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第二十四話

 その頃、水瀬邸では、美奈子がかなめに呼び出されていた。


「……これ、契約書ですね」

「そうだ」

 水瀬家の茶の間。

 ちゃぶ台で美奈子と対面するかなめは頷いた。

「うーん」

 かなめに呼び出された美奈子の手にあるのは、かつて霧島邸での殺人事件の際、現場に残されていた、村上の言う人身売買契約書。そのコピー。

 捜査官の一人が私的にコピーしていたものだ。

 表面的には、何の取引なのかすら、明確には書かれていない。

 ただ、何かの取引であることは読めば自分にもわかる。

 だからこそ、かなめは理解が出来ない。

 桜井美奈子は確かに頭がいい。

 成績は優秀なことも認める。

 だが、これは近衛にとっては重要な情報だ。

 それを一介の高校生に見せて見解を聞いてこいというのが、樟葉の指示だ。

 その意図が読めないかなめは、美奈子の言葉を待つしかなかった。


「えっと……」

 美奈子は小首を傾げながら、まるでテスト用紙に当たるような目で言った。

「この契約は、二人の間で取り交わされている……契約者が契約相手と取り交わしたのは、商品を納入する代償として、何かを納めてもらう約束?」

「それは読めばわかることだ」


 ほら見ろ。


 かなめは内心、ため息をついた。

 高校生の理解力ではこの程度だろう。

「うーん……」

 美奈子はしばらくうなった後で言った。

「何だろう?モノ……じゃ、ないなぁ」

「モノじゃない?」

「ええ。ほら」

 美奈子は書類をかなめに見せながら言った。

「ここにこうあります。“納入の代償として、前回、口答にて取り交わした約束事を果たす”って。これが気になるんですよねぇ」

「その約束事が、納入なのだろう?」

「私もそう思う……ううん?そう思いたいんですよ。それなら簡単ですから」

 美奈子は言う。

「ただ、納入じゃなくて、何かをしてもらう。そうも読めるんですよ」

「何かを、してもらう?」

「はい。こういう書き方って、契約書としてはどうかと思うんですけど、つまり、こっちはこれこれこういうものを納めるから、その代わり、前に約束したことをしてくれって……つまり、もっと前に口約束があって、それを文書化したのがこれって感じですね」

「その、約束とは?」

「それがわかんないんですよ」

 それはそうだ。とかなめは思いつつ言った。

「桜井はどう思う?」

「はっきり言えば、情報不足です」

 美奈子は言った。

「相手が、例えばお菓子屋さんなら、お金や材料をこっちで負担するから、約束した通りのお菓子を作ってくれって考えられますけど、この相手が誰か。それがわかんない限り、何とも言えません」

「相手が獄族といえば?」

「獄族?」

「ルシフェル辺りから聞いてるんだろう?どうせ」

「ご存じなんですか?」

 美奈子の驚いた声を、かなめは鼻で笑った。

「フン……カマをかけただけだ」

「あっ!」

「ルシフェルめ……あとでとっちめておかねば」

「せ、先生……」

「冗談だ。―――で?獄族と知った上で、判断するならば?」

「そっちも情報不足で、あくまで推測ですけど」

「構わない」

「……獄族って、ようするに死に神ですよね?。死者の魂を管理する存在とすれば……生け贄を差し出す代わりに、何かの魂をどうこうして欲しいってことになるんですけど―――やだな。そういう話」

「魂を?」

「そうです」

 美奈子は言った。

「そう考えると、この契約書の意味は、例えば、こうなるんですよ―――えっと、生け贄を差し出しますから、前回のお約束通り、私の魂を救ってくださいって」

「魂の救済?」

「死ぬってことは、死に神のお世話になるってことですよね?それを勘弁してもらうって意味で言ったんです。他意は無いんですけど」

「ふむ……」

 思案気なかなめの顔に浮かぶのは、失望の色。

 その程度なら、近衛でも推論が出ている。

 やはり、樟葉殿は、この子を買いかぶりすぎた。

「でも、ですね?」

「ん?」

「それで、こんな騒ぎになるはずはないんです」

「どういうことだ?」

 美奈子は、きょとんとした顔で言った。

「だってそうですよね?聞いた限りだと、契約未履行のせいで、契約者が相手の奴隷になっているそうですよね?」

「あ?ああ」

「それがヘンなんですよ。だって、そんな契約、未履行なら、相手はそのまま放っておけばいいんです。魂が救われないだけなんですよ?それが、どうしてそうなるんですか?」

「そ、それは……」

 これは近衛も言って来ないことだ。

 確かに盲点だった。

「だから」

「だから?」

「多分ですけど、契約にはもう一人、誰かが存在しているはずなんですよ」

「第三者が?」

「うーん。第三者、という表現が適切かはわかりませんけど、契約者はその人をどうにかして欲しいと思って契約を結んだ。その人を助けて欲しいから、獄族と契約した―――そう考える方が、妥当なんですよ」

