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第二十六話

 それから1時間と経たない後のこと。


 水瀬は同じ病院のベンチに座って、ぼんやりと天井を見つめていた。


 その周囲では背広姿の男女が数名、所在なげに立ったり座ったりを繰り返していた。


「お姉さん」

 水瀬の横に座ってうなだれているのは、理沙だ。

「……」

 いつもの快活さを、今の理沙は持ち合わせていない。

 普段なら軽口の一つもはたく口は閉ざされ、

 うつろな目を動かすだけ。


「岩田警部が撃たれて、綾乃ちゃんが誘拐された。そういうことだね?」


 コクン。


「……ゴメン」

 理沙は頭を下げた。

「こんな……こんなことになるなんて」


「こっちも一人やられた―――残念ながら死ななかったけど」

「近衛騎士が?」

「大丈夫」

 水瀬は何でもないという顔で言った。

「敵はもうわかっている。向こうから招待してくれるのを待つだけだもん」

「敵が、わかっている?」

「そう。もう僕が追っている」

「で?」

 理沙は手錠を取り出しながら言った。

「どこのどいつよ」

「……人間じゃない。だから」

「……」

 一瞬、険しい表情で水瀬を睨み付けた理沙は壁にもたれかかった。

「あーあ。警察辞めて近衛に移ろうかなぁ」

 その声は涙混じりだ。

「ぐすっ。警部は撃たれる。犯人は逮捕出来ない……私、何やってるんだろう」

「敵は討つよ。それに」

 水瀬は手術中のランプを見つめた。

「警部だって最終的には僕がいる」

「あれも水瀬君。これも水瀬君かぁ」

 理沙は投げやりに言った。

「暑中見舞いにお歳暮も忘れるべきじゃないわね」

「皮肉言うなら助けてあげないから」

 ベンチから立ち上がろうとして、水瀬は動きを止めた。

 理沙の手が水瀬の袖を掴んで離さないから。

 口には出さないが、理沙の気持ちはそれでわかる。

 水瀬はベンチに座り直した。

「―――それで?」

 水瀬は肝心な所を聞いた。

「近衛軍が試作した対霊専用弾、効かなかったの?」

「全っ然!」

 理沙は不愉快さを隠さない顔で言った。

「空中であっさり止められて、“返す”の一言でそれが警部を―――っ!!」

「ふぅん?」


 対霊専用弾

 近衛軍が試作した獄族用の弾丸。

 正しくは対妖魔専用弾の後継モデル。

 一年戦争での実戦から得られた教訓を元に、物理的だけでなく、霊的にもダメージを与えることを期待されて開発された弾丸だが、理沙の話からすれば全く効果を発揮しなかったことになる。


「せっかく、水瀬君が回してくれたっていうのに、あれはないわ」

「おかしいなぁ。あれ、僕やルシフェルも開発手伝ったのに」

「見てみる?」

 理沙はハンドバッグから拳銃を取り出し、水瀬に渡した。


 シャカッ。


「―――あれ?」

 手慣れた手つきで弾倉を抜き取り、弾丸を一発見た水瀬が怪訝そうに言った。


「お姉さん?これ違うよ?」

「違う?警部が、近衛からの特別貸与だって、警備部長から直々に手渡されたものよ?」

「―――近衛には報告しておく。もう二度と警察に装備が貸与されることはなくなるだろうね」

「どういうこと?―――まさか!」

「その部長が弾丸をすり替えたんだよ、きっと。警察側でモノにしたいからって……バカだねぇ。仕上げは警察なんかじゃ出来はしないのに」

「あ―――あんの野郎!」

 わなわなと震える体でベンチから立ち上がろうとする理沙を、今度は逆に水瀬が抑えた。

「ケガの功名だよ」

「どこが!」

「もし本物なら、警部がいるのは霊安室だもん。あれ、着弾と同時に、封印されている呪文が発動、魔力解放と一緒に弾丸が粉々に破裂する。かなり殺傷力高いんだから。ついでにここ病院」

