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第五十話

 美奈子が迷宮全体を操作出来る作戦指揮室に移りつつある頃、

「第一小隊、所定ポイントについた―――送れ」

CPコマンドポストより第一小隊、別命あるまで現状にて待機。繰り返す」

 迷宮第一層入り口には、照明に照らされた通路を駆ける一団がいた。

 皇室近衛騎士団左翼大隊―――

 対妖魔戦闘において世界最強と評される魔法騎士達だ。

 その後ろ。

 通路の壁を遮蔽物にして待機する羽山と博雅は、漆黒の甲冑に身を固めた騎士達が見せる、まるで流れるような動きを、羨望とも驚嘆ともつかない複雑な目で見ていた。

「……」

 二人とも、自分の感情を上手く言葉に表すことが出来ない。

 近衛の甲冑を貸与されたのは、騎士として名誉なことだと思うし、遺影代わりといわれても、その写真は自慢の種になるはずだ。

 だが……。

 博雅は思わず自分の腕を見た。

 自分の腕が包まれているのは、間違いなく彼らと同じ甲冑だ。

 ならばと、自分に問いかけてみる。

 同じ甲冑を着込んだ自分は、彼らと同じ動きが出来るか?

 答えは否だ。

 目の前の騎士達のあの動きは、絶対に自分には出来ない。

 それが博雅の答えだ。

 (いつか、あそこまで到達することは出来るんだろうか)

 博雅は自問せずにはいられない。

 (あそこまでいけば……ルシフェルの背中を任せてもらえるだろうか)

 あまりの愚問に、苦笑すら出ない。

 到達するか。

 ではない。

 到達しなければならない、のだ。

 ルシフェルと肩を並べて歩くためにも。

 それが自分に求められていること。

 ただ、

 その壁は博雅が想像していたより遙かに高い。

 (それでも、俺は……)

 唇を噛みしめながら、博雅は騎士達の動きを見守る。

 騎士としての羨望を込めて。


 (やべえよ……)

 博雅の横で、羽山は体の震えを押さえるのに苦労していた。

 武者震いじゃないことは自分でわかっていた。

 羽山を震わせているもの……。

 それは、

 騎士達への恐怖。

 そのものだ。

 騎士達のそばにいるだけで、相手がどれほどの実力者か、その重圧からわかる。

 近衛騎士団をナメていたつもりはないが、これは非常識すぎる。

 もし、彼らに道ばたで出会ったら絶対に逃げるだろう自信はある。

 (こんな連中と肩を並べる?冗談じゃねぇ)

 ヤクザの大幹部達の中にチンピラが入り込むようなものだ。

 敵より味方が恐ろしい。

 それは皮肉な話だが、どうしようもないことなのだ。

 恐れるのが味方でもいい。

 敵を恐れなければいいんだ。

 かなめちゃんや南雲の野郎も言っていた。

 ようは場数だと。

 場数を踏めば怖くなくなる。

 それなら、踏むしかない。

 踏まなければ死ぬしかないんだから。

 そうだ。

 そういうことだ。

 (俺は……)

 羽山は腹を決めた。

 (やるしかねえってことか!)


「あっ。キミ達!」

 後ろからかけられた女の声に振り向いた二人の前に女性士官が近づいてきた。

 背中までの長い髪をリボンでまとめた、まだどこかあどけなさの残る士官が羽山の肩に装着されていた無線機を突きながら言った。

 水瀬の専属CPO鈴宮中尉だ。

「無線機のバンド切り替えて」

「えっ?」

 羽山達は青くなった。

 “無線機からの指示は聞き逃すな。聞き逃せば死ぬ―――俺がぶっとばすからな!”

