第六十六話
「人間……元、人間というべきかしらね」
「はい♪」
「どきなさい。お嬢ちゃんみたいな小さい子と殺合いたくないの」
「……どっちがですか?」
琥珀は首を傾げた。
「えっと……私が形態年齢で13歳。オチビちゃんは……10歳?」
ビキッ!
空気が絶対零度にまで下がったのだが、
「ふふっ。背伸びしちゃいけまちぇんよぉ?」
悲しいほど、琥珀は空気を読んでいない。
「―――そこの二人」
肩を振るわせ、髪を逆立てるイツミの背から視線を外し、抱き合いながら震えていたルシフェルと綾乃に、イツミの恐ろしいほどの声が訪れた。
「フォローはどうしたの」
「はっ!はいっ!」
「琥珀とやら?この方はお子ちゃまなんかではありませんっ!」
フォローに回ったのは、琥珀以上に空気の読めない女。
綾乃だ。
「どこがですかぁ?」
琥珀にはピンとこない。
「た、確かに外見は、人間で言えばランドセルでも背負わせてやれば似合うのは確かです!私的には千歳飴ですけど―――でも、この方は御トシ3500歳を越えていますっ!」
「あははっ!アニメみたい」
「確かにそう思います!どういう非合法の研究してこんなちみっちゃい体型になったのか!そんな貧相な体型で満足か!ペドに愛されたいのか!―――いろいろ、いいたい事は確かにありますけど!」
綾乃は、本当にフォローのつもりで言ったのだ。
「この方の外見に騙されてはいけません!この方は、それはそれは大年増で、私達のような可憐な乙女が放つ色気ではなく、むしろ加齢臭を心配するトシさえ越えているのですっ」「つまり……」
うーんっと。
琥珀は考えをまとめた。
「徹底的に若作りしたお婆さんってことですか?」
「そうですっ!その通りですっ!ですから、お年寄りに対する敬意の目で、この方を見るべきなんです!」
「そうですかぁ」
琥珀は素直に頷いた。
「ごめんなさい。お婆さん」
どっかぁぁぁぁんっっ!
ホール全体が爆発したのは、その瞬間だった。
壁まで吹き飛ばされたルシフェル達の前で、聞いただけで死にそうになるほどの声を口から紡ぎ出すのは―――イツミだ。
「―――黙って聞いていれば」
「イ、イツミ殿?」
「トシ?大年増?お婆さん?」
「でですから!これは客観的な事実!」
「尚悪いっ!」
イツミは綾乃に怒鳴った。
「折角、コイツを何とかしてやろうと思ったけどヤメた!ほら二人とも!コイツをさっさと始末なさいっ!時間は1分!」
「い、1分?」
ルシフェルがたまらず悲鳴を上げた。
「無茶ですっ!相手は艦隊並の砲撃力を誇るんですよ!?」
「だから?」
イツミはきっぱりと言い切った。
「問答無用っ!1分過ぎたら私がまとめて皆殺しよ!?」
「……どうします?」
「どうしますって」
ルシフェルと綾乃が顔を見合った時だ。
「あのぉ」
琥珀が言った。
「敵の敵は味方ですよ?どうです?三人であのお婆さんを倒すってのは」
のった!
二人は思わずそう叫びそうになったのを、何とかねじ伏せた。
「とにかく」
わざとらしい咳払いの後、綾乃は琥珀に告げた。
「恨みはありませんが、立ちふさがるなら、排除します」
「ううっ……痛いの、イヤなんですけど」
「安心してください。私もです」
次の瞬間、
「きゃっ!」
「ぐっ!」
綾乃とルシフェルは、不可視の力にはり倒され、壁に叩き付けられた。
衝撃破陣。
衝撃波により敵を撃破する衝撃系攻撃魔法における最高レベルの魔法だ。
「イヤだから、さっさと終わらせてしまいます♪」
それが、琥珀の一撃であることは明白だ。
「―――さて、これでお婆さんだけになりました♪」
「ったく」
イツミは失望のため息を吐いた。
「30秒経ってないわよ?」
視線の先の二人は、ピクリとも動かない。
「―――情けない」
「ふふっ。お婆さん。畳の上で大往生ってのは諦めてくださいね?」
「イツミ様とお呼び。この死に損ない。今度こそ、確実な死をあげる」
「それはそれは♪」
琥珀の周囲に無数の光球が発生。光の刃がイツミの体めがけて襲いかかった。
イツミは、身じろぎ一つすることなく、全てを受け止めた。
「えっ?」
琥珀は、その光景が理解できなかった。
光―――魔法の矢は、すべてイツミに吸収されたように見えた。
魔法の矢は、避けるか障壁系魔法で弾くか。そのいずれかしか、対抗する方法はない。
なのに、魔法の矢は、文字通り、イツミに吸い込まれたようにしか見えない。
そのありえないことが、琥珀の前で起きた。
「ど、どういう?―――きゃっ!」
その答えを、琥珀はすぐに味わった。
背後から襲いかかる魔法の矢の奇襲攻撃。
それは全て―――
「私の魔法に、何をしたんです!?」
「―――知りたい?」
背後から襲いかかる魔法の矢に翻弄された形の琥珀の耳元で聞こえた声。
「お婆さん!?」
驚いて振り返ると、イツミの姿はどこにもなかった。
「ご、ご臨終ですか?」
パカンッ!
