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第二十五話

 同じ頃。都内某スタジオ控え室では―――


「また、あなた方ですか?」

 あきれ顔を浮かべるのは綾乃だ。

「まぁ、そう言わないで」

 作り笑いを浮かべつつ、綾乃の前に座るのは、理沙だ。

「お互い、久々のセリフなんだから」

「……何だか、凄くムカッとする言葉を聞いた気が?」

「気のせいよ」

 コホンッ

 わざとらしい咳払いをした理沙が訊ねた。

「じゃ、まず、あの晩のことだけど」

「私―――本当に眠っていて、本当に気づかなかったんです」

 言葉は突っ慳貪な感じだが、それでもお茶とお菓子を用意する所が、この子の可愛いところだと、理沙は思った。

「まぁそうよねぇ」

 理沙だってそう思う。

「とはいえ……いろいろと警察に通報されちゃうと、やっぱり調べないわけいかないじゃない?安心して?警察は事件を公にしたくないんだから」

「それはわかりますけど……」

 綾乃は、浮かない表情でコーヒーを出した。

「あ、それとも」

 それを受け取った理沙は、イタズラっぽい顔で綾乃に言った。

「水瀬君に来てもらったら、全部喋ってくれる?」

「えっ?」

 一瞬、ちょっとだけ驚いた綾乃の顔は、すぐに曇りだした。

「ど、どうしたの?」

「……グスッ」

 鼻をすする音がしたかと思うと、綾乃の瞳から大粒の涙があふれ出した。

「な、何泣いてるの!?わ、私、何か悪いこと言った?」



 さらに同じ頃―――


 綾乃のマネージャー、鈴木女史は自動販売機で買ったコーヒーカップを手に目を疑った。

 目の前に、いるはずのない存在が二人、こちらに向かって歩いてくるのが見えたから。


 相手も自分を見つけていること。

 そして、自分を快く思っていないこと。

 そんなことはすぐにわかった。

 

 ただ、問題なのは―――


「あの?」

「ご迷惑をおかけしますね。鈴木さん」

 中年の坂を越えようとしている燻銀な男が声をかけてきた。

「い、いえ―――」

 鈴木は戸惑いながらただ頷くだけだ。

「とはいえ、治安の維持にご協力いただきたくお願いしますね?」

 スーツ姿の女が敬礼の仕草を見せた。

「そ、それは善良な一市民として当然のことですが」

「?どうなさったんです?」

 鈴木の前で二人は互いの顔を見やった。

「あ、あの―――?」

 鈴木は恐る恐るという顔でスーツ姿の女を指さした。

「ついさっき、綾乃の楽屋へ入られたんじゃないんですか?」

「―――え?」

 女もきょとんとした顔で思わず自分を指さしてしまう。

「ひょっとして、それって私のことですか?」

「あ、当たり前じゃないですか」

 鈴木は呆れた。という顔で答える。

「芋羊羹おみやげにしていただいたでしょう?」

「えっ!?」

「えっ!?ってなんですか?」

「い、今、綾乃ちゃんの楽屋に誰が?」

「で、ですから」

 鈴木は苛立った声で言った。


「綾乃とあなただけです。取り調べの邪魔だからって、私を外に出しておいて、何ですか?その言いぐさは!」


「村田!」

「はいっ!」


 男の怒鳴り声に女はすぐに応じて、ハンドバックから取り出したのは―――


 「ヒッ!?」


 それは、相手が鈴木とは別世界の住人である証拠。

 まともにそれを目の前で見てしまった鈴木は、思わず手にしたコーヒーカップを落としてしまう。

 二人は、それに構うことなく靴音も荒々しく走り出す。

 目指すは綾乃の楽屋。

 

