第7話:きっかけ
結論から言わせてくれ。先ほど言っていた機会が直ぐに来てしまった。
何を言っているか理解出来ないと思うが、俺も少々混乱しているらしい。正直言ってどうやって説明していいかマジで分からないんだ。
ただ言える事は、放課後の時間に雛菊さんのお目当ての人物である夢野さんと真正面に向かい合っている事だ。
いや、別に甘酸っぱい展開が起こる五秒前とかじゃないぞ。
彼女は真剣な眼差しで机に置かれている一枚のプリントと睨めっこしているから。
「しかし、お互い災難だったね」
無言の間に耐え切れなかった俺は思わず彼女に話しかける。
だって、女の子と二人っきりだよ。しかも祐希と関係ない女の子と。
俺の人生の中でこんなイベントが起こった事はあったか。いや、ない。断言しても良い。
「そうですか? 私は楽しいですよ」
柔らかく微笑む夢野さんの笑顔に思わず見惚れてしまう。
顔が熱くなるのを感じつつ、話しを続ける。話しをすれば気が紛れると思ったからだ。
「そう? だって、あれって完全のハメじゃないか。皆して俺達を学級委員に推薦しやがって」
そう。今こうして俺達が放課後の時刻に残っている理由は、二人して周りの連中に委員会を押し付けられたのだった。
あれは酷かったよな。四時間目のホームルームで、委員会を決める時、女の大半が俺と夢野さんの名を上げるんだから。
それに便乗するように男連中が囃し立てるから、俺と夢野さんは何も言い返す事が出来ず、こうして委員会の仕事をするハメになってしまう。
「それだけ坂本君に期待をしているって事だよ」
「そうかい? それだったら、夢野さんにも大いに期待をしているんだろうね」
夢野さんの表情が暗くなる。どうやら、今の切り替えしの言葉は禁句らしいようだ。
えっと話題を変えないとな。何か話題になりそうなのは、と。
「そう言えば、それどうしよっか?」
目に付いた一枚のプリントを見て、これだと思った。
言われて夢野さんも「う~ん」と思案顔を浮かべる。
「そもそもマジックダンスって初めて聞いたけど、何も代表戦と同じ時期にかぶせなくてもよくないか?」
「仕方がないよ。うちの行事は体育祭と文化祭が続くんだから」
「俺的にはそれが納得いかないんだよな。昨年だって大変だったぜ。体育祭が終わったかと思うと二週間後には文化祭だもんな」
「皆へとへとだったものね。特に代表戦に出て文化祭のメインに出た子なんて、目が虚ろになっていたよ」
日程的にありえないと言いたい所だが、うちの体育祭と文化祭は隣町の武蔵学園と合同で行う。
学園同士の交流を兼ねてと言うのが目的であるが、今では互いにライバル意識を持ち、行司をする度に張り合う妙な間柄になっているらしい。
学園同士でスケジュールをあわせるのは大変なのだろう。互いに大丈夫な日を選んでいったら、たまたま体育祭と文化祭が続いて重なったのかもしれない。
その中で一番盛り上がるのが、体育祭の代表戦に文化祭のメインイベント――今回の場合はマジックダンスになる。
「ん~。今は目先の体育祭である代表戦で皆、頭が一杯って感じだしな」
「しかし、早く決めないと副会長がうるさいわよ。会長は笑って許してくれるかも知れないけど」
「だよな。……よし、夢野さん。どうだろう? 今回は俺達が出場するってのは?」
「はい?」
夢野さんの目が点になる。予想しなかった言葉なのだろうか、素っ頓狂な声を上げた夢野さんはそれ以降、動く様子が見受けられない。
「……はっ」
あっ、正気に戻った。
「なな、何を言っているんですか坂本君は。わ、私なんて文化祭のメインイベントに出る資格なんてありませんよ」
「資格云々って言ったら俺も無理だけどな。けどさ、誰もやりたがらないっていうし、取り合えず名前だけでも埋めておかないとダメじゃないかな?」
文化祭のイベントは体育祭のイベントと違って、どうも客寄せパンダの傾向が強い。
まあ、客を集めるためのイベントともいえなくもないから、客寄せパンダは言いえて妙と言うものだが。
うちの学園は体育祭や競う行事には燃える方でも、文化祭みたいなお祭り的な行事はどうにも積極的に動いてくれない節がある。
皆が皆、祭りを盛り上げるよりも祭りを楽しむ気持ちが強いからだと思われる。
