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第五十三話

 迷宮のあちこちで魔法騎士と死霊が空中で刃を交えていた。

 ギインッ!

 死霊の形成する“死の刃”と魔法騎士の魔法刀。

 双方の発する魔力が金属のような音を立てる。

 与えられた生者への憎悪だけで襲い来る死霊が、歴戦の魔法騎士にかなうはずもない。

 死霊が再びまみえた魔法騎士は、“死の刃”の一閃をくぐり抜け、死霊の胴に魔法刀の一撃を浴びせた。


 ギェァァァァァッ!


 死霊が無念の叫びを残して消滅する。


「こちらアエカ01、死霊1を撃破」

 魔法騎士は戦闘態勢を崩すことなく、次のエモノを探して神経を張りつめる。

 同僚の魔法騎士が彼女の目の前で手招きをした。

 その理由はすぐにわかった。

 第二層の端。

 第一層からの入り口から最も遠い、通路が入り組んだ場所。

 その石壁の下から二段目。

 そこに埋め込まれた、一見なんでもない石。

 それが魔法騎士の眼から見ると、ほのかに輝いて見える。

 石が魔力を放っている証拠だ。

(死霊を追いかけて奥に来すぎたのは減点だけど―――結果オーライか)

 彼女は口元を緩めながら、同僚の作業を支援すべく周囲に警戒の目を向けた。

「アエカ02より司令部、第二層の要石を発見―――これより呪符貼り付けを行う」

 魔法騎士は腰のポーチから一枚の呪符を取り出した。


 第四層までの死霊掃討は、樟葉の目から見ればかなりの苦戦を強いられていた。

 理由はただ一つ。

 敵が本気で攻めてこないから。

 敵は散発的に出現し、それを叩く。この繰り返しは少なからず魔法騎士の戦闘継続に影を落としていた。

「で?外部との連絡はついたのか?」

「壁の除去の報告に来ただけです。これからトンネルを掘ります」

 工兵隊長はそっと逃げ出そうとする悠菜の襟首を掴んだ。

「図面からして10メートルもトンネル掘ればなんとかなります」

「急げ」

「はっ」

「わ、私も!?」

 悠菜は心底イヤだという顔でわめいた。

「ヤダぁ!疲れるし魔法使えないし!」

「ぐちゃぐちゃ言わない」

 工兵隊長はどこからかツルハシを取り出し、悠菜に押しつけた。

「土方はオトコの職場ですぜ?」


 南雲と悠菜によって、トンネルが完成したのはそれから10分後のことだった。



「これで何とかなる」

 補給物資と入れ替わりに負傷兵達が運ばれていく様子を樟葉は満足気に見つめた。

「こら。起きろ」

 トンネルの入り口でへたばっていた悠菜に蹴りをいれる。

「だ……だってぇ」

 悠菜は恨めしげに樟葉を睨む。

「ルシフェル達はすでに第四層で戦闘中だぞ?」

「―――へ?」



 第四層はそれまでの層とは勝手が違った。

 天井がそれまでの倍近く高く、通路も広い。

 何より―――


「くそっ!」

 場所は通路が交差する十字路。

 イーリスが通路の影に隠れたのを追いかけるように、通路の壁に銃弾の雨が注がれる。

「これはやられたな」

 イーリスは口元を歪めた。


 第四層の決定的な違い。


 それは、妖魔の数ではない。


 妖魔自身が火器で武装している点だ。


「スケルトン20、屍鬼30」

 ルシフェルがイーリスの横からナイフにくくりつけた鏡で向こう側を確認する。

「土嚢を積んでその上にM60機関銃5」

「どこから持ってきた!?」

「一年戦争の時か?」

 ルシフェルは、鏡に映る屍鬼の褐色の肌を見て、その考えを否定した。

「どこか東南アジアの紛争地域」

「カシミールかな?」

 イーリスは素早く東南アジアの状況を思い浮かべた。

 ベトナム王国。

 カンボジア王国。

 ……

 大航海時代以降の欧州からの侵略を連携して阻止し、王政と独立を維持し続けてきた国家の名が地図と共に浮かんでくる。

 銃や大砲を持つ欧州の軍がアジアへの侵略に失敗した理由ははっきりしている。

 魔法と騎士だ。

 欧州の侵略軍を翻弄したのは、彼らが見たこともないような不可思議なアジア系魔法と死を恐れぬ騎士達。

 インド、ムガール帝国を攻めた軽歩兵主体の英国軍5万が騎士主力のムガール帝国軍わずか2千によって皆殺しにされたようなケースは枚挙にいとまがない程で、大航海時代以降、武力でアジアを攻めた欧州勢の支払った損害は、その当時、欧州で発生していたあらゆる戦争の犠牲者よりも多いとさえ言われる。

