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第六十話

「さて」

 ぐったりした悠菜を放り出し、イツミは立ち上がった。

「こんなことしてる場合じゃないものね」

「い、イツミ殿?」

 綾乃ティアナが恐る恐る訊ねた。

「あの……どうなさるおつもりで?」

「どうされたいの?」

「そう、きっぱり訊ねられると、逆に答えづらいんですけど」

「要するに、仇討ちでしょう?」

 イツミは、セージュに声をかけた。

「仇討状を拝見」

 セージュは、エプロンドレスのポケットから、袱紗に包まれた包みをイツミに差し出した。

「天界、魔界共通の仇討許可状―――発行は魔界帝室……グロリア陛下直筆ね」

 包みの中身、つまり書状を改めたイツミが言った。

「わかりました―――仇討ち対象はシェリス・レージュ・フォン・ガードナージュ。仇討ち執行はセージュ・フローラ・フォン・ガールフ。間違いないですね?」

「……出てるんでしょ?」

 シェリスは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「間違いありません」

 セージュは震える声で頷いた。

「よろしい」

 イツミは書状を袱紗に戻しながら、周囲の全員を見回した。

「助太刀は双方3名まで―――名乗りを上げて」

「セージュ殿助太刀、魔界帝室第一皇女ティアナ・ロイズール・トランシヴェール」

 綾乃ティアナはちらと悠菜達を見た。

「天界天帝親衛軍所属、現・人間界大日本帝国日菜子皇女お預かり、デミ・ユーリ・ラスフォルテ……水瀬悠菜と、その姉、ルシフェル・ミナセの3名」

「―――そちらは?」

「ミーティア・スカーレット・ガラシャ」タキシード姿の女の子が小さい声で言った。

「ルーシー・エマーラ・ファンテング」黒ずくめの女が冷たい声で名乗る。

「―――そして、あなた」

 シェリスの勝ち誇った視線を受けたイツミが、目を丸くした。

「私?ダメダメ」

「―――は?」

「立ち会いだもの」

「用心棒、引き受けていただいたのでは?」

「用心棒が仇討ちの助太刀なんてするものですか」

「そ、それでは―――」

 シェリスが困惑のあまり言葉を失った。

 すると、ルーシーが何の感情もないような声で言った。

「それでは、こちらが3、あちらが4となり、こちらが不利です」

「……成る程ねぇ」

 イツミは綾乃ティアナ達を見てため息をついた。

「魔界の暴れん坊女将軍、天界のバカ人形……ヴォルトモード卿撃破の凄腕……確かにねぇ」

「いろいろ……ひっかかるんですが」

「王女?心は寛大に」

「寛大でも受け止めがたいものが……」

「ふむ」

 ぽんっ。

 イツミは手を叩いた。

「こうしましょう♪」

「な、なんだか……スゴイ、イヤンな予感が」

 お尻に治癒魔法をかけていた悠菜の顔が青くなった。

「ユーナ」

「は、はい」

「いつまでパンツ下げてるの!みっともないでしょう!?」

「痛くて履けないんですっ!」

「情けないっ!」

「情けなくしたのは誰ですかっ!」

「師匠にケンカ売るつもり!?」

「真実ですっ!真実っ!」

「あの!」

 たまらず割り込んだのは綾乃ティアナだ。

「お話が全然、進まないのですが!」

「そうね」

 少しだけ赤面したイツミがわざとらしい咳払いの後、言った。

「コホンッ―――立ち会いを二人にします。つまり、ユーナ。立ち会いと別に、私が相手してあげる♪」

「へ?」

 悠菜の顔色が白くなった。

「いろいろ経験したみたいだから、そっちとは別にね?」

「い……イヤです」

 悠菜の顔はもう泣き顔だ。

「ぐちゃぐちゃいわない―――死んでいたら別だけど?」


 そっ。


 悠菜が取り出したのはスケッチブック。

 そこには、


 死んでます。


 そう、書かれていた。


「……」

「死んでますよぉ?」

 悠菜は泣きながらそう呟いた。


 どんっ!