思わず手を合わせた琥珀は、後頭部に激しい痛みに襲われた。
「痛いっ!―――えっ?」
琥珀は、痛みの原因を知ろうと振り返ったつもりだった。
振り返ったつもり。
だが―――
琥珀の意識は、背後を認識することなく、失われた。
「うっ……」
痛い。
何だか、頭がズキズキする。
美奈子は、頭を押さえながら辺りを見回した。
そして、自分が残骸の中に横たわっていることを知った。
「ど、どうしたの?」
そこは、気を失うまで何もなかったはずなのに―――。
しかも、室内を照らし出していた灯りがほとんど消えかけている。
「?」
美奈子は、立ちつくしているグリムの姿を見つけた。
その顔は、世界樹を見つめたまま凍り付いていた。
グリムにつられるようにして見た世界樹。
マングローブのような根ばかりの植物だった。
それが今では―――
「な、何が!?」
美奈子は自分が腰を抜かさないのが奇跡だと思った。
ザワザワザワ
植物の根が、美奈子の目の前で、まるで意志を持つように動き回っている。
―――あり得ない。
美奈子の理性は、目の前の現実を否定しようと懸命だ。
根が自分の意志を持って動くなんて、あり得ない!
だが、美奈子の目の前で起きていることは、まぎれもない現実なのだ。
世界樹の根が、何かを探すようにザワザワと蠢く。
「ち、ちょっと!」
美奈子は、グリムに駆け寄ると、その胸ぐらを掴んだ。
「何をしたの!?」
「世界樹の」呆然とした顔のグリムは、うつろな顔で答えた。
「世界樹の葉を―――接ぎ木したのです」
「接ぎ木したの!?」
接ぎ木―――
世界樹を巡り、美奈子がグリムに教えた育て方。
無論、美奈子は冗談に近いつもりだった。
しかし、言われた方は、そうとはとっていなかった。
「クローンを削って、そこにオリジナルを埋め込んだのです」
「それでどうやったら植物がバケモノに!?」
美奈子は、世界樹の根に襲われることを警戒しながら、グリムに怒鳴った。
「答えなさいよ!それだけでああなるはずがないでしょう!?」
「なったんです!」美奈子の手を払いのけながら、グリムが怒鳴り返した。
「クローンとオリジナルが接合したのは確認した!ところが、その後で」
「ああなった」
「理由が―――わかりません。あれが、本来の動きなのか、違うのか」
「……」
美奈子は、じっ。とグリムを見つめた後、言った。
「世界樹に関するデータって、もしかして」
「?」
「グリムさんを唆した奴らからもらった?」
「勿論。世界樹の遺伝子組成なんて、研究者である我々でも知ることは」
「世界樹のオリジナルを盗むことも?」
「クローンをよりオリジナルに近づけるためには当然です」
「そう、唆されたの?」
「……はい」
「この馬鹿っ!」
美奈子のめりこみパンチがグリムの顔面にめり込んだ。
「つまり!」
めり込んだ顔面を何とか戻そうとあがくグリムの前に仁王立ちになった美奈子が怒鳴った。
「“この状況”こそが、そいつらの狙いだったってことじゃないっ!」
「―――えっ?」
「よく考えて!脳みそあるなら!」
呆然とするグリムは、顔を真っ赤にしている美奈子を見た。
意味がわからない。
連中は、私の研究を確実なものとするために、支援してくれたはずだ。