「―――っ!」

「それでね?」

 水瀬は言った。

「興味深いこと聞いたんだ。調べて」

「何?」

「この病院で幽霊騒ぎが起きているんだ。その内容を」

「い・や」

 理沙はきっぱりと断った。

「犯人を叩き殺すなら喜んで手を貸すけど、そんなの、何の意味があるの?」

「実はね?」

 水瀬が理沙に耳打ちする。

 最初こそ、耳にかかる息に不快そうな顔をしていた理沙だが、そのうちに、その表情が驚愕のそれに変わる。


 「犯人の足取りが途絶えた先での幽霊騒ぎ。それは確かに」

 「でしょう?」

 「わかった。やってみる。その代わり」

 理沙は両手で水瀬の肩を掴んで言った。

 まっすぐな眼で、

 まっすぐ、最も頼りになる相手に、

 まっすぐな言葉で


「―――仇を討って頂戴」

 




 とはいえ、

「はぁっ……」

 岩田警部の手術成功を見届け、一週間くらい入院すれば済むまで治癒魔法をかけた水瀬は、泣いて感謝する理沙のキスに送り出され、病院を出ていた。


 瀬戸綾乃誘拐。


 またか。


 それが水瀬の感想。


 倉橋家といい、今回といい、半年に一回のペースで誘拐されている気がする。

 そうもほいほい誘拐される方にも問題はあるだろうが。

 どうしてこうも人気があるんだろう。あの子は。


 「はぁ……」

 思わずため息が出る。


 「どうした?」

 そんな水瀬に声をかけるのは、イーリスだ。

 「私が応援に回されたのが、不満というのではあるまいな?」

 「それはないけど」

 

 華雅女子学園が春休みのため、どうせヒマだろう。と司令部から派遣されてきたイーリスと水瀬は病院近くの喫茶店にいた。

 「どうしてこうも綾乃ちゃんってトラブルばっかりなんだろうって」

 「それはお前の関係者だからだ」

 「褒めてる?」

 「お前をけなしている」

 イーリスはコーヒーの香りに満足しながら言った。

 「―――お前、いい店知っているな」

 「どうも……司令部からは?」

 「敵の動きを待つ」

 「綾乃ちゃんが殺されるかもよ?」

 「近衛はそれも覚悟の上―――もし、瀬戸綾乃が殺されればそれでもいい。敵がさらなる動きに出るのを待つ。そう決断した」

 「それって!」

 驚く水瀬に、コーヒーカップ片手のイーリスは表情を変えることなく冷たく言った。

 「そう……瀬戸綾乃は見殺しにされる。そういうことだ」

 「トップアイドルが殺されれば世論が」

 「近衛はそんなことに感知しない」

 「……」

 「近衛が問題視するのは、瀬戸綾乃の持つMCメサイア・コントローラーとしての能力と、その頭脳にあるメサイア「水鈴すいれい」のデータ。それだけだ。瀬戸綾乃個人に何の価値も見いだしていない」

 「近衛って、冷たいんですね」

 「内心で、お前だって同じこと考えていないか?」

 「えっ?」

 水瀬は改めてイーリスを見て、すぐに視線を外した。

 その眼は間違いなく、水瀬の心の奥底をのぞき込んでいたから。

 「お前は何かのきっかけがあって、瀬戸綾乃を疎んじるようになった。違うか?」

 「……そんなこと、ない」

 水瀬は小さい声で反論した。

 「綾乃ちゃんは僕の幼なじみでクラスメートで」

 「そんな形ばかりのセリフはどうでもいい。お前を見ているとそう思うことばかりだ」

 イーリスは目を閉じた。

 瞼の裏には、初めて出会ってから約1年間に起こった悪夢のような、水瀬との悪夢のような日々が浮かんでは消えていく。


 ドガッ!