 欧州は戦費と犠牲の増大に武力進出を放棄し、交易主眼へと発想を転換せざるを得なかったのだ。

 無論、数多くの民族、人種を抱える東南アジアは欧州の植民地化を経験しなくても、あちこちに火種を抱えていた。

 特に問題なのが、ムガール帝国とパキスタン王国の双方が宗主権を主張するジャンムー・カシミール藩王国の帰属問題。

 藩王暗殺をきっかけにムガール・パキスタン双方が介入、すでに10年近い内戦が続いている地域。

 一年戦争勃発まで、「世界で最も死体の多い地域」と揶揄された激戦地でもある。

「グリムはあそこから死体と一緒に武器まで確保していたか」

 ジュバッ!

 ドンッ!

 イーリスの真横を抜け、通路の遙か後ろで爆発したのは

「対戦車ロケット!?」

「発射音からしてM72 LAWです。かなりの重武装ですね」

「武装ならこっちも負けてはいない!」

 イーリスは後ろに待機していた兵士達に怒鳴った。

「私がオトリになる!敵は殺してやれば供養になるような連中だ!遠慮はするな!」

「了解!」

 兵士達が銃を手に怒鳴り返すのを聞いたイーリスがナイフのグリップを確かめると、

「いくぞっ!」

 銃弾の雨の中を飛び出していった。


 ガガガガガカッ!

 魔法障壁を展開するイーリスに銃弾の集中豪雨が注がれた。

「―――っ!」

 魔法障壁が通常弾程度で破られるはずはない。

 頭で理解しつつも、銃弾が目の前ではじけ飛ぶ光景は、マトモな神経に耐えられる代物ではない。

「神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔」

 イーリスは詩編の一節を口の中で呟いた。

「わたしは決して―――」


「少佐っ!」

 背後からの声に、イーリスは飛んだ。


「撃てぇっ!」

 ズガガガガガガッ!!

 イーリスのいた場所を背後からの銃撃が通過する。

 狙いは無論、屍鬼達だ。

 銃を構えたままの屍鬼達が対妖魔特殊加工弾に体を粉砕される。


「動揺しないっ!」

 一跳躍で横に移動したイーリスは、敵めがけて銃撃を続ける兵士達の真横に現れた新手の屍鬼達のただ中へと身を躍らせた。

「人を倒れる壁、崩れる石垣とし」

 ザンッ!

 イーリスのナイフの一閃が銃火器ごと屍鬼を薙ぎ払う。

 一回転する形で動きを止めたイーリスの周囲を、屍鬼の残骸が舞う。

「……私の救いと栄えは神に向かっている」

 ザンッ!

 小銃を向けた屍鬼の頭を二つに割り、返す刀で別な一体に唐竹を浴びせる。

「力と頼み、避けどころとする岩は」

 キィィィンッ!

 ―――ズンッ!