 保護・監視対象である瀬戸綾乃と、

 自分達の名を騙り、楽屋に忍び込んだ何者かがいる、


 楽屋へ―――




「だ、だって―――だって!」

 綾乃はこぼれる涙を拭きながらしゃくりあげた。

「ひ、ヒドイじゃないですか!」

「な、何が?」

「理沙さん達が来るほどの騒ぎなのに、悠理君ったら、悠理君ったら!」

「み、水瀬君が、どうしたの?」

 ハンドバッグの中をゴソゴソやってハンカチを見つけだした理沙が、それを綾乃に手渡しながら訊ねた。

「な、何かされた―――とか?」

「何もしてくれないんです!」

 綾乃は涙に曇る声で言った。

「メール一本、何一つ、何も……何もしてくれない……」

「ふぅん?」


 驚いたという声。


 いや―――


 呆れた。


 そんな声で理沙は言った。


「水瀬君、ヒドい奴だったんだ」


「そうです!」


 ハンカチを掴みながら綾乃は言った。


「悠理君、最近薄情です!連絡だってほとんどくれないし、お休みも忙しいって!妻へのサービスというものを何もしてくれないんですよ!?」


「マズイよねぇ……そういうの」


「そうです!」


「そんなフルムーン夫婦の離婚原因みたいな不満を、こんな若い娘にさせちゃ」


「そうなんです!―――ヒック……わ、私だって、お仕事が忙しいのは確かです。でも……でも、メールの一つくらい送ってくれたっていいじゃないですか!」


「まぁ……そうだよねぇ。綾乃ちゃんだってメールしてるんでしょう?」


「妻は夫からメールをもらって、それに返信すればいいんです。もらったものへのお返しが、妻からのメールというものです」


「ようするに、女から一々メール送る必要なんてない。送られるのが当然だ……そういうの?」


「そうです!」


「……それはそれで横暴どころか、かなり非常識だと思うけど」


 理沙は口の中でそれだけ呟くと、綾乃に言った。


「待っているだけで、自分から動かない君も随分悪いと思うけど?」


「恋愛は男の子がリードするものです!」

 綾乃はたまらず言った。

「私達女の子は、デンッと構えていれば、男の子が貢いでくれる。そういうものでしょう!?」


 「いや、それはかなりの意味で違うんじゃないかな……と」


 理沙は綾乃を見つめ直した。

 確かに綺麗な娘だ。

 だが、その中身はどうだ?

 これではどんな相手からも見捨てられる。

 理沙は同性の年上としてそう思わざるを得ない。


 この子のいう所の恋愛―――


 それは対等な人同士の関係ではない。


 いわば主従関係そのものだ。

 相手に依存すれば成就する。

 それが恋愛だと、この子はいう。

 恐らく詳しく言えば、こうなるだろう。


 女の子は恋愛において何もする必要はない。

 黙っていても男が必要なことは全てしてくれる。

 告白も

 デートも

 プレゼントも

 ……

 必要なモノはすべて

 女の子が求めるものはすべて

 女の子が口に出す必要すらなく

 男が自分で勝手に用意してくれる。


 あり得るか。


 理沙は内心で激しくツッコミを入れながら、それでも思わずにはいられない。

 

 一体、この子は、どこのお姫様もつもりなんだろう。

 

 どうして、そんな風に思うんだろう。


 何故、自分から動こうとはしないの?

 何故、そう思うようになったの?


 この子の今の立場が、そうさせているんだろうか?


 天下のトップアイドル。


 その地位が―――


 いや。

 それは違う。


 理沙はその考えを否定した。


 去年、あの戦争で恋人と共に死んだあの女は違った。


 あの女の魂を天使として作り直したのは間違いではないし、むしろ私にとっては誇るべき判断だったと信じている。


 アイドルとして多忙な日々を送りながら、それでもわずかな時間を見つけ、公に出来ない恋人と文通を続け、互いの思慕を暖め合っていたあの二人。


 離れていても

 会えなくても

 

 それでもあの二人は互いを愛し合い、高め合っていた。


 年に数回、数時間、二人っきりになれれば十分な程、二人の現実的な時間と距離は離れていた。


 それでも尚、二人は決して別れようとはしなかった。


 むしろ、それに満足していた。

 だからこそ、出会いを大切にしていたし、ほんのちょっとした互いの思いやりを至上の喜びとして受け入れていた。


 命を失っても尚、その記憶に残る思い出は、幸せに満ちあふれていた。


 その暖かさは、その魂を手にしたものでなければわかりはすまい。



 この娘は、あの女とは決定的に違う存在なのだ。



 理沙はそう思った。



 情けはかける必要すらない。



 何故?



 この娘の言う恋人とは、自分にとって都合のいい下僕、悪く言えば奴隷なのだから。


 恋愛を、人を支配することと取り違えている!

 

 そんな存在に情けは必要ない。


 元から人間はそういう存在とはいえ、特にこの手の考えを持つ者は、人間同士の中でも嫌われる、最も下とすべき存在。

 

 だから、


 情けはいらない。





「もう……もう、悠理君を信じられません」

 理沙の思案を理解することなく、綾乃は泣き続けた。


「ふうん?」

 それを見る理沙の目は冷ややかだ。


「じゃ」

 理沙は少し身を乗り出して言った。


「忘れちゃったら?」


「―――え?」

 綾乃は、自分が何を言われたかわからなかった。


 忘れる?


 何を?