「世界樹を復活させたいっていう、グリムさんにつけ込んで、絶対に失敗するように、渡したデータを書き換えた!それを元に研究を続ければ、結果はこうなるように!」
「馬鹿なっ!」
グリムは血相を変えた。
「私が利用されただけだと!?」
「その結果が目の前でこんな怖いことになってるじゃないっ!」
「世界樹を復活させることは、我が獄族の宿願だ!魔族、神族を隷従させたかつての栄光を!」
「種族の誇りなんて、こんな時に出す言葉!?」
「被創造物の分際で!」
「そのブンザイに頼ってきたブンザイでエラソーにほざくなっ!」
「―――っ!」
「もうわかった」美奈子は、世界樹を睨みながら、
「これ、どうして起きたかわかった。これ、どうして暴走しているのか」
「暴走!?」グリムは困惑した顔で美奈子を見た。
「これがどうして暴走だと断言できるのですか?」
「植物が根を暴れさせるなんて、暴走なんてカワイイもんですか!」
「相手は世界樹だ!」
「この暴走を前に、よく言えるわね!?」
グリムは、信じられない。という顔になる。
「ちょっと考えればわかることよ?」
「―――どうして、です?」
「クローンの遺伝子をいじったんでしょう?」
「はい」
グリムはどこかからメモをとりだして熱心に書き始めた。
「つまり、遺伝子をいじられた時点で、世界樹は世界樹であって世界樹じゃなくなったの」
「?」グリムのメモをとる手が、止まった。
「世界樹であって、世界樹じゃ、ない?」
「遺伝子情報が書き換えられた時点で、別物になっちゃったのよ」
「ま、まさか」
世界樹を芽吹かせるために、遺伝子の情報を書き換えた。
それは事実だ。
そうしなければ、世界樹が芽吹かない。
芽吹かなければ、意味はない。
それが、間違いだったというのか?
「一部を書き換えられた遺伝子は、それに順応するように、他の遺伝子自身が自らを書き換えることがある―――遺伝子の世界じゃ、ジョーシキよ」
「よくご存じなんですね」
「空想科学小説も読むから」
世界樹の根が、一斉に動いたのは、その瞬間だ。
ズンッ!
世界樹の根が、一斉に天井の一角めがけて先端を突き立てた。
「!?」
ズンッ!
ズンッ!
ドリルのように鋭い先端が壁を抉り、土を掘り出す。
「ま、まさか!?」
「美奈子さん」
グリムが驚いてよろめいた美奈子の腕を掴んだ。
根が土を突き続ける音と振動が二人を揺るがす。
「どういうことです?話しが終わってません」
「―――世界樹のクローンは、遺伝子を書き換えることでオリジナルとは別モノになった。ところが、接ぎ木することで、オリジナルの遺伝子情報が入ってきた。結果として、世界樹の中で、遺伝子情報同士がぶつかりあって、パニックになってるのよ」
「パニック?」
「そう。遺伝子情報の混乱は、世界樹にとってバグやウィルスみたいなものを産み出す。それに犯されて」
「世界樹は」グリムの顔は真っ青だ。
「そうよ」その顔を軽蔑を込めて睨んだ美奈子は、再び世界樹に視線を戻した。
「世界樹というより、もっと別な、得体の知れないシロモノとなって―――暴走した」
「私は知らないっ!」グリムはわめく。
「私は古来の研究資料を基にしただけだ!」
「それが問題だったのよ!こんな時にあんたの責任なんて知るもんですか!」
パンッ!
