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終章参〜綾乃&悠理

●瀬戸綾乃の場合


 ピッ


「……」


 綾乃は、蒼白な顔で足下に視線を向けたまま、凍り付いた。


「……」


 その四角い台から降りて、再び、台に乗る。


 すでに何回繰り返したか、綾乃さえ忘れていた。


 ピッ。


 デジタルが、即座に綾乃の動作に反応し、自らの義務を果たす。


「……」


 綾乃は、恐る恐る自分のお腹の肉をつまんでみた。


 プニッ。


「……」


 プニプニ


 その晩、綾乃の部屋からはずっとすすり泣きの声が聞こえ続けたという。




●明光学園 2年A組教室

 水瀬達は、高校二年生に進級した。

 久々に会った級友達は、何も変わることがないように思えるのだが……。

「おい、水瀬」

 ぽんっ。

 席に着いた悠菜の頭に手を乗せたのは、羽山だ。

「あ……えっと……羽山君?」

 自分の名前を即座に答えられなかったというか、自信なさげに答える悠菜の態度に羽山は少しだけ、心証を悪くした。

「何だ?久々に顔会わせたってのに」

「う、ううん!?」

「それにしても」

 羽山は、まじまじと悠菜の顔を見た。

「お前……」

「な、何!?」

「おい、秋篠」

「ん?」

 ルシフェルと何事か話していた博雅が、悠菜達の所に来た。

「水瀬のことだけどさ」

「ああ。お前もそう思うか?」

「やっぱり?」

「みんな、そう言っているんだ」

「そうか」

「だ、だから何!?」

 悠菜は慌てて自分を見回した。

 制服は正しく着ているはずだし、ルシフェルにもチェックしてもらった。

 おかしい所はないはずだ。

「いやな?」

 羽山は首を傾げながら言った。

「お前、妙に女の子っぽくなったって」

「あ―――そんなこと」

 ほうっ。と大きなため息をついた悠菜の頭を、羽山は何度もポンポンと叩いた。

「ま、気にするほどじゃねぇな」

「そ、そうです―――じゃない。そうだよ」

「もとから女の子みたいな外見だし。相変わらずチビだし童顔だし」

「褒めてない」

「別に、宝条あたりにカマ掘られて目覚めたってワケでもねぇだろう?」

「ううっ……あの一件で戦死すればよかったんだぁ」

「ヒデぇな」

 羽山は抗議の視線を悠菜に向けた。

「葉月センターが崩壊したほどの戦いだったんだぜ?」

「地下からの攻撃で、手抜き工事のせいで一気に崩落しただけじゃない」

「全く」

 博雅が腕組みをしながら頷いた。

「あれで崩壊してよかったと思う。もし、地震で崩壊していたら、とんでもないことになるところだった」


 そう。

 世界樹が地上に出現する予定ポイントになった葉月センター。

 それは、悠菜のサイクロトロンの直撃を受け、直径30メートルの風穴が開いた。

 その風穴の中には、センターの大黒柱ともいうべき柱が含まれており、その柱を失ったセンターは、一瞬のうちに崩壊したのだ。

 無論、大黒柱を失った程度で、大規模なショッピングセンターそのものが崩壊するはずがない。

 だが、建築資材をケチるなどの手抜き工事の結果、センターは連鎖的に崩壊した。

 あの事件以来、マスコミは葉月センターを建築した業者やゼネコン叩きに躍起になっている。


「―――ところで」

「えっ?」

「瀬戸さん、随分と他人行儀だな」

「……」

 悠菜の視線の先。

 そこには、ぽつんと机に座る綾乃の姿があった。

 綾乃の周囲に、人気はない。

「お前、何も声かけてないだろう?」

「そ、そんなことないよ」

「そうか?」

「うん……瀬戸さん」

「えっ?」

 綾乃は、どことなく驚き半分、うれしさ半分で悠菜に答えた。

「何ですか?」

「うん。退屈なら、みんなと話そう?」

「いいんですか?」

「うん♪」

 綾乃が席を立ってみんなと会話を始めた。

 美奈子に未亜も加わり、それはそれは賑やかになり始めた時だ。


「おい、水瀬」

 教室の入り口から品田が声をかけた。

「ご指名やで?」

「ご指名?」

「ああ……三年の加藤先輩や」


「誰だっけ?」

 小首を傾げる悠菜は、教室の入り口に立つボーイッシュな女子生徒に近づき、二言三言会話を交わすと、どこかへと消えていった。


「……」

 綾乃は、それをじっ。と見つめるだけだ。


「せ、瀬戸さん?」

 1年の時、こういう状況で、瀬戸綾乃がどれほど暴れたかを知る周囲はすでに壁際まで逃げていた。

 品田!てめぇ、俺達を殺す気か!?