 羽山達に装備の説明をした、やたらとマッチョな下士官のタンカを思い出したからだ。

「ごめんなさい―――通信が多くて、キミ達のバンドまで割り当て効かなかったの」

 中尉は両手を会わせて拝む仕草で羽山達に詫びた。

「羽山、秋篠両候補生には、これより饗庭中将指揮下の白ダスキ隊と合流。その背後で補給、通信、支援を行ってもらいます」

 きりっと引き締めた顔から発せられる命令にそこそこの威圧感を感じながら、羽山達は姿勢を正した。

「はいっ!」

「はっ!」

 双方で交わされる敬礼。

 ぎこちない敬礼だが、それだけで、自分達はやっぱり、軍隊にいるんだと、羽山達は不思議な安堵感に包まれた。

「ふふっ……もう少し肘の力を抜いた方がいいですよ?羽山クン?」

 鈴宮は微笑みながら敬礼したままの羽山の肘を直す。

 それだけで、羽山も博雅も鈴宮中尉に不思議な親しみを感じてしまう。

 保母さんか小学校の先生になったら、人気が出るんじゃないか。と、ふと博雅は思った。

「うん―――これでよし」

「それで……饗庭中将達の現在位置は」博雅が訊ねる。

「えっ?」

「えっ……て」

「あの?鈴宮中尉?」

 きょとん。とした鈴宮があわてた様子で言った。

「ごめんなさい!私、言い忘れてました!?」

「……」

「……」

 羽山達はお互いの顔を見合わせてしまった。


 地図を前に、羽山達が鈴宮から受けた説明は以下の通りだ。


 迷宮というが、最低でも第一層から第三層は妖魔達の巣窟となっていることは、スパイとして通気口に放った式神達からの情報で判明している。

 白ダスキ隊以外の全部隊の任務は、これの掃討。

 第四層は、通路が入り組んでいて、組織戦はほぼ不可能なため、司令部は白ダスキ隊に委ねざるを得ないと判断している。

 残りを乗り越えさせるため、部隊は全力で第四層の入り口まで彼ら白ダスキ隊を送り届ける必要がある。

「魔法でどーんって」

「爆破も考えたわよ?」

 鈴宮中尉は羽山の意見に一応、頷いて見せた。

「でも、爆破は危険すぎて不可能」

「不可能?」

「ええ。工兵隊が調べたらね?ここの石組み、かなり複雑に出来ていて―――知ってる?“肥後の石工”って」


 鈴宮中尉の説明によればこうだ。

 肥後の石工―――鹿児島の橋には、ある秘密がある。どの石造りの橋も、たった一つの石をとりはずすだけで石組全体が崩れ落ち、橋を破壊する仕組みだ。戦のとき、橋を落として敵を渡れなくする仕組みだったが、この秘密を守るために、工事が終わると石工たちは「永送り」……ひと目につかないよう、こっそり切り捨てられたのだ。


「つまり」

 “詳しくは本で読んでね?児童文学だから♪”で終えた鈴宮中尉の説明を、博雅はまとめた。

「この迷宮は、どこかの石を外すと石壁や天井が崩れ落ちると?」

「宮中の石垣や石橋を管理している工兵隊長が言っているから間違いないわ」

「それは、迷宮全部が崩落する仕組みですか?」

 羽山は足下を恐る恐る見ながら訊ねた。

「わからないそうよ?工兵隊長によると、一フロアだけが崩落する可能性もある。でも、実際に崩落した場合、被害が一フロアに止まらず、連続して発生する可能性は大。もしそうなっ場合の損害は考えたくないって」

