第3話:天野向日葵(改)
勇気の学園生活は大まかに分けると、二パターンに分ける事が出来る。
大抵は祐希の厄介ごとに巻き込まれて忙しい毎日を送る事が大半である。
生徒会長筆頭と謳われただけあって、教師の信頼も厚いため、色々と仕事を頼まれる事が多い。
職務怠慢と疑いたくなるほど祐希に多くの仕事を押し付けてくる。
神藤祐希だから、何でも直ぐに出来ると皆は勘違いしやすいが、一人の人間でこなす限度は限られている。その為、勇気はちょくちょく祐希の仕事の手伝いをする事が多い。
「……こう言う仕事ってさ、普通は生徒会がするものじゃないのか?」
散ばっている埃を掃きながら、勇気は思わず愚痴を零す。
独り言のつもりだったが、その愚痴は教室の隅の埃を掃いている祐希に聞こえたらしく、苦笑いして言った。
「生徒会も忙しいんだよ。向日葵ちゃんだって、忙しい忙しいと口々に言っていたじゃない」
「あれは、お前を生徒会に勧誘させる手口にしか見えなかったけどな」
「またまた。勇気は少し人を疑いすぎだよ。もう少し、人を信じてもいいんじゃない」
「俺としては、もう少しそのお人よしな性格を治してほしいものだけどな」
「たはは。お人よしは勇気だって負けていないじゃない。こうして、毎日毎日ボクの手伝いをしてくれるんだからな」
「当たり前だ。師匠にお前の事を頼むと言われたんだ。あの師匠の頼みを無碍にするなんて考えは俺には持たないよ」
「奈々の頼み、か。……そう言えば、聞こう聞こうと思っていたんだけど」
「どうした、祐希。改まって……」
突然、真剣な目つきになる祐希を見て首を傾げる。
「勇気って、奈々の事が好きなの?」
「……はい?」
箒を掃く手を止める。
目を点にし、驚愕する勇気は「何故に?」と問う。
「いやなんとなく」
「なんとなくで、俺が師匠の事を好いていると訊いたのか」
目を三角にして異議あり、と唱えると祐希はそう論する根拠を話し始める。
「えっと、最近のあれがメイド物だと言うのは本当みたいだし」
「って、待て待て」
指折り数えて根拠を話す祐希の言葉を止める。
「お前、どうしてそれが本当だと分かっったんだ?」
「どうやって、って。そりゃあ、【共有】を使えば――」
「お前、そう言うのはプライバシーの侵害となぜ気づかん!」
「いいじゃん、勇気。知らない仲じゃないんだし。一人ソロのネタの一つや二つ知っていてもボクは問題ないよ」
「お前が問題なくても、俺が問題あるんだよ! 第一、お前。今はそんな姿をしているが本当は……」
刹那、腹に衝撃が走る。
腹を抑えて膝を折る勇気は、苦悶の表情のまま祐希に向かって謝罪した。
「すまない、少し興奮していたようだ」
「全くだよ、勇気。それはボクとキミだけの秘密なんだから、そう軽々と吐露して欲しくないな。キミはボクの信頼を捨てるつもりかい」
「悪かったよ。しかし、ツッコミに【魔法玉】を使うなよ。しかも、かなりの風圧を込めていたよな」
「気のせいじゃない」
「なんだよ。一体、何をそんなに怒っているのやら」
理不尽だ、と胸中で呟いた。
偶にであるが、今の様に理不尽に怒られる事が多々ある。
怒られる理由が分からないので、今後の対策を練る事が出来ない勇気にとって、この出来事はいつも頭を悩ましている。
相談出来る相手がいればよいのだが、生憎、この話題を持ち掛けられる知人は勇気にはいなかった。
「師匠に相談したら、また何を言われるか分からないしな」
「あら、初耳ね。坂本に師を仰いでいる人がいるなんて」
「そうか? 言っていなかったかな。……って」
普通に会話が成立していたことに、ふと疑問に思う。
入口に背を向けていた為に、誰かが入室したことに気付かなかった様子。
立ち位置から、その声主が誰か先に気付いたのは祐希の方であった。
「あれ、向日葵ちゃん?」
「こんにちは、ゆうくん。ごめんね、昼休みにお手伝いさせちゃって」
胸元で両手を合わせて「ごめん」と謝るのは、生徒会副会の天野向日葵であった。
膝まで自然に遊ばさているほどの髪を伸ばしている人物など、向日葵ぐらいしかいない。普段は一房にまとめているのだが、祐希と会うときだけ、いつも髪を解いている節が見受けられる。
勇気は「またか」と聞こえる様に呟き、呆れ口調で言う。
「俺は退散するべきか、お二人とも」
その問いに即答で二人から返事が来る。
返答の内容はイエスとノーと、何度聞いても全く変わらない異なる回答であったが。
勿論の事、イエスが天野向日葵。ノーが神藤祐希の言葉である。