 魔力をナイフに乗せたイーリスの剣技“刃の嵐”が残った屍鬼を細切れに変える。

「神のもとにある」

 すべてを肉塊に変えたイーリスは、ロザリオを握りしめ、小さく神への祈りを捧げた。


「敵、沈黙!」

「進めっ!」

 兵士達も敵の撃破に成功したらしい。

 駆け寄ってくるルシフェルに、イーリスは小さく微笑んだ。


「急げっ!」

 樟葉と南雲に叱咤されながら、悠菜は彼女達の後ろを走っていた。

「何で私達がいない間に攻撃させたの?」

 悠菜は走りながら文句を言った。

「貴様等だけで戦争をやるつもりだったのか!?」

 そう聞かれれば返す言葉もないのが普通だが、

「突撃する所、見逃しちゃったじゃない!」

 悠菜は決して普通ではなかった。

「やかましいっ!」


 第四層の入り口に入った途端、あちこちからひっきりなしの銃声と爆発音が響いてくる。

「おーおやってるやってる」

 南雲がニヤリと残虐な笑みを浮かべた。

「殺る気満々だな。大尉」

 樟葉もつられたように口元を緩めた。

「無論です」

 トンファーの調子を確かめた南雲が言う。

「自分は?」

「貴様ならどこでもやれるだろう。誤認されないように。それだけだ。好きにやれ」

「了解!」

 南雲が駆け出すのを後目に、樟葉は後ろにいた悠菜に言った。

「さぁ。馬鹿息子。久々にその腕確かめさせてもらうぞ?」

「ううっ……私、人に見られているとやりづらいんですけど」

「アホ」

 2尺5寸の太刀「幽」を抜きはなった樟葉はそう吐き捨てると、

「私は司令部と合流する。貴様は瀬戸綾乃と合流しろ」

「綾乃ちゃんと?」

「ああ。現在、イーリスとルシフェルが前衛として近衛兵と行動中、栗須、博雅、羽山の三人が後衛についている。残る彼女は遊撃隊だ」

「なんで彼女を?」

「彼女自身が志願したんだ。―――単独の方がやりやすいとな」

「……納得」


「来ますっ!」

「ちぃっ!」

 栗須に率いられる形で、羽山と博雅はすでに数度にわたって敵の洗礼を受けていた。

 すべて栗須が撃破しているものの、戦場の恐怖は羽山達を捕らえて放しはしない。

「博雅、笛は?」

 羽山が刀を正眼に構えながら横にいる博雅に訊ねる。

「……すまん」

 そっと出されたのは、真ん中から切断された笛。

「最初の接敵の時、吹こうとして銃弾に割られた」

「……くそっ」

 唾を吐き捨てた羽山は、暗闇の中から生まれてくる集団を睨み付けた。

 赤い瞳。

 鈍い動き。

 一様に軍服を着てだらしなく動くのは屍鬼だ。

 褐色の肌が青白く変色して得も言われぬ不気味な色になっている。

「銃火器がまたあるかな?」

「栗須さんのモップで防ぐにも限界があるぞ?」

「―――俺が前衛で出る」

「馬鹿っ!」

 怒鳴ったのは栗須だ。

「死に急いではいけませんっ!」

「俺だって騎士だ!」

 羽山が苛立ったように怒鳴った。

「戦場で女の尻だけ見てるなんてマネ、出来るかよ!」

「どこ見てるんですか!」

「そういうもんだいじゃないでしょう!」

 博雅が飛び出そうとする羽山の肩を掴んで怒鳴った。

「羽山、年上にタメ口聞くな!栗須さん!指示を下さい!」

 場所は袋小路。

 背後からの奇襲が考えられないことから臨時の物資保管所に指定された。

 その守りを、見習いのおもりと一緒に託されたのは栗須だ。

「私が銃火器を持つ―――」

 カランッ

 栗須が一瞬、後ろに視線を向けた次の瞬間。

「!!」

 栗須が足下に転がった“それ”を蹴り飛ばしたのは少しばかり遅かった。

 相手が生きた兵隊ならそうはならなかったろう。

 屍鬼が使ったからこそ、その動作の鈍さが絶妙のタイミングを産んだ。

 そうとしか言い様がない。


 ドンッ!!