「成る程……」

「しかも!」

 鈴宮中尉はわざとらしい態度で人差し指を立て、歌うように言った。

「ここの石は魔法をはじき返すんですって」

「さっきの爆発は」

「そう。悠理君が床をまとめて打ち抜こうとして大失敗した音」

「……た、楽しげに言わないでくださいよ」

 博雅達は、迷宮内部から飛び出してきた爆風に吹き飛ばされたばかりなのだ。

 すわ迷宮内部からの攻撃か!と司令部も大騒ぎになったばかりなのに。

「でもぉ」

 鈴宮中尉は、拗ねたように口元を尖らせた。

 それだけでも愛らしくてたまらない。

 美人は得だ。

 二人はそう思った。

「悠理君のCPOやってると、そういうトラブルだけが楽しみなんですよ?」

「始末書とか……」

「大丈夫です♪」

 鈴宮中尉はにこりと微笑んだ。

「書くの悠理君ですから♪」


 くちゃんっ。

 通路にかわいいクシャミの音が響いた。

「誰か噂してるのかなぁ」

 式神をコントロールしていた悠菜は鼻をすすった。

「―――うん。桔梗に明珠、紅葉に楓……ご苦労様。戻りなさい」

 目をつむって、何もない壁に向かって微笑むその姿は、少しだけ―――怖い。

 そのままじっ。とすること数分。

「式神が戻った。設置完了です」

 悠菜が振り返った。

「これでなんとかなります」

「―――4面同時攻略だと?」

 怪訝そうな顔をする樟葉達司令部に悠菜は平然と言ってのけた。

「そうです」

「ここは地下だぞ?わかってるのか?」

「だから―――テレポートするんですよ」

「不可能だ」

 そう言ったのは、魔法騎士を率いて参加した加納拓也―――あの加納萌子のご主人様……違う、飼い主……離れたな。恋人である。うん。恋人だ。

 背が高く、クールな顔立ち。ホストでもやらせたらさぞ儲かるだろう。

「正確な座標もわかっていないのに、テレポートすることは出来ないぜ?」

「だから、これを使うんです」

 悠菜が取り出したのは、先程、自販機で買ったドアのミニチュアだ。

「簡易テレポーター。リンク・ポイントの代わりになるものです。任意の場所二つにこれをおけば、それだけでリンク・ポイントが成立する大変お得なセットで。わーっ。これはスゴイですねぇ。パチパチパチ。今ならもれなくこのルームランナーがセットで」

「どこのテレホンショッピングだよ―――リンク・ポイントが切れることは?」

「魔界の一流メーカー―――ホントは二流だけど、の製品ですから」

 悠菜は言った。

「魔界の統一規格と検定試験に合格した代物ですし」

「敵が細工している可能性は?」

「自販機の管理はグリムとは違います。あれは別です」

 神音商会の名は出さなかった。

「ふむ―――」

 考え込む樟葉。

「すでに式神がもう片方をセットしてあります」

「よし」

 樟葉は手を叩いた。

 何かを決めたときの樟葉のクセだ。

「各指揮官集まれ―――作戦を伝える」


 悠菜の前には、土嚢を積んだ急ごしらえの機関銃座にメイド達が伏せ、その脇に指揮官らしい別のメイド達がしゃがんでいる。

 さらに見ると、機関銃の射撃を邪魔しない程度の位置には魔法騎士達が待機している。

 素材のわからないドアの両脇には、火焔放射器を持つメイドと、短い棒状の何かを持つメイド達が張り付き、緊張の面もちでこちらを見ていた。

 派遣部隊司令部によって名称「A通路」と呼ばれた入り口。

 別な入り口名称「C通路」では別のメイド隊が同じようなことをしているはずだ。

「ルシフェルちゃん、あれ何?」

 悠菜は、壁に張り付くメイドの手にした棒状の物体を指さした。

 柄のついた大きな円形の筒だ。

「テルミット・プラス―――約6000度の高熱で敵を焼き払う特殊焼夷弾。それを手榴弾にしたもの」

「6000度?“火玉”並だね」

 火玉―――別名“ファイア・ボール”または“ボール”。

 一年戦争において、あらゆる存在を焼き払った恐るべき妖魔。

 本体から1キロ以内を最低でも5,000度を越える灼熱地獄を生み出し、あらゆるものを焼き払う“地獄製造器ヘル・メーカー”の一種。

 彼らを撃破するのに人類が支払った損害は、冗談抜きで軽いものではない。

 それを知るだけに、ルシフェルの視線は、

 (イヤなことを思い出させないで)

 そう語っていた。

「効果範囲が短いというか、密室でもないと効果ないからそれだけは救いだよ」

「ふうん?」

 首を回して見る周囲は、完全武装の近衛兵だの、甲冑姿の騎士だの、一体、何のコスプレ大会か聞きたくなるような光景が広がっている。

 珍妙。

 というには、全員の視線は真剣そのものだ。


「第二層にメイド隊、第三層を近衛兵と魔法騎士隊、第四層を我々が攻める。ただし、まず第二層攻略を開始し、これをオトリとし、敵が第二層に視線を集中させている間に、他層へ攻め込む―――それでいいな?」

 今やドアのミニチュアは巨大化し、普通のドアとかわらない様子で通路の壁に並べられ、その前に騎士や兵士達、そしてメイド達が列を作っている。

「いくぞ?」

 樟葉は大きく手を挙げ、振り下ろした。

 攻撃開始の合図だ。


 次の瞬間。


 ガガガガガガッ!!


