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第五十一話

「ほらね?」

 美奈子はどこか楽しげにさえ聞こえる声で言った。

「どうせ、全部から来るって言ったとおりでしょう?」

「これは―――完敗ですね」

 グリムがあきれたようにモニターに視線を送った。

「私はてっきり第二層から順に攻めるかと」

「それやるには数が多すぎ。それでわかったのよ。最初から魔法使って全部から攻め込むのは目に見えてるんだって。

 ―――何より、水瀬君達だけでパーティ組んでくるなんて、本気で思っていたわけじゃないでしょう?」

 美奈子はふんぞり返るように革張りの豪華な椅子に腰を下ろした。

「グリムさんみたいなことやっていたら、来るのはあの鉄砲玉だけじゃ済まないんだから」

「こ、恋人を鉄砲玉って……」

 言いかけたグリムは美奈子の視線に沈黙した。

「絶対、軍隊か警察が徒党を組んでお礼参りに来る。グリムさんはそれだけのことしてるの。バンカーバスターだっけ?地下を攻撃するミサイルが撃ち込まれない方が奇跡に近いんだから」


 言ってから美奈子はあれっ?という顔になった。


「そういえば……どうして?」


 おかしい。

 今まで気づかなかったけど、絶対におかしい。

 敵の狙いはグリムさんの首。

 そのはずなのに……。

 それが違う?


 思案にふける美奈子の目の前。

 そこには壁一面にモニターが据え付けられ、敵である兵士やメイド達の戦いを映し出している。

 美奈子の見る限り、現状、敵は一進一退。

 入り組んだ通路と、あちこちに仕掛けられた小型妖魔専用のトンネルが敵の進撃を著しく阻害していた。


 そうか。

 そういうことか。


 納得したという顔の美奈子は命じた。

「死人は出しちゃだめよ?」

 画面から目を逸らさず出される美奈子の命令に、

「―――心得ています」

 横に立つグリムは律儀に答える。

「ご機嫌をそこねたくありませんからね」

「誰の?」

「あなたと―――あそこのお姫様」

 モニターに映し出されるのは、剣を振るう綾乃。

 妖魔をまとめて数体、撃破した所だ。

 凛とした気品さえ感じる剣さばきは見事の一言に尽きる。

「……」

 知らずに美奈子の顔はしかめっ面になった。

 モニターの下では、どこから集めたのか、オペレーター(美奈子の趣味で全員美男子)がせわしく状況分析にいそしんでいる。

「第四層までをあの石で固めたのも、敵が多数になることを警戒して?」

「そうよ」

 美奈子はグリムの差し出したコーヒーカップに口を付け、頷いた。

 口の中に広がる苦みが意識を引き締めさせてくれる。

「水瀬君達だけなら、勢いだけで来るのは目に見えている。

 それは魔法攻撃を反射する素材で十分しのげる。

 問題は、水瀬君を手助けする、常識のある連中よ。

 こんな所に来るんだから、それ相応のプロと見て間違いないでしょう?

 そのプロに“ここじゃヘタなコトできない”って最初から理解させる。

 つまり、大軍で攻め込んだら自分達の方が不利と悟らせるように迷宮そのものを作る。

 それが、敵に決定的な行動を躊躇させることになる。

 ひいては、それが迷宮に攻め込む敵の数を減らす最良の策となるのよ」

「成る程?」


 迷宮は、広いと思って突撃しても、次は突然人一人通るのがやっとなほど狭くなる。


 広い狭いが極端にランダムな作りになっている。


 しかも、総じて天井が恐ろしく低いカ所が目立つ。


 さらに、図面上は不必要とグリムが思っていた、天井といわず壁と言わず、あちこちに作られたせり出しが、現実には妖魔が隠れ、攻撃を避ける絶好の場所になっている。

 下手な突撃は伏兵からの奇襲を招く。


 狭く、天井が低いカ所では剣やモップが振るえず、

 銃火器はせり出しが邪魔で射界がとれない。


 石のせいで魔法が撃てない。


 しかも、あちこちにトラップが仕掛けられていて冗談抜きでうかつに動けないのだ。


 メイド服を着た女性達が、モップや銃片手に負傷したらしい仲間と肩を組んで後退していく。

 兵士達がぐったりしている兵士の両手両足をもって下がっていく。


 衛生兵!