 品田を畳めっ!広場に吊せ!


 品田が袋だたきに会う中、美奈子はクラス代表として綾乃に声をかけた。

 教室に乱入してきたテロリストを説得する方が、絶対に楽だと思う美奈子は、震える声を抑えるのがやっとだ。


「あの……落ち着いて?ね?ねねっ!?」

「?」

 綾乃は、きょとんとして美奈子を見た。

「私、何かヘンですか?」

「い、いえね?」

 そのあまりに予想外の答えに、美奈子自身、どう答えて良いかわからない。

「その……普段なら、逝きたいなら逝かせてあげます。位は」

「よくわかりませんけど……」

 綾乃は、もう一度、悠菜が出ていった教室の入り口を見た。

「3年生にもお友達がいるのっていいことですよね?」

「は?」

「私、お仕事以外のお友達がいないから、うらやましいです」

「……瀬戸さん?」

 美奈子の見た綾乃の目。

 そこには、穏やかな優しさ以外の、何物も見ることは出来なかった。




 20分後、悠菜は教室に戻ってきた。


「どうした?」

 何かの間違いか何かであって欲しい。

 そう願いながら、羽山は悠菜に訊ねた。

「何もなかった!そうだな?」

「えっ?」

 きょとん。とする悠菜は、羽山に答えた。

「ああ……今度、映画を見に行こうって」

「断ったな!?」

「何で?」

 ボコンッ!

 羽山の鉄槌が悠菜の脳天に振り下ろされた。

「痛いっ!羽山君!?」

「やかましいっ!」

 なるべく綾乃の顔を見ないようにして、羽山は怒鳴った。

「もめごと増やすなっ!」

「?????」




 はっきりいうが、水瀬悠理は、年上女性にかなりもてる。

 1年の時は、魔法騎士という偏見と、瀬戸綾乃という鉄壁が存在したため、水瀬に告白した者はそう多くなく、そのほとんどが玉砕した。


 だが、3年に進級した一人の女子生徒が、思い切ってこの時告白、デートの申し出を受け入れてもらったという噂は、女子生徒の間に、一気に広まった。


 数日のうちに、悠菜の元には手紙が山ほど舞い込み、休み時間となれば指名がかかる。


 瀬戸綾乃は、その間、「うらやましいですね」とか「悠理君はオモテになるんですね」などと、ほとんど他人事のように構えるだけ。

 級友達の何人かをストレスで保健室の世話にさせても、綾乃自身は暴走することがなかったのだ。


 不可思議な平安。


 瀬戸綾乃の理解しがたい寛容さを、そう評価したのは、級友の渡部だが、その平安が切れるのは、平安。という名故か早かった。



 宿題を見せてもらった。

 勉強を教えてもらった。

 当番の仕事を手伝ってもらった。


 ……様々な理由で、綾乃は悠菜と会話する機会が増えていったせいもあるだろう。



「悠理君」

 ある日の昼休み。

 綾乃は手作りのお弁当をもって、悠菜に近づいた。

「お弁当、一緒に食べませんか?」

「あ、ごめん」悠菜は、綾乃に両手をあわせた。

「先輩と一緒に学食って約束しちゃったから」

「……そう、ですか」

「あ、明日はきっと!」

「……はい」

 しょんぼりとした綾乃が、教室を出ていく悠菜の姿を見送る。


 こんなことが、何度も続く。




 結果―――




 ドンッ!



