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第四十六話

 樟葉の許可が下りた。

 そう思ったのはいいが―――。


「樟葉さん?」

「何だ?」

 悠菜達の今後の打ち合わせに、さも当然という顔で顔を出しているのは、樟葉だ。

「どうして樟葉さんが?」

「―――私も行くんだよ」

「はい?」

 全員が驚きの視線を向ける。

「しかたないだろう?」

 樟葉はため息混じりに言った。

「これほどの失態続きだ―――幹部会議から騎士団長の権限を凍結されても」

「凍結……されたんですか?」

「ルシフェル……近衛は、それほど甘くはないぞ?」


 騎士団長権限凍結。

 それは、樟葉に対する問責そのものだ。

 栗須がそうであったように、樟葉もまた、今回の件、自らの行動で責を償わなければならないのだ。


「イーリス?戦闘加入は魔法騎士でなくてもよいのだろう?」

「はっ!一般騎士2名を補給部隊として配属する予定でした!」

「―――なら、問題はないだろう?」

「樟葉さん……」

「馬鹿息子、心配するな。私だって」

 樟葉は悠菜の肩を力強く叩いた。

「くぐってきた修羅場は―――半端じゃないんだぜ?」

 そう言って笑う樟葉の顔は、血に飢えた女豹のような残虐さを浮かべていた。



 グリムの元へと殴り込む日時は、一日延期された。


 理由は簡単。


 肝心の樟葉が丸一日眠ってしまい、目を覚まさなかったからだ。


「おはよぉ……」

 どういう寝方をしていたのか知らないが、下着にパジャマの上着だけというあられもない姿で食卓に出てきた樟葉に、男性陣は慌てて樟葉に背を向けた。

「樟葉さんっ!」

 ルシフェルがたまらずエプロンで樟葉の下半身を隠そうとするが、寝ぼけた樟葉は自分に何が起きているかすらわからない様子だ。

「……?どうしたの?攻略ルートは見つかった?」

「ええ」

 寝ぼけているからわからないだろうと諦めつつ、イーリスは律儀に説明した。

「まず、敵が指定する第一関門の攻略ルートは3つ。現地は既に住所を元に調査済みです」

「どこ?」

 ぼーっ。とした顔で、箸とみそ汁の入ったお椀を手にする樟葉は、

「国内なら信濃の艦砲で吹き飛ばそうか?」

「そこまでしなくても―――いや、民間人に犠牲が」

火焔放射装置スイーパーズフレイム並べて焼き払う方がいいかぁ……」

「ですから」

「犠牲無視」

「……場所はすべて同一の職種の社屋です」


 その職種を聞くなり、樟葉は言った。

「反応弾の方がいいじゃない。一年戦争の時、米軍からちょろまかしたヤツ、持って行きなさい」


(……おい)

 つん。

 背を向いたまま正座する羽山が横にいた博雅を肘でついた。

(あれ、饗庭樟葉だろう?)

(ああ)

(かなりの美人だって評判だけど、何だ?あの干物女)

(樟葉さんは……生活能力ゼロだから)

(だから干物女って言ったんだ)

 ちらり。と互いに盗むように食事を続ける樟葉を見た二人は、大きく開いたパジャマの上着の隙間から、外見からは想像できないほど豊かな双丘を見てしまい、慌てて向き直った。

(俺、騎士として憧れてたんだぜ?)

(私人としてはともかく、公人としてはかなりだ)

 博雅は虚しいまでの弁護をする。


「で?」

 それに気づかない樟葉は言った。

「どのルートから攻める?」

「それが」

「イーリスが言いよどむなんて、何かあった?」

「攻略ルートは、ここでとぎれています」

「えっ?」

「この施設を襲撃することが第一関門。その関門をクリアしたら、自動的に次の関門までのルートが開かれると書いてあります」

「……」

 樟葉は、ボリボリと、たくあんをかじりながらぼんやり考えて、

「いいわ」

 そう言った。

「面倒くさいから、まとめて攻めちゃいましょう」




 今回の作戦に関して、イーリスの作成した編成は以下の通りだ。


 Aチーム 悠菜・ルシフェル組

 Bチーム 栗須・南雲組

 Cチーム イーリス・樟葉組

 補助   羽山・秋篠組(近衛騎士団派遣部隊臨時編入)