「誰か、わからないな」

「大抵、こういう場合は―――きゃっ!?」

「なっ!?」

 突然の閃光。


 それは歓迎しない存在の来訪を告げる光。


「桜井!」

「きゃっ!?」

 美奈子は腕がもげたんじゃないかと思うほどの力で、後ろに引き倒された。


「―――誰だ?」


 いつの間にか、霊刃を抜いたかなめが来訪者を睨み付けた。

 前回、この家に侵入した霧島とか言う男ではない。

 ヴィクトリア朝風のフロックコートに身を包んだ背の高い、優男風の男だ。


「これはこれは」


 男は口元に笑みをたたえ、優雅に一礼した。


「突然の訪問、失礼いたしました」

「そう思うなら手みやげくらい持ってこい」


 かなめは警戒を解くことなく、男に言った。


「ついでにまず名乗れ」


「ははっ。気の強いお嬢さんだ」

「この歳でお嬢さんは面はゆいが、まぁいいだろう―――名は?」

「そうですねぇ……グリム・リーパーとでも名乗っておきましょうか」

「グリム・リーパー?死に神?」

「ああ。それです。まさにそれ」

 男は嬉しそうに言った。

「私は、死を司る者です……どうです?一度、死んでみませんか?」

「断る」

 かなめはきっぱりとそう言った。

 そりゃそうだろう。

 美奈子も思う。

「いえね?これ、結構真面目な勧誘なんですけど」

「まにあってます」

 かなめにきっぱりと言われたグリムは、焦ったように懐から何かを取り出し、かなめの前にちらつかせた。

「そんなこと言わないで! この洗剤とチケットもつけますから」

「いいから帰れ!!」

「いま殺されれば、もれなくこの幸運のペンダントもついて…」

「どこの新聞屋だよお前……」

「いやぁ……結構、競争厳しい業界でして」

「今度は業界か?暑中見舞いくらいくれそうだな」

「あ、今度出しますよ?何しろ、死に神ってのは結構いましてね?こうした地道な営業活動がなにより大切なんです。あの戦争の時はバブルだったんですけど、今は弾けちゃってもう大変」

「―――ちなみに、一件の成立もない時は?」

「上司から絞られてそりゃもう大変。オヤツ抜きの刑を受けるどころじゃ……」

「よしご苦労。なら病院でも行くんだな」

「ははっ。そうもいかないんですよ。どうです?ここで死ねば、女としての崩壊を見ずにすみますよ?ほら、言うでしょう?―――女が自分の崩壊に気づく瞬間は二通りだけ。恋を失った時と、鏡に映る自分の顔にシワを発見した時だって」

