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第五十五話

「……もうアタマに来た」

 全軍第一層へ後退。

 その命令を下して以来、第一層までずっと無言だった樟葉が、ぽつりとそう言った。

「こっちがオトナシクてツツシミ深い、心優しい指揮官演じてやってるってのに」

 オトナシク

 ツツシミ深い

 一体、樟葉がどういう意味で言っているのか、居合わせた近衛の幹部達は、樟葉の口から出た、樟葉から最も縁遠い(外見以外)言葉に、内心で首を傾げた。

「この私のお心遣いを無碍にするたぁ、良い度胸だ」

 クックックッ……と喉で笑う樟葉に、顔を引きつらせた幹部達が一斉に後ずさった。

 こうなった樟葉がどれほど厄介か、幹部達は経験上熟知していたから。

「―――おい、バカ息子」

「わ、私?」

 悠菜は泣きそうな顔になった。

「な、何で白羽の矢が私に?」

「おめぇに楽しい思いさせてやる」

「苦しみ、の間違いじゃなくて?」

「ああ♪」

 ポンッと樟葉は悠菜の肩に手を置いた。

「殺して殺して殺し抜く、近衛騎士の醍醐味ってのを、真っ先に味わわせてやる♪」

「な、何やるつもり?」

「なぁに。簡単だ」

 樟葉の素性を知らなければ絶対に魅了されるだろうほどの笑みを浮かべ、樟葉は言った。

「お前、魔法使いたいんだろう?」

「え?」

 悠菜が驚いたように目を見開いた。

「魔法騎士としてのお前の特性は、広域無差別殺戮型。ルシフェルや他の魔法騎士のようなチマチマしたもんよりよっぽどハデだ」

「ルシフェルだって戦域制圧型ですよ?」

 ガンッ!