 手を貸してくれ!

 しっかりしろっ!


 メイドや兵士達の叫びが、銃声と共にスピーカー越しに美奈子の耳に響いてくる。


 白兵戦のプロ―――メイドが、

 組織戦のプロ―――近衛兵が、

 魔法戦のプロ―――近衛騎士が、


 圧倒的優位にある彼らが、


 グリム達に手玉に取られている。


 すべてを考え出したのは、グリムの横でコーヒーを飲む少女。


 その少女が言う。

「それに、今来ている連中だって、四層までは死ぬほど遊ばせてあげる。でも、それから下は水瀬君以外、絶対に行かせない。その為の策は練ってあるし」

「“あれ”ですか?」

「そう―――“あれ”」

 ドンッ!

 乱暴にカップをテーブルに置いた美奈子の顔を見たグリムは慌てて視線をそらせた。

「そ・れ・よ・り」

 ガタガタガタ……

 カップを掴んだままの手が小刻みに震えていた。

「なんなのよ!」

 美奈子は突然、爆発した。

「何!?あれは何!?何だって言うのよ!」

「へっ!?」

 美奈子の指さす先には、モニターに映し出される悠菜の姿があった。

(折角、恋人が助けに来ているんだから喜べばいいものを)

 グリムはそう思ったが、

「何で水瀬君、あんなに周囲を女ばかりで固めているの!?何で水瀬君が瀬戸さんと一緒に戦っているの!?何で水瀬君、あんな美人ばかりはべらせて!何!?あれ、私に対する当てつけ!?」

「い……いや。それはないんじゃないか……なと」

「ムカツクムカツクムカツクゥゥゥゥゥッ!!」

 美奈子は立ち上がった。

「まじむかつく!」

 ブンッ

 ガシャンッ!

 美奈子に投げつけられたカップはモニターにめり込んで砕けた。

「あのモニター、リースなんですよ!?あれ、一個いくらすると思って!」

「寄付っ!」

 あせるグリムに美奈子は怒鳴った。

「純情可憐な乙女心をここまで愚弄するなら、それ相応の目にあってもらうんだからぁっ!」

「み、美奈子さん、どうか落ち着いて!」

「どうやって!?」

「と、とりあえず深呼吸とか」

「息の根止められたくなかったら、さっさと妖魔の増援出しなさいよ!」

「よ、妖魔はもうこれで」

「妖魔っていっても、どうせそこらの昆虫を巨大化させただけでしょうが!冬眠から覚めたどじょっこだのふなっこだの、なんでもいいからブチこみなさいっ!」

「無茶な!」

「無駄に息しているヒマがあったら、そこにいる連中動員して土でもほじくり返してきなさいっ!―――ほらソコッ!オケツ掘られたくなかったらスコップとバケツ用意!ノルマは一人100万体よ!」

「どんな生態系にいけばそんなマネが!」

「いっそアメーバを妖魔化しなさいよ!それなら出来る!」

「無茶苦茶ですっ!」

「根性でなんとかなさいっ!それでも軍人!?」

「私は学者ですっ!」

 そんな美奈子にオペレーターが報告する。


「第四層、敵、猛烈な勢いで友軍を駆逐中!」


「えっ!?」

 美奈子とグリムは思わず顔を見合った。

 戦況はこちらが圧倒的優位のはず。

 それが何だって!?