 ドアが機関銃で撃ち抜かれ、銃撃で開いたドアの大きめの破孔に火焔放射器のノズルが突っ込まれる。

 トリガーが引かれ、破孔の向こう側に数千度の灼熱の炎が広がった。


 キシャアアアアアアアアアッ!!


 その叫び声に、皆が一様に、ドアの向こうに敵が存在することを確信した。


 ブンッ。


 機関銃座の横に待機していた指揮官が手を振り下ろす。

 火焔放射器が壁の脇へと下がり、かわりにテルミットプラスを弾頭につめた柄付手榴弾の安全ピンを歯で引き抜いたメイドが、ドアの向こうへと手榴弾を投げ込んだ。

「耐熱防御!」

 指揮官の号令に、魔法騎士達が兵士達の前に並んで一斉に魔法障壁を展開する。

「うっわーっ」

 悠菜が呆れたのも無理はない。

 彼女の“目”は、炎上しながら融解するドアの向こうの室温がただごとでは済まないレベルにあることを“見ていた”からだ。

 この熱に耐えられる人間界の生物がはたして存在するか?

 悠菜はどうしてもそれが思い出せない。

「すごいですね」

 悠菜の横にいた綾乃も驚きを隠せない顔で言った。

「ニンゲンにここまでのことが出来るとは―――魔界も、いろいろと考え直すべきかもしれませんね」

「熱が引き次第、Aルート、Bルート、同時に突撃する!―――備えっ!」


 ヂャカッ―――ザザッ!


 床に“A”と大きくスプレーで書かれたドアの前に銃を構えたメイド達がドアの両側に待機する。


「中隊、前へっ!」

 その号令一下、エプロンドレスをひるがえしたメイド達はA、C両通路に飛び込んでいく。

 手にするのはMP40やStG44。

 半世紀以上前に活躍したクラシカルな銃。

 外見こそそうだが、内面は最新鋭の機能を常に組み込んで来た、いわばメイド達にとって“最も信頼できる”銃達。

 そして―――モップ。

 メイド達の目の前に広がるのは、先程の攻撃で黒こげになった室内。

 そして、別室や部屋のあちこちから、屍肉に群がるウジ虫のようにわき上がってくる得も言われぬ不気味な存在―――妖魔の群れ。

 妖魔達が動くたびに、その顎といわず、足といわず、羽といわず、あちこちから耳を覆いたくなるような不気味な音がする。

「撃てっ!」

「羽のあるヤツを飛ばすな!」

 ズガガガガカッ!!

 指揮官―――室町中尉の命を受け、メイド達が一斉にトリガーを引く。


 ブワッ!


 仲間の屍に隠れていたのか、

 虻を巨大化させたような妖魔が背筋の寒くなるような羽音を響かせ、メイド達を襲う。

「きゃっ!」

 MP-40のマガジンを交換していたメイドは、逃げるタイミングを一瞬逃した。

「ひっ―――」

「どけっ!」

 ドンッ!

 怯えるメイドを背後にいた別のメイドが突き飛ばし、手にしたモップを一閃した。


 バグシャッ!


