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第2話:檜琴音・檜茜(改)

「檜! お前、使う魔法は考えろよ!」


 自分を襲った張本人に、非難の声を上げる勇気。

 檜と呼ばれた少女は地団太を踏むのを止め、キッと勇気を睨んで言い返す。


「うるさいうるさい! あんたが、あんたがいけないのよ」

「唐突に何を言っているんだ、お前は」


 非難声を上げる強襲者に、訳がわからんと言わんばかりに目を細める勇気。

 小さき強襲者はご自慢のツインテールを左右に振り、どう見ても同年代とは思えない幼い顔を真っ赤に染め上げる。

 何時もとは様子が違うな、と感じた勇気は膝を折ってしゃがんだ。

 直後、勇気の首があった空間に銀色の閃光が走る。


「間一髪だった」


 どうにか回避に成功した事に安堵の息を吐くと、背後から「チッ」と舌打ちが聞こえる。

 殺意に近い気配が消えないのを感知し、直ぐに一足飛びでその場から離れる勇気。案の定、振り返ると追撃を図ろうとしていた女性がいた。


「ちょっ、茜ちゃん? 今のは少しやりすぎなんじゃ」

「注意するとこそこか、普通」


 やりすぎじゃなくって、襲撃した事を咎めろよ、と思った矢先、手刀の構えを見せている女性は勇気を一度睨み、祐希に向けて微笑む。


「おはようございます、祐希先輩。本当ならご一緒に登校したかったのですが、少々準備に手間取りまして」


 しなやかな腰を曲げて赤みを帯びた顔で微笑む姿はどんな男性でも魅了する事であろう。尚且つ、長身痩躯にも関わらず、女性の象徴している部位は見事の一言。

 擬音で例えるならばボン・キュ・ボンと言った所か。


「その準備とやらは、俺を仕留める為の準備じゃあるまいな、檜妹」

「あら、エロ先輩らしからぬ感の良さですね」

「誰がエロだ、誰が。俺はそこまで言われるほどオープンスケベ的な事をやった覚えはないぞ」


 反論している最中、祐希から「反応する所はそこか」とツッコミをもらう。


「ったく、檜と言い、檜妹と言い、お前達、少しは場所を選んだらどうなんだよ」

「普通はこれ以上、襲撃をするのは止めろと言うところなんだけどね。でも、確かに勇気の言葉にも一理あるね。二人とも何かあったの?」


 檜琴音と檜茜が襲撃するのは既に日常茶飯事の定番となっている。

 それ故、分かっている事だが、檜姉妹は必ずと言っていいほど襲撃に使う魔法は風を付加させた魔法玉であった。

 水や火、雷や地などと言った自然の力を取り入れた魔法玉は勇気に当たれば問題ないのだが、魔法玉を外した時、または勇気が魔法玉を避けた時、高確率で周辺に災害を生みだしてしまう。