「突入は本日2100 羽山、秋篠両名は、現時刻より臨時に近衛派遣部隊指揮下に入り、これと共に行動する。これでいいな?」

 現状、皆が私服だが、第一関門を突破次第、近衛の甲冑装備となる手はずだ。

 会議机の並ぶ水瀬邸の居間で、イーリスが黒板を前に確認した。


「納得いきませんっ!」

 バンッ!

 悠菜が会議机を叩いて立ち上がった。

「なんで私がお姉さまと離ればなれなんですか!?」

「戦力の適正な配置だ」

 イーリスはにべもなく言い放った。

「一方の暴走時の止め役ともいうが」

「イーリス?それは」

 樟葉が聞き逃さなかった。

「無論、閣下が私を、です」

「いいだろう―――水瀬」

 樟葉が悠菜を睨む。

「栗須にべったりで足手まといになるつもりか?」

「まさか!」

「なら、後でアピール出来るくらいの活躍をすることだ。ルシフェルはその証人だ。それでは不満か?」

「……っ」

 頬をぷぅっ。とふくらませて、悠菜は躊躇する。

「悠菜ちゃん?」

 栗須はそっと悠菜を抱きしめた。

「お姉さんは、ずっと応援してますからね?」

「はいっ♪」


(……単純)

 全員の白い視線に気づかず、悠菜はウキウキした顔で栗須の胸に抱かれ、上機嫌だ。


「それで?」

 ルシフェルが訊ねた。

「第一関門を襲撃、目的は?」

「各施設の見取り図はこれだ」

 イーリスは書類を皆に配った。

 建物の見取り図。

 規模からすれば、皆かなりのものだ。

「グリムは、この建物の一番奥に“鍵”を隠している」

「鍵?」

「ああ―――これだ」


 イーリスが皆に示したのは、宝石の写真。

 律儀なことに、横にショートホープの箱が置かれている。

 写真そのものはその宝石からかなり離れて撮影されているから、細部がわからない。


「サイズはともかく……」

 ルシフェルは、何か信じられない。という顔だ。

「なんですか?この横でピースサインしてる人」


 写真が被写体からかなり離れている理由。

 それは、被写体までの間に、グリムが映っているから。しかもご丁寧にピースサイン付きだ。


「覚えておけ。これが目指す敵。グリム・リーパーだ」

「行動からすれば……水瀬君のご親戚?」

「一緒にしないで!」

「ま、そうね」樟葉はひじをつきながら言った。

「相手がそう言うに違いないもの」



 襲撃対象の建物は3つ。

 目的は宝石の奪取。

 そう決まった。


 問題は―――。


「ねぇ。ルシフェルちゃん」

 20時55分。

 電柱の影から建物をうかがう悠菜が、横にいたルシフェルに訊ねた。

「あれ、何の建物?」

 高く立派な門構えの豪邸。

 あちこちに怖い顔をした男達が立ち、周囲を警戒しているのは悠菜の目にも明らかだ。

「あれ?」

 ルシフェルはローブのフードを被り直しながら答えた。

「某自由業の会長のお宅」

「?―――ああ」

 弟の記憶から必要な情報を手に入れた悠菜は納得した顔で言った。

「ヤクザ屋さん?」

 普通なら近づきたくすらない建物を、悠菜は珍しそうに眺めながら、

「さっき、周囲歩いてみたけど、かなり広いよぉ?やっぱり、お金持っているのかなぁ」

「もっているんじゃない?―――悪いお金だけど」

「お金にキレイも汚いもないです」

 悠菜は少しだけ不満げに言った。

「使い方。ただそれだけです」

「……言っておくけど」

 ルシフェルは悠菜にクギをさした。

「盗んじゃダメだからね?」

「建物全部吹き飛ばして、そこから探したら拾ったことにならない?」

