を浮かべてマルコに視線を注いだ。


おかげでこっちは第六感が警報を鳴らしっぱなしなんですけどね…巨漢とリーザは、さらに温度を下げた目で女性を見た。


「アイシャ」


「マルコ」


愛に満ち溢れた若い夫婦の抱擁に待ったをかけたのは巨漢だった。


「で、どうするんだ?契約書を交わしちまった以上、あんた達に残されている方法は2つなんだが」


「2つ?」


夫婦は仲良くハモって聞き返した。あとを引き取ったのはリーザである。


「1つは、契約書…つまり御依頼を一旦取り下げていただき、"魔獣鑑定"の依頼を行っていただく方法です。もう1つは、私達捕獲人がここまで来るために必要だった実費を追加でお支払いいただいた上で、御依頼を取り下げていただき、アイシャさんが魔獣を見たことはお忘れになること…ですわ」


マルコが首を傾げた。


「あの…鑑定と特定は、どう違うのですか?」


捕獲組合が提供している有料サービスの1つに、捕獲対象の魔獣の名称やランク、特徴などを判明・特定させることができる"魔獣特定"というものがある。

一般の善良な人々は、魔獣に関する知識をほとんど持たない。普段見かけたり知っている動物と多少違う、というくらいが関の山だ。

だから魔獣と遭遇したり襲われたりしても、まずソレが何という魔獣なのかが分からない。その魔獣の何が危険なのかは、なおのこと分からない。

組合へ行けば無料で魔獣図鑑を閲覧することができるので、自分が見たあるいは襲われた魔獣を特定することはできる。しかし記憶がおぼろげなことも多いので、いざ捕獲に行ってみたら「違う魔獣でした」「違うだけならまだしも強さも違ったぞゴルァ」というケースが時々発生する。


加えて組合は、捕獲人の安全や人的資源の効果的な投入のため、捕獲依頼する対象の魔獣が何であるかの責任を、契約上依頼人に負わせている。

とてつもない強い魔獣にヒヨッコを派遣させることは人道その他で問題があるし、伝説級の強い魔獣…があくまでもいたらの話だが…をも捕獲できる凄腕捕獲人を、弱々魔獣の捕獲にあてるのはもったいないからである。

つまり、捕獲対象の魔獣が何であるかをあやふやなまま捕獲しようとすることは、依頼人にとっては「結局いつまで魔獣に怯えなきゃならないんだ!」という日々を、組合にとっては「惜しい人材を…クッ!」といった、甚だ望ましくない事態を引き起こすのだ。


そういったミスマッチを予防するために、組合は"魔獣特定"という有料サービスを設定していた。

正式に捕獲契約を結ぶ前に捕獲対象の魔獣を正確に特定することで、依頼人は少しでも早く元の日々に近付き、組合は適材適所を実現させ、互いのメリットをできるだけ最大値に近づけさせるのである。急がば回れ、である。


では、その"魔獣特定"と"魔獣鑑定"は、どう違うのか。




的を射た質問に答えたのは巨漢の方だった。


「まず金額が違う。鑑定は一律300万エン、特定は一律30万エンだ」


夫婦は酢を飲んだような表情になった。300万エンは、1人暮らしならば1年間まかなえる金額である。

まあもっともな反応だな、と巨漢は思った。


「それと、鑑定は、魔獣図鑑にも図鑑登載予定にもない魔獣ってのが依頼を受ける大前提だ。だから、依頼を受けて契約書を交わしたあとでも、すぐには現地に行けない。事前調査が終わってからになるから、かなり日数がかかる。その間の魔獣による被害は、組合では一切持たない。逆に特定は、契約書を交わせばすぐにでも現地へ行けるな」


夫婦に不安の影と批難の色が加わった。

鑑定に日数がかかることなど思いもよらなかったのだろう。それに「人が困っているのに何故さっさと助けてくれないんだ」という依頼人独特の感情が働いたに違いない。

だが、魔獣捕獲組合が行う魔獣捕獲はビジネスである。未知の魔獣を調査するにはそれなりに準備も手間もかかる。魔獣に対応できる能力を持つ人間といえど、命は一つしかないのだ。ボランティア…報酬ゼロの仕事で命を落としたがる酔狂な人間はいない。