 悠菜が魔法攻撃の直撃で吹き飛ばされた。


「ったく!情けないの程があるわっ!?徹底的にその螺旋階段みたいなねじくれ曲がった負け犬根性、たたき直してやるっ!」


「……あの」

 ルシフェルがそっと綾乃ティアナの袖を引っ張った。

「水瀬君が、ああいう性格になっちゃったのって」

「はい」

 綾乃ティアナは、ため息混じりに答えた。

「元からもあるでしょうけど……ああいう人の元で育ったからではないか、と」

「親って―――大切なんですね」

「生みの親より育ての親です」


「し、死んじゃいますよ!?お師匠様っ!」

「もう死んでますって言ってきたクセにっ!」


「イツミ様っ!」

 悠菜の胸ぐらを掴み上げたイツミに怒鳴り声を浴びせたのは、なんとセージュだ。


「遊んでいないで、早く進めてくださいっ!」

「ご、ごめんなさい」

 ったく、悠菜のせいでとんだ恥かいたわ。

 そうぼやきつつ、イツミは告げた。

「古き良き慣例に基づき、これより仇討ちの儀、始めます」


「仇討ちにルールがあるとすれば一つだけ」

 セージュ、綾乃ティアナ、ルシフェルが、シェリス、ミーティア、ルーシーの三人と対峙する中、イツミは朗々と語り出した。


「正々堂々殺し合うこと―――それだけです」


 双方は無言で頷く。


「仇討ち、返り討ち、いずれの結果となろうとも、対象者、執行者のいずれかの死亡と認定される必要があります」


 セージュは、手にしたサイズの柄を、何度も握り直す。

 シェリスはあのムチを楽しげに揺らせている。


「武器は何でもご自由にどうぞ―――では」

 イツミが右手を上げた。

「はじめっ!」


 先手をとったのはシェリスだ。

 二股のムチがうなりを上げてセージュに襲いかかる。

 ギインッ!

 それを、綾乃ティアナの魔法が弾く。

「セージュ!―――ちっ!」

 セージュの前に出ようとする綾乃ティアナの前に、ルーシーとミーティアが立ちふさがった。

 二人の手には槍が握られている。

「姫様のお相手は」

「私達が」

「どきなさいっ!」

 綾乃ティアナの手から魔法の矢が放たれる。

 ドドドンッ!

 すさまじい爆発音。

「なっ!?」

 その爆発の背後には、平然と立ちふさがるルーシーとミーティアの姿がある。

「無駄です」

 ミーティアが言った。

「前回同様、この部屋には姫様の魔法を無効化する魔法が」

「―――っ!」

 その二人が、瞬時に左右に跳んだ。

 二人のそれまでいた場所を横切った黒い影。

 ルシフェルだ。

「人間ふぜいがっ!」

 ドンッ!

 ギィンッ!

 ルーシーの手から魔法が放たれ、ルシフェルの防御魔法がそれを弾く。

「このっ!」

 ミーティアが側面からの魔法で襲う。

「二方向からならっ!」

 ルーシーと対峙するルシフェル。

 その側面は、ミーティアからすればがら空きだ。

 ミーティアは、そのがら空きの的めがけて自らの知る最大級の攻撃魔法を放った。


 人間なんて―――ちょろいっ!


 ルシフェルは、視線をルーシーに向け、決してミーティアを見ていない。

 その隙を突くだけだ。

 魔法が命中するわずか前。

 ルシフェルの体から、何かが離れた。

 魔法を反射してきらめく光。


 ―――鏡?


 ミーティアがそう思った次の瞬間―――


 ルシフェルの体を、ミーティアから覆い隠すように黒い空間が生まれ、攻撃魔法はその中へと吸い込まれていった。


「なっ!?」


 何が起きたの?