 静かな喫茶店に突如起こったのはそんな音。


 「な、何するの!?」

 水瀬の抗議も無理はない。

 イーリスの投げつけスプーンが水瀬の座った椅子の背もたれに突き刺さっていた。

 とっさに避けなければ顔面に突き刺さるルートだ。

 

 「当然のことだ」

 イーリスは、あっさりと

 「お前は恐ろしく人間の感情に乏しい」

 そう言った。

 「そのオチャラケもどこか感情的にズレている証拠だと、私は見ている」

 「……ヒドイ言われ方だと思うんだけどなぁ」

 水瀬にとって嬉しいはずはない。

 「まるで僕が人格破綻者だっていわれてるみたい」

 「そう口を尖らせるな。その通りだが、騎士として見れば、むしろそれは褒めてやってもいいことなんだ」

 「じゃ褒めて。ついでに何か頂戴?」

 そういって差し出された水瀬の両手に、イーリスはだまって伝票を置いた。

 「はっきり言ってやろうか?瀬戸綾乃をお前が大切だと思うのは、周囲からそう思え。そう言われた、いわばすり込みの結果に過ぎない―――違うか?」

 「ち、違うよ」

 そう答える水瀬だが、この口調はどこか困惑と焦りが感じられる。

 「そうか?」

 「そ、そうだもん」

 「その割に近頃は随分と離れていたな。いろいろ聞いているぞ?」

 「ううっ……だ、誰のせいで」

 「仕事が理由だというなら、文句は樟葉殿に言え。それで?」

 ようやくコーヒーカップから手を離したイーリスはテーブルに身を乗り出して、

 「どうするつもりだ?」

 「うーんとね?あの人は言ったんだ。舞台は用意するし、僕が出ざるを得ない状況も作るって。だから、向こうからの招待状待ちの状態」

 「瀬戸綾乃誘拐で状況が作られたと?」

 「それがわかんないんだ」

 水瀬は首を傾げながら言った。

 「綾乃ちゃんを誘拐して、僕が助けにいかなかったらどうするつもりなんだろうって」

 「行かないのか?」

 「司令部への申請が却下されれば」

 「だから冷たいというんだ。瀬戸綾乃には恩義や借りがあるんだろう?借りたら返す。金と同じだ」

 「そういって、自分はしっかり踏み倒すクセに」

 「常識だ」

 「それが神様に使えるシスターのセリフ?」

 「安心しろ」

 イーリスはきっぱりと言い切った。

 「お前とコンビを組んだ際に発生した問題に対して私は常にこう言うことにしている。「アレとコンビを組んでいた時の私は発狂していたのです」。それだけで一切が不問に付される」

 「……どういう、こと?」

 「樟葉殿は仰せだ「「どうやらあのバカ息子は、自分がアホなだけではモノ足りず、周囲の人間までアホにするらしいな」と。そういうことだ」

 水瀬は泣きながら抗議した。

「それって、イーリスさんも樟葉さんからアホ呼ばわりされているのと同じじゃない」

「一緒にするな。お前については神もサジを投げたと信じている」

 都合の悪いことはすべて忘れる。それがイーリスの特技だ。


 「僕もう帰る」

 「ここで帰ったら殿下から大目玉だぞ?」

 ピタッ。

 腰を上げた水瀬の動きが、その一言で止まった。

 「……いろいろ聞いておきたいことがある。座れ」

 水瀬が黙って腰を下ろした。

 「相手の風体はわかるか?」

 「えっと……背の高い男で、外見は20代半ば、茶髪に切れ長の眼、色白」

 「よくわかるな」

 「隣に座っている」

 「えっ?―――なっ!?」

 横を振り向くなり、イーリスは驚いて椅子から飛び上がった。

 「オジャマしてますよ?」

 微笑むのは、かなめ達を襲ったあの男。

 「お初です。グリム・リーパーとお呼び下さい」


 しかも、その手にあるのは―――


 「お前、何してる?」

 イーリスが戦闘の意志すら奪われるほど呆れたのも無理はない。


 「いや。ここのカレーは美味しいですねぇ」

 そう。

 カレーの皿があった。


 「私ね?カレーとかハンバーグは大好きなんです。いや、いい店だ。すみませぇん!カレーおかわり、大盛りで!」


 「あ。僕もナポリタン」

 