ここまで鑑定と特定の違いを説明してきたが、巨漢は最後の特徴を言うべきかどうか迷った。だが、説明責任という言葉を思い出し、重くなった口を開いた。


「最後に…鑑定だと、図鑑に載っていない且つ未知の魔獣だということがキチンと確認できた場合、魔獣図鑑登載時に、ランクに応じて組合から謝礼が出る。高ランクほど謝礼は高いな。特定の方には謝礼はない」


夫婦は"謝礼"の言葉が出た時に、目を爛々と輝かせた。

巨漢は内心で、リーザは顔に表して眉を顰めた。

予想どおりの反応だ。さっきまでシュンとしていたのに、謝礼と聞いて気持ちが前向きになったらしい。結構現金な夫婦のようだ。

巨漢は夫婦の変貌を、表面上咎めも批評もせず続けた。


「違いはこんくらいだな。ちなみにどっちも、料金は前払いで実費は依頼人負担だ。それと捕獲依頼するなら、鑑定とは別に依頼が必要だ。つまり、鑑定のための料金と捕獲の報償金の両方が必要になる」


巨漢はそれきり黙った。夫婦は互いを見つめ合ったあと顔を寄せ合ってぼそぼそと相談し、考え込み始めた。




沈黙を破ったのはリーザだった。


「どちらになさるか、お決めになりましたか?幸い、捕獲に着手しておりませんので、私共は、どちらでも構いません」


リーザの「久々のAランクだと思ったのに糠喜びだったわ」という毒ある言葉は、自称"淑女のたしなみ"によって、音声化されることはなかった。






**********


巨漢は、窓口で黄色い液体を口から流して気絶していたホワンを文字どおり叩き起こした。何故か打撲音は空洞を叩いた時の音に似ていた。


「ほら、いつまで寝てんだ」


ホワンは頭を撫でさすりながら、焦点の合わない目で巨漢を見つめた。


「…うぅん?…なんだ、デヴィッドさんですか…せっかく、綺麗なお花畑で微睡んでたのに…ああ、現実のなんと殺風景なことか」


ホワンの言葉にカチンときたのは、巨漢…デヴィッドではなく、八つ当たりで魔獣図鑑を投げつけたリーザの方だった。掌に冷気を作り出すと、いつでもホワンに投げつけられるよう準備する。


「寝言は寝て言いなさいね。ほら、早く起きて!マルコさん達から話を聞いてくるのよ!」


ハ〜イハイハイ、とホワンは夢遊病者のような足取りで応接セットに向かった。リーザは後ろ姿を見送ると、デヴィッドに向き直った。


「あんたがメニューの説明をするなんて珍しいわね。なんかあったの?」


メニューとは、捕獲組合が提供する各有料サービスや内容のことで、捕獲人や組合の専門用語でもある。

デヴィッドは床に落ちていた「魔獣図鑑:上巻」を拾って窓口に置くと、壁にもたれかかって腕を組んだ。


「…まあ、鑑定には、ちょっとした思い入れがあるんでな」


デヴィッドはそう言ったきり、窓の外に目を向けた。焦点は遠く、心は此処にあらず、だった。


「…ふうん」


リーザはそれ以上追及しなかった。この巨漢とコンビを組んでかなり長いが、こんな物思いにふける彼を見ることは滅多にない。そしてこうなると、彼はその話題については、必要にならない限り決して喋ろうとしなかった。




さて今回の依頼が、魔獣捕獲組合全体でも年間を通しても数回しか発生しない"鑑定"へ変更されるかどうか。取り下げられて「なし」になるのか。それは神のみぞ知る、といったところである。


鑑定は組合にとってはおいしいが、捕獲人への実入りが少なく危険が高いので、現場では不人気なメニューだ。


特定と違い、鑑定の場合は魔獣にかなり接近しなければならない。魔獣の生態をよりつぶさに観察し詳細な記録を取らなければならないからだ。

しかも相手の実力は未知数である。その魔獣がどんな攻撃手段を持っているか分からない、というのはかなり恐ろしい。作戦を臨機応変に立てて実行しなければならないが、捕獲人のスキルにも得手不得手があるし限度がある。たとえば、魔法攻撃しか持たない捕獲人が、魔法を無効化する魔獣とそうと知らず対峙する…鑑定はそういう危険と可能性と隣り合わせなのだ。