 その言葉は、ミーティアの口から漏れることはなかった。


 ミーティアは、突然、背後から襲われた魔法攻撃に、その体を焼かれた。


「ギャッ!」


 空間魔法だ。


 ―――人間は、空間をねじ曲げて、自分の側面と私の背後をつなげ、攻撃魔法を私にぶつけたんだ。


 遠ざかる意識の中。

 ミーティアは正しい答えを導き出したことにだけ、満足して息絶えた。


「ミーティア!」

 ルーシーの悲鳴が室内に響き渡る。

 さっきまで元気に動き回っていたのに、今では黒こげになり下がった友。

 ルーシーの目の前で、炭化した亡骸が光を放ちながら崩れ落ちていく。

「き、貴様ぁぁぁぁぁっ!」

 ルーシーは魔法の針を乱射しつつ、ルシフェルめがけて突撃した。

 敵は防御魔法で針を凌ぐしかない!

 接近して串刺しにしてやるっ!

 ルーシーの持つ槍は防御魔法を打ち抜く特殊魔法がかけられた槍―――楯砕たてくだき

 魔界では一般的な魔法だが、人間相手なら驚異の代物。


 人間が明後日の方向に魔法の矢を放った。


「そんなことでっ!!」


 人間界に無知なルーシーは、自分が目の前の人間を何度も串刺しにしてなぶり殺しにする光景を想像し、防御魔法に槍を突き立てた。


 その瞬間―――


 ズンッ!

 ずしゃっ!


 背中から胸にかけてと、首に焼けた鉄棒を押しつけられたような、鈍い痛みを感じた。


「―――えっ?」


 何が起きたかわからない。


 ただ―――


 恐る恐る見た胸元に、巨大な穴が開いてるのが見えた。


 何が?


 その答えを、ルーシーは知ることが出来なかった。


 何が―――起きたの?


 呆然とするルーシーの首が除々に空洞のあいた胴からずれていき、地面へと落下を始め、盛大な鮮血のシャワーが、ルーシーの首への花束として吹き出した。


「さすがですね」

 魔族二体を、難なく倒したルシフェルに、ルーシーの首をはねた綾乃ティアナは言った。

「私の一撃なんて、必要なかったようですね」

「ううん―――感謝」


 空間を自在に操る鏡魔法きょうまほう

 別名・空間制御魔法。

 ルシフェルの得意技だ。

 ミーティアを自滅に追い込んだ「空間歪曲」。

 魔法攻撃をねじ曲げ、明後日の方向からの攻撃を可能にする「魔法反射」。

 よほど熟練した者でも、その驚異から逃れるのは至難の業だ。


「ともかく、助太刀には感謝します」

「いい」

 ルシフェルは、剣を戻しながら言った。

「後で水瀬君からたっぷり、ふんだくるから」

 たっぷり。という言葉を強めるルシフェルに、綾乃ティアナは苦笑した。

「ふふっ―――意外と強欲なのですね?」

「他に対価として求められるモノがないだけ」

 ルシフェルは表情を変えず、綾乃ティアナに告げた。

「それとも、あなたに求めて良いの?」

「何がお望みですか?」

「―――わかんない」

 ルシフェルは、綾乃ティアナに言った。

「とっておいて?その時になったらお願いするかも」

 綾乃ティアナは肩をすくめた。

「覚えておきます」



「このぉっ!」

 ムチがうなりをあげてセージュを襲う。

 まっすぐにセージュの喉めがけての一撃。

 セージュは頭をそらすだけでかわし、タイミングが遅れて側頭部を襲ってきた二本目をサイズで弾いた。


「セージュのクセにっ!」


 シェリスは徐々に焦り始めていた。

 彼女の知っているセージュとは、いつもオドオドしていて、見るだけでイライラする。

 憂さ晴らしにいじめてやるのが丁度お似合い。

 そんな子だった。

 そんな子が、

 ビュンッ!

 ビュンッ!


 自分の攻撃をいともたやすく避け続けている!

 シェリスには、それが納得出来なかった。


「避けるなっ!」


「―――っ!」

 一本のムチをセージュのサイズが捕らえた。

 ムチが切断され、先端に仕込まれた棘付の鋲が吹き飛ぶ。

「この―――このぉっ!」

 シェリスはムチの柄を操作した。


「っ!?」

 セージュの目の前で、ムチが変化した。

 単なるしなやかで細いムチだったのに、いまでは薔薇ように無数の棘が乱雑に突き刺さる太いムチに変化していたのだ。


「一撃でも喰らったら、治癒魔法も効きませんわよ?」

 シェリスはムチをふるって床を叩いた。

 パンッ!