 鼓膜が破れたかと思う爆発音と、空気にはり倒されたような衝撃が、羽山達を襲う。

「なっ!?」

 思わず目をつむった羽山が、次に瞼を開いて目にしたのは、

「栗須さんっ!」

 焼けこげた石畳に倒れる栗須の姿だった。

 騎士養成コースの生徒として応急手当の講習を真面目に受けていた博雅が慌てて栗須に近づき、脈を取る。

「生きてる!」

 ぐったりとしているが、栗須はまだ息がある。

 それを知った羽山は、

「そっちの肩持て!コンテナの後ろへ運ぶ!」

「応急手当は?」

「やってる余裕があるか!?」

 敵はすでに間近に迫っている。

「このままじゃ、三人ともああなるぞ!」

「―――栗須さんの運を信じよう」

「ああ。この手の女は悪運が強い」

「涼子さんのことじゃないだろう?まさかそれ」

「ちがう」

 羽山は博雅と共にコンテナの隙間に栗須を移動しつつ、複雑そうな顔で言った。

「鈴紀のことだ」

「―――納得の答えだ」

 床に転がっていたモップをコンテナに放り投げ栗須が立っていたよりかなり前に立ちふさがり、

 そして剣を屍鬼達へと向けた。

「お……おい、秋篠……」

「な、なんだ?」

「声、裏返っているぜ?」

「お……お前だって」

「ビビったら死ぬんだよな?こういうの」

「なんだか……映画で聞いたな。それ」

「金曜ロードショーで見たんだ。先週の」

「あれ、ルシフェルとデートで見た」

 ガタガタガタ……。

 二人の剣は切っ先が震えて、とても一本の剣とは思えない有様だ。

「こ……怖いけどよぉ」

 羽山が震える声で精一杯の明るさを示そうと試みているのがありありとわかる。

「でも、ここでやらなきゃ、俺、二度と涼子さんとセックスできないんだよな?」

「俺もルシフェルと」

「欲望だけで戦うなんて、なんだか格好ワルイけどよぉ……」

 ゴクンッ。

 二人が二人、恋人のあられもない姿を思い出し、生唾を飲み込んだ。

「でも、それでも生き残る理由になるよな?な!?」

「なる……なるさ」

 博雅は言った。

「俺は生き残ったら、ルシフェルに後ろで」

「あれ、気持ちいいぞぉ?」

「そ……そうか?」

「生き延びたらケツがご褒美!死ねば―――どうなるんだ?」

「あいつらのケツから出てくる身分に成り下がる」

「いやだな」

「ご褒美もか?」

「まぜっかえすな」

 あと一歩で敵はリーチに入る。

 二人は目配せした。

「とにかく、栗須さんとコンテナに近づけない!」

「そういうことだ!」

 力強く互いに頷きあった二人は、

「行くぞっ!」

「応っ!」

 二人は剣を構えて屍鬼の中へと飛び込んでいった。



「ううっ……どうしよう」

 悠菜は半泣きになってあちこちをうろうろしていた。

「わ、私、方向音痴なのにぃ」

 すでにワンダリングモンスター数体を倒してはいるものの、肝心の綾乃(ティアナ)の姿がない。

 このままでは自分自身がワンダリングモンスターとなってしまう危機感をひしひしと感じつつ、悠菜は心細げに言った。

「どこですかぁ?」

 答える者なぞいるはずがない。

「家出のお姫様ぁ」

 返事はない。

「ヒネクレ王女ぉ」

 さらに返事がない。

「え……えっと」

 悪口を言おうと思ったが、適切な言葉が思いつかない。


 ドガン!

 ズンッ!

 バァァァァンッ!


