第4話:水樹雛菊(改)
演劇部。
勇気が副会長達から逃走した先は、勇気を呼び出した女性――瑞樹雛菊が支配している領域であった。
ドアノブに触れ、一度停止。
「どうせ、同じなんだろうな」
一抹の不安を抱えながら、ドアノブを回して一気に開ける。
開けると同時に勇気を待っていたのはバスケットボールであった。
俄然に広がるバスケットボールを薙ぎ払うと、またもやバスケットボールが目の前にある。
(二段構えの投影術か)
二投目のバスケットボールは一投目の影に隠れる様にして投げたらしい。
故に薙ぎ払った直後にバスケットボールが襲い掛かってくる光景に驚きを隠せなかったが、体が咄嗟に沈み、回避に成功する。
ほっと胸を撫で下ろしたい所であるが、経験上、安心できない事を知っている。
その証拠に、勇気の影を覆い隠す何かが広がっているのだから。
「上っ!?」
慌てて上を見やると、目と鼻先に金盥があった。
――ガシャーン。
衝突音が木霊する。
見事に顔面で金盥を受ける事になった勇気は顔を抑えて悶絶していると、周囲からくすくすと笑う声が聞こえる。
中でも盛大に笑っている声に勇気は聞き覚えがあった。
顔を抑えたまま、無意味と分かっていても抗議の声を上げずにいられなかった。
「ま、毎回毎回、どうにかならないものか。部長殿」
「無理ね。幽霊部員なんだから、この程度は貢献しなさい」
「まさか、俺を呼んだ理由はこれじゃあるまいな、部長」
「まさか」
楽しげに言う部長――水樹雛菊は手に持っていたデジタルカメラを近くにいた女子生徒に渡した。
「完全に真似ろとは言わないけど、最低限、あれぐらいやって欲しいものね」
デジタルカメラを受け取った女性生徒は苦笑いをしながらも「分かりました、部長」と了承して、近くにいた部員を集めてカメラ鑑賞に入る。
「今回の演目のシーンに入れるのか、今の」
その一連を傍目で見ていた勇気が訊いた。
勇気の問いに雛菊は頷く。
「戦闘シーンは見せ所だからね。うちの演劇と言えば戦闘と評判らしいよ」
「そうなのか?」
意外な目で動画を鑑賞している部員を見ていると、隣から雛菊の呆れた声が届く。
「知らなかったの? ちなみに、全部、勇気の動きから参考にして演目したところよ」
素っ頓狂な声を上げる勇気。
その返答がとても意外だったから、目を丸くして動画を鑑賞している部員に視線を走らせると、動画を見て互いに指摘しあい、話しに熱が帯び始めているのを感じる。
「信じられないって顔ね」
「当たり前だろ。あんな動き、誰でも鍛錬をし続ければ簡単に出来るレベルだ」
「そう、誰でも出来るレベルだった。けどね、勇気。あなたは口で簡単だ、って言うけど、実際に模範させてもらった身から言わせてもらえば、あなたの身のこなしは称賛にあたいする技能よ」
「どうした、部長。あなたが俺を褒めるなんて、明日は嵐でも来るのか?」
「心外ね。私でも褒める時は褒めるわ。伊達や酔狂で私達の襲撃を掻い潜っている男じゃないでしょ」
視線を逸らして頭を掻く。普段から褒め慣れていない為、それに加えて毎日の如く殺気を向けられていた敵同然の人間に褒められた為、顔に熱が帯びるのを感じた。
ガラにもなく照れている自分自身に羞恥心を覚えた勇気は、これ以上この話題が続くとよくないと感じて、無理やり話題の方向を変える事にした。
「そんな事よりも、俺を呼んだ理由って何なんだ?」
「いきなり話題を変えたわね。まぁ、いいけどね。今回、勇気に頼みがあるのよ」
「頼み? 部長が俺に頼むなんて初めてじゃないか?」
「そうかもね。それで、頼みなんだけど、とある人物と会ってくれないかな?」
数秒の間を空く。
雛菊の言葉を二回ほど反芻させ、聞き直す。
「……どう言う意味だ?」
「そのままの意味よ。ある人と会って欲しいのよ」
「いや、聞きたいのは、そうなった理由なんだが……」
「ま、簡単に言えばね。勧誘したい人物がいたのよ」
会話を切り出す雛菊の言葉に「ほぉ」と感嘆の声を上げる勇気。
「あの部長が勧誘したくなる人物か。しかし、何でそこで俺の名前が?」
「話しは最後まで聞きなさい。その子、見た目も可愛いし、女の私からしても羨ましい所がいっぱいある魅力的な女の子なのよ」
べた褒めに驚きを隠せなかった。
雛菊自身、祐希に好かれる為に心身共に鍛えてきたの事を勇気は知っている。
その努力に絶対なる自信を誇っていたため、少しだけ自己陶酔に陥っていた事を知っている勇気としては、この言葉に耳を疑わずにいられなかったのだ。
「何より、演技力が凄いわ。あれは天性のものを持っているわね」
「それは是非とも勧誘したい逸材だな。して、いったい誰なんだ?」
雛菊にここまで言わせる女性に多少ながら興味を覚えた勇気は、ここで初めてこの話しとさっきの話しが関係するのであろうか、と疑問に感じた。
けど、次の雛菊の言葉でそんな疑問を解消する事になる。
「彼女、入部するのに条件を出してきたのよ」
「条件?」
「そう。良かったわ、勇気。あなたにも春が来たわよ」
「は?」
「彼女の条件は、坂本勇気を紹介しろですって」