表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/73

第五十六話

 美奈子の嘲りに答えるように。

 そう表現するのが最も適切と思ってしまうほど、水はあっさりと引いた。


 最初の浸水から30分で水は迷宮から去っていた。


 時間がかかった理由は一つ。


 悠菜が「どこでもドア」を運ぶのに時間がかかったから。


 ゼェゼェ……。


 第四層に設置された「どこでもドア」の横でへたり込んだ悠菜は、何とかドアを閉めることに成功した。

 ドアを持ったまま泳がないでリュックに戻してから第四層まで移動すればいい。

 それに気づいたのは、悠菜が四苦八苦して第四層に入り込んだ時だった。

 単純なことに気づけなかった悠菜は、第四層入り口でヤケクソ気味にドアを開いた。

 今度は、水がすさまじい勢いでドアの向こうへと流れ出していく。


「さ、サハラ砂漠だから文句はこないと思うけど……」


 突然、砂漠に海水が降り注ぐ。

 それはそれでロマンチックだけど、関わりたい話じゃない。

 悠菜はそう思うと、まだ濡れているドアをリュックにしまった。


 迷宮内は水浸し。

 岩に染みついたオゾンの臭気が漂う中、悠菜はよろよろと立ち上がった。

「オゾンをもう一回発生させるかな?」

 多分、そうする。

 それを考えると、なんだか自分のやったことが恐ろしいほどの徒労に感じる。

 いっそオゾンを爆発させれば良かったのだ。

「私……バカなのでしょうか?」


「ええ―――かなりの」

 悠菜の背後でした声。

 それは綾乃ティアナの声だった。

 綾乃ティアナの背後からはセージュという女の子が恐る恐る顔をのぞかせていた。

「どうしてこんなマネしたんですか?」

「思いつきじゃ―――だめ?」

「怒りますよ?」

 いいつつ、綾乃ティアナもそうとしか考えられなかった。

 悠菜のとった手は、本当に一時しのぎに過ぎない。

 回避するはずのオゾン爆発を引き起こされたせいで、負傷者が何人か出ていては目も当てられない。


 すっ。


 綾乃ティアナが無言で悠菜に差し出したのは、一通のファイル。

「この迷宮の正式な設計図です」

「よく手に入りましたね」

「いろいろあったんです」

「グロリア陛下の圧力ですか?」

「―――言いたくありません」

 つんっ。とそっぽを向いた綾乃ティアナの仕草から、図星だと察した水瀬は、ファイルを開き、顔色を変えた。

「―――何?これ」

「面白いでしょう?」

「第四層から下への進入路が発見されなかった理由がわかった」

「そうです」

「第五層は第四層の地下100メートルに存在。移動手段は予め設置されたリンク・ポイントを通るしかない―――か」

「カノッサから聞いておけば良かったのです」

 綾乃ティアナは申し訳なさそうに言った。

「あの子、魔界からのルートがあると言っていたのに」

「そういえば―――」

 悠菜は不思議そうにセージュを見た。

「あなた―――だけじゃなくて、さっきの魔族はどうやって迷宮へ?」

「お、同じです」

 セージュは綾乃ティアナの顔色をうかがいながら言った。

「魔界にあるリンク・ポイントから第六層へ移動して、そこから第三層のリンク・ポイントへ」

「早く言いなさい!そういうことは!」

 悠菜は目をつり上げてセージュに言った。

「ひゃんっ!」

 セージュは綾乃ティアナの背後に隠れて振るえ出す。

「悠菜さん!?」

 今度は綾乃ティアナが顔を赤くして怒鳴った。

「私の妹分になんて態度を!」

「言いたくもなりますっ!私の努力が無駄じゃないですかっ!」

 悠菜は二人の手を握ると歩き出した。

「第三層へ行きますよっ!?案内してっ!」


「ここ?」

「そのはずです―――けど」

 その部屋の中で、セージュは自信なさげに言った。

「この部屋の真ん中にリンク・ポイントが」

 部屋の中は黒こげ。石畳も石壁も無惨にめくれ上がっていた。

「この臭い……」

 壁に残る、黒く炭化した物体が放つ、かすかな臭いを敏感に感じ取った悠菜は、この部屋で何が起きたか理解した。

「リンク・ポイントを爆破しましたね?爆薬で」

「何のために?」

「勿論―――魔界からの増援を断つためですよ」

 悠菜はファイルを開きながら言った。

「私達は嫌でも第四層から第五層を目指さなければならないのです」

「それは―――グリムのおいたのせいですね?」

「ええ♪」

 悠菜は微笑みながら壁に手をやった。

 何の意図もない、単なる偶然だ。

 だが―――


「……」

 悠菜の手のひらは、確かにそれを感じ取っていた。

「……」

 悠菜は顔が汚れるのも構わず、壁に耳をつけた。

 真剣に耳からの情報を入手するその顔は、次第に驚きの色を濃くしていく。

「悠菜さん?」

「戻りますっ!」

 悠菜は二人を後目に部屋から飛び出していった。


「おお。遅いぞバカ息子」

 近衛兵とメイドが弾薬の補給を行っている第一層まで一気に飛行移動した悠菜は、樟葉に怒鳴った。

「樟葉さんっ!」

「第四層まで―――どうした?」

 戦果報告を期待していた樟葉は、嫌な予感がした。

 水瀬が血相を変えて飛んでくる時。

 それはトラブルの始まり。

 猫型ロボットに泣きつく小学生レベルで済むことも多いが、今回はその程度では済みそうもない。

 樟葉は真顔で訊ねた。

「しくじったのか?」

「敵はもうRPGをやめました!SLGをやるつもりですっ!」

「―――もう少し、わかりやすく言え」

 樟葉は額に指をやりながら言った。

「つまり?ダンジョンでモンスターと戦うってのがRPGで、戦争がSLG」

 樟葉はそれで意味がわかった。

 戦争?