 いくつ目かの十字路にさしかかった時だ。

 ようやく物音に出くわした悠菜は、嬉しそうに駆け出した。

 それが戦闘音であっても、戦っている片方は味方。

 そう思うから、悠菜は駆け出した。


 十字路を曲がって、T字路に出て―――


 悠菜はついに仲間と出くわした。


 長い旅の末、母と再会したマルコさながらのうれしさで悠菜の視界がかすむ。


 そこにいたのは、妖魔ではない。

 甲冑や胴着を身につけた人間達―――違う。

 魔族だ。


「ぐすっ……へっ?」

 唖然とする悠菜の前では、綾乃(ティアナ)が、全身甲冑に身を包んで身の丈ほどもある大剣を構える騎士と対峙していた。

「ぐぅぉぉぉぉぉっ!」

 品のない雄叫びをあげた騎士が凄まじい勢いで綾乃(ティアナ)に突撃する。

「えいっ!」

 体を翻し、その一撃を避けた綾乃(ティアナ)が、騎士の延髄に突き技を喰らわした。

「むぅぅぅん」

 騎士は数歩、歩いたと思った次の瞬間、電池の切れた玩具の用にバッタリと床に倒れて動かなくなった。

「あら?」

 動かなくなった魔族が床を半ば埋め尽くす中、綾乃(ティアナ)は涼しい顔で悠菜に振り返った。

「合流ですか?それとも、戦闘終了?」

「合流です。っていうか」

「?……ああ」

 綾乃(ティアナ)はニコリと微笑んで言った。

「私への挑戦者の方々です」

「挑戦者?」

「はい」

 綾乃(ティアナ)は少しだけ、意地の悪い顔になった。

「……私、この中の一人に倒されたら、その方を夫としなければなりません」

「えっ!?」

 驚いて目を見開く悠菜に、綾乃(ティアナ)は訊ねた。

「どうなさいます?」

「み、身の程……」

 言い間違えたと思った悠菜が首を振った。

「違う……えっと、命知らず」

「むっ」

 とたんに機嫌の悪い顔になった綾乃(ティアナ)が悠菜を睨んだ。

「それも違う……そうだ!」

 悠菜は魔族に怒鳴った。

「皆さん!人生は一度きりです!相手は慎重に選んで下さい!」

「どういう意味ですか!」

「そのまんま!」

 綾乃(ティアナ)は言いかけた言葉を口の中で止めた。

 あることを思いついたのだ。

「―――皆様」

 綾乃(ティアナ)は魔族に振り返った。

「これ以上、私と戦いたければ、彼女と戦ってからにして下さい」

「―――へっ?」

 悠菜は唖然として綾乃(ティアナ)の背を見た。

「ど、どういう?」

「この“天界の人形”を倒した方なら、私、本気でおつきあいを考えさせていただきます」


 ざわっ!

 魔族側に動揺が走った。


 “天界の人形”


 その名が幾度も魔族の口から聞こえてくる。


「どうなさったのです!?」

 しびれを切らしたように、綾乃(ティアナ)が怒鳴った。

「それでも殿方ですか!?」


(うわーっ)

 悠菜は魔族に罵声を浴びせる綾乃(ティアナ)を引きながら見ていた。

 これを男性が意中の女性に浴びせられたら死にたくなる言葉がバンバンと綾乃(ティアナ)の口から飛び出してくる。

 何もそこまで言わなくても。

 悠菜が綾乃(ティアナ)を止めたくなるのも無理はない。

(こういう人の神経というか、場の空気を読まないところが、お姫様なんだよなぁ)

 悠菜が小さくため息をついた次の瞬間。

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 雄叫びと共に飛び込んできた胴着の男の一撃を悠菜はかろうじてかわし、その腹に霊刃の一撃を喰らわした。

 背後で魔族が倒れる音を聞きながら、悠菜はまるでフォローするように言った。

「あ、あの……寸止めしますから」

「今の確実に入ったろう!」

 魔族達は、悠菜の背後で倒れる武道家がピクリとも動かないのを指さして怒鳴った。

「違います!」

 悠菜は慌てて反論する。

「この場合の寸止めとは―――えっと、魔族にこれ以上の恨み買いたくないっていう私の本音があって、例えば、ゲームで言えばダメージを受けて、普通なら「死亡」でも、私の中ではあえて死なさずに「気絶」や「戦闘不能」で済ます、私にとってとっても便利なルールのことです。―――これなら、思う存分、どつき合いができるでしょう?」

 あまりに自己中心的なセリフに魔族も一瞬たじろいだが、

「殺ってやるぁ!」

 一人の魔族が悠菜めがけて駆け出したのがきっかけで、ほぼ全員が一丸となって悠菜に襲いかかってきた。

「貴様を血祭りに上げて、姫とベッドで戦闘だ!」

「男女間っていうか、男男間とか、女女間での「えっちっち」な行為を戦闘に例えていいんですか!?それでもあなた達!」

「俺達の下半身が求めているのはそういう戦闘だ!」

「280日後(注:つまり十月十日後)に自殺することになりますよ!?人生に絶望して!」

「一時の快楽と帝室のカネが入ればそれでいいんだよ!」

 言い合いになりながらも、悠菜は一方的ともいうべき戦闘を展開。

 気がつけば全員をノシていた。

「あ……あのぉ」

 生きているのか死んでいるのかすらわからない魔族達が倒れる中、悠菜は半ば呆然と綾乃(ティアナ)を見た。

「ご苦労様でした♪」

 綾乃(ティアナ)はちょっと嬉しそうな顔で微笑んでくれたが、

「これであなたは私を狙う魔族を完っ壁に敵に回したことになりますね♪」

 悠菜が魔族とともにその場にひっくり返ったのは、その次の瞬間のことだった。

「もうっ。どういう意味ですか?」

 綾乃(ティアナ)が不満げに悠菜の元に近づこうとした次の瞬間。

「姫様ぁっ!」

 カノッサが血相を変えてその場に飛び込んできた。

「た、たたたたたたたた」

「カナキーを連打しない」

「何言ってるの!?せ、セージュが!」

「セージュが見つかったのですか?」

「人間と戦ってる!」

「なっ!?」



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