「……」

「桜井!なぜそうも気の毒そうな顔で私を見るか!」

「あ、いえ……ほら、私、若いですから」

「おい死に神」

「はい?」

「こいつの魂、もっていけ」

「いいんですか?」

 グリムは嬉しそうに言ったが、

「―――あ、でもダメだ」

「何故!?せっかくくれてやるっていってるのに!」

「本人の同意がないと、生きてる方の魂って奪えないんですよねぇ。お嬢さん、どうです?自殺でもしません?」

「結構です!私、まだ死にたくありません!」

「テストもない、心配事はない。いい所ですよ?あの世って」

「ヘンな宗教団体の勧誘じゃないんですから!」

「とにかく、帰れ」

 ようやく理性を取り戻したらしいかなめは言った。

「我々には死は不要だ」

「そうですかぁ?」

 グリムは諦められないという顔で言った。

「美貌も、心も、これ以上傷つくことなく永遠にいられるのに」

「女はな……女は……顔でも心でもない」

 かなめは言った。

「……はい?」

 グリムはその意味がわからない。

「女は、そこにいるだけでいい、そういう存在だ!」

「……顔だけでも心だけでもない。不要なときはいてもいなくてもいい?。そりゃ確かに」

「それはオトコのことだ!」

「先生、それはそれで暴論な気が」

「そうですかぁ……」

 グリムは言った。

「ここまでオチャラケてあげたのに、それを拒むのですね?普通の魂と同様に扱われることを、拒むとは……」

 そして大きくため息と共に肩を落とした。

「!?」

 その姿からは想像も出来ないような強い魔力が放たれたのは、まさにその瞬間だった。

「―――バカめ」

 グリムが冷たい声で言った。

「ならば、我が玩具として永遠に救われぬ日々を送るがいい!」

「桜井、逃げろ!」

「気が向けば、少しは楽しい思いもさせてやる!」

「ちっ!」

 かなめはとっさに魔法を放つ。


 “魔法の針”


 ルシフェルが用いた“魔法の散弾”よりも細かい無数の魔法の針がグリムを襲う。

 まともに喰らえば挽肉になるほどのダメージを受ける、室内戦闘では下手な魔法の矢よりも面で攻撃できる分、有効な攻撃魔法だ。


 だが―――


「無駄だ」

「チッ……魔法障壁か」

「そうそう」

 グリムはニコリと笑いながら言った。

「ついでにこういうことも」

「!!」


 魔法戦の恐ろしい所。

 それは、相手の攻撃が全く予想できないことにある。

 敵を倒すより、敵の攻撃をいかに早く感知出来るか。

 魔法戦の勝敗は、まさにその一点にかかっている。

 実際、グリムは両手をズボンのポケットに入れたままだ。

 それにも関わらず、魔法障壁を展開し、かなめの攻撃を止めた。

 そして―――


「ぐっ!?」

 畳を突き破ってかなめを襲うのは魔法の槍。

 体をひねって避けるが、脇腹を浅く抉られた。

 脳に突き刺さるような痛みに呻きはしても、かなめは戦闘態勢を崩さない。

「先生!」

「心配ない」

 すがりつく美奈子を落ち着かせるようにかなめは言うが、

「!!」

 とっさに美奈子を突き飛ばさざるをえなかった。

 天井、壁、あちこちから無数の槍が突き出され、かなめを襲う。

 魔法障壁を展開し、防御するものの、その度にかなめはかなりのダメージを受ける。

「ほらほら。もっと強力に魔法障壁張らないと死にますよ?」

「―――くっ!」

 自分を試すような男の笑い声がカンに触ったかなめは、魔法の矢を大量に発生させ、一斉にそれを放つと、その後ろからグリムに襲いかかった。

 いわば、魔法の槍襖やりぶすまだ。

 そして、かなめはその攻撃が避けられるのを理解している。

 だから―――

「無駄です」

 信じがたいほどの防御力で魔法の矢を防ぎきったグリムは、一瞬、かなめの姿を見失った。

「なっ―――ぐっ!?」

「ちぃっ!」

 飛びかかる直前、天井に跳んだかなめは、態勢を入れ替えて天井を蹴り、そのままグリムの頭上めがけて霊刃を突き立てる攻撃に転じたのだ。

 グリムの不完全とはいえ、展開した魔法障壁がなければ、グリムは大ダメージを避けられなかったろう。

 そして、かなめは魔法障壁に弾かれ、美奈子の前まで吹き飛ばされた。


「ふぅ―――危ない危ない」

 