弱い魔獣であれば、ねじ伏せることもできなくはないが、強い魔獣に遭遇するとお手上げだ。

そして未知の魔獣というのは、統計上、強くて狡賢いヤツが多い。捕獲人にとっては、ハイリスク・ローリターンの仕事なのである。


リーザの見たところ、マルコ・アイシャ夫妻は年齢に見合わず裕福な生活を送っている。夫妻の服装は地味だったが、所々に絹が使われていた。全て絹でできたものよりは安いだろうが、それでも夫婦と同年代の平均月収から考えると、価格の面からいって手を出しにくい品だ。

おまけに謝礼、という言葉に飛びついた。鑑定依頼へ変更される可能性もなくはない。


…でもまあ、金持ちはケチだから。あまり心配することもないかもしれないわね。


リーザは半ば自分に言い聞かせるように結論付けた。






**********


数日後の早朝、捕獲人達の宿舎。

リーザは宿舎の廊下を全力疾走していた。

長いポニーテールを弾ませながら走り続けるリーザは、とある部屋の扉の前でブレーキをかけた。

そして勢い良く呼び鈴を鳴らした。

隣近所の部屋の住人達が、「何事だ?!」と飛び出してくるほどの荒々しさだった。


しかし、目的の部屋の住人は一向に出てこない。


「デヴィッド!起きなさい!出てきなさいっ!」


リーザの呼び掛けに応じたのは、部屋の住人ではなく、物音一つない静寂だった。


仕方ない。最後の手段だわね。

リーザはこれで何回目になるか分からない最後の手段を実行すべく、大きく息を吸った。


「デヴィッドぉ〜!!起きてこないと!!扉をぶち破るわよ!!」


リーザの剣幕に、隣近所の住人達全員がヒィっと仰け反った。

かつてリーザが、ランクSの魔獣の攻撃にも耐えうるこの扉を、片手一つで、それはもう清々しいほど徹底的に壊したのを目撃してしまったことがあるからだ。華奢な女性の腕力が報償金1億エン台の魔獣の攻撃力を上回ってしまっている、という決して見てはいけないモノを彼らは見てしまっていたのである。


住人達は必死に祈った。

お願いです神様。二度とあのような光景を見てウフフアハハな気持ちになりたくありません。どうかデヴィッドをとっととリーザさんの前に寄越してやってください。


彼らの真心込めた祈りが、気まぐれな何かに通じたらしい。

果たしてリーザの目標の部屋からは「…るせぇな、今開けるよ」と不機嫌な男の声が返ってきた。

しばらくすると、鍵を開ける音が聞こえてくる。

扉の向こうから、無精髭を生やしたデヴィッドが、寝惚け眼を擦りながら姿を現した。


「…んな朝っぱらかなおわぁ?!」


デヴィッドは一瞬で水浸しになっていた。短い髪から絶え間なく水がポトポト落ちていき、頬や首筋にも幾筋か流れていった。


「リーザ、何しやがる?!」


殺気だったデヴィッドの声に、隣近所の住人達全員の魂が一斉に旅立ちかけた。

そんな中で1人、リーザは平然として腰に手をあててデヴィッドを仰ぎ見ていた。リーザの目も、デヴィッドに負けず劣らず剣呑な光を湛えている。


「何しやがる、は、こっちの台詞よ。どういうつもりよ、デヴィッド。私、鑑定は断った、って言ったわよね?」


リーザは今度は火球を発生させた。大人の頭部くらいの大きさがある。


しんと静まり返った空間の中、誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。


「…分かった。ひとまず、ウチに上がってくれ」


デヴィッドは寝癖のついた頭をかきながらリーザを招き入れた。リーザが黙って中に入る。デヴィッドは扉を閉めて施錠した。一見すると、草食動物を自分のテリトリー内におびき寄せる肉食動物の図、にも思える光景だ。


隣近所の住人達は、無言で顔を見合わせ、首を傾げて唸ったあと…三々五々に部屋に戻っていった。

デヴィッドとリーザの、一体どちらの身を心配したらいいのかを本気で悩みながら。






**********


整然としたデヴィッドの部屋の中に招き入れられると、リーザは正座し開口一番「信じられない」と大きな溜息をついた。デヴィッドは胡座をかいてリーザの正面に座っている。


「あのイチャイチャ夫婦からの魔獣鑑定依頼を無理矢理私達のところで請け負った挙句、私のサインを真似て契約書まで交わしたなんて…どういうつもり?」


「…一度断った依頼は、お前、よほどじゃないと請けないだろ。だからやった」


デヴィッドは口を尖らせて開き直った。小さい子やうら若い女性がやるならともかく、デヴィッドのような男、しかも巨躯の持ち主がやっても全く可愛げがない。リーザは二重三重の心痛で顔を片手で覆った。


