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短編集

失礼、失恋していたもので。

作者: 小豆色

「あはは、なにしてんの」


 足腰が弱く、よく躓いてこける自分を彼女はよく笑っていた。

 でも誰よりもそんな自分に気を使ってくれていた。


「ほら。立って***………」


 八月のあの日もそうだった。

 逆光を受け、微笑を携える彼女は形容しがたい愛しさを持っていた。

 白いワンピースに麦藁帽子。そして色白でスレンダーな彼女。

 胸はAカップらしいが、逆にワンピースの清廉さを引き出しているようだった。

 そんな彼女に吸い寄せられるように自分も手を伸ばし………。









「……ん」


 目が覚めた。

 寝ぼけてはいるが、虚空に手を伸ばし、口元に薄ら笑いが張り付いている自分の滑稽さは

 嫌なほどはっきりと分かる。

 ここのところ、ずっとこの調子だ。

 小さく吐息をついて、行き場の失った腕を布団に戻す。


 彼女が消えた、あの日からもう半年。

 彼女と一緒にいた時とは違い、時間が異様に遅く感じられた。

 もしかしたら、このまま時が止まるんじゃないんだろうかと思うほどだった。

 寧ろ、時間が止まるのを望んでいた。

 しかし、それでも季節は移ろい、もう冬だ。新年もすぐそこまで迫っている。


 今でもこの胸の内は彼女に占められている。

 彼女に会いたい。抱きしめたい。ぬくもりを感じていたい。

 あの日、あの時の、彼女の白いワンピース姿は、おそらくこれからも忘れない。

 忘れられない。



 今一度、大きな溜息をついて体を起こした。

 寒い。這ったままコタツにもぐりこむ。


 昔は、よくこんなだらしない事をして彼女に怒られたものだ。

 あの困った顔を、温かみが含まれたあの声を、もう二度と聞けないと思うと、なんだか

 力が抜ける。いや、力が抜けると言うか、なんと言うか……。

 とにかく、大きな喪失感。それだけがはっきりと存在していた。


 お腹も空いてない。

 ここのところ食欲がまったく湧かず、録に食べていない。

 まあ餓死はしないだろうし、どうせ食べても吐いてしまうのだから別にいいと思う。

 ただ、水だけは飲む。最近は一日4ℓ以上飲んでいる。

 とりあえず、自分が相当やばいことは分かっている。

 治す気はないが。





 ……そうだった。今日は電話番の日か。

 小さい会社だから休日は当番制。昔は嫌だったが、今は会う人もいないし

 特に趣味もないから率先して受けるようにしている。


 というか、仕事をしていないと、自分はふっと死んでしまいそうで怖いから、

 というのが一番の理由なのだが……。



 再び大きな溜息をつき、天井を見上げる。

 時計が指すのは六時三十七分。

 ふらふらと立ち上がって、身支度を始めた。


 洗顔、着替えなどを一通り済ませ、彼女と住む予定だった新築に鍵をかける。

 そしてガレージの、彼女の軽に乗り込み、家を後にした。



 出社途中、交通事故の現場を見かけた。

 信号につかまったのでよく観察ができた。

 男女一人ずつが血まみれの上体で運ばれていった。

 男のほうは意識があるようだが、女のほうは足が千切れかかっていた。

 意識もないようだった。

 そんな彼女に、担架の上からすがろうとする男を見て、

 まるでかつての自分のように見えて、

 吐いた。運転しながら。

 いやまあ、彼女は交通事故で消えたわけではないのだが。




 結局、そんな格好で会社にいるわけにもいかないので家に帰ることになった。

 面倒だったがにおいが染み付くのも嫌なので洗濯機に放り込み、再び家を出た。


 スーツに洗濯機はご法度?

 細かいことは気にするな。どうせ研究職。客に見られることはない。

 ここまで来ると、外聞など些事に感じられる。


 もう事故現場は見たくなかったので別の道を走っていたのだが、今度は白い猫に

 出会った。三十匹ほどの。

 流石にびっくりした。思わず車を降りる。

 夢かと思ったが、たしかにそこに、白猫の軍団がいた。


 道の片側で、三十匹の白猫が固まって思い思いに過ごしている。

 ある意味、圧巻だった。

 そんななかで、他とは違う白猫を見つけた。


 頭の上に指輪が乗っかってた。

 それに、毛もふさふさだ。特に耳。


 その白猫は、こちらが見つめていることに気付いたのだろうか。

「にゃ?」と鳴き、首をかしげた。

 しばらくこちらを見つめた後、一目散に駆けてきた。


「にゃーにゃー」


 その白猫はまばゆい笑顔でズボンの裾を引っぱってきた。

 しゃがめということだろうか。

 

「ふにゃっ」


 しゃがんだ途端、胸に飛び込んでくる。

 予想外の重さに少しうろたえつつも、しっかりと抱きかかえる。


 そして、指輪を手にとって見る。

 裏に書かれているのはS・N.1987.8.12_K・A.1987.12.27。

 疑惑は確信へと変わる。

 これは、彼女への指輪。


 なんでこいつが。渡せずじまいで捨てたのに。

 再び白猫を見つめると、何を勘違いしたのか「ふふん」と誇らしげだ。

 本当、なんなんだろう。こいつは。


「***」


 そんな時、半年間、求め続けた甘い声が聞こえた。

 仰天して声の出所―――件の白猫を見やる。

 そして、唇に感じるふわっとした感触。


「久しぶり。これからは、また一緒だね」


 口付けをしてきた白猫はいつの間にか、愛おしい彼女に代わっていた。

 そうして、再び差し出される白い、柔らかそうな手。


「私、寂しかったんだから……」


 呆然としながらも、彼女の手を握る。

 確かな感触。確かに感じられる温かみ。違う、これは、夢じゃない。


 気が付くと、泣いていた。彼女も涙を流していた。

 そうして、しっかりと、お互いのぬくもりを確かめながらも、二人で、

 どこへともなく歩き始めた。





















『本日、午前八時ごろ、□△道○○通りにて、三十匹ほどの白猫に囲まれた男性の

 餓死死体が発見されました。住所身元等に関しては現在調査中とのことです。

 その男性は白いワンピースと結婚指輪をを抱きかかえており、何らかの事件が

 あったのではないかとの見解を警視庁は発表しており、刑事事件として捜査

 することも視野にいれているようで―――』

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