 突然、教室に響き渡った鈍い音に、全員の視線が集まった。


 壁に何かがめり込んでいる。


 悠菜だった。



 やっとか。


 誰かがため息と共にこぼした言葉に、全員が頷いた。


 美奈子には、悠菜が壁にめり込んだ理由がわかっている。


 先程、悠菜が今日、いっしょに帰ろう。と、女子生徒に誘われ、OKしたことが原因だ。

 はっきり、悠菜が悪いと美奈子は思う。

 何しろ、綾乃の誘いがあったのに、それを忘れて他の女の子からの誘いに乗ったからだ。


 一方―――


「だ、大丈夫ですか!?」

 自分の机を投げつけておいて、大丈夫も何もないと思うが、綾乃は悠菜に駆け寄るなり、力任せに悠菜を壁から引っぺがした。

「だ、誰がこんなこと!」

「……」




「成る程?」

 放課後、美奈子はうなだれる綾乃から話を聞いた。

「つまり、最初はどうとも思わなかったのに、段々と他の女の子と水瀬君が仲良くしてるのを見ていたら、殺意が湧いてきてどうしようもなくなったと?」

「……はい」

「つまり……嫉妬してるわけだ」

「違います!」綾乃はきっぱりと言い切った。

「嫉妬ではありません!他の女の子と次々と仲良くする、そのフラついた態度は許されることではないんです!」

「瀬戸さん一人なら、問題ないんだ」

「……」

 赤面して俯く綾乃の態度は、暗に美奈子の指摘を肯定していた。

「ねぇ、瀬戸さん」

「はい?」

「水瀬君のこと、好きなの?」

「……」

「どうなの?」

 もう泣きそうな顔で周囲を見回した綾乃は、小声で美奈子に訊ねた。

「桜井さんは、悠理君と仲がいいんですよね?」

「まぁ、友達だから」

「おつきあいしてるわけじゃ、ないですよね?」

「……い、今のところ」

「じゃあ!」

 綾乃は嬉しそうに美奈子に言った。

「私―――」




「生きてる?」

 保健室のベッドに横たわる悠菜に、美奈子はそう切り出した。

「なんとか……」

 美奈子の顔を見た悠菜は、一瞬、息を止めた。

「あの……桜井さん?」

「何?」

「何、怒ってるの?」

「私?」

「すごい怒ってる」

「別に私」

「そう?スゴイ怖い」

「よけいなお世話。それより水瀬君」

「へ?」

「あの事件に、瀬戸さんが絡んでいたのね?」

「な、何で?」

「絡んでいたんでしょう?」

「そ、それは……」

「話せる範囲でいいから、話して」


 悠菜は、綾乃が自分の記憶を失っていることを話した。


「成る程?」

 それで納得したのか、美奈子は何度も頷いた。

「記憶は失っていたけど……成る程ね」

「?」

 対する悠菜は、まるで話が読めない。

「どういうこと?」

「つまりね?水瀬君」

 美奈子は自分の推測を語り出した。

「瀬戸さんは、確かに水瀬君の記憶を失っている。でもね?嫉妬する心までは失っていなかった。嫉妬の心は、即座に記憶から失われた嫉妬の対象―――他のオンナとベタベタ、イチャイチャする水瀬君―――を、再認識した」

「してないよ!」

「他の女の子と同じ部屋にいるだけで浮気だ死刑だって考えるあの瀬戸さんからすれば、当然の認識なの。わかるでしょう?」

「わ、わかりたくないけど……わかっちゃった」

 そう答える悠菜の顔は蒼白だ。

「よろしい♪」

 美奈子は椅子を立った。

「水瀬君?」

「はい?」

「私ね?」

 美奈子は笑いながら言った。

「綾乃ちゃんに頼まれたんだ」

 その口調は、まるで歌うように楽しげだ。

「何を?」

「水瀬君との仲を取り持ってくれって。瀬戸さんから」

「―――へ?」

「だから断った。当然、断った」

「さ、桜井さん?」

「私ね?」


 美奈子は言った。


「私も、水瀬君のこと好きだって。

 瀬戸さんみたいな可憐な美しさはない。でも、努力と根性だけは誰にも負けないから―――誰が相手でも、私、絶対に粘り勝ちしてやるんだからね!?それだけは覚えていて!」


 ぴしゃんっ!


