第六十三話
「きゃああああっ!」
美奈子は悲鳴をあげながら、通路を走った。
冗談っ!
そう、思わずにはいられない。
「いつから私、ジョーンズ博士になったのよぉっ!」
通路のあらゆるモノをなぎ倒して迫り来る土管。
「こんな長ったらしい話、さっさと終わらせて次行きたいのにぃっ!」
美奈子は、通路の一角になんとか隙間を見つけた。
「そこっ!」
転がり込むようにして、美奈子はその隙間に体を押し込んだ。
目の前を、土管が転がっていく光景を、美奈子は震えながら見守った。
ドンッ!
すさまじい音がして、通路の角に土管がぶつかる音がした。
「ふうっ……」
安堵のあまり、力が抜けた。
土管に潰されるのだけは避けられた。
後は、第9層を目指して―――
「えっ?」
美奈子は、そこまで思考を働かせて、ようやく気づいた。
「ま、まさか……」
再び襲われることはないだろうが、それでも美奈子は恐る恐る、通路に顔を出した。
土管は、少し先の角にぶつかって止まっていた。
「……」
角。
つまり、下へ続く階段の真上で―――
「じ、冗談……」
あまりと言えばあまりのことに、美奈子は泣きたくなった。
そっと近づくが、土管は完全に階段を塞いでしまい、どうやってもすり抜けることが出来ない。
「神様ぁ」
美奈子は天井を仰ぎ見た。
「仏様でもいいです……お願いです」
美奈子だって、今時の娘だ。
信心なんてないに等しい。
それでも、受験とか困ったときには、しっかりお祈りするタイプだ。
「―――聞いてください」
その美奈子が、心から、神仏に自らの言葉を聞いて欲しい。
そう、願ったのだ。
神仏の慈悲ある御心に届かぬはずはない。
窮地に追い込まれた一人の少女。
桜井美奈子。
灯り一つ無い暗闇に向かい、少女は、大きく息を吸い込み、
―――そして、怒鳴った。
「ふざけるなぁぁぁぁっっ!」
もし、神仏が耳を傾けていたら、確実に鼓膜が破れたろう。
それ程の怒鳴り声をあげた美奈子は、地団駄を踏んで悔しがった。
「毎度毎度、かなえてもくれないクセに、お賽銭だけはふんだくるクセに!」
まさに神をも恐れぬ言葉を、美奈子はわめいた。
「何よ!今まで支払ったお賽銭、全部勘定したら、この窮地を抜け出す奇跡位、起こせるはずよ!?」
ドンドンッ!
「お金返せっ!
詐欺だぁっ!
製造物責任法違反だぁっ!」
ドンドンッ!
この時、美奈子担当の神様か仏様が思ったのかもしれない。
―――美奈子よ。
お前は、そうは言うが、
では訊ねよう。
お前は、この危機を脱したいと、いつお願いしたのか?
何時何分何秒、地球は何回、回った?
賽銭はきっちり払ったか?
現金一括払いだぞ?
ツリは出ないぞ?
ノークレームノーリターンが原則だぞ?
ついでに、カードは不可だ。
「うーっ!腹立つっ!」
地団駄を踏むことを止めた美奈子が、近くにある石を蹴った。
「後で神社なり仏閣なり言ってお礼参りしてあげるから、さっさと何とかなさいっ!」
蹴られた石が、何かに当たった。
ガンッ!
短く、そんな音がしたが、怒りに我を忘れた美奈子は気づかない。
「上手くいけば、賽銭にイロつけてあげるからっ!」
賽銭にイロ。
その言葉が届いたのか。
それとも、美奈子の窮地を哀れんだのか。
はたまた偶然か―――
ガコンッ!