 「こらっ!」

 イーリスの一撃が水瀬の脳天にクリーンヒットした。


 「敵を前に何をのんきなことを!」


 「モグモグ……私、いつあなたの敵になったのです?」


 「貴様、我が主君の命を狙っただろう!?」


 「ああ。あれですか」

 グリムは水の入ったグラスを手にした。

 「昔のことです」

 「数日前のことだぞ!?」

 「ほら、言いません?一日一昔って」

 「モノには限度というものがだな!」

 「それとも」

 グリムは冷たい目で言った。

 「―――ここで、僕と戦います?こんな街のど真ん中で?ほう?どれだけの同族の犠牲が出るか、わかった上でコトに及ぶつもりですか?」

 「ッ!」

 この喫茶店の中でさえ、何の罪もない人々が一時の安らぎを満喫している。

 この街にだって、世界の滅亡を望む者もいるにはいるだろうが、それでも大半の人々は、戦に巻き込まれることなんて望んではいないはずだ。

 それだけに、敵を前にして何も出来ない。


 「お待たせいたしました。ハンバーグステーキ、もう少々お待ち下さいませ」

 「うむ。早いですね―――ありがとう」

 店員からカレーの皿を受け取るグリムは平然とした様子でカレーにスプーンをいれた。


 「で?」

 水瀬が訊ねる。

 「僕の家、壊してくれたんだよね?」

 「ああ。感謝には及びません」

 「修理費の請求書、送りつけていい?」

 「踏み倒しますけど、それでよろしければ」

 「ケチ」

 「お褒めにあずかりどうも」

 グリムは言った。

 「私、人間界のお金は持ち合わせておりませんので」

 「それより!」

 イーリスが怒鳴った。

 「貴様、何の用があってここにいる?」

 「ああ。食事をおごってもらおうかと」

 「そんなことで―――!」

 「綾乃ちゃん、元気?」

 「ええ。怯えていますが、肉体的には健康そのものです」

 「おい水瀬!」

 「岩田さんを殺しかけたことについても、何も言わない」

 水瀬はイーリスを無視する形で言った。

 その表情は冷たく、心を閉ざしていることは、イーリスにはすぐにわかった。

 「かなめさんを殺しかけたことも」

 「……では、何が言いたいのです?」

 「綾乃ちゃんの安否」

 「ほう?やはり愛していらっしゃる?」

 「付きまとわれてうんざりしてる」

 「……ははっ。きっぱりと心にもないことを」

 「僕はあの子に臣従しているわけじゃない……やめよ?グチしか出ないから」

 「食事は与えていますし、環境面でも配慮していますが」

  カレーを食べ終え、ハンバーグステーキに取りかかりながらグリムは言った。

 「あなたが最も知りたがっていることから、先にいいましょう」

  グリムの口から出た言葉は、水瀬の予想以上に辛辣なものだった。

 「魂が限界です」

 「……」

 イーリスは、無に徹している水瀬の表情に、わずかな動揺が浮かんだ気がした。

 「このまま放置すれば、あの子は確実に死にます」

 

 「……あの子については、魔族と神族が共同で対策に乗り出している。そう聞いているけど?」


「?」

 イーリスは水瀬の口から出た言葉に首を傾げた。

 それはイーリスの知るいかなる言語とも違う言葉。


 「ああ。あれですか?」


 どうやら、グリムも同じ言葉で返していることは、イーリスにも何とはなしにわかる。


 「あんなもの。どうにもなりませんよ」


 グリムは鼻で笑った。


 「魂は我ら獄族の専門分野、彼らではどうにもならない」


 「対策は無駄―――そう言いたいの?」


 「現実にそうなっているし、忘れてもらっては困りますよ?」


 「?」


 「人という器を作ったのは確かに魔族・神族です。ですが、それを司る魂は、我ら獄族が作り出したものであることを」


 人間をパソコンに例えれば、マザーボードやハードディスクといった各部品を作り上げたのが魔族であり神族である。だが、肝心のCPUとOSは獄族により作られたものである。