「一切の攻撃魔法使用厳禁―――命令だよ?」

「……面倒くさい」

 ぷうっ。

 悠菜は頬をふくらませた。

「たかが人間ダニじゃない。中には―――えっと、女子供含めて151人か。その程度」

「あのね」

 ルシフェルは、咎めるような口調で悠菜に、

「ヤクザとはいえ、人をダニ扱いしちゃだめだよ?」

「?」

 何故だろう。

 悠菜は首を傾げながらルシフェルの言葉を待った。

「人の事、ダニっていった人の方がダニなんだから」

「……小学生並」

 ルシフェルの機嫌を損ねたことを素早く感じた悠菜は慌てて話題を変えた。

「でも、グリムは何でそんな所に宝石を?」

「いろいろあるんじゃない?」

 ルシフェルは、腕時計の時間を確かめた。

 20時58分。

「21時丁度、一斉突撃。15分で撤収―――いいね?」

「別にいいけど?」

 悠菜はフードを目深に被り直した。

「突入タイミングを90秒ずらせて―――巻き込まれる」

「何に?」

「ほら―――騒がれると厄介だから。細工してあるの。ここいら一体停電するからね」


 ふっ。


 ルシフェルの言葉が真実。

 そう告げるように、辺り一帯が真っ暗になった。


 その日の21時丁度。

 関東最大級の規模を誇る広域指定暴力団会長宅が3つ、同時に襲われた。


 まず一つ―――


「出入りじゃぁっ!」

 非常用電源に切り替えられた広い邸内のあちこちから、野太い男達の声があがる。

 男達が目指すのは玄関から奥へと通じる廊下。

「出入りやと!?」

 手下を引き連れた、高級なスーツを身につけた背の高い男が、足音も荒々しく廊下を小走りに歩き、そこで立ち止まった。

「なっ―――!?」

 普段は若い衆が両端に並び、そこを自分達幹部が歩く廊下。

 ちり一つ落ちているだけで若い衆に血反吐を吐かせるほど磨かせている廊下。

 その廊下は、血と肉の海と化していた。


「な、何が?」


 絶句し、思わず後ずさる男の前に立つのは、黒いローブ。

 性別はわからない。

 手に抜き身の日本刀が提げられていること。

 それが、彼のわかるせいぜい唯一のことだ。


「おんどれの仕業か!」

 関東一円に知れ渡った武闘派の一喝。

 黒いローブはそれに動じることもなく、刀の切っ先を男に向けた。


 ちょいちょい。


 切っ先が左右に軽く動く。


 “どけ”


 そう言っていることを、男は直感的に察した。


「ナメてんのか!ああっ!?」

 彼が懐からトカレフを抜いたのを合図としたように、チンピラ達も一斉に拳銃や散弾銃、自動小銃など、様々な“エモノ”を黒いローブに向けた。


「……」

 黒いローブは、それにさえ動じた様子はない。


「死んで落とし前つけろや!」

 怒りながらも、どこか勝ち誇った声で男が怒鳴った。



「会長!」

 側近達に囲まれた和服姿の男が縁側から庭に出た。

 屋敷の中からはひっきりなしに銃声が響く。

 世間では鬼とも悪魔とも評される極道、関東三愛会五代目川村竜治会長だ。

 会長は、バッグを後生大事に抱えたまま、側近達に促されるようにして走る。

「こっちです!」

「宮田はどうした!?石合は!?」

「若頭と本部長は廊下へ行ったっきり戻りません!」

 拳銃を抜いた男が周囲を警戒しながら報告する。

「とにかく、車庫に車待機してます!それで事務所まで!」

「お、おうっ!」

 会長は思った。


 何者の仕業か知らないが、この落とし前はきっちりとつけてやる!

 この三愛会、9,000の構成員、ナメるんじゃない!