 吐き気がする音がして、虻のバケモノは胴体を切断され、メイド達の後ろの床に落下してその姿を消した。

「引くなっ!」

 怒鳴ったのはモップを持つ室町の副官、加藤由美子だ。

 メイドにとって―――

 ゴキブリ

 ハエ

 ネズミ

 まとめて言えば、家の害虫・害獣は見ただけで失神したくなるほどの、いわば天敵だ。

 実際、メイド達の中でも新兵に近い者の何名かは銃やモップを降ろして青くなっている。

 由美子にも新兵達の気持ちはわかる。

 自分が同じ立場なら、もう失神しているはずだ。

 だが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。

「一歩でも引いたら―――ドアを出たら殺すぞ!」

 なおも迫り来る妖魔を前に、由美子はモップを振るい続けた。

 その度に鈍い切断音が響き、由美子の周囲には妖魔の亡骸の山が出来ては消えていく。

「10時、弾幕張れっ!―――A中隊の汚名、そそぐのは今だぞっ!」

 火焔放射を浴び、のたうち回る妖魔達。

 その気色の悪さに青くなりなる由美子の横で、時子が銃を乱射していた。

「由美子の言うとおりだ!」

 足下に転がり、断末魔の痙攣をする妖魔に銃尻を叩き付けた時子が叫ぶ。

「ドアの向こうにいるのが銃殺隊だということを忘れるなっ!」


 嘘だ。


 由美子は知っている。


 春菜殿下―――自分達の本当に守らねばならない相手。


 あの夜、それを護れなかったのは、警護に当たっていた私達A中隊。


 いかなる敵からも皇族の姫君達を、

 あの寮を

 すべての敵から守り続けてきた伝統と栄光の宮中女官団。

 その名に泥を塗ったのは確かに自分達だ。


 あれ以来、

 他中隊からまで侮蔑され続けた我が中隊が汚名を雪ぐことが出来る唯一の機会。

 それが今。

 だからといって、脱走するメイドが一人だって存在しないことはメイド達の顔を見たらすぐにわかる。


 銃殺隊が背後にいる。

 それは「今の自分達の立場」を思い知らさせるための狂言に過ぎない。

 背後にいるのは、C中隊から派遣されてきた機関銃小隊―――歩兵中心のA中隊には存在しない―――それだけだ。


 (そんなもの、用意されなくても、死ねといわれればいつでも死にますっ!)


 その存在をメイド達に言った時、そう言って食って掛かったのは、横でモップを構える新兵。

 名前は何と言ったかな。

 どこかで見た気がするんだが。

 由美子はどうしても名前が思い出せなかった。


「由美子っ!」


 ドンッ!


 ふいに右からすごい力がかかった。


「ぼっとしているな!中隊副長の名が泣くぞ!」

 時子の罵声に、由美子は現実に引き戻された。

「はいっ!」

 妖魔達の数は減っている。

 間違いなく、自分達が押している。

「殺せっ!」

 由美子はモップで武装したメイド達と共に妖魔の群れに突撃した。

「冷静沈着に―――残虐に―――無慈悲に!」

 モップが振り下ろされるたびに妖魔達が確実に殺されていく。

 慈悲深いはずのメイドが見せる無慈悲。

 由美子達はその体現者となっていた。

「戦果こそが我が栄誉!メイドの栄誉だ!」

「はいっ!」

 新兵もモップで妖魔の息の根を止めた―――かに見えた。


 ドスッ!


 脳天にモップを振り下ろされたクモ型の妖魔の胴体を別なモップが切断した。

 はき出されかけた糸が力無くその胴体にたれ、消えた。

「甘いぞ新兵!」

 由美子だ。

「確実にトドメをさせ!させなかったら間合いをとれっ!」

「は、はいっ!」

「怖いか?」

「よ、妖魔より」

 新兵は半泣きになりながら、それでもモップを振るい、上空から襲ってきた妖魔を確実に撃破してのけた。

「副長の方が絶対怖いですっ!」

「よく言った!」

 由美子はモップの一閃だけでダニのバケモノを一掃する常人離れした技を見せつつ怒鳴った。

 声色から、由美子が怒っていないと判断した新兵は心の中だけで安堵のため息をついた。

「それでいい!」

「あ、ありがとうございますっ!」

「名前は?」

「も、森村……森村綾音もりむら・あやねですっ!」

「森村先生とはお知り合いか?」

「そ、祖母ですっ!」

「ほう?」

 ああ。

 そうか。

 由美子は溜飲が下がる思いになった。

 顔立ちは全然似ていないが、規則に厳しそうな真面目そうな雰囲気とか、いざとなると何をしでかすかわからない所とか、教え子として味わわされた過去。

 それが似ているんだ。

 ザンッ!

 ズシャッ!

 会話を交わしながら、二人は絶妙のコンビネーションプレーを見せ、敵を次々と撃破していく。

「なら」

 由美子は言った。

「生き残れ―――帰ったら褒美をくれてやるっ!」

「あ、ありがとうございますっ!」

 モップが妖魔達を切断する鈍い音の合間に、森村綾音は嬉しそうに言ったが―――。

「上官に対する口の利き方を特別に教えてやるっ!」

「ええっ!?」

「安心しろ!私は森村先生ほどは―――甘くないっ!」

「あ、あれの」

 ヤケクソ気味にモップを振るう綾音がたまらず怒鳴り返した。

「あれのどこが甘いんですかっ!?」

 それに由美子はあっさり返した。

「体罰がないだろうが!」


(……ここで死んじゃおうかな)

 綾音は一瞬、かなり本気でそう思った。





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