第四十四話
警告!ちょっとHな記述があります。予めいろいろご了承の上でお読み下さい。
パッ。
突入と同時に、“閃光”の魔法を炸裂させたイーリスの視界に、穴の底でうごめく妖魔達の姿が入る。
数は不明―――。
というか、穴は底が見えないほど妖魔に埋め尽くされている。
“ワーム・タイプ”と分類される芋虫型の妖魔や“ビック・インセクト”と分類される昆虫型の妖魔ばかりだ。
イーリスはそれだけで、グリムが何をしたのかわかった。
魔法を使って、地下の虫達を巨大化させ、穴の中にしかけておいたのだ。
グリムがあのフェンスにのぼっていたのも、自分達を誘う罠。
彼にとっての想定外は、少女を運べるほど、自分の体力がなかったこと。
その程度だろう。
炎系・爆発系の魔法の使用を禁止など、自分で言ったことを後悔しつつ、イーリスは妖魔の群れの中に飛び込んだ。
ザンッ!
ナイフの一撃がワーム・タイプ数体を薙ぎ払い、辺りに妖魔の残骸が飛散する。
地下は、とっくりのように広がっているらしい。
穴そのものは、約3メートル程度だが、中はざっと20メートルはくだらない広いホールになっている。
壁をはい上がるワーム・タイプの妖魔が、とっくり型の構造に耐えられず何匹も落下していた。
光に向かって動き出しているのだ。
ザワザワザワ
“エサが来た”
妖魔達はそう思っている。
それがイーリスには直感でわかったがそれを口には出さない。
“それってレベルが昆虫並みってことですか?”
憎ったらしい弟分のイヤミな声が脳裏によみがえったからだ。
「ええいっ!」
ナイフで近寄る妖魔を何体も気色の悪い肉片にしながら、イーリスはたまらず怒鳴った。
「私はエサではないぞっ!―――っ!」
足場が砂地のため、どうにもふんばりが効かないことに顔をしかめつつ、イーリスはナイフを蜘蛛のバケモノ―――インセクト・タイプの脳天に突き刺した。
「イーリスさんっ!」
頭上からルシフェルの声がした。
「魔法障壁を―――3、2、今っ!」
「っ!」
イーリスが防御魔法を展開するのと同時に、辺りに光の線が走った。
“魔法の針”だと、イーリスにはすぐわかった。
「やめろルシフェル!」
狭い範囲にいる敵の殲滅なら、それでいい。
だが、
「紙に当たったら大事だぞ!」
「―――っ!」
悔しそうに唇を噛みしめたルシフェルが、抜刀してイーリスの背後に降り立った。
「他は!?」
「上にはい上がってくる妖魔を殲滅中!」
「あまり気分のいい敵ではないが」イーリスは楽しげな声でルシフェルに
「ウォーミングアップくらいにはなるぞ?」
「体液に注意してくださいね?」
魔法処理を受けた生物の体液を浴びれば、それだけでどんな被害が出るかわからない。
一年戦争で人類が多大な犠牲を代償に支払って手に入れた貴重な教訓だ。
「了解した」
バッ!
二人は一斉に動いた。
魔法と気を剣に込め、破壊力を倍増させた横なぎの一撃は真空の刃となって二人を取り囲む妖魔達を切断、一瞬にして妖魔達は無惨な残骸になって地面に転がった。
「殺されても気にするなよ?」
ブンッ
イーリスは血振りの後、言った。
「相手が悪すぎたんだ」
「地下制圧……地上は、悠菜ちゃん達がなんとかしてくれますね」
「そう願いたいが―――」
グンッ!
ルシフェルの襟首を掴んだイーリスは空に舞った。
ザワッ!