 建物の角を曲がった先にやや大きめの物置がある。

 幹部だけが知る非常時に備えた隠し車庫だ。

 中には自動小銃にまで耐えられる装甲リムジンが用意されている。

 それに乗って逃げればいい。

 会長も、幹部もそう思った。


 だが―――


「ひっ!?」

 先を走っていた側近が、角で止まった。

「な、何だ!?」

 会長は自分の壁になる側近達の隙間から前方を見て絶句した。


 そこには、黒いローブが立っていた。

「な、何者や!おんどれ!」

 キラッ

 ―――会長は、何かが光ったと思った。



 サァッ―――


 降り始めた冷たい雨の中、二人のローブが立っている。

 一人のローブが、今や肉の残骸と化した会長の抱えていたバッグの中から取り出したのは、写真に写し出されていた宝石に他ならない。


「あったか?」

「はい」

 ローブ達―――樟葉とイーリスは、雨の滴を弾く宝石を前に頷きあった。

「敵は?」

「皆殺し……いい憂さ晴らしになったよ」

 樟葉は納刀しながら言った。

「骨付き肉程度―――みんなチャカばかりでつまらん。騎士がいない」

「発火装置は設置終了。―――まぁ、任務達成ということで」

「うむ。後は」

 樟葉は言った。

「南雲大尉と栗須中佐のチームはともかく、あの二人珍プレー大賞コンビ、上手くやってるかどうか」

「ダメならダメで方法は考えましょう」

 二人は再び頷きあい、闇の中へと姿を消した。



 二つ目の幕も上がっていた。


「ぎゃんっ!」

 男の太い拳がスキンヘッドの男の顔面―――いや、頭部を文字通り粉砕した。

 脳漿と血をまき散らしながら、廊下の向こう、チンピラの群れの中へ飛び込んでいく。

「ひっ!?」

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

 チンピラ達は、自分達に飛んできた死体に腰を抜かしたり、はいつくばって逃げ出したりと、普段、一般市民を脅かす男達とは思えない醜態を晒す。

 2メートル以上という堂々とした騎士の体躯から繰り出される攻撃は、いくらチンピラとはいえ、一般人に耐えられる代物ではない。

 すでに男の背後には、異様な形に変形したチンピラのなれの果てが、壁といわず天井といわず、あちこちに“張り付いて”いた。

 チンピラ達が男を警戒するのは、何もその体躯だけではない。

 男の顔だ。

 そこには、どこから持ってきたのか、狐面が被されていた。

 男の顔がデカいせいで、狐面が被されているのは、男の顔の一部だが、それを笑える者は今、この場にいない。


「そんな変態に何ビビってやがる!」

 チンピラの群れの向こうでそんな罵声が響き渡った。

会長オヤジを守るんや!てめぇら!それでも芙蓉会の構成員か!?」

 チンピラ達が逃げるのを止めた。

「そ、そうだ!チャカ使えチャカ!」

 男達の中からそんな怒鳴り声がしたかと思うと、チンピラ達は腰から一斉に拳銃を抜いた。


 ピタッ。


 男の動きが止まった。


 拳銃を警戒している。

 チンピラ達はそう判断した。


「これで終わりやな!」

 38口径のリボルバーの銃口を男に突きつけたパンチパーマの男が、勝ち誇った尊大な態度で言う。

「ゲンコより鉛弾の方が痛ぇんだよ!わかってんだろう!?」


「……」

 面のせいで男の表情は読めないが、さぞビビっているだろう。

 チンピラ達がそう思っても無理はない。


「撃てぇっ!」

 誰かの号令と同時に、チンピラ達は一斉に引き金を引いた―――が、


 ふわっ。


 舞い降りる。


 その言葉がぴったり来る仕草で男の前に現れたのは、同じく狐の面を着けた黒い服にエプロンドレスの女。


 手にはモップが握られている。


 クルクルクルッ―――


 女がモップを回転させると―――


 ガガガガガガガガガガガガンッ!