「あの……理沙さん?」


「だからぁ」

 理沙はイタズラっぽく笑った。


「水瀬君のこと。そんな信じられない相手のことなんて忘れちゃってさ?もっと都合のいい男を見つければいいじゃない」


「そ、そんなこと出来ません!」

 綾乃は言うが、


「その方が、君にとってむしろ好都合じゃないか?」


 不意に、理沙の声がわかった気がした。

 それは微妙な違い。


 音楽をやっていないとわからないような、本当に微妙な違い。


 綾乃は、それを聞き逃さなかっただけ。




 思わず後ずさりながら、綾乃は訊ねた。




「あ、あなた……誰?」




 バンッ!


 荒々しく蹴破られたドアの向こうから姿を現せたのは、理沙と岩田だ。


 6インチモデルのコルトパイソンを構える岩田と、

 シグザウエルP226を構える理沙。


 互いに銃の照準は、


「あらぁ?もう見つかっちゃった?」


 バツが悪い。

 ペッと舌を出すスーツ姿の女に向けられていた。


 バンッ!

 バンッバンバンバンバンバンッ!


 突然、周囲に凄まじい銃声が連続して発生する。


 相手の顔を見ても尚、その相手を撃つ覚悟、もしくは明確な意志がなければ出来ないこと。

 それをやったのは岩田だ。


「ち、ちょっと!警部?」

 岩田の突然の発砲に驚いた理沙がたまらずわめく。

「あ、相手の顔を見てから撃ってください!」

「見ている」

 ワンアクションで空薬莢を抜き取り、新たな弾丸を装填しなながら、岩田は言った。


「上司として、撃たずにいられないあのツラを見ろ」


「……配属、変えて欲しいんですが」


「却下だ」


 岩田は言った。


「お前を真人間にしてやる。そう決めたからな」


「もしもし?」


 呆れた。という顔で二人を見つめるのは、


「人を問答無用で撃ち殺そうとするなんて、それでも人ですか?」

 慌てた、とや、とぼけた様子で抗議する理沙―――便宜上、ニセ理沙と命名―――だ。


 あれだけの発砲にもかかわらず、その体には弾丸が命中した痕跡は、ない。


「うるさい。誘拐犯」

岩田は銃口を相手に向け直しながら言った。

「どういうつもりだ?」


「ははっ……なんだ。警察の人ですか」


 ぐったりとした綾乃を小脇に抱える、その外見は理沙そのもの。


 だが、その声は違う。


「もっと村田の声に似せろ」

 岩田は言う。

「その方がずっと殺しやすい」


「おや?」

 ニセ理沙は、フン。と、見下したように笑って言った。


「何々?大切な彼女を手放したくないからって、わざとSPへの転属をフイにするような任務に就かせたり?いろいろ工作しているあなたが?」


「け、警部!?」


 理沙はもう相手を見ていない。


「わ、私、SPへ転属する話があったんですか?」


「安心しろ。俺がきっちり断っておいた」


「な、何故!?」

 警官の花形、SP。

 かつての理沙の古巣への転属。

 それがフイ?

 あまりの言葉に、理沙は泣きながら岩田に食って掛かるが、


「この前全滅したあの部隊配属だった。死にたかったのか?」


「そ、それでも!生き残りさえすれば!」


「俺は部下の二階級特進は認めない―――前を見ろ!犯人から目を逸らすな!」


 厳しい言葉に、理沙は従うしかない。

 とりあえず、目の前の自分のニセモノを叩き殺して憂さ晴らしにしてやる。

 そう決めた。


「下手な行動をとれば射殺する!まず、その子を床に置き、壁際まで下がれ!」


「ふふっ―――あーっはっはっ!!」


 ニセ理沙は高らかに笑い出した。


「あなた―――何?岩田警部?ふぅん?」

 値踏みするような目のニセ理沙が言った。


「もう気づいてるなんてサスガだね。私が人間ではない。そして、絶対に逮捕出来ない存在だって」


 岩田は苦い顔をさらに険しくして、暗にそれを認めた。



「け、警部!?」




 会話の意味がわからず、理沙がちらと横を向いた瞬間―――




「“コレ”、お返しするよ?」




 ニセ理沙の言葉が耳に入り



 そして



 ドサッ



 何かが横で倒れた音がした。



「―――えっ?」


 ちら。


 横を見た理沙。


 その目には、ついさっきまで横にいたはずの岩田の姿が、映らない。


「姿を貸してくれたお礼に、君は殺さないであげよう」


 ニセ理沙が言う。


「―――えっ?」


 ちら。


 視線を下に向けた理沙が見た光景。


 信じられない。


 あってはならない。


 そんな光景が広がっていた。


 そこにあったモノ。



 それは、



 床に倒れ伏す岩田の姿。


 室内に、理沙の悲鳴が響き渡った。




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