 樟葉の拳が悠菜の脳天に命中した。

「お前がやりたいことやらせてやる。そう言ってるんだ」

「無理ですぅ……」

「あん?」

 グイッ。

 顔を不快そうに歪めた樟葉が悠菜の胸ぐらを掴み、持ち上げた。

「わ・た・し・が・め・い・じ・て・る・ん・だ・ぞ?」

「そうじゃなくて!」

 悠菜はたまらず言い返した。

「敵がオゾンをこんな迷宮で使った理由はそこなんですよ!?」

「どこだ?」

「……ここでそことか言ったら刺すつもりでしょう?」

「斬る」

「―――ぐすっ。敵は僕達に戦わせないつもりなんです」

「?」

「いいですか?オゾンは毒ガスであると同時に、それ自体が爆薬なんですよ?」

「爆薬?」

「大気中のオゾンは一定以上になるとそれだけで爆発するんです。当然、火花一つで引火、爆発します」

「気化爆弾みたいなものか?」

「それ以上です―――とにかく、銃の一発、剣の火花一つ出さずに撤退できたことは僥倖です」

「何が言いたい?」

「……敵はすさまじい条件を私達に突きつけてきたってことです」

「すさまじい……条件?」

「戦わず、火も使わずに第四層をくぐり抜けてこい―――それが無理なら帰れって」

「オゾン発生源を潰してオゾンガスを外に逃がす方法もあるぞ?」

「発生源を破壊する時に火花一つ、静電気ですら生じたらアウトです。ガスを外に放出したら私達、テロリストか虐殺者になりますよ?―――ここは葉月市内。直上には病院」

「―――ちっ!」

「これも試練なんじゃないですか?この迷宮が試練場って名前を付けられたの、何だかわかる気がします」

「兵法の常道、押しつぶし叩き殺す。それを極限まで続けられるかどうか、それが試練なら大歓迎なんだがな!」

「本当、樟葉さんってアタマに血が上るとおっかないんですから」

「……ほう?どういう意味でのおっかないだ?」

「いろんな意味」

「―――バカ息子」

「……行けっていうんでしょう?でも」

 やっと床に降ろされた悠菜は、いらだたしいという顔だ。

「もうっ!どうしてさっさとこれに気づかなかったのかしら?」

「?」

「樟葉さん」

 悠菜は怪訝そうな顔をする樟葉に告げた。

「30分、私に下さい」



「第二層に侵入者……そのまま第三層へ向かうルートをたどっています」

 オペレーターからの報告に、美奈子は無言でモニターに視線を移した。

「数は?」

「反応は1」

「……水瀬君ね?」

 美奈子はオペレーターに告げた。

「水瀬君―――侵入者前方のシャッターを閉鎖。トラップへ誘導して」

「了解」


「あれ?」

 トラップを警戒して飛行を続けていた悠菜はそこで止まらざるを得なかった。

 迷子にならないよう、撤退前に仕掛けていたマーキングが消えたからだ。

「おかしいですね」

 辺りを見回すが、石壁が続く空間に何ら変わったところはない。

「?」

 悠菜はしばらく考えた後、言った。

「ま。いいか」

 そう。いいんだ。

 大切なのは、第二層で“これ”をやること。

 悠菜はそう判断した。

「えっと―――」

 ごそごそごそ

 悠菜は背負っていたリュックから何かを取り出した。

「ありました」

 一体、どこに入っていたのか。リュックから取り出されたのは、建て売り住宅にでも使われていそうな、なんの変哲もない木製のドア。

 痛み方から判断して、夢の島かどこかで拾ってきたと想像できる代物だ。

「全く……悠理ったらなんでこんなシステムにしたのかしら」

 自分よりずっと大きいドアをよろめきながら何とか壁に置いた。

「……?」

 悠菜は記憶からその理由を引き出した。

「猫型ロボットの道具?何ですかそれ」

 悠菜はドアのノブに手をかけながらぼやいた。

「悠理ったら。そんな子供が見るようなのが好きだなんて」

 悠菜は“そこ”を思い浮かべ、ノブをひねった。