 金属同士が激しく激突する音が廊下の全ての音を支配した。


「ぎゃっ!?」

「ぐわっ!」

 チンピラ達が短い悲鳴を上げてその場に倒れた音でさえ、あげた本人以外、聞こえはしなかった。


「……なっ!?なっ……ゴポッ」

 何が起きたかわからず、肺を打ち抜かれたパンチパーマの男は、肺の中に侵入した自らの血におぼれて溺死した。


 それまで狐面の男に銃を向けていたチンピラの中で、まともに立っている者は1人もいない。


「……」

 狐面の男にはすぐにわかった。

 チンピラを倒したのが、モップにはじき返された跳弾だと。

 ただ、モップでどうやったら弾丸を跳弾に出来るかは―――わからない。


 目の前の狐面のメイドに、男は視線で問いかけた。

(どうやった?)

 狐面のメイドも視線で答えた。

(禁則事項です)


 その後、二人は何事もなかったかのように、廊下を歩き始めた。



そして―――


「?」

 警戒の薄い所を割り出して、塀を飛び越え、邸内に侵入。物陰に隠れたルシフェルは首を傾げた。

 突入前まで感じていた人の気配が全く感じられないのだ。

(感づかれた!?)

 ルシフェルがそう思うのも、通常の判断の内に入る。

 ルシフェルは警戒を促そうと、背後にいるはずの悠菜に振り返るが―――

「悠菜ちゃん?」

 そこに悠菜の姿はない。

 かわりにいたのは―――

「こんばんわ」

 優雅に挨拶してくる綾乃だ。

「せ、瀬戸さん!?ど、どうして―――」

「どうして?」

 綾乃は不満そうな顔をした。

「私、なんで今回の任務から除外されているんですか?」

「……あれ?」

 そういえばそうだ。

 ルシフェルは思った。

 周囲が近衛関係者ばっかりだから忘れていたけど―――。

 そうか。

 ルシフェルは、脳裏に浮かんだ答えに納得した。

 そういうことなんだ。

「これ、近衛の作戦として立案されたから」

「そんなの……皆様の勝手です」

 プウッ。と綾乃は頬をふくらませた。

「私だって、共に戦った仲のはず」

「いろいろあるんだよ……特に樟葉さんいるし」

「樟葉?ああ、あの方。あの方がいると何故?」

「樟葉さん、瀬戸さんを毛嫌いしているから」

「?」

 綾乃には意味がわからない。

 相手は近衛騎士団長。

 こちらは人間界ではアイドル。

 接点が見えない。

「あのね?」

 ルシフェルは樟葉は、綾乃が原因で春菜殿下が襲撃された事件に激怒していることを説明した。

「―――成る程?」

 綾乃は申し訳なさそうに俯いた。

「わかる気がします」

「イーリスさんとしては、瀬戸さんと樟葉さんの無用のトラブルを避ける意味で、瀬戸さんをわざと任務から外したんだよ」

「……でも」

 綾乃は言った。

「資料は読ませていただきました。宝石を集めて、どうするのです?」

「えっ?」

 ルシフェルは豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になった。

 意味がわからない。

「どういう、こと?」

「ですから」

 綾乃はくすっ。とイタズラっぽく笑った。

「宝石を集めただけで、何の意味もない。ということです」

「そんな!」

「その方法を知っているのは」

 綾乃は立ち上がった。

「この中では私だけです―――ルシフェルさん?」

 ルシフェルは、今度こそ、綾乃が普段と全く違うことを実感しつつ立ち上がった。

「樟葉さんと渡りをつけて下さいな……協力する。それで手打ちだと」

「納得するかな」

「しなければ」

 綾乃は目の前に広がる屋敷を眺めながら言った。

「ここで全てが終わります」


「……」

 ルシフェルは無言で頷いた。

「感謝します―――では」

 綾乃はキッ。と厳しい顔になって、

「悠菜ちゃんを捕まえます」

「そういえば―――あっ!」

 今、自分がどこにいて、何をしているか。

 それをようやく思い出したルシフェルは、慌てて綾乃を物陰に引きずり込んだ。

「なっ、何をなさるのです!?」

「隠れて!みつかったら!」

「この屋敷内で生存している者なんていません!」

 綾乃はそう言ってある所を指さした。

「?―――っ!!」

 その指さされた先。

 そこに転がっている“モノ”を見たルシフェルは思わず息を飲んだ。


 誰かが倒れている。


 倒れている?