自分の返答と異なる返答だったので、凛とした表情が崩れる。子供っぽく頬を膨らませ、祐希の方を軽く睨む。
そんな向日葵の対応になれているのか、祐希は苦笑しつつ尋ねた。
「それより向日葵ちゃん、どうしたの。まさかと思うけど、今日も……」
「そうよ」
向日葵は持っている小包を差出す。
「一緒に食べましょう」
本日で五日連続。
このやり取りをこっそりカウントしていた勇気は、この後のやり取りも大方予想出来ていた。
手にもっている掃除道具をせっせと片付け、何事もなかったかのように教室を出ようとした。
「ちょっと、どこに行くわけ、坂本」
だが、今回は珍しく呼び止められた。
振り返る事無く、勇気は「俺は邪魔だろ?」と言い捨ててその場から去ろうとするのだが、それを向日葵が止めたのであった。主に強硬策でだが。
指を鳴らす向日葵。それを合図に、勇気の周辺に銀色の球体が出現する。
「……何の真似だ、天野副会長」
歩みを止める勇気。
これ以上、この場から去れば周囲に浮かんでいる【魔法玉】が襲い掛かってくるのを知っているからであった。
魔法には属性ごとに色彩が異なる。
つまり、色でその魔法の属性を判別できるのだ。
火は赤。水は青。そして、銀は光。
「光の【魔法玉】なんて穏やかじゃないな。そんなに俺が邪魔なら、そう言えばいいじゃないか。さっさと退散するのに」
包囲されているはずなのに、勇気は表情崩す事無く言う。これが牽制であると、彼は知っているからだ。
「知っている癖によく言うわ。……水樹が探していたわよ」
「部長が?」
はて、と首を曲げる。
しばしの間、呼ばれるような原因を考えてみたが、思い当たる節がなかった。
考えても分からなかったので、とりあえず祐希関連で呼び出しを受けた事にして置こうと、脳内で完結する。
「また、対祐希の作戦会議でもするのかね、そろそろ部活動を全うしろよ、と強く言いたいんだが」
やれやれ、と首を振りながら何気なく教室から去ろうとするのだが、今度は祐希の方が逃してはくれなかった。
「って、待て待て。今、何気なく聞き捨てならない言葉を聞いたよ!」
「ん? 気のせいじゃないか」
「気のせいじゃない、気のせいじゃないよ! 最近、雛ちゃんのアプローチが妙にピンポイントと思ったらキミのせいか!」
「ピンポイント?」
「それは、その……」
気まずいのか、それともその当時の事を思い出したのか、視線を逸らして赤面する祐希。
その様子を見て、黙って傍観者になりきれなかった向日葵が、勇気を睨みつけながら問う。
「あなた、水樹だけに情報提供した訳?」
「一応、同じ部で、しかも中学からの付き合いだしな。儚く身を結ばない恋と分かっていても、手助けしたいのが友情じゃないか」
「それは、私達の誰もがゆうくんに相応しくないって言いたい訳?」
急激に周囲の空気が重たくなるのを祐希は感じた。
明らかな挑発めいた言葉に向日葵が怒りを感じ始めたからであろう。
それに康応してか、勇気の周辺に浮かんでいる【魔法玉】が小刻みに震動していく。
いつ自分に跳びかかって来るか分からないのに、勇気は動じる事無く突っ立っているのみ。不敵な笑みを浮かべて、助言を述べる。
「副会長とあろう者が、祐希の目の前でそんな顔を見せて良いんですか?」
言われて、はっと気づく。
頭に血が上っていたのか、直ぐ目の前に愛しい人がいた事に今更ながら気づいたのだった。祐希の顔を見る向日葵。
見られた祐希はどんな表情で、なんて言葉を返せばよいのかわからなく、ただただ苦笑いを返す事しかできなかった。
その微笑苦を見て、見る見るうちに顔を真っ赤に染める向日葵。徐々に羞恥心が込み上げてか、あたふたと挙動不審に陥る彼女に祐希は不謹慎ながら「かわいいな」と胸中で感想を述べていた。
彼女のあまりの狼狽さに可愛そうになってしまい、助け船を出してしまう。
「勇気、少しは女性に優しくしたら? だから、今まで彼女が出来ないんじゃないかな」
祐希の会心の口撃に胸を抑えてよろめく勇気。
「だ、誰のせいだと思っているんだよ!」
「え、キミがもてないのはボクのせいな訳?」
「そうであって、違うけどさ! いや、少なくても学園生活を灰色の青春になっているのは、祐希のせいかもしれないが。けど、彼女云々に関しては……ええい! とにかく大きなお世話だ」
そう吐き捨て、早々に退散する勇気。
後ろから「待って」と祐希から制止の声が聞こえたが、あえて無視してその場から去って行った。