「……私も見たいのに」

 ガチャ

 ドアが開くと同時に、悠菜は防御バリアを展開した。

 その瞬間。

 ドアの向こうから、何かが飛び出してきた。


「第二層に浸水!」

 オペレーターの報告に、美奈子は飲みかけていたコーヒーを危うく吹き出すところだった。

「水!?」

 思わず見たグリムは首を横に振って、ありえないと意思表示した。

「地下水脈からはかなり離れた場所です。それに、そんなモノがあればドワーフ達が」

「浸水はどこから!?」

「侵入者のすぐ真横―――第二層B2区画」

「真ん中?」

「上下は第一層、第三層です。上下からの浸水はありえませんね」

 グリムも突然のことに首を傾げた。

「とにかく、浸水を第二層でくい止めて」

「無理です」

 グリムは否定した。

「あなたに言われて各層通気口はシャッターがつけられていますが、各層に通じる階段は」

「各隠し扉を緊急閉鎖」

「ダメです―――数カ所、人間達が何か仕掛けています」

「ダメ?」

 美奈子はその意味をすぐに理解した。

「楔か、瞬間接着剤でもくっつけたのね?」

「恐らく、そうでしょう」

 グリムはそれを認めた。

「トラップの可能性を人間達は片端から潰しましたからね」

「……浸水の被害はどの程度になりそう?」

「第二層から第四層まで、約25分で冠水します」

 ちらと美奈子を見たグリムの視線に気づいたのか、美奈子は言った。

「仕方ないわ」

 コトンッ

 カップをテーブルの上に置いた。

「第二層から第四層までを放棄。オゾン発生装置は隔離。何としても水を防いで。それと」

「?」

「オゾン発生装置隔離確認と同時に―――第二層から第四層までの火気系トラップを誘爆させて」

「了解」



 水瀬悠理。

 本人は「平凡」だと主張するが、それを額面通りに受け取る者は誰一人存在しない。

 普通はむしろ「変人」のカテゴリーに入れられる人物。

 その人物が好きな番組の一つに、猫型ロボットのアニメがある。

 劇場版はかかさず見に行くし、原作マンガとDVDは全部持っている。

 親に連れられた幼稚園児と並ぼうが、小学生料金でしか入れてもらえなかろうが、とにかく「一番見た映画はこれ」という程好んでいる。

 「主人公と自分の姿がだぶるんだろう」とルシフェルが評しているが、その真偽は定かではない。

 悠菜にもその愛好ぶりはわかる。

 だが―――

「だからって」

 悠菜はあきれ果てた目でドアを見た。

 ドアの向こうからは莫大な量の水―――海水がすさまじい勢いで流れ出してくる。

「空間転移の魔法をこんなドアに仕掛けなくても……」


 空間転移くうかんてんい

 俗に言うテレポートの魔法の総称。

 この場合、ドアに事前に設定されたリンク・ポイントと呼ばれるテレポート先を記憶させておき、移動したいときにいつでも移動がかけられるような仕組みが採用されている。


 ドアには悠理の手書きで「どこでもドア」と書かれているのを見た悠菜は、「いっそニセ札製造器でも作ればいいのに」とぼやくしかない。

 リンク・ポイントは深海。

 悠理としては大まじめだったらしいが、一度開いた途端、このように大量に吹き出した海水のせいでドアが閉められなくなった記憶を悠菜はしっかりと引き出している。

 あの時は近衛の地下施設一フロアを完全に水没させ、ルシフェルにボコられているが、今度は問題ない。

 オゾンといっても所詮は気体。

 水の容積で全てを水没させれば危害は去る。

 悠菜は単純にそう考えていた。


 だが―――


 海水が濁流となって進む中。

 石壁に設えられた照明が灯った。

 それはつまり―――

「―――っ!」

 悠菜は防御バリアを展開したまま、濁流の中に身を沈めた。

 次の瞬間。


 ドンッ!