足下が陥没し、妖魔達の残骸が一斉に陥没に巻き込まれたのは、二人の足が地面から離れたのほぼ同時。
「なっ!?」
突然現れたすり鉢状の穴。
妖魔達の残骸がすり鉢の底へと落ちていく。
ザザザザッ
グシャッ
グチャッ
グチャッ
砂の流れる音に、何かをかみ砕く咀嚼音が混じる。
音はすり鉢の底からだ。
「―――蟻地獄」
イーリスがやや震える声で呟いた。
昆虫のアリジゴクはウスバカゲロウの幼虫。風雨を避けられる砂地にすり鉢のようなくぼみを作り、その底に住む。そして、穴に落ちた蟻などを捕らえ、その体液を吸う。
そのアリジゴクが体液だけでなく、昆虫の肉片まで食べるという異様な様は、背筋が寒くなるほどだ。
「あんなものまで用意していたというのか?」
もし、自分達がただの人間として穴に躍り込んでいたら絶対に助からなかったところだ。
「グリムめ……」
「イーリスさんっ!」
グンッ!
今度は、ルシフェルが悲鳴に近い声を上げ、イーリスの襟首を掴むなり、猛スピードで上昇に移る。
「なっ!?」
真っ暗闇の穴から明るい地上へ出た途端のまぶしさに目をくらませたイーリスに、ルシフェルの怒鳴り声が聞こえた。
「悠菜ちゃん、逃げて!」
地上に出た妖魔の数もかなりだったようだ。
ようやく目の慣れたイーリスは、妖魔の残骸の中に立つモップ片手の栗須と悠菜、そして綾乃が自分達を見上げているのを見つけた。
言葉の意味がわかったのか、悠菜が栗須にタックルする要領で抱きつき、綾乃と共にその姿を消す。
次の瞬間―――
ドンッ!
穴から火柱が上がった。
アリジゴクのバケモノが食べ損ないか、それともアリジゴクのバケモノそのものか。
妖魔の残骸が大量の土砂と共に雨となって降り注ぐ。
「な、何だ?」
「壁の」
ルシフェルがつばを飲み込んでから言った。
「壁のあちこちに……爆薬が」
「爆薬?」
「はい……最初、妖魔の眼かと思ったんですけど、定期的に点滅していたので、よく見たら」「点火装置の点滅だと気づいたのか」
「はい」
「ルシフェル」
「はい?」
「礼を言う」
「戦友―――ですよ?」
「お礼をしなければ気が済まない」
イーリスは口元を歪めて言った。
「私は義理堅いのが信条だ」
「気持ちだけ、ありがたく」
「子供の洗礼、ただにしてやるぞ?結婚式の司祭は半額だ」
「ははっ……」
ルシフェルは愛想笑いをうかべ、
「結婚式の半額をタダにしてくれたら、謝意を感じてあげます」
落とし穴。
妖魔。
蟻地獄。
そして爆薬。
つまり、
落とし穴に落として殺す。
殺しそこねたら妖魔に襲わせる。
妖魔まで凌がれたら、
蟻地獄に落とす。
爆薬で穴ごと吹き飛ばして後始末。
恐ろしく手は込んでいる。
だが、確実に敵を殺し、その亡骸どころか、あらゆる物理的証拠まで隠滅することが可能な手段だ。
敵の誤算はそう多くはない。
我々が魔法騎士であること。
穴に仕込む妖魔の数を誤ったため、かなりの数が地上に出てしまったこと。
爆薬の量を間違え、爆風と一緒に妖魔の残骸を外にまきちらしたこと。
この二つがなければ、“謎の地下陥没”で済まされた可能性は大だ。
敵の当初の狙い通りにコトが運んでいたら、それこそ自分達がどうなっていたかわかったものではない。
警察関係者や消防が殺到する穴の跡から離れたイーリスは、病院のロビーでコーヒーを飲みながら考えを巡らせた。
栗須が偶然発見したあの紙。
そこには一言、
旅の地図は、しかるべき者に預けてあります。
としか書いてなかった。
「グリムは、私達を確実に殺すつもりだった」
綾乃はコーンポタージュを飲みながら言った。
「その死の証拠すら消すつもりだった」
「後続の手がかりを絶やすか、混乱させるつもりだったんでしょう」
栗須は自分に抱きついて離れない悠菜の喉を撫でながら言った。
「我々が何に殺されたか。その手がかりを絶やせば、それだけで彼への追跡は遅れます」
「なぜ、そんな手の込んだことを?」