 グリムは涼しい顔を取り繕って言った。


「危うい所でした……さて。お嬢様方?」


 かなめは傷だらけの体を起こし、次の攻撃に備える。

 出来ることは魔法障壁を展開するだけ。

 敵を排除できない以上、背後の美奈子を護るには、もうそれしかない。


 グリムはかなめの目を見つめた。

 これだけのダメージを受けながら、かなめの目は何も諦めていない。

 強い戦意をたたえている。

 それはグリムが大好きな強い意志にあふれた目だった。


「私に刃向かったあなたの勇気に対し、深く敬意を示す意味で、あなたの魂は有効に活用してあげましょう」

「いったろう?」

 チャンスをうかがいつつ、かなめは答えた。

「断ると」

「―――ああ。そうでした」

 グリムはわざと両手を広げるという、大げさな態度でそれを認める。

「だが、あなたも忘れている」

「?」

「私は死に神―――私は“死”。あなた方にとって避けることも逃げることも出来ない存在だと」

「……それでも」

 かなめは言った。

「死を甘受することだけが、人の生きる道ではない!」

「詭弁ですねぇ」

「私はともかく、何の罪もない、何の抵抗もしない桜井まで死の刃にかけるというんだろうが!」

「当然です」

 グリムはあきれ顔で言った。

「死は平等なのですから」

「せめて、この世で悪徳を積んだ者は地獄に堕ちるとか言え」

「それはあなた方人間の願望に過ぎませんよ。何故、我々がそんな生前の行いを捌かねばならないのです?」

「……し、しかし」

 かなめは、悪を殺せば神がその魂を裁いてくれる。

 そう、信じていた。

 だが―――

「生前の悪行なんて、魂に傷や変質を引き起こす程度のこと。それに―――人の魂なんて、どれもこれも、どこかで汚れているもんですよ?我々にとって、生前の所業なんて、せいぜいがそんなものです」

 かなめは言葉を失った。

 この世で人の行うことなんて、所詮はその程度の代物に過ぎないのか?

「そんなバカな!!」

 そういうのが精一杯だ。

「バカ?」

 意味がわからない。という顔でグリムは首を傾げた。

「そうだ!馬鹿げているだろう!?それでは、人の世とは、人の規範とは」

「そんなもの、人間が勝手に作った代物でしょう」

 グリムは不機嫌そうに言った。

「そちらの勝手な都合をこちらに求めないでください。迷惑です。おや?」

 グリムは後ろを振り向いた。

「おや?新手がご登場ですね」

 かなめからは見えないが、ルシフェルと秋篠だろうと検討はつく。

「まぁ、いいです」

 グリムの周囲で魔力が高まる。

「魂を頂戴しましょうか」


「―――ダメだよ?」

 かなめの目は、グリムが横を向いた姿を確かに捉えていた。

 次の瞬間。


 パッ


 先程のグリムの登場どころではない白い閃光が全てをホワイトアウトさせ、そして、凄まじい爆風に襲われた。


「桜井っ!!」

 美奈子に覆い被さり魔法障壁を全開にしたかなめは、その破壊から教え子を護るだけで精一杯だった。

 

「……」


 爆風が去り、あたりを静寂が支配する。


「……」


 覚悟したはずの攻撃が、こない。


「……?」


 恐る恐る目を開いたかなめの目の前の景色は一変していた。


 縁側と部屋の一部が綺麗さっぱりそぎ落とされたように消え去り、庭と部屋が直接つながっていた。

 建物は煙一つ上がっていない。

 完全に消滅していた。

 グリムの姿はない。

 彼が逃げたのか、消えたのか、わからない。


「なっ?」


 何か特殊な魔法攻撃が加えられたことだけはわかる。

 そして、それがどれほど強力な代物だったかも、だ。

 ただわからないのは、その魔法攻撃を放った者が誰か、だ。

 水瀬?

 ルシフェル?

 いや、あいつらでも、自分の家をここまで破壊しないだろう。


 とてとてとて


 廊下から、誰かが歩いてくる、妙に軽い足音が聞こえてくる。


 誰だ?


 これほどの攻撃だ。

 まともに魔法戦になったらかなわないことは、かなめ自身がわかっていることだ。

 だが、かなめは、自分の下で震えている教え子を護らねばならない。

「桜井」

 かなめは小声で美奈子に言った。

「動けるか?」

「は、はい」

 震える声で、それでも美奈子は気丈に返事した。

「よし」

 かなめは笑みを浮かべながら言った。

「私にかまうな。勝手口から逃げて、近衛の施設へ向かえ。そこで保護を受けるんだ」

「で、でも!」

「桜井。―――いくさで死ぬのは、我ら騎士だけで十分だ」

「せ、先生……」

 

 とてとてとて

 

 足音が近づいてくる。


「行け!」


「は、はい!じゃ、葉子も!」


「―――ナニ?」

 かなめは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 この部屋には自分達二人だけのはず。

 桜井葉子は桜井の自宅にいるはず。

 その葉子を連れて行く?

 

「待て桜井……自宅に戻る気か?」

「い、いえ。そうじゃなくて」

 美奈子は廊下を指さしながら言った。

 美奈子につられる形で廊下を見たかなめの目には、


「お姉ちゃん♪」


 そう言ってはにかむ葉子の姿があった。



綾乃:フフッ……どうやらあの邪魔者が消えたようですね(^_^;)。マスコミにインタビューされたら心にもないこと言ってあげます。

でっち:ライバルに敬意持とうよぉ……。

綾乃:近づかないでください!

でっち:へ?

綾乃:不運が移ります!

でっち:そんなぁ……(T_T)

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