 軽い音が響き渡るだけ。

 それなのに、床石が粉々に砕け散った。

「これ―――味わってみる?」


 セージュはサイズを構えながら、精一杯の迫力でシェリスを睨み付けた。


「ふふっ……戻っていらっしゃいな」

 嫣然とした目でシェリスは言った。

「戻ってきたら、楽しい快楽の日々が待ってるわよ?」


「わ、私は―――」

 セージュは言った。

「私はあなたのおもちゃじゃありませんっ!」


「―――そう」


 ムチが空を切り裂いた。


「っ!!」

 セージュが跳び下がるが、ローブが切り裂かれた。

 先程までかわしていたのに、間合いが違う!

 間合いを―――間合いを!


 そう思った、次の瞬間―――


「ぐっ!」


 セージュの体がくの字に曲がった。


 腹にムチが命中したのだ。


 一瞬、意識が遠のいた。


「―――ほら痛い思いする」

 シェリスは楽しげに言った。

「ホントに、あなた達ってバカよね」


 あなた―――達?


 セージュは崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えた。


「こんな痛い思いして、それでも何で戦うの?」


「……」


「男爵だって、爵位持ちなのに、あんな仕事仕事で奥様に離婚されて、本当の娘の死に目にも会えず」


 その声が、軽蔑に満ちあふれているのは確かだ。

 そして、セージュはそれでわかった。

 あなた達。

 それは自分と義父のことだと。


 ギュッ。


 セージュはサイズの柄に力を込めた。


「それでもなんで、戦うのよ。バカじゃないの?」


「……」


「何熱血してるのよ。アホらしい」


「それでも―――」

 セージュは答えた。

「そういう生き方だってあるんです」


「私はイヤよ」

 シェリスはそっぽを向いた。

「楽して生きるの。面白おかしく。必要なのはお金だけ♪邪魔者は殺すの」

「だからあなたは、義父様まで」

「ええ」


 シェリスは当然。という顔で答えた。


「そのために―――お金のために親まで殺した私だもの」


「っ!!」

「ふふっ……セージュ?教えてあげる」

 シェリスは微笑みを崩さずに言った。

「私はね?体を売らされたのよ?―――実の親に」

「っ!?」

「貴族って肩書きだけ。財産切り売りして生活するような家だった―――それでもお金がなくなったらどうしたと思う?

 ―――売ったのよ。

 実の娘の体を。

 いまでも今でも覚えているわ。

 子爵家の娘の純潔売りますって―――イヤらしい男共の前に全裸で立たされたあのオークションのこと」

 シェリスはそっと自分の下腹部を撫でた。

「妾の娘だから問題ない―――私のタネを母様に仕込んだバカにそう言われた私の純潔。いくらだったと思う?」

「……シェリスさん」

「10枚。金貨10枚よ」

「……」

「笑っちゃうわね。―――今となっては。高級娼婦だって一晩金貨100枚よ?子爵家の血を引く娘の純潔が―――たかが金貨10枚なんて!」

 ひとしきり笑ったシェリスは、冷たい目になった。

 その目は、セージュを見ているのか、自らの過去を見ているのか―――何を見ているのか。セージュにはわからなかった。


「それから毎晩毎晩―――学校に上がる前の体で一晩金貨20枚。知ってる?純潔の時、どうしてそんなに安かったか。―――痛がって使い物になるかわからないから、特売だって!」


 シェリスの口元が歪んだ。


「フフッ……学校に入っても、事ある毎に呼び出された。外泊して、一人で寝た事なんてない!―――おかげでこんな精液臭い体になった!」


「そ、それでも」


「汚らしい精液を体に注がれる度に、私は思った!“お金さえあれば、ここから逃げ出せるのに”って!そして!!」


「っ!!」


 セージュの目の前で、シェリスの攻撃魔法が火を吹いた。


「私がこんな地獄を味わっているのに!あんたみたいなのが、何にも知らずに、のほほんってやってるのは、間違っているって!」


 ビュンッ!