「だからって…サインを真似られることが万が一バレたら、私達タダじゃ済まないわよ」


魔獣に関わる組合の仕事は、どれだけ熟練した捕獲人に対しても命の危険をもたらせる。その一方で、組合は捕獲人の怪我や落命に対するフォローをしていない。というよりできないのだ。あまりにも捕獲人の傷病率が高いせいで。

したがって捕獲人は、組合及び依頼人に対し、"自己の意思と責任で行い、組合及び依頼人には補償を求めません"、と意思表示する必要がある。それが、契約書への自筆サインである。ちなみに他人のサインを真似て契約書を作成した場合、10年以上の労役に処せられる。

一見捕獲人には不利なようだが、捕獲人にとってもメリットがある。それは、自分の意に沿わない仕事をさせられることがない、という事である。自筆のサインは、捕獲人の自衛手段も兼ね備えているのだ。


実は組合には内緒にしているが、デヴィッドとリーザは、筆跡鑑定に出されても問題ないくらいにお互いのサインを真似ることができる。サインの事で過去にかなり痛い目に遭った事があるためだ。

他人のサインを真似ることはかなり難しいが、2人は時間をかけてやってのけた。コンビ歴が長い故の芸当である。


そして、相手のサインを真似るのは、あくまでも真にやむを得ない事態で、ということで禁断の技としている。間違っても、今回のような使い方のために封を破ってはならない。そのはずだった。




「リーザには迷惑かけないさ。それに、鑑定には俺1人で行くつもりだしな」


リーザは耳を疑った。


「鑑定は2人以上のチーム行動を義務付けてること、忘れちゃったの?それに"私のサイン"もあるのに、あんた一人で行かせられるわけないでしょうが」


魔獣の捕獲は実入りも大きいが、その分危険も大きく、他の職業に比べて死亡率も非常に高い。そのために組合は、魔獣1体につき捕獲人2人以上のチームで行動する事を推奨、時には義務付けていた。捕獲の場合は魔獣のランクに応じて推奨か義務のどちらかになるが、鑑定の場合は義務になっている。デヴィッドとリーザとて例外ではない。


「黙ってりゃ分かんないだろ。単独行動したからって直ちに除名になるわけじゃないしな」


「そういう問題じゃないわよ…」


リーザは唇を噛んだ。


「何かあるんでしょ。理由くらい説明しなさいよ。私達…コンビでしょうが」


あのイチャイチャ夫婦へ鑑定の話をした日。デヴィッドの様子はいつもとは違った。

おそらくデヴィッドは、鑑定に関して何か抱えているものがあって今回の暴挙に出たのだ。そこまでは読める。

しかし、肝心なその"何か"が分からない。

デヴィッドとコンビを組んで長い年月が経っているが、こんなデヴィッドは初めてだった。


「デヴィッド。私は頼りない?力になれないの?」


「……」


「デイヴ!」


愛称で呼ばれてデヴィッドは瞳と体を揺らした。

だが、デヴィッドは口を閉ざしたままだった。その頑なさにリーザは苛立つやら、悲しくなるやら、情けなくなるやら…である。


「とりあえず、私はいつもどおり後方支援てことでカムフラージュしとくから。いいわよね?」


「…しなくいい。俺1人で十分だ」


デヴィッドの勝手な言い分に、決して強くないリーザの堪忍袋の緒がプチプチと音を立て始めた。


「私のためでもあるんだから、そのくらい察しなさいよ。いいわね?このことは譲らないからね!」


「…勝手にしろ」


リーザの中で、何かがキレる音が派手に響いた。


「そうね!勝手にするわよ!この莫迦!」


リーザは立ち上がると、そのまま部屋の外へ駆け出した。

デヴィッドの耳に、扉を乱暴に閉める音と、廊下を走る足音が届いた。


「……あ〜、冷てぇ〜…あいつ、思い切りぶっ掛けやがって…」


デヴィッドは髪をかき混ぜると、大きく息を吐き出した。





《中編:改むるに へ続く》





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