 迷宮を揺るがす爆発音と振動は美奈子も感じることが出来た。

 各所に発生させた火がオゾンに引火。

 大爆発を引き起こしたのだ。

 爆発と急激な酸欠は下手な攻撃より圧倒的な殺傷能力を持つ。

「―――被害は?」

「敵へ与えた被害不明」

「侵入者の生死確認急いで。第一層の敵は?」

 それを命じたのは美奈子だ。

 顔色一つ変えずに命令を繰り出すその様子に、グリムは内心ほくそ笑む。

 薬はかなり効いている。

 グリムはそう判断した。

 先程まで見せていた怯えはどこにもない。

 あるのは冷徹な戦略マシーンだ。

 それが嬉しくて仕方ない。

「爆風で何体かダメージを与えた様子ですが、敵全体から見れば微々たるものです」

「―――敵の迷宮外の布陣は?増援はないの?」

「人間の施設地下一階から駐車場付近に補給部隊と思われる集団が存在することは確認済みです」

 オペレーターはモニターの表示を切り替えながら説明する。

「装備・数からして大した存在ではありません」

「トラップに電撃系はあったかしら?」

「第二層と第四層に計8つ」

「全力で稼動させて。水に入った侵入者を感電死させられるでしょう?」

「可能です」

「やって―――それと、さっきの迷宮の構造図、もう一度出して」

「はい?」

 モニターに映し出されたのは迷宮の全体図。

 それをじっ。と見た美奈子は、ある点に気づいた。

「迷宮を取り巻いている柱は何?」

「ああ―――建築用の支坑です」

 オペレーターはバツが悪そうに言った。

「申し訳有りません。迷宮内部の表示をお望みの所、外部図面を表示しました」

「いいのよ。それより支坑って?」

「ドワーフ達が地盤の状況を調べるために掘った後、換気口とした坑です」

「結構、縦横に掘られているようだけど?」

 まるで倒壊寸前の建物を補強するようにさえ見える坑が、美奈子の興味を誘った。

「第二層から第八層まではもうほとんどが埋められています」

「使えないの?」

「使う……となれば」

 オペレーターは少し考えてから答えた。

「妖魔製造プラントのある第九層と第一層はほんの少し……数メートル掘れば使えます。双方共、出入り口は約20」

「……支坑最頂部と地上までの距離は?」

「約10メートル」

 オペレーターは美奈子の意図を理解して付け加えた。

「最頂部を少し破壊すればすぐに地上の」

 モニターがオペレーターの手によって切り替わった。

 それが地図で、大きい建物は病院だとすぐに見当がついた。

「ここに出ます」

 何本か地上間近まで伸びた支坑。

 その全てが、病院より巨大な施設の敷地内に出ていた。


「……葉月センター」

 美奈子にはその施設が何かわかっていた。

 閉鎖された工場跡地と縮小が決まった国鉄葉月操車場の跡地を利用して大手ゼネコンが建築を進めている複合ショッピングモール。仮称葉月センターだ。

 大手ゼネコンの利益を、利用客の利便にすり替えた施設。

 完成すれば都内最大級のショッピングモールとなり、ゼネコン側は周辺からの自動車での利用客の増大などを主張しているが、都内屈指の活気を誇る葉月商店街の衰退や自動車の増加による交通事情の悪化、ゼネコン側からの国会議員や県議会、市議会、その他の大量贈収賄疑惑の発覚、その他諸々の事情から、葉月市民で歓迎している者はそう多くはない。

 

「いいわ。やりましょう」

「妖魔を地上へ?」

「ええ」

 美奈子はあっさりと頷いた。

「確か2ヶ月後には完成する予定だけど、規模からしても地上への橋頭堡には十分な広さだもの」

「美奈子さん」

 グリムは驚いたように口を開いた。

「それは―――」

「グリム様?」

 美奈子は恭しくグリムに告げた。

「グリム様の目指す人間界の浄化のまたとないきっかけとなれば幸いですわ?」

「……」

 グリムは美奈子の狙いを見定めた。

「第一層の敵を本気で殺すつもりですね?」

「はい♪」

 美奈子は楽しげに答えた。

「第一層へ妖魔の2割を投入。抗しきれなくなって地上へ出た所へ妖魔の5割を差し向けます」

「増援は確実に来ますよ?」

「その時はまた別の手をとります」

 美奈子はにこりと微笑んだ。

「そのための“ここ”ですから」

「……」

 じっ。と美奈子を見つめたグリムはため息混じりに言った。

「仕方ありません―――予定より少し早いんですけど」

 グリムはアンプルの中身をあけたカップを美奈子に差し出し、

「やりますか」

「はい♪」

 美奈子は頬を紅潮させながら頷き、カップに口を付けた。

「ほうっ……」

 目をつむり、カップの中身が体に染み渡るのを楽しむようした後、

「第八層と第九層の状況は?」美奈子はオペレーターに問いかけた。

「現在、大半が妖魔達の保管場所となっています」

「戦線に投入できる妖魔の数は?」

「昆虫を元にした小型タイプが約26000、小動物を元にした中型タイプが約1200」

 昆虫26000匹とネズミが1200匹集められて妖魔にさせられたということ。

 よく集めたと褒めるべきだろう。

「それで全部?」

「製造プラントの生産は既に限界です。材料が底をつきつつあります」

「……」

 じっ。と考え込んだ美奈子はしばらくの沈黙の後、口を開いた。

「材料があれば―――もっと増産出来る?」

「材料さえあれば」

 オペレーターは短く答えた。

「しかし、人間界の気象条件他から考えると」

「材料を確保している部隊に緊急命令」

 美奈子は命じた。

「都市部のペットショップ及び動物園を襲撃、材料を大至急確保せよ。なお、抵抗する人間はすべて」

 再びカップを傾けた。

「―――材料とすることを認めます」


 そうだ。

 グリムは力強く頷いた。

 この子にはこう動いて欲しかったのだから。

「第八・第九層の戦力を支坑へ移動、それと各支坑、第一層への突入準備急いで。何分?」

「都合、10分下さい」

「5分で」

「―――了解」

 命令を受けたオペレーター達が忙しく立ち回る。

「水の方は?」

「第四層まで浸水しています」

「……放って置いて良いか」

 美奈子はモニターに映し出される浸水状況を見て呟いた。

「どうせ、冠水しっぱなしじゃ困るのはあなたですものね?」

 そうだ。

 冠水したままでどうやって動く?

 魔法騎士だからって、感電死するほど電力が流れる中を移動する?

 それでいいの?

 このまま放っておいたら、全部水浸し。

 私や萌子ちゃんまで水死させて終わりにするの?

 違うわよね?

 出来ないわよね?

 なら


 勝手に水を引かせてくれる。

 でなければ一番困るのは―――


「そうでしょう?水瀬君?」

 椅子の背もたれにもたれかかった美奈子は、楽しげに微笑んだ。



 

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