第六十八話
「つまり」
美奈子は、話をまとめた。
「世界樹は、その“第四計画”とかいう、あの戦争を引き起こした悪の組織のせいで暴走した」
「そういうこと」
美奈子達は、世界樹が開けた巨大な穴を前に立ちつくしていた。
「内部にたくさんのエネルギーを蓄積しているから、下手に攻撃すると、ここらへん一帯が吹き飛ぶ」
「地殻までいきますから、この列島は沈みますね」とグリム。
「かといって、細切れにも出来ない」
「硬度10―――ダイヤ並です」
「樹木の皮がどうやったら、ダイヤ並になるのやら……ご都合主義」
「それ以前に、根が邪魔して、接近戦はほぼ不可能です」
「―――打つ手なし」
美奈子は、深いため息と共に、結論をはき出した。
「普通、そう思うわよねぇ」
「普通?」
綾乃は、美奈子の言葉に眉をひそめた。
「それは、どういう意味ですか?」
美奈子は、問いかける綾乃の横をすり抜け、拘束され、床に投げ出されたカノッサの前にしゃがみ込んだ。
「あのね?」
問いかけた美奈子は、すぐに顔をしかめた。
相手がわめく言葉がわからない。
何か、とてつもない罵りを受けているのだけは、朧気ながらわかる。
今は、わかる程度では困るのだ。
「誰か、通訳してもらえませんか?」
「はいこれ」
イツミがポケットから取り出したのは、イヤホンとマイク付きの補聴器みたいなもの。
「翻訳装置よ」
「魔界のとは違いますね」と、綾乃が興味深そうに装置を見た。
「魔界の技術力があれば、イヤリングまで小型化出来るんだけどね」
イツミは残念そうに微笑んだ。
「天界の、こっち側の技術力は魔界に比べてかなり劣るのは認めないと」
「まぁ、使えるんですよね?」
「―――ええ。名前、なんて言ったっけ?」
「私?桜井です。桜井美奈子」
「そう。桜井、一々説明しなくても、大体わかるでしょう?」
美奈子は、イヤホンを耳につけ、マイクのクリップを服にとりつけた。
電源らしいランプがグリーンなのを確認して、カノッサに語りかけた。
「言葉、わかります?」
「―――人間なら」
カノッサは、憎々しげな眼で美奈子を睨み付けながら言った。
「もっと謙りなさい」
「今、そんなこと言える立場ですか?」
「―――っ」
「教えてください。世界樹の暴走を、どうやって止めるのか」
「知らない」カノッサはそっぽを向いた。
「知らないはずはありません」
「知らないものは知らない」
「―――意識は知らなくても、カラダが知ってることもありますよね?」
「?」
「生爪でも剥がしたら話してくれます?」
「き、貴様っ!」
カノッサは血相を変えて怒鳴った。
「捕虜に関する取り扱いは!」
「あなたは捕虜ではありません―――テロリストです」
美奈子がきっぱりと、カノッサの声を遮った。
「っ!?」
「テロリストは捕虜になる資格はありません。空気の無駄遣いですから、さっさと殺すのが、法に則った正しい処遇なのです」
「ふ、ふざけないで!」
カノッサでなくても、自分を即座に殺すと言われればたまったものではない。
「口でしていいのは、質問に答えること。それまで息をすること。それだけですよ?」
美奈子は、ルシフェルに振り向いた。
「ルシフェルさん、私でも使える武器ってあります?―――拳銃とか」
「……」
ルシフェルは、無言で、腰のホルスターから拳銃を取り出し、弾丸を装填、安全装置を解除した。
「弾は9発。全部、魔族にも効く特殊加工弾だから―――反動に注意して」
「ありがとう」
美奈子は、銃を受け取った途端、その重さに思わず落としそうになった。
冷たい鉄の感触が、美奈子に、自分が何を持っているのか、イヤでも思い知らせてくれる。
「……」
銃を手にした美奈子が、カノッサに近づく。
その表情は、冷たく、何物も映し出していない。
「―――ね、ねぇ」
カノッサは、見下したような眼で、そんな美奈子に問いかけた。
「あんたみたいな女の子に―――う、撃てるの?む、無抵抗よ?」
チャッ
美奈子は、両手でしっかりと銃を握り、銃をカノッサに向けた。
「―――ちょっ!?」
驚愕のあまり、目を見開くカノッサに、美奈子は引き金を引いた。
タンッ!