 グリムはそう言っているのだ。


 「それが事実かどうか、僕の知ったことじゃない」

 水瀬は言った。

 「僕にとって大切なのはあの子だけ」


 「それはそうでしょうな」

 グリムは高笑いしながら手を叩いた。

 「私も驚きましたよ!ただの人間だと思って誘拐してみたら、あんな魂を持っているなんて思いもしませんでしたから!」


 「それで焦ったんでしょう?魔族は情報部どころか軍まで派遣。獄・魔両族の帝同士が直談判の一歩手前までいく外交問題にまで発展したんだから……もしかして、獄族からまで追っ手が?」


 「幸い、それだけは免れましたが」


 「なら、すぐに開放して―――三界で戦争になるよ?」


 「私も戦や混乱を望むのではありません」

 グリムはわざとらしく顔をしかめると、テーブルに身を乗り出した。


 「そこでご相談です」


 「相談?」


 「ええ。―――私はあの子の魂を救う方法を知っている。あの子を助ける方法を知っている」


 「助けてやる。その代わり、魔族に大目に見るようにつなぎをつけろ―――そういいたいんだね?」


 「聡明な方で助かります」


 「―――ただ、はっきり答えて欲しい」


 「何です?」


 「僕が受ける見返りは、あの子の無事、それだけ?」


 「ははっ。あの日菜子殿下からは手を引きました。本気であなたを敵にしたくないからです。―――ただ、キリシマの娘の件は別ですよ?」

 グリムはきっぱりと言い切った。

 「あの子の件は、三族共通の理、“契約”によるもの。それに介入することは出来ない。そうですね?」


 「わかった……そっちは実力で何とかする」


 「お手柔らかに」


 「こちらこそ」


 「ははっ……あなたとは息が合いそうだ」


 「本当に。……ふぅん?」

 水瀬がやんわり微笑みながら言う。

 「僕がイヤでも出てくる状況―――それがまさか、あの子のことだったとは」


 「いや。最初は見込み違いでした」

 グリムはオーバーアクション気味に肩をすくめた。

 「手違いはあるものです。それに」

 グリムは言った。

 「あの子を助ける。それにあなたが心から同意するとは思っていません」


 「何故?」

 意味がわからない。

 あの子を助けてくれるならそれはいいことだ。

 それを僕が同意しない?

 何故?

 水瀬はきょとん。として次の言葉を待った。


 「あの子の魂は、本来の魂の一部として存在する。本来の魂と彼女の魂は、互いの知覚しないレベルで常にリンクしている」


 「それが?」

 そんなことは知っている。

 だからこそ、いろいろ厄介なのだ。


 「そのリンクは弱いレベルで今まで維持されていた。

 だからこそ、二人は別の人格を持って存在することが出来た。

 ところが、何らかのきっかけでリンクが強化された―――原因は二つ。

 まず、一つの人格が否定された。

 具体的には催眠術などで別人格が一つの魂に刷り込まれた際、本来の人格がその人格であるために必要な情報を、もう一つの魂に求め、それと強いリンクを張ろうとしたせいで、元のレベルにリンクを下げることが出来なくなった。

 つまり、もう一つの魂にある人格が、もう一つの魂にまで固有の人格として認められてしまった。

 もう一つ、二つの存在が接近した。

 こうなると、もうリンクのタガが吹き飛びますからね」


 水瀬は知っている。

 グリムのいう二つの出来事は同時に起きている。

 倉橋事件。

 あの時だ(作者注:詳しくは「呪われた姫神」参照)


 「長々とどうも」


 「いえいえ。さて。私がここに来た本当の理由に移させていただきましょう」

 グリムは口元を拭きながら言った。

 「私は自らの安全のためにもあの子を助ける必要があるし、助けたい」


 それはありがたいことだと水瀬は思う。


 「そこで、あなたの同意をとりつけに来たのです。あの子を助けるために」


 「僕の?」

 水瀬は自分を指さしたまま、首を傾げた。


 「そう。あなたのです」

 グリムは頷いた。

 「代償の支払いを、あなたが承諾してくれる。それが最も近道なのです」


 「―――何?」



 グリムの言う所の代償。


 それは水瀬にとって驚愕すべきことだった。



 グリムは続けた。



「あの子のことを忘れてください」


「わす……れる?」


 グリムはにこりともせずに言った。


 「あの子の記憶から、あなたの存在を消します」




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