「敵が来るのか!?」

「迷宮の外に、多分試掘抗か何かあるんです!敵はそこを移動している!壁越しにスゴイ振動が!」

「総員戦闘配置!」

 樟葉は怒鳴った。

「円陣を組めっ!各遮蔽物への地雷、指向性散弾装置の設置はどうなっている!」

 兵士とメイドが素早く円陣を組み始める。

 土嚢が運ばれ、騎士達がガレキをその近くに積み上げ、即席の石垣を作り始める。

「魔法騎士は攻撃魔法を中心にしろ!前に出ては射撃の邪魔になるぞっ!」


 指揮官達の怒鳴り声

 弾丸の装填音

 ガレキが積み上げられる音


 あらゆる戦いに備える音が室内に響き渡る。

 嵐の前の静けさは、まだ来ない。


「バカ息子」

 樟葉は言った。

「お前はルシフェルと瀬戸綾乃、その子を連れて第四層へ向かえ。ルシフェルは水瀬のサポート及び桜井美奈子の確保を最優先。九尾の狐の動静が不明との連絡が入っている。注意しろよ?」

「で、でもっ!」

「ここにお前達がいても、何の意味もない。もっと大切な任務があるだろう?」

 樟葉は言った。

「第四層から下へ向かい、グリムを捕縛しろ―――いいな?敵は我々が引きつける」

「なっ!」

 悠菜は言葉を失った。

 自分達という圧倒的戦闘能力を持つ者と離れ、無数の敵と戦う。

 すなわち、自分達を危険にさらすことを承知の上で、

 イーリス、栗須に南雲、そして羽山は博雅達が、

 みんなが、


 心配ない。

 行け。


 口にこそ出さずに告げているのを見たから。


「……」

 みんな命がけだ。

 命を、

 たった一つしかない大切なものを危険にさらしてまで、


 行け。


 そう、言ってくれている。


 自分は、それに背くことは出来ない。


 悠菜はそう思った。


 ……そうか。


 悠菜はようやく理解できた。


 弟は、これを体験したからこそ、人間になりたいなんて思ったんだ。


 互いを信じ、信じられる。

 信頼の関係。

 絆

 何と素晴らしいものか。

 悠菜はその感動を表現する言葉を思いつくことすら出来ない。

 その素晴らしいものを、無碍になんて出来はしない。


 弟は、それを知ったんだ。


 ……だめだな。私は。


 悠菜は泣きそうになった。


 自分一人が強いと思って、

 特別だと思って、

 それだけに酔いしれていた。


 そんな私より、弟の方がよっぽど強い。

 人を信じ、信じられる。


 そんな弟の方が―――強い。


 なら。


 そうだ。


 私も強くなろう。


 こういう時、なんて言えばいいの?


 教えて!


 悠理!


「―――了解!」

 悠菜は背筋を伸ばし、敬礼した。


 そうか。


 そう言えばいいんだ。


 ありがとう。


 ……私、ありがとうって言った?


 ふふっ。


 あなたにありがとうなんて、初めて言ったね。


 ありがとう。


 良い言葉だね。


 あなたもそう思う?


 ……そうだね。


「武運を」

 樟葉達が一斉にそれに答える。

 みんなの顔をもう一度しっかりと見つめ、そして、悠菜は第二層への階段へと駆け出した。

 その背中に、ルシフェルと綾乃ティアナ達が続く。

「皆さん……」

 心配そうな表情を浮かべた綾乃ティアナとセージュが何度も振り返る中、樟葉達の声が背中を押した。

「退路の確保を!二個小隊、後方へ移動して後退戦に備えろ!火焔放射器隊、リキッドの予備はどうなっているか!」

「メイド隊、日頃の訓練を今こそ活かしなさいっ!」

「魔法騎士隊、魔法支援の準備怠るなよ!?」

「羽山、秋篠っ!弾薬運べっ!」

「はいっ!」


「だ、大丈夫なのですか?」

 綾乃ティアナは心配そうに悠菜に訊ねた。

「大丈夫」

 悠菜は力を込めて答えた。

「大丈夫なんだから!」

 それは自分に言い聞かせるような声。

 悠菜は思う。

 あの戦争だって生き残ってきた人達だ。

 こんな所で死ぬ人達じゃない。

 死んでいい人達じゃない。

 だから―――


「私達がどれだけ早くグリムを捕まえられるかが勝負ですっ!」

「―――セージュ」

「は、はいっ!」

「怖いですか?」

「い、いいえっ!」

 セージュはサイズの柄を握りしめながら健気なまでに答えた。

「私は―――怖くありませんっ!」

「そうです!」

 綾乃ティアナは励ますように強く言った。

「義父上の仇を討つためにも、ここは怯えてる場合じゃないんです!」

「はいっ!」



……一体、いつになったら終わるんでしょうか?このお話。なんだか話が段々もっともっと複雑になっていくんですけど(-_-)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング登録しました。一票いただけると嬉しいです♪携帯小説Ranking
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