「ひっ!?」
カノッサの目の前で、銃弾が床を砕いた。
「―――冗談、やってるように見えた?」
美奈子はそう言うと、カノッサの上に馬乗りになって、銃口をカノッサの延髄に突きつけた。
「質問に答えて―――世界樹、どうやって止めるつもりだったの?」
「ど、どうして」
カノッサは涙目になって美奈子に問いかけた。
「どうして、私が―――私達が、世界樹を止めるって思ったの?」
「簡単」
銃の引き金を玩びながら、美奈子は言った。
「世界樹が、生命体のエネルギーを、無差別に吸収するなら、地球全土に生命がいなくなる。
―――ところが、あなた達の狙いは、そうじゃない。
ううん?
そうなると、あなた達も困る。
つまり、世界樹の暴走は、人類の大虐殺であっても、絶滅を目論むものじゃない」
「よく気づいたわね。人間のクセに」
「考えただけ―――答えて」
「……」
「このまま地上に出る。それであなた達の目的が達成できる―――あなた、単純にそう思ってるでしょう?」
「―――そうよ」
カノッサは、人間に馬乗りにされる屈辱にありながら、達成感さえ感じる顔をひねって、美奈子に視線を送る。
「あの世界樹は、無差別に生命体を取り込み、多くの人々を殺す。それでいいのよ」
「人類が、どういう抵抗するか、わかってる?殺されまくったら、世界がどうなるか、わかってる?」
「―――えっ?」
「あの戦争みたく、こんな銃で戦うだけって、まさか、ホンキで思ってないでしょうね」
「そ、それは?」
カノッサは言われている意味がわからない。
「例えば、反応弾とか」
「反応弾?」
「放射能汚染ナメてない?」
「……」
「……」
相手が首を傾げたことで、美奈子は、意味が通じていないことに気づいた。
「反応弾って、意味、わかってる?」
「……」
ふるふる。
カノッサは首を横に振った。
「大量無差別殺戮兵器!使うのは、米帝と中帝位、人の迷惑顧みない(自主規制)な国ばっかり!そんな国が在庫一掃セールで使ってご覧!?世界樹が目的達成する前に、地上に生命体が住めなくなるわよ!?」
「よ、よくわからないけど……そういうもの?信じられない」
「よく調べてから行動しなさいっ!
人間どころか、マトモな生命体が住めなくなるわよ!?
あんなモノ使われちゃ!」
美奈子は怒鳴った。
「人間をナメるのもいい加減にしろっ!私達人間は、確かに問題ばっかりのヤツもいる!だけど、精一杯、与えられた環境の中で、出来ることをやってるんだ!そんなこともわからないヤツが、偉そうに地球だ文明だ語るなっ!」
「そ、そんなにヒドいの?」
カノッサは、美奈子の気迫に押されてしまった。
「ヒドい!
しかも、都市が破壊されれば、有害物質がまき散らかされて、それだけで汚染される!
一度汚染されれば、下手すれば数千年単位で汚染は続く!
どんな影響が出るか?
考えたくもない!
奇形の人間や生命体、地上にあふれさせることは、あなた達の望むところじゃないんでしょう!?
いい!?