美奈子はグリムの横っ面を張った。
「いい?これ、大事だから答えて!」
グイッ。
再び、グリムの胸ぐらを掴んだ美奈子が命じた。
「―――暴走した世界樹、どうなるか予測して」
「い、遺伝子がやられたというのが本当なら」
グリムは必死に思考を働かせた。
「暴走した世界樹は、本来、最低限度に押さえられた育成を開始する可能性が」
「際限なく育つだけ!?」
「まず、育成に必要な養分を求めて動き出す」
「……」
育成
養分
美奈子は、その言葉の意味を理解するのに時間を必要とした。
世界樹の養分。
それは、水や太陽光ではない。
生命力―――つまり、命だ。
しかも、世界樹は“世界”を冠するほどの樹木。
そのサイズは。
「まさか、コイツが地上に!?」
「ええ。地上のあらゆる生命体を襲い、生命力を吸い取る。そして、太陽光を受けて一気に成長を開始」グリムは真顔で答えた。
「推定幹周り500キロ。樹高40万キロ位かと」
「持たない!」美奈子は悲鳴をあげた。
「そんなの、地殻が支えられるの!?」
そう。
胴回りが500キロあって、高さが40万キロもある物体を、地上に建てようとする。
そんな重量物を大地が支えることが出来るとは、考えられない。
樹高40万キロ。
月と地球の間の距離は38万4,400kmといえば、その規模がわかるだろう。
「世界樹はかつて、空間に浮いていたそうです」グリムは答えた。
「この地球を崩壊させた後、世界樹は宇宙空間に浮きます」
「空気もないのよ!?」
「その育成に空気は不要。必要なのは生命のエネルギーだけです」
「……話しが大きすぎるわよ。何!?私に世界を救えとでも?」
美奈子は呆れを通り越して笑ってしまった。
「そんなこと、出来るワケないでしょう!?」
「―――ええ」
グリムは頷くと、
「きゃっ!?」
美奈子を突き飛ばした。
「ぐ、グリムさん!?」
「世界樹が、動きます」
「!?」
世界樹の根。そのまとまった部分が木なんだろうと美奈子は見当をつけた。
ズズズズズッ
美奈子の目の前で、根が穿った穴へ向け、その木が移動を開始した。
その動きは鈍い。
「地上へ出る!?」
「―――そうです」
「止めなくちゃ!」
「不要です」
グリムは微笑んだ。
「そのまま、出しましょう。そして、結果を見るのです」
「結果?」
「ええ―――世界樹が、本当に暴走しているのか。これ自体が、本来の動きなのか」
グリムは本当に楽しそうに笑った。
「美奈子さん」
「な、何?」美奈子は、後ずさりながら訊ねた。
グリムが笑ったとき、ロクな目にあった覚えがなかった。
「あなたは本当に、愉快で、愚かで―――だが、不思議な人だ」
「褒めてる?」
「ええ!あなたの言葉を聞くと、それがどんな間違いでも、真実だと思いこんでしまう!」
美奈子は、グリムが言いたいことを理解できた。
グリムが言いたいのは、美奈子自身の判断を、偽りだということだ。
「研究の分野において、何のデータもなしに仮定だけで物事を判断することは許されません」
「だけどっ!」
「美奈子さんの説は全て仮定―――なら私は」
グリムは世界樹を見つめながら言った。
「結果をもって、あなたの仮定の是非を判断させていただきます」
「その前に死んじゃう!地球が壊れちゃうじゃないっ!」
「そうです。でも、それが我々獄族にとって、何だというのです?」
「―――狂ってる」
美奈子はポケットに手を入れた。
中には、万一に備えて隠していた小型ナイフがある。
これで殺せる相手かはわからない。
だが、美奈子にはそれ以外の選択肢はないように思えた。
「あなた、狂ってる」
「言ったのはあなただ」グリムは勝ち誇っているようにさえ見える。
「我々は、全てを破滅に追い込んでいく。そこに反省という言葉はない。そんな感覚がないと」
「っ!!」
「おやおや、そんな怖い顔しないで下さい」
ポケットの中を漁る手が、何かに触れた。
それは、小さな石だった。
ナイフが―――ない。
「お探しのものは、コレですか?」
手品のように、グリムの手に現れたモノ。
ナイフだ。
「全く、探していたのですよ?書斎から消えたので」
「か、返して!」
「元から私のですって」
「それでもっ!」
美奈子は躍りかかろうとして、
「痛いっ!」
右腕に痛みを感じた。
焼けた鉄を押しつけられたような痛み。
それは、かつて味わったことのある痛みだ。
忘れることは出来ない。
あの神社での出来事―――
「……っ」
思わず押さえた手の中から、何かぬるりとしたモノがこぼれていく。
自分の血だと、イヤでもわかった。
「だ、ダメッ!」
「?」
怪訝そうな顔をするグリムの前で、蹲った美奈子が怒鳴った。
「まだダメっ!」
「何がです?」
「こっちの事情っ!」
「ふふっ。この状況で怒鳴れるなんて」
ヒュンッ
「痛っ!」
体に鋭い痛みが走る。
服が切り裂かれ、美奈子の体から血が流れる。
「―――これまでの協力のお礼と思って下さい」
ペロリ。
グリムは、ナイフについた美奈子の血を舐めながら言った。
「折角ですから、犯しながら切り刻んであげます」
「お、乙女の柔肌、なんだと思ってんのよ!」
「おいしい血だ」
「最低!このサディスト!」―――きゃっ!?
「何とでも」
美奈子を突き飛ばし、その上にグリムは馬乗りになった。
もう、逃げることが出来ない。
「―――ひっ!?」
殺される。
その恐怖に引きつる美奈子の目の前で、
ビリッ!