「どういうことだ!」

 グリムの怒鳴り声に、

「敵5、一斉に攻勢に転じました!」

 モニターに映し出された何人かを、美奈子は知っていた。

 担当教師の南雲。

 友人のルシフェル。

 学校に来たことのある樟葉。

 そして―――


「そんなに私のこと……嫌いなんだ」

 美奈子は怒りを満たした瞳に映るのは、悠菜の姿。

 好きで好きでたまらない男の子の勇姿を拝めるのは、普通なら喜ぶべきだろう。

 だが、今の美奈子にとって、ここで戦う悠菜の姿は、自分への敵対行動にほかならない。

 つまり、許されるべきことではない。

 モニターの中で、悠菜は「鎧袖一触」とはどういう意味かを、行動で示していた。

 妖魔達が、まるでシュレッダーにかけられた紙きれのように切り刻まれていく。

 そのスピードは圧倒的だ。

 今、同時に襲いかかった妖魔10体以上が切り刻まれ、宙を舞った。

「―――っ!」

 美奈子が唇を噛みしめたのは、それだけではない。

 移動を開始した悠菜は、あの女と接触したからだ。


 瀬戸綾乃。


 単なるアイドル。

 その地位と悠菜との関係から遠慮していた自分が、今の美奈子には許せない。

 いかなる理由があっても、今の美奈子には、悠菜と綾乃が同じ空気を吸うことさえ許し難いことなのだ。


 その二人が、何事か言葉を交わし、行動を開始した。


 その戦果は、圧倒的だった。


「第四層、制圧されました!」

 友軍反応が、掃除機で吸い取られたように消えていくモニターを、全員が呆然と眺める中、オペレーターがそう報告した。

「は、早すぎる!」

 美奈子が怒鳴った。

「な、なんで!?」

「こいつらです!」

 オペレーターがモニターに映し出したのは、

「この二人が、片っ端から妖魔を潰して―――」

 映し出されていたのは、当然、水瀬と綾乃だ。

「この馬鹿共っ!」

 やり場のない思いの罵声を受け、全員が首をすくめた。

 じっ。とモニターを見つめた美奈子がよどみのない声で命じた。

「第一層の壁と天井を崩落させてっ!それで外部からの補給を遮断するっ!残存の妖魔を後退させなさいっ!」



 崩落。


 言うのは簡単だが、やられる方はたまったものではない。


 降り注ぐ石材。

 立ちこめる埃。

 第一層では、息が止まりそうな中、皆が逃げまどった。


「メイド第二小隊、負傷者多数!」

「歩兵、数名がガレキの下敷きに!」

「衛生兵!衛生兵はどこだ!」

「司令部へ連絡、救援要請を!療法魔導師隊の増援を出させろ!」


 第一層は、最早戦闘どころではない。

 外との補給線が断たれたのが致命的だ。

 テレポート・リンクだけは無事だったが、そんなことは気休めにもならない。

 背後を襲われ、最悪弾薬の補給路が止まっては戦闘にならないのだ。

 全部隊が第一層に戻って、仲間の救援と退路を確保しなければ全滅するしかない。

 それでも、各層は制圧せねばどうにもならない。

 樟葉は攻撃の継続を命じた。


「やられたな……」

 樟葉が、苦々しげにタバコに火をつけたのは、最後まで抵抗を続けていた第三層の制圧報告が入ってからだ。。

「外部からの補給路が遮断されたか」

 樟葉の目の前。

 そこは通路だった所。それが今では、固い石が壁となって立ちふさがっていた。


「損害は?」

「死者無し、骨折等の重傷12、軽傷40。生命に問題なし」

 近衛兵を率いる指揮官が報告した。

 樟葉は無言でメイド隊を率いる室町を見る。

「メイド隊、死者無し。重傷2、軽傷15。戦闘行動に支障なし」

「不幸中の幸いだな」

 落下する石壁をモップで破壊し難を逃れるという非常識な方法で致命的な負傷を避けられたメイド達だが、機関銃やブラスターなどの重火器を携行していた兵士達はそうはいかなかった。