人がいなくなれば、緑が戻るってほど、今の都市は甘くないのよ!?」
「ど、どうすれば?」
「だから、世界樹を止めたいの!止めなきゃいけないの!」
「―――っ」
「本末転倒な結果は望まないなら、教えて!時間がないの!」
「……」
「……」
暫しの沈黙の後、カノッサは言った。
「……その前に」
「?」
「せめて、その物騒なモノ、引っ込めてよ」
「じゃあ、何?」
カノッサから説明を受けたイツミは、あきれ果てたような顔になった。
「クローン(あれ)は、正確には世界樹じゃなくて、樹獣なの?」
樹獣
魔界に生息する樹の一種。肉食で、根をもって捕食したり、移動する。
「樹獣自体、世界樹の根の残骸が独立して一つの生命体になったとされます。
ですから、世界樹の研究によく使われるんです」
グリムは、何でもない。という顔で頷く。
「本来の世界樹に最も近い遺伝子を持つとさえ言われているのですから―――私も世界樹のクローン生成には、樹獣の遺伝子を使用したのは事実です。
クローン生成の際、樹獣の情報はほとんど残さないほど削りましたから、樹獣と同じ情報が残っているとは思ってもいませんでしたよ。
とにかく、あなた方は、私に気づかれないよう、樹獣そのものの持つ、強い食欲を司る―――いわば、樹獣の一番厄介な遺伝子情報を、そのクローン遺伝子に組み込んでいたと」
「そうよ」カノッサは言った。
「樹獣は見境なく捕食しようとする強い食欲を持つ。世界樹にその強い欲求があれば」
「そりゃ、スゴいことになりますなぁ」
「どうでもいいけど」
美奈子は納得出来ないという顔で言った。
「肝心なコト、教えて―――どうやって止めるつもりだったの?」
「樹獣の弱点は、そのまま活かしている」
「―――成る程?」
イツミ、綾乃、グリムは一斉に、納得した。という顔で頷いた。
「それなら、手の打ちようがありますね」
「やりますか」
「こんな所で、樹獣狩なんて、考えてもいませんでした」
「ど、どうするの?」
一斉に動き出した周囲に戸惑いながら、美奈子はグリムに訊ねた。
「樹獣が、生体エネルギーを奪う相手をどう見つけるか。そこに勝機があるのです―――いや、これは盲点でした」
グリムは、腕組みしながら何度も頷いた。
「相手を世界樹のクローンという、限定した視野の中で見ていたことが、過ちの原因でした。成る程……私は視野が狭いのですねぇ」
「あのさぁ」
美奈子は銃尻でグリムを小突いた。
「わかるように言って」
「ああっ!」
グリムは泣きながら土下座した。
「申し訳ございませんっ!美奈子様ぁぁぁっ!」
「つまり」
美奈子は呆れた声で言った。
「樹獣っていう妖魔の精神に同調して、樹を自殺に追い込むの?」
「はい」
グリムは頷いた。
「樹は、魔界でも最強レベルの硬度を誇ります。下手な物理的・魔法的攻撃は一切意味を成しません。従って、樹獣を乗っ取り、その鋭い根で体を傷つけさせ、自殺させるのです。樹獣の精神構造はものすごく単純ですから、美奈子様でも出来ますよ?」
「樹なのに、内臓でもあるの?」
「似たような器官があるのですが、硬度10を誇る固い樹皮や幹にカバーされて、とてもではありませんが、攻撃が届かないのです」
「根なら出来るの?」
「ええ―――樹獣の根の先端は、全てを貫く槍として珍重されている程です。まぁ、それが、樹獣は樹獣のみ倒すことが出来る。といわれる所以ですね」
「―――なら聞くけど」
「はい?」
「世界樹化した樹獣って、乗っ取れるほど単純なの?」
「―――へっ?」
「へっ?じゃなくてさぁ。世界樹って、魔界に生息している樹獣っていう妖魔ほど、そういう面でも単純なのかって」
「それは―――」
考え込むグリムの結論は―――
「やって見なければわかりませんねぇ」
「……第四計画って連中って、馬鹿か、さもなければ行き当たりばったりのトンデモ集団だってことね」
「まぁまぁ」
「使われた身では文句言えないか」
「そ、そういうことにして下さい」
「で?誰が試すの?」
「今、彼女を掘り出しにイツミさん達が向かっています」
七十話まで後2話。あと2話だよぉ……。
どうする?尻に火がついてきたよ。
まとめられるか?
次回、あいつが数話ぶりに復活しますっ!
年内にケリつけたいなぁ。