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第8話:目撃

 下駄箱に着くまでの道中、俺は祐希をどうやってマジックダンスに誘うべきか頭を悩ませていた。

 祐希はどんな嫌な頼みごとでも二つ返事で「うん」と嬉しそうに頷くのだが、一つだけ頑なに頭を縦に振ってくれない事がある。

「ダンスとなれば、やっぱり正装だからなあ。どうやって騙して誘うべきか」

 何故だか知らないが、祐希は正装をしたがらない節が多々ある。主にスーツ姿に抵抗があるようだ。

 まあ、正直言って祐希がスーツを着て似合うかと聞かれると、NOと言わざるを得ない。

 男性と見分けられない程の女性顔はそれだけで、どっちかと言うとドレスの方が似合うんじゃないのか、と十人中九人が言うだろう。

 それに加え、背丈は男の平均よりも若干低い。その辺りにコンプレックスでも抱いているのだろうか。

「あの祐希にコンプレックス、ねえ」

 自分で言ってなんだが、想像もつかなかった。

 結構前から友好を深めている俺にとって、祐希が喜怒哀楽の中で「喜」と「楽」以外の感情を見たことはない。

 どんな事でも笑って済ましてしまうあのお人よしが、コンプレックスのような感情を抱いていたら、ってそんな事が分かった所で俺にはどうにもならないよな。

 話しが脱線してしまったな。アイツをマジックダンスに誘う方法を考えなくては……って、待てよ。

 ふと、閃きが頭に浮かぶ。

 要するに、祐希はスーツ姿になるのが嫌い。ならば、スーツじゃなくてドレスでも何でも好きな格好をさせれば万事OKじゃないかな。

 いやいや待てよ。それはそれで色々とゴタゴタがありそうだから、いっそのことアイツに女装をさせるのもアリだな。

 アイツならば女装をした所で違和感なさそうだし、むしろ男からの熱視線も独占しそうだな。

 よし。

「取り合えず、祐希を女装させる線で言ってみるか」

 策は決まった。祐希を女性にする方に関しては問題ないだろう。

 金髪のオッドアイだけでも人目につくほどの異彩を放っているにも関わらず、ドレス姿を想像しただけで物語上の姫君に昇格しそうな程の風貌を見せてくれるだろう。男と分かっている俺ですら想像しただけで生唾ものなのだから、祐希を男だと知らない人物が見ればたちまちに虜に陥ることだろう。

 もしかして俺、実はとんでもない策を考えてしまったのかも知れないな。

 さて、そうなると浮上する問題が一つあるのだが……。

「問題ないよな。祐希の相手なんて」

 きっと、檜姉妹や副会長、そして雛菊さんの誰かが男装するなりして出場してくれるだろう。

「ダンスの件に関しては何とかなりそうかな」

 頭の中で自分なりの段取りが構成出来た事でようやく肩の力が抜けた気がした。

 自分の意思で決まった仕事ではないけど、任された以上はやらざるを得ないしな。

 と、考え事に夢中になっていたのか、気がついたら一階の下駄箱に到着していた。

 俺のクラスは二階にあるから階段を下りないといけないんだが、階段を下りた記憶がないな。ダメだな。考え事に浸ると周りが全く見えなくなる癖はどうにかしないといけないな。

「上手く坂本勇気に近づけたわね」

 人声が聞える。しかも自分の名前が出た事で、咄嗟に壁際に体を移動して身構えてしまう。

「って、何をやっているんだ、俺は」

 咄嗟に身構える自分の行動に恥かしさを覚えてしまう。

 師匠との訓練の成果なのか、不意な行動や名前を呼ばれてしまうとついつい身構えてしまう癖が出来てしまったようだ。

 最も、そのおかげで檜姉妹の奇襲や副会長の攻撃をかわす事が出来たのだけどね。

「や、約束通り近づいたんだから、それを返してよ」

 ん。この声は……。

 ついさっきまで聞いていた声。なにやら切羽詰っている感じに批難する声に俺は気付かれない様に声主達の方へ歩み寄った。

 足音などを鳴らさないようにすり足で近づくと、俺のクラスの下駄箱の前で夢野さんと女子生徒二人が対峙する形で口論していた。

「ダメよ。私はこう言ったはずよ。返して欲しかったら、祐希君の素性を調べてくる事って」

 なんだか穏やかな話しではないようだな。

「けど、あの神藤の唯一の男友達とも言える坂本に近づいたのは中々の策士よ。将を射るなら先ずは馬を射るって作戦は見事だね」

「飛鳥、あまり彩香を褒めないの。……いいかしら、彩香。あなたの大事なあれを返して欲しければ、必ずあの神藤祐希の正体を見抜き証拠を掴んでくるのよ」

 それを最後に二人は夢野さんから去っていく。

 彼女達二人の背中が見えなくなったのを機に膝から崩れ落ちる夢野さん。

「最悪な場面を見てしまったな」

 何が何だか察することは難しいが、一つだけ分かったことがある。

 それは夢野さんがあの二人に脅されて祐希の正体とやらを見抜き証拠を掴む為に、俺に近づいてきたってこと。

 正直、さっきの笑顔やら反応は演技だったのか、と黒い感情が押し寄せてくるが、彼女の泣き崩れる姿を見てしまうとその気持ちも霧散していってしまう。

 何でだろうか。騙されたはずなのに、彼女の姿を見たら思考が妙にクリアになっていく気がする。

 ああ、この感覚に覚えがあるな。俺は今、怒りに満ち溢れているらしい。

「こんなとき、勇気ならば――」

 ふと、そんな事を考えて、その考えを無理やり止める。

 俺はアイツと違って何でも出来る訳じゃない。

 天才でもなければ秀才でもないし、高確率の可能性で失敗するただの凡人だ。

 だからこそ、ここで彼女へ駆けつけて主人公の如くか慰める事なんて出来ない。

「ならば……」

 しかし、俺にだって祐希に出来なくて俺だけが出来ることがある。

 その為に俺は師を仰ぎ、数多の時間を費やして運動能力に研鑽をかけてきた。

「……はっ」

 思わず鼻で笑ってしまった。祐希の為に磨いてきた力を別目的でも良いから発揮できる時を――俺は待っていたのかもしれない。

「と、言うわけだ」

 どうやら怒りに身を任せている時は感覚も妙に鋭くなっているらしい。体に違和感と言うか、言葉では言いにくいけど俺に何かしらの効果が発揮されているのを感じる。もしかすると、今の俺は俺の想像を遥かに超えた実力が備わっている、なんて考えは都合が良すぎか。

 ……ま、火事場のバカ力とは意味合いが違うかもしれないが、怒気を孕んだ俺はスペックが急上昇するらしいな。

 その感覚を頼りに、俺は誰もいないはずの場所に向って宣言する。

「見ているんだろ、祐希。早速で悪いが今日の夜、お前の正体とやらを聞きに行かせてもらうからな」

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