 シェリスのムチがうなりを上げてセージュを襲う。


「だから私は―――最後には実の娘に襲いかかってきたあの男を殺し!あんたを嬲った!それの何が悪いのよ!」


 シェリスの猛攻を紙一重でかわすセージュ。

 その彼女にシェリスは憎悪の眼差しを向け続けた。


「私だけ!私だけが苦しみ続けるなんて間違ってる!私にだって!!」


「まだやり直せますっ!」


「精液と血にまみれたこの体で―――」


 ムチがサイズの石突を破壊した。


「何をやり直せるっていうのよっ!」


「!!」

 石突を破壊された衝撃で、セージュの手からサイズが吹き飛び、セージュはその場に尻餅をつく格好になった。


「甘いこと言わないでよ!世の中そんなに甘くない!男爵家に拾われたあんたにはわかんないでしょうけどね!」


 サイズが石壁に突き刺さった。

 シェリスの目には、セージュには戦う手段が残されていないように見えた。

「……これで終わりよ」

 シェリスは勝ち誇った顔でセージュに告げた。


「さぁ―――命乞いなさい。泣いて許しを乞いなさい!あの晩の私のように!あの時のあなたのように!

 かなうことなき許しを!!」


「あなたは、人を憎むことしか知らないんですかっ!?」


「そういう中で生きてきたのよ!」


「っ!」

 セージュがかろうじてムチから逃れた。


「入学したたての時、ご飯を食べるお金さえなかった私を食事に誘ってくださったのは、あなたじゃないですか!」

「気まぐれに決まってるでしょう!?」

「あの時―――」

 ムチをかわし続けるセージュの瞳から涙がこぼれた。

「私、あなたとお友達になれたと思ったのに!どんなことされても、友達だって信じてたのに!」

「ここまでされて人を信じる甘ちゃんが!」

 ガンッ!

 ムチがセージュを追いつめていく。

「さぁっ!友情を確かめるためにここまで来たんじゃないでしょう!?あなたには私を憎む理由がある!私が憎い!」

「違いますっ!」

「憎くなかったら、何故仇討ちなんていいだしたっ!」

「―――っ!」

「金?男爵家の遺産が欲しくて―――家督相続のため!?金のためっ!?」

「違うっ!」

「違いはしないっ!」

 セージュはついに壁まで追いつめられた。

 そのメイド服はもうボロボロだ。

「それ以外の何の理由があるの!?この偽善者!」

「私は―――私は!」

「これで終わりにしてやるっ!」

 シェリスがムチを振り上げた。

「死ねぇぇぇぇっ!」


 今まで、何とかかわしていたムチだが、もう逃げ場はない。

「セージュっ!」

 綾乃ティアナとルシフェルが飛び出そうとする。

 その前で、セージュは身に纏っていたローブを、セージュの前に投げつけた。

「!!」

 ローブによって視界を奪われつつ、シェリスはローブを突き破ってムチを送り込もうと、ムチをコントロールしたが―――


 ダダダダダダッ!