 悠菜が返事をする前に、美奈子は保健室のドアを出ていった。


 いや。


 逃げ出した。



「い……言えた」

 保健室のドアにもたれかかりながら、美奈子は天井を見上げた。

「やっと……やっと、言っちゃった」


 水瀬君が好き。


 一体、何度、言いそびれた言葉だろう。


 それを、今、ようやく言えた。


 負けない。


 そう、宣言したのだ。


「―――おめでとうございます」


 突然かけられた言葉がなければ、美奈子はいつまでもそうしていたかもしれない。


「!?」


 かけられた声に驚いた美奈子の視線の先にいたのは―――綾乃だった。


「せ、瀬戸さん?」


「はい♪」


「わ、私―――!」

 思わず身構える美奈子に、綾乃は微笑みながら言った。


「でも、私だって、ねばり強い性格ですから」


「負けないのはお互い様?」


「そうです♪」

 綾乃は、保健室のドアノブに手をかけながら言った。

「私は私の方法で―――桜井さんは桜井さんの方法で」


「絶対、勝つのは私」


「―――まぁ、怖い♪」


 じっ。と見つめ合う二人だが、緊張の糸はそう長くは続かない。

 二人が二人、同じ男を好きになっただけ。

 ただ、それだけなのだ。


「ふふっ」

「ふふふっ」

 一頻り笑い合った二人。

 切り出したのは美奈子だ。


「―――どうするの?」

「とりあえず、鉄槌を喰らわすだけです」

「殺さないでね?」

「ええ―――このトシで未亡人にはなりたくないので」

「そう?」

「はい。それでは、ここからは、私の時間ということで」

「もう一度、お願いね?殺しちゃダメよ?」


 保健室から遠ざかる美奈子の背には、

 ドスの効いた綾乃の声。

 悠菜の命乞い。

 ドスンバタンとすさまじいばかりの音。

 悠菜の悲鳴。

 日常、聞き慣れた音が響き渡ってくる。


 日常。


 ただ、違うのは、水瀬に好きだと告白した自分だけ。


 変わったのは自分。


 そう思う美奈子は、不思議な満足感を感じながら、校舎を出ていった。





 ●水瀬悠理の場合

 ―――さて。

 日菜子・美奈子・綾乃と続いた話だが、最後トリを主人公に決めてもらおう。


 悠菜と水瀬が体を入れ替えたのは、ゴールデンウィーク近くの金曜日の深夜のことだ。

「あ、あれ?」

 自宅で入れ替わったことを知った水瀬は、慌ててルシフェルの元に駆けつけた。

「ルシフェ!」


 ガンッ!


 入ったのは浴室。

 入浴中のルシフェルが投げつけた洗面器を顔面で受けた水瀬は、一瞬にして沈み、ルシフェルによってたたき起こされた。


「やっと、入れ替わったんだ」

「っていうか……」

 水瀬はカレンダーを見て蒼白になった。

「い、一ヶ月は長いよ」

「そうね……御母様の話だと、最長でも半月程度だって」

「それで?グリムは?」

「えっ?あの事件以来―――」

「事件、解決しちゃったの!?」

「当たり前でしょう?」

「そ、そんな―――」

 ぺたり。

 水瀬は、床にへたり込んだ。

「ぼ、僕とグリムの約束は!?」

「知らないっていうか―――何か約束してたの?」

「ううっ……」

 悠菜との記憶のリンクがようやく完了したらしい水瀬は、驚愕に目を見開き、そして怒鳴った。

「ぼ、僕の祷子さん○○○化計画が!」

「はぁっ!?」

 突然、水瀬の口から飛び出した伏せ字に、ルシフェルは目を丸くした。

「な、何、言ってるの?」

「ムチで縛ったり、縄で叩いたり、ローソクに乗せて三角木馬で可愛がるっていう、僕の夢が!僕の野望が!」

「使い方間違ってるって……いろんな意味で」

「悠菜ぁっ!グリムとの約束、勝手に反古にするな!今度ばかりは許さないぞ!?出てこい悠菜ぁっ!」

「だから」

「わぁぁぁんっ!責任者出てこぉぉいっ!」


……い、一応のラストです。

とりあえずの終わりです。

1年近くかかりました。

もう、しばらく長編書きません!書けませんっ!

短編中心でいきますっ!

ここまで長い作品、読んでくださった皆様に、深く感謝しますっ!

これからもよろしくお願いしますっ!

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