緑茶を手にしたルシフェルには、それがわからない。
「グリムは、私達を本気にさせたいんですよ」
悠菜は栗須から身を離した。
「イヤでも自分の筋書き通りに動いてもらおうとしているんです」
「筋書き?」
「自分の用意した“囚われのお姫様を救う旅”を私達にさせたいって」
何がおかしいのか、クスクス笑う悠菜は冷たい、底意地の悪そうな声で言った。
「クスッ。―――誰が素直に従うものですか」
「でも」
栗須は納得できない。という顔だ。
「悠菜ちゃん?どうしてグリムはそこまで筋書きにこだわるんです?」
「それは」
悠菜は愛らしい外見そのままにニコリと笑った。
「グリムの性格ですよ」
「性格?」
「グリムは学者肌―――例え仮定でも、自分の思い通りに行かないと面白くない。思い通りにいかないことがあると、それは相手が悪いと考えるタチなんですよ」
「似たような人、一人知っているけど?」
冷たく言うルシフェルに、悠菜はどこからか姿見を取り出し、ルシフェルの前に置いた。
「無視。そういうヒトですから、今回の件も、自分の思い通りに運ばせたいと思って当然なんです」
「悪趣味な」
イーリスは乱暴にコーヒーカップをあおった。
「全てが思い通りにいくなど、あるとしたら全能な神位なものだ」
「問題は」
悠菜はそう言って、しばらく沈黙する。
「悠菜ちゃん?」
「問題とは?」
「……」
周囲の問いかけに、悠菜はじっと考え込んだまま答えようとしない。
数分の後、
悠菜は覚悟を決めたという顔で言った。
「これから先、本当の敵はグリムじゃありません」
イーリス達は、突然の悠菜の言葉に自らの耳を疑った。
「グリムじゃ、ない?」
「はい」
綾乃の言葉に、悠菜は真剣な眼で頷いた。
「では、誰なんです?」
「……考えてみてください」
悠菜は栗須の手から受け取った紅茶で喉を湿らせた。
「獄族に過ぎないグリムか、どうして爆薬を使うなんて手を思いついたんです?魔法もいくつか組み合わせれば同じことが出来るというのに」
「えっ?」
綾乃はそれに答えられない。
「寓話に出てくる悪魔がミサイルを使っているのと同じ事ですよ?普通、あり得ません」
「……」
「つまり」
悠菜の口から出た言葉に、皆が凍り付いた。
「グリムに入れ知恵した者がいます……間違いなく人間。そして、“彼女”は今、グリムに協力しています。グリムは“彼女”の言うとおりに動いただけ。妖魔の数のミスは、グリム側でしょうが、爆薬は、“彼女”が爆薬について無知だといういい証拠です」
「彼女?」
“人間”が女性だと悠菜は言う。
「誰だ?」
悠菜の顔は、それがお世辞にも楽しい結論でないことを表していた。
重い顔で、悠菜はぽつりと、呟くように言った。
「……グリムの言う協力者―――桜井さんですよ」
「あれ?」
美奈子は入ってきたグリムの変わり果てた姿に、書き物をする手を止めた。
「どうしたんです?それ」
「いやぁ」
車いすに座るグリムは、ばつが悪そうな顔で苦笑した。
「とある所から飛び降りたら、降りた先がガケだったんで……」
「……ドジ」
美奈子の冷たい視線を受けたグリムは胸を押さえた。
「あなたの手、もう一歩でしたよ」
「妖魔の数と、爆薬の量間違えたんでしょう?」
「え゛っ!?」
図星を突かれたグリムは青くなった。
「ど、どうしてそれを?」
「妖魔はともかく、爆薬はごめんなさい。私、やっぱりよくわかんなくて……TNT換算1トンじゃ多すぎたわね……さすがに」
「観測していた者の報告では、トラップは完全崩壊。爆薬は―――起爆タイミングがずれなければ、むしろ有効だったと思います」
「妖魔の残骸は?」
「死亡から10分で魔法の効果は消滅します。人間達がおっかなびっくり何かしても、その頃には妖魔のカケラすらみつけられないでしょう」
クックックッ……。
グリムは心底楽しいといわんばかりに喉を鳴らした。
「すべては、あなたのおかげです」
「やめてください」