 そう。


 倒れているのだ。


 黒いスーツからすれば、成人男性。


 いや。


 男性だった。というべきだろう。


 スーツはともかく、


 男の体には何一つ、


 肉が


 ついていなかった。


 そう。


 男は完全な白骨だ。


「ど、どうして?」

「中はああいうので一杯でしょうね」

 綾乃は平然とした態度だ。

「ど、どうして?」

「どうして?」

 綾乃が立ち上がることすら忘れたルシフェルを見下したように言った。

「魔法に決まっているじゃないですか」

「ひ、人を一瞬で白骨化させる魔法なんて聞いたことない!」

「“死滅魔法”の一種です―――初めてですか?」

 死滅魔法―――一対象となるあらゆる生命体の息の根を止める魔法の総称。

 最も近い魔法は“毒雲ポイズン・クラウド”という別魔法。

 一定範囲の生命体を無差別に殺戮する魔法は、人類の間では存在の可能性が議論されるレベルで、登場するのはせいぜいファンタジー程度のため、死滅魔法と言えば、空想世界にのみ存在する“空想的架空魔法ファンタジー・マジック”のカテゴリーに分類される、もっと言えば、“あり得ない魔法”なのだ。


「空想?」

 ルシフェルから説明を受けた綾乃は不機嫌そうに言った。

「すでに展開されているでしょう?」

「だ、誰が?」

「悠菜ちゃんです」

「なっ!?」

「あの子にとって関係者以外の人間なんてゴミ同然。罪悪感なんてカケラも感じていないでしょう―――いえ」

 言い間違えました。と、綾乃は舌を出した。

「罪悪感という感情がないんです。そう考えろ。というプログラムは存在しても」

「よくわかんないけど……」

「あなただって、殺虫剤で虫を殺すのにそれほどの罪悪感は感じていないはず―――違いますか?」

「それは」

「それと同じ感覚といえば、悠菜ちゃんの感覚がわかると思います」

「つきあいは長いといえないけど」

 ルシフェルはぼやいた。

「そこまで狂っているとは思わなかったよ」

「あら?」

 綾乃はくすっ。と笑った。

「不要な所が適切に欠落しているだけです。反面、気に入った相手はとことん大切にしますよ?あの子は」

「……」

 ルシフェルは複雑な顔で言った。

「私、レズじゃないから」



「えっとぉ」

 暗闇の中、ガサガサと動くのは悠菜だ。

「金庫の中身と隠し口座の移転は終了したし。チャカとクスリはあらかたいただいたし」

 ガシャッ

 足下に転がる豪華なバスローブを纏った白骨を踏み砕きながら、ほくほく顔の悠菜は辺りを見回した。

「―――後は、悠理の式達が、他の所も含めてどれほど武器とか金目のモノもってきてくれるか。それにかかっていますね」

 悠菜はその部屋の一角。

 この大邸宅の主が用意したホームバーの棚に歩み寄った。

 珍しい高級酒が惜しげもなく棚を飾っている。

「へぇ?―――あ、“桔梗”、死体処理急いで。“明珠”、この棚のモノも全部移して……えっと、“由依”?」

 悠菜は、一体の式からそれを受け取った。


 写真に写っていたあの宝石。


「成る程?」

 悠菜はそれを眺めながら呟いた。


「これが――鍵、か」




 


ついに神音登場!

諸悪の根元をついに登場させましたけど……なんだか最近、理屈っぽくなってる気が。

そろそろキャラに動いて欲しいのに、どうした!動けジ・○!

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