故に、この文化祭の行事は必ずと言っていいほど武蔵学園に連敗しているとのこと。神輿を担ぐ人間がやる気がないのだから当然と言ったら当然だな。
「け、けどですね。私なんかが出たら笑いものですよ。もっと、その相応しい人がいるじゃないですか。檜さんとか」
「檜姉か。確かに認めは幼女だが、あれはあれで人気があるからな。だが、祐希がやる気を起さないから無理だろう」
「じゃ、じゃあ、神藤君を説得すれば、万事問題ないんじゃないですか? 私達がクラス代表と出て恥を掻くよりも断然いいですよ」
かなり目立つ事が嫌いなのか、説得に必死さが出ている気がする。
夢野さんの魔法特性は錬金術だから、確かにダンスに応用するのは困難だとは思うが、それはそれで面白い物が出来ると思ったんだがな。
そうなれば俺も俺の魔法特性を最大限に生かして、観客をあっと驚かせる自信が多少はあったんだが、本人がここまで嫌がるのでは仕方がない。
「……分かった。一応、祐希には説得してみるが、あまり期待はしないでくれよ」
「は、はい。是非ともお願いします。そのお詫びと言ってはなんですが、その時の衣装は任せてください」
衣装だと。
「ダンスって制服で踊るんじゃないの?」
「何を当たり前な事を言っているんですか。このプリントに衣装は各自で持参してください、って書いてあるじゃないですか」
文化祭の詳細が記載されているプリントを持ち出し、一番下の行を指差す。
確かに夢野さんの言うとおり、衣装は各自で持参のことと記載されている。
危なかった。衣装なんて持っている訳ないし、奇抜な格好を着て踊るなんて俺には少々荷が重たすぎる。
「へぇ。夢野さんってそう言うの得意なの?」
「ひ、人並み程度ですがね。けど、神藤君が出場するなら、私は心血を注いで最高傑作を作りますよ」
小さくガッツポーズを作る夢野さん。
祐希が着るかも知れないってだけでそこまで言える所を見ると、やはり彼女も祐希狙いなのだろうか。
羨ましいぞ、祐希。三回ぐらい地獄に落ちろっと叫んでやりたいね、まったく。
「それじゃあ、ますます祐希の説得に力を注がないとね。良し、出場者はどうにかなりそうだな。後は他のクラスと打ち合わせして、会場と出場者の確認。それに、手伝っても良いと言ってくれるスタッフをかき集めないといけないな」
その辺は祐希が絡めばどうとにもなるかな。アイツが出るだけで、女子の名乗り率はきっとうなぎ登りになるだろうし。
「そうですね。他は追々詰めて行きましょう文化祭は体育祭が終わるまでは、きっと話しは進まないだろうと思いますしね」
「そうだな。なら、今日はこれでお開きだな」
「はい。これから一緒に頑張りましょうね」
「おう。俺は体育祭は戦力外だからな。じっくりと文化祭のネタを練っていこうぜ」
昨年の文化祭は一年と言うこともあって、ただの展示会で終わってしまったからな。
もっとこう、皆でワイワイ騒ぎながら準備して、当日もそれ以上の楽しい思い出を作れればいいな。
「はい、頑張りましょう」
可愛いな、この子。朝の時間に見かけた時となんか印象が違うな。
もっとこう、大人しい子って思ったんだけど明るい子じゃないか。
今日一日だから分からないけど、彼女が他のクラスや友人らしき人物と話しているのを見たことがなかったから、てっきり大人しい子って勘違いしちゃったな。
簡単な打ち合わせが終わり、互いにカバンを持ち上げたとき、彼女の携帯電話が鳴る。
「あっ、すみません」
一言断って、夢野さんは携帯電話を取り出した。メールの方だったらしく、携帯電話を操作して内容を確認する。
何か表情が硬くなっているような気がするが、何かまずい内容だったのかな。
「すみません、坂本君。お友達が呼んでいるので、今日はこれでいいかな?」
「あっ、そうか。うん、いいよ。友人を待たせたらあれだしね」
夢野さんは「すみません」と深々とお辞儀して、早々と教室から出て行く。
友人と一緒に帰る約束をしていたのだろうか。突然、打ち合わせをしようなんて言って悪かったかな。
「さてと」
誰もいない教室に一人で残るのも寂しいので、俺も早々と教室から去る。
祐希をどうやって説得するか、下駄箱まで思案に暮れていると、思わぬ事態と遭遇してしまった。