美奈子は、机の端に置かれた皿から、一粒、豆をつまみ上げた。
「私、憎い相手を殺してくれるっていうから、協力しているんです」
「ええ。それは勿論」
車いすの背もたれに体を預けつつ、グリムは楽しげに美奈子を見る。
「桜井さんの恋路を邪魔する瀬戸綾乃は迷宮で……もう一人は」
グリムは少し眼を泳がせた。
「捜索中です」
「人間界のどこにいても探し出すと豪語していた貴男が?」
「……人間界のどこにも反応がないんです」
グリムは頭をかきながら、申し訳ないといわんばかりに頭を下げた。
「よほど巧妙に隠れているか……そうなら恐るべきことです」
「恐るべき?」
「獄族は魂……つまり、隠しようのない存在を見つけだし、魂から必要な情報を引き出します。それが」
「魂の反応がないって―――死んだの!?」
心底嬉しい。といわんばかりに目を輝かせる美奈子の眼は、すぐに失望に変わった。
「それはないか」
「そうです。それなら私達が確認します」
「とにかく」
美奈子は紙の束をグリムに渡した。
「これ、出来たから」
「早いですね」
グリムは紙の束に素早く眼を通す。
「グリムさんの調査が正確なら、これでいいはずよ?」
「―――成る程?」
その眼が楽しげに緩む。
「簡単に殺さず、恐怖を与えぬいた挙げ句、いわばなぶり殺し」
「そう」
美奈子はもう一粒、豆を口にした。
「でも、本当なんでしょうね」
「何がです?」
「その男連れの女の子が、水瀬君と肉体関係まであったって」
「私の調べた限りでは」
「……まぁ、いいわ」
美奈子は投げやりなまでに言った。
「水瀬君に抱かれた女なんて、みんな死んでしまえばいいんだもん」
「フフッ……そうです」
グリムは車いすを操作して、美奈子の側まで来ると、その肩に手を置いた。
「皆、死んでしまえば、水瀬悠理は美奈子さんのものです」
「そうよ……そうよね?それでいいのよね?」
「はい♪」
桜井美奈子の内面で葛藤するのは二つの存在。
理性と、欲望。
グリムはそれが絵となって見えるような気がしてならない。
愉快だと、グリムは思う。
私はこの子の水瀬悠理への想いに気づいただけ。
想いの裏返しは恐怖であり他者への憎悪。
彼女はそれに気づいていながら、それを受け入れなかった。
恋敵を憎め。
恋敵を殺せば、愛する水瀬悠理はお前のものだと。
今、全てを彼女は受け入れた。
私は言わなかっただけ。
彼女が食べている豆。
それが、人間の憎悪を駆り立てる“憎しみの樹”の木の実であることを。
そう。
彼女は禁断の木の実を“勝手に”食べた。
私は彼女の目の前に置いただけだったのに!
彼女は、木の実によって、憎しみを受け入れた。
私は何もしていない!
彼女が勝手に憎んでいるだけだ!
そして、彼女は私に協力してくれている。
すべてが思い通りに行くのは愉快でならない!
グリムは内心の愉快さを押さえられない様子で笑顔を浮かべる。
「瀬戸綾乃は無事に逃げたようです」
美奈子の動きが止まった。
「瀬戸綾乃は水瀬悠理と行動を共にしています。片時も離れず」
「……」
「麗しいですねぇ」
「……頼まれた迷宮の仕組み、もう少しでまとめるから」
美奈子はそう言って机に向かう。
「必ず……必ず、殺してやるんだから」
その呟きを聞いたグリムは、満足げに美奈子を見やり、そして部屋から姿を消した。
室内には、ペンの走る音と、美奈子のつぶやきが聞こえるだけ。
「もう、友達なんて考えない……考えないんだから」
カリカリ……
「瀬戸さん……あなたさえ、あなたさえいなくなれば、それでいいのよ……水瀬君は……水瀬君は……」
カリカリ……
「絶対……絶対に」
カリカリ……
「渡すもんですかっ!」
グシャッ!
美奈子の手の中で、ペンが砕けた。
……ついに47話突破。
ナイトメア以上の長編は作らないつもりだったのに……物事をまとめる力がないと、こうなるんですね。
“文章、長き故には尊からず”でしたっけ?
猛反省です。