 室内に、何かが破裂する様な音が響き渡った。


「!?」

 魔族である綾乃ティアナやシェリスには聞き慣れないその音。


 悠菜やルシフェルにはイヤでも聞き覚えのある音。


 その余韻残る室内で倒れていたのは―――


 シェリスだった。


「グッ……ガハッ……」

 うつぶせに倒れる体から流れ出すのは、真っ赤な血。

 シェリスは赤い海の中でもがいていた。

「なっ……何を……したの?」


 ガチャン


 呆然とするセージュの手から落ちた物。

 それがサブマシンガンだと知る者は、ルシフェルと悠菜だけ。


「魔界のお城でお会いした人間のお姫様が貸してくださったんです」

 セージュは慌てて近づくなり、シェリスに言った。

「“もしかしたら役に立つかもしれません”って―――待ってくださいっ!」

 シェリスはポーチから呪符を取り出そうとした。

「止血します!それから治癒魔法で―――!?」

 その手を抑えたのは、シェリスだった。

「もう―――いい」

 シェリスは穏やかな顔でセージュに告げた。

「これでいいのよ」

「よくありませんっ!」

「ふふっ―――ここまでしておいて、よくも言う」

「ご……ごめんなさい」

 うなだれるセージュは、泣いていた。

「私、確かにあなたを憎んでいた―――御義父様を殺したあなたが、憎かった。

 それで私―――私は!」

「……親を殺されて……憎く思わないなんてどうかしてるわ」

 ゴホッ……ゴホッ……

 綾乃ティアナとルシフェルが駆け寄る中、シェリスは咳き込むと、口から血を吐いた。

「ふふっ……私こそ、謝らなくちゃね」

「……シェリス……さん」

「あなたが嫌いだったんじゃない……汚れた自分がイヤだった……だから、綺麗なあなたが憎かった……ごめん……なさい」

「いいんです!いいんです!」

 セージュは呪符をシェリスの傷に貼り付けながら言った。

「もう、そんなこと!ここで仇を討っても、義父様は還ってこない!義父様が―――私が人を殺すなんて望むはずがない!それがわかってて―――わかっていて私、私は!」

「ふふっ……」

 そっ。

 弱々しい手で、シェリスはセージュの髪を撫でた。

「後悔ばっかりでしょう?生きるってことは」

「……はい」

 そうだ。

 何かしても、

 いつだって、

 後悔ばっかりだ。

 今回は、

 その中でも最悪だ!

「でも―――生きるって―――いいことよ?」

「一緒に、生きましょう」

「……バカ」

 セージュに手を掴まれたシェリスは、手に落ちるセージュの涙の暖かさを感じた。

「私……逝くわ」



 ドンッ!!


 シェリスがそう言った途端、地下迷宮が激震に見舞われた。


「何っ!?」

 綾乃ティアナ達が警戒する中、天井からすさまじい音が響き渡ってくる。

「迷宮が!」


 ゴゴゴゴゴゴッ!


「崩れるっ!」

 ルシフェルがとっさに防御魔法を展開する。

「早く撤退を!」


「……その壁の向こうに、リンク・ポイントがある」

 シェリスは視線を壁にむけた。

「地下5階に通じている―――そこしか逃げ場はない」

「肩を貸して下さいっ!」

 シェリスの肩に手を回そうとするセージュだが、

「やめなさい」

 シェリスはそれを拒んだ。

「ここで眠りたいのよ」

「ダメですっ!」

 綾乃ティアナに肩を掴まれながらも、セージュはそれをふりほどこうともがいた。

「……姫」

「はい」

「これで―――仇討ちは……なりましたね?」

「はい……」

「トドメは……いりません。逃げて下さい。最後位、貴族の子女として、誇りある死を」

「―――さらばです」

「はい♪」

 立ち上がった綾乃ティアナを、シェリスは穏やかに見つめるだけ。

「セージュ!」

「いやですっ!」

「ルシフェルさん!セージュを取り押さえて!」

「はいっ!」

「イツミ殿!悠菜様!」


 その騒ぎの中でシェリスは目を閉じた。


 体の痛みはすでにない。

 自分の体の感覚すらない。

 宙に浮くような、不思議な感覚の中。


 シェリスは最後に夢を見た。


 それは、シェリスの人生の中で最も楽しかった子供時代。


 妾と嘲られながらも、精一杯生きた母と過ごした時間。


 子供のシェリスは、両手一杯に花束を抱え、縁側で椅子に座る母の元に駆け寄る。


 母が好きだったお気に入りの場所。


 母が好きだった花。


 大好きだった母―――


 その母の微笑み。


 母の優しい手が、シェリスの頭を撫でた―――。



「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 崩壊を始める第四層にセージュの悲鳴が響き渡った。

「シェリスさぁぁぁぁぁんっっ!」

 羽交い締めにされながらも、なんとかシェリスの元へ戻ろうとするセージュ。

 精一杯伸ばされた手の先で横たわるシェリス。


「リンク・ポイントは!?」

「生きてますっ!」

「急いでっ!」


 その姿を、崩れ落ちる石材が、セージュ達の前から隠した。


   

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