「最小限度の人員を残し、再度の制圧にかかれるか?」

「敵の数が不明です……損害を完全に無視しろと命じられれば」

 指揮官は暗い顔になって俯いた。

 部下に死ね。

 そう命じろというのか。

 彼の顔は暗にそう訴えていた。

「誰が言うか」

 樟葉はタバコを足でもみ消した。

「これ以上の落盤の可能性は?」

「現在、工兵が調べていますが、恐らくはないだろうと」

「よし。調査を継続させろ。悠理、他魔法騎士達で式神を使える者は各層の偵察に出せ」

「了解」

「了解」

「全軍、このまま警戒態勢。負傷者は第一層へ搬送」

「了解です」

 樟葉は軽くため息をついた。

 優勢だったのに、一瞬で形勢は逆転。

 補給路を遮断され、石の下敷きになっても頑張っている数本の通信ケーブルだけが外部との連絡を可能にしている有様。

 外部と行き来が出来ないため、弾薬の補給が出来なければ、攻勢の継続は不可能だ。

 攻めに来たというのに、退路すら断たれるとは……。

 樟葉は心底知りたいことを口にした。

「ここまでやってくれるとは……一体、どこの誰の仕業だ?」



「さすがにこれ以上の組織的侵入は諦めたようですね」

 モニターを見ていたグリムが楽しげに言った。

「退路を断たれ、敵も混乱したというところですか」

「一時的よ」

 美奈子はあの豆をつまみながら言った。

「まさか突然、退路を断たれるなんて想像すらしないでしょう?次は対策してくるわ」

「機略……ですか?」

「まぁ、そうね」

 美奈子はつまらない。という顔でモニターから視線を外した。

「やっぱりヤメ。準備中の妖魔はすべて第五層で待機」

「えっ?」

「第三層に潜めている“ゴースト”を各層に―――でも、戦闘は散発的なものに留めて」

「それは、どういう?」

 グリムは美奈子の真意を測りかねた。

 ゴースト。

 つまり、死霊だ。

 死角から襲わせて敵に憑依させて殺すための、いわば地雷的存在として準備した。

 それをどう使うつもりだ?

 散発的?

「つまり、敵をからかう程度でいいってこと」

 それがグリムには理解できない。

 魔法騎士はともかく、今、一気に攻めればニンゲン達を皆殺しにすることだって出来る。

 それを何故止める?

 からかう程度?

 首を傾げるグリムに、美奈子は言った。

「今、攻勢をかければ、敵も死にものぐるいで戦うのは明白。貴重な妖魔を、そんなことで失うのは御免だわ。だから、死霊でいいの」

「しかし」

「この迷宮の目的は?」

 美奈子の冷たい問いかけに答えようとしたグリムは、唇の端をつり上げた。

「成る程?」

 美奈子が何故、全層を放棄したかようやくわかった。

 いつどこで出てくるかわからないゴーストで敵を攪乱し、各層に敵を釘付けにする。

 そして、第四層以下に進む敵の数を激減させる。

 さらに、敵は退路を塞がれることと、各層で第一層同様の落盤が発生することを恐れるあまり、侵攻には及び腰になるのは明白。

 第四層まで落盤の危険性がある作りであることは敵だって知っているはずだ。

 もし、敵の誰かから“落盤の心配なし”と言われても、一度体験した恐怖が心理的に敵の行動を鈍らせる。

 必要がなければ、誰も下手な行動をとろうとはしない。

 むしろ、退却したいと考えるのが普通だ。


 それに、この迷宮は組織戦で戦うために用意したものではない。


 少数の部隊―――いわばパーティを迷宮の奥深くに引きずり込み、消耗させて殺すことこそ、その目的であり、そのための作りが成されている。

 敵を消耗させる。

 それこそが迷宮の本来の目的にして機能。

 迷宮に本懐を果たさせるためにも、敵は決定的に分断させるべき。

 侵入する敵は少なければ少ないほど良い。

 それが美奈子の策だと、グリムは理解した。

「わかりました」

「そう?―――第三層のゴーストの一部を第二層入り口へ向けて移動させて。入り口から顔を出すだけでいい」

「顔を出すだけでいいんですか?」

「攻勢と誤認させて、弾薬を消耗させるのよ。確か、ゴーストに対妖魔用の弾丸は効かないのよね?」

「はい」

「上手く演技させて頂戴。敵が発砲したら引く。敵が恐慌状態に陥ったら重畳よ」

「了解です」

「それと」

 矢継ぎ早に飛ばされる指示をグリムは心地よさ気に聞いた。


 全く、この子は策士だ。


 グリムは心の底からの敬意をもって美奈子に頷いた。

 この子は、この迷宮のあらゆる機能・機材・兵隊を縦横に使って敵を倒そうというのだ。

 策士―――いや、軍師というべきか?

 グリムはそう思いながら、オペレーターに指示を飛ばした。

「我らが姫君からのお沙汰だ。そのように」

「……グリムさんの言葉で命じなさいよ」





ついにメイド隊まで投入しちゃいました!

事態の収拾がつきませんっ!

どーしましょう!?

教えて!どうしたらいい!?どうしたらいいの!?ダディクール!(←作者の精神状態を10文字以内で述べよ・1個5ウソです

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