「―――えっ?」
突然、美奈子の足下の床が抜けた。
「うそぉぉぉぉぉぉっ!」
暗闇の中、美奈子は暗闇の中へと、消えていった。
「えーっ!?」
濃厚な女の匂いが立ちこめる室内に、そんな声が響いた。
全裸でドアの前に立ち、ドアの向こうの誰かと話しているのは、琥珀だ。
「もう終わっちゃうんですかぁ?」
「仕方ないでしょう?」
声の主は、グリムだ。
「もうすぐ、敵が来ます。―――あなたなら、戦えます」
「本当ですかぁ?」
「私が、嘘をついたことがありますか?」
「信じられること、言われた覚えがありませぇん」
「……」
グリムの両手がグーになって、琥珀の頭をグリグリやりだした。
「いたたたたっ!痛いですぅっ!」
「ご主人様に向かって、そのクチのきき方は、なんですか?」
「ごめんなさぁい……でもぉ」
琥珀は不思議そうに訊ねた。
「ご主人様は、何で戦わないんですか?」
ごんっ。
グリムのゲンコツが琥珀の頭に炸裂した。
「私には、他に仕事があります―――琥珀」
「ぐすっ。はい?」
「その娘は、確かにあなたにくれてやりましたが」
ドア越しのグリムの視線の先。
そこには、ベッドの上で動かない萌子の艶めかしいまでの姿があった。
「ダメダメぇ!」
グリムの視線に気づいた琥珀は、グリムの目から萌子を遮ろうと、グリムの顔の前で手をパタパタやりだした。
「萌子ちゃんは私のモノなんですからぁ!」
「どうでもいいんですけどね?」
グリムは琥珀に視線を戻した。
「ここも危険です。どうするんです?」
「一緒に死にます―――そう、いいたいんですけどねぇ」
琥珀は、寂しそうに笑った。
「もう、私は死んでますし」
「仲間にする?」
「ダメです」
琥珀はきっぱりと答えた。
「萌子ちゃんは、まだ死んじゃいけない人なんです」
「―――琥珀」
グリムは、ポケットから何かを取り出した。
「これを」
「?」
差し出された琥珀の両手に、グリムが乗せたのは、二つの宝石だ。
「暴力団に貸し出した宝石です」
「これを?」
緑の光を放つ石を不思議そうに眺める琥珀に、グリムは告げた。
「カットが同じですから間違えないでください?導石にカモフラージュしていましたが、本当は違います。一つは、その子を助ける石。もう一つは―――」
ポンッ。
宝石に見入る琥珀は、自分の頭にグリムが手を乗せたことに気づいた。
「グリム様?」
琥珀の視線の先。
そこにいるグリムは、何かとても辛そうだった。
「……あなたを……助ける、石、です」
「私を?」
「それは―――」
琥珀は、グリムのその言葉に息を飲んだ。
信じられない。
どうして?
そんな言葉が、琥珀の脳裏を駆け回った。
「どうして―――?」
琥珀は、流れる涙をそのままに、グリムに訊ねた。
「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?……私、死人なのに」
「……あなたを“人形”にしてから、何年ですかねぇ」
グリムの声は、いつしか、とても優しい声になっていた。
「もうかれこれ」
……何年だろう?
琥珀は首を傾げた。
よく、思い出せない。
「楽しかったですねぇ……とても騒がしい日々でしたけど」
「これからも、楽しくなればいいんです」
ぎゅっ。
琥珀は二つの宝石を握りしめながら、グリムに抱きついた。
「ずっと、ずっと!私は、これからもグリム様と一緒にいますから!」
「―――琥珀」
グリムは、琥珀の肩に手を置いた。
「始まりがあれば、終わりもあります。
万一の時は、その石を使いなさい。
むしろ、あなたにとって、その方が幸せなのです」
グリムの胸の中に顔を埋めた琥珀は、無言で首を横に振った。
「覚悟だけでも、決めておきなさい―――相手は、あなたに匹敵するモンスターなのですから」
「……その人達を殺せば」
琥珀は顔を上げた。
「私達、今まで通りに暮らせるんですか?」
「―――ええ」
グリムは、どこかもの悲しげに頷いた。
「まるで、私が負けるって顔ですよ?」
琥珀のそんな言葉を受け、グリムは慌てて表情を変えた。
「そんなことはありません!」
グリムは精一杯明るい声で言った。
「あなたは私の最高傑作!私のパートナー!そして―――」
ぎゅっ。
グリムは琥珀を抱きしめながら、その耳元に囁いた。
「私の、女神なのです」
「はいっ!」
琥珀は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「そいつらを殺して、ここからの逃走経路を確保する!それでいいんですね!?」
「そうです」
「どんな方法をとってもいい!とにかく皆殺し!殺しちゃう!殺して殺して、ご主人様と萌子ちゃんと楽しく暮らすんですっ!」
グリムは頷き返して、言った。
「情けは無用です―――敵、なのですから」
作者の鷹嶺です。
質問が来ました。
ブログ「月夜茶会」主催の、でっちの助六様。
頼んでもいないのに、質問なんてくださりましてありがとうございます(いつかコロス)
Q ムダに長いですけど、このお話は、いつ終わるんですか?
……ええ。
もうそろそろです。
おい、でっち。
お前の寿命とどっちが先か、試してみるか?
……というわけで(?)、ようやく最終局面まであと一歩です。
予定では、長くても10話位。
70話でエンディングが迎えられれば御の字ですね。
もう少し、おつきあい下さいませ!