グリムの手が、美奈子のブラウスを引きちぎった。
ブラジャーを男の前に晒す羞恥心が、恐怖心をさらに深める。
「や、ヤメっ!」
「そうはいきません」
はねのけようとする手を、グリムは乱暴にはねのけ、ブラジャーと肌の間にナイフが差し込んだ。
「やめて!この変態っ!」
ザクッ
返事の代わりに、美奈子のブラが切り裂かれた。
水瀬以外の男の前で胸を晒す羞恥心と屈辱が、美奈子の瞳から涙となってこぼれ落ちた。
「言ったでしょう?犯しながら切り刻むと」
「どうして!」
「どうして?」
暴れる美奈子をねじ伏せながら、グリムは答えた。
「そうしたいからですよ」
「私は嫌っ!」
「私がしたいからそうするだけ―――さぁ」
グリムの腕が、美奈子のスカートの中に入り込む。
「王手です」
その言葉と共に引かれた腕が掴むのは、美奈子の、女の子としての最後の防御。
「っ!」
ポロポロとこぼれる涙。
それは、これから自分が何をされるか理解しながらも、何も出来ない自分の無力さの証。
愛してもいない相手。
自分を殺そうとする敵。
そんな相手に犯される運命。
嫌だ。
絶対に嫌だ!
「嫌ぁぁぁぁっ!」
美奈子は激しく暴れた。
「絶対!絶対やだぁぁっ!」
暴れる美奈子の指先が、何かに触れたのは、その時だ。
美奈子がそれを掴んだのは、グリムを殴るため。
確実に仕留めるために固いモノを探した結果。
―――これって。
美奈子は、感触で、それが何か理解した。
「……」
「ふふっ。諦めがついた見たいですね」
グリムが勝ち誇った顔で、抵抗を止めた美奈子の太股を割った。
「すぐに快楽の中へ、そして死の世界へご案内しますよ」
「―――ねぇ」
美奈子の甘い声が、グリムの動きを止めた。
「せめて、初めてなんだから」
その恥じらうような微妙な声色。
それが、グリムを止めた。
「はい?」
何を?そんな顔のグリムが美奈子を見た。
恥じらいながら、胸元を強調する美奈子が、そこにいた。
両腕に挟まれた豊かな(バスト90、ちなみにDカップ!)が卑猥な形に歪んでグリムを誘っている。
ゴクッ。
グリムが唾を飲み込んだ音が、妙に響く。
そのグリムに、美奈子は甘えた声で囁いた。
「―――キスして?」
「キス?」
「そう。キス……初めてだから、せめて愛されたいもの。優しくして」
「フフッ。わかりました」
そっ。
近づくグリムの顔。
微笑みながら美奈子はその顔を見つめる。
そして―――
「葉子っ!」
突然の怒鳴り声に、グリムは驚いて顔を離してしまった。
「なっ!?」
グリムは、自分が襲った存在が理解できなかった。
それは、美奈子の影から襲ってきた。
「何っ!?」
まるで、美奈子の影が液体となって自分を包み込むような、そんな恐怖さえ湧いてくる光景に、さしものグリムも戸惑った。
体勢が体勢なだけに、グリムもとっさには動けない。
グンッ!
闇の液体が、ついにグリムを捉えた。
そのタイミングを見計らったように、美奈子が体を起きあがらせ、傷が浅い左腕を伸ばした。
「!!」
グリムの額に、美奈子の指が触れた。
否。
美奈子の指が、何かをグリムに押しつけた。
「何っ!?」
額に感じる固くて冷たい感触は、すぐに異様な感触となって、グリムを襲った。
額に強い魔力の発動を感じたグリムが、額からその感触を放つ物体を引き剥がそうと藻掻く。
「こ、この魔力は!」
「そう―――」
美奈子は、胸元を晒すことさえ忘れ、床を転げ回るグリムを見つめていた。
「服従石―――私の血がついている」
「これは!これが発動したら!」
「発動したら―――私の下僕よ?グリムさん」
「ご、獄族の私が、人間の下僕だと!?」
「死ぬほど可愛がってあげる」
「い、嫌だっ!」
「私だって、こうなる時に言ったはずよ?そのセリフ」
キィィィィィィィッッ!
グリムの額から光が生じた。
服従石が発動したのだ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
ケダモノのような声を上げるグリムを前に、美奈子は息を整えながら告げた。
「―――王手」