 風の魔法玉なら風圧を押し込めたものなので、周辺の災害も抑える事が出来る。

 故に、勇気を強襲するまたは襲撃をする場合は、風の魔法以外は使わない決まりになっていたのだ。

 その決まりは争いの元になった祐希が決めたこと。

 並大抵の事情ならばこの原則を守ってきた彼女達なのだが、今回は規定違反の魔法を行使した事に祐希は疑問を感じたのだった。

 檜姉妹は互いに目配せし、頷きあう。

 意を決したのだろうか、妹の茜はお得意の魔法、【瞬間移動】を行使して、姉の琴音の隣に移動する。


「最近、二人が徒ならぬ関係になっていると聞いたけど、本当!?」

「「……は?」」


 姉の琴音の言葉に目を丸くする祐希達。

 その言葉の意味を脳内で反芻し、理解したのだろう。

 一秒の間の後、急激に真赤にして、視線を逸らす祐希。

 対して、苦笑を浮かべて肩を竦める勇気が言い返す。


「あのな、檜。俺と祐希は男なんだぜ、男。分かるか? お前、まさか俺達が同性愛に目覚めたと思っているのか」

「そんなの、私が聞きたいわよ」

「私が聞きたいって……。オイ、檜妹よ。お前、またある事ない事、姉に言った訳じゃあるまいな」

「心外だわ、エロ先輩。どうして私が敬愛するお姉様を騙す必要性があるの」


 それに、と付け足して茜は己のカバンからとある物を取り出す。


「ちゃんと証拠もあるのよ、見る?」

「証拠?」

「そう。これがその証拠よ!」


 バン、と効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく取り出したそれは、一冊の雑誌であった。

 表紙には「禁断の恋」なんて怪しげな題名がでかでかと飾られている。

 それを見て、無性に嫌な予感がしたのはきっと気のせいではないだろう。


「あっ、それ」


 茜のそれを見て、以外には先に反応したのは祐希の方であった。


「知っているのか、祐希?」

「うん。先週、それと同じ物を向日葵ちゃんにもらった」

「天野副会長から? ……おい。まさか、それって副会長が描いたってオチじゃないだろうな」

「え、えっと……。確かにここ最近、BLにはまっているって聞いたけど」

「あの人。物理的に抹消出来ないからって社会的に俺を抹消しに来たんじゃないだろうな」


 勇気の憶測に「まさか」と祐希が苦笑いする。

 その横で「なるほど、その手があったか」と手をポンと叩く檜姉妹。

 姉と妹。

 目線を合わせただけで互いに意思疎通を図れたのか、頷くと同時にそれぞれ行動に移す。


「ひどい、ひどいわ勇気」

「「へ?」」


 突然の事態に目を丸くする勇気達。驚くのも無理はない。

 何せあの檜琴音が地面に膝を付き悲しみに打ちひしがれているのだ。

 胸元に妹から受け取った勇気達を題材にしたBL本を強く抱き締めている。


「私がいながら、同性愛に走るなんて」

「ちょっ、ちょっと待て檜! お前、そう言うのはシャレにならないからマジで止めてれよ。ご丁寧に涙まで浮かべて。てか、嘘泣き上手いなお前」


 完全に予想外の行動に、勇気はなす術がなかった。

 あわわ、と慌てた声を上げながら檜が泣くのを止めさせようと試みるが、いかせん勇気にそう言った経験は皆無。

 うろたえる勇気を見て、我が姉の策略は有効なり。と判断した茜は更なる追撃を行う。


「先輩。姉さんの事はただの悪友だって言っていたじゃないですか」

「待て待て待て。頼むから待ってください。さっきから周囲の視線が痛いんだよ、マジで」


 チラッと尻目に周囲を確認する。

 場所が場所なだけに、勇気達のいざこざを大多数の人が見る事になる。

 同学年や一つ上の学年の人達は、このいざこざを毎日目撃している事もあって、温かい眼差しで素通りしてくれるのだが、まだ、高校生活を始めたばっか一つ下の学年は彼らのいざこざにまだ慣れていない。

 つまり、一つ下の後輩達にとって、今の勇気は二股がばれたプレイボーイに見えなくもない、と言うかそれしか見えないだろう。

 先ほどから微かだが「なに、修羅場?」やら「やだぁ」と女性の非難声が聞こえてくる。


 やばい。


 かなり拙い状況だ、と焦る勇気であるが、対処方法など勇気の脳内辞書になし。

 狼狽する勇気に見兼ねたのか、祐希が「やれやれ」と言いながら、ようやく助け船を出す。


「二人とも、少し関心しないな。ボク、そう言う冗談好きじゃないよ」

「「はーい、ごめんなさい」」


 鶴の一声。

 祐希が注意を促すと、満面な笑みを浮かべて謝罪する檜姉妹。

 精神的攻撃からようやく解放されて胸を撫で下ろす勇気に目を細める祐希。


「勇気」

「なんだよ、祐希」

「……こう言う時の男ってヘタレって呼ぶべきなのかな」

「俺に聞くな、色男」


 何を言っても分が悪いため、そう切り捨てるしかなかった。


「それで、やっぱりあれって天野副会長の笑えない冗談だったわけ?」


 今までのいざこざなどまるでなかったかの如く、普段通りの態度で問う檜姉こと檜琴音。その問い掛けに祐希は再三の苦笑を浮かべて「当然だよ」と答えた。


「だろうと思ったけどね。私は信じていたわ」


 うんうん、頷く姉の姿に妹の茜はニマッと口端を曲げる。


「そう言いながらも姉さんは「思い当たる節がありすぎるわね。まさか、あの二人……。ついに禁断の果実を!」なんてこの世の終わりみたいな顔を浮かべていたけどね」


 当時の姉の反応を再現したのであろう。

 涙目を浮かべて狼狽する茜の姿を見て、琴音は「なっ!?」と声を上げたのだった。


「茜、あなたね」

「姉さんのむっつりスケベ」


 反撃する前に追撃を受けてしまう。

 茜の一言に琴音の顔は一気に熱を帯び、真っ赤に染めあがる。

 気のせいか彼女の頭から蒸気が噴き出したかのように見えてしまうほど憤怒し、ウガーと乙女にあるまじき怒声を上げて妹に詰め寄ろうとするのだが、姉妹の間に挟まれていた祐希が「まぁまぁ」と宥める。

 そんな姉妹のいざこざに今度は勇気が茶化しに入る。


「ほほぉ。檜殿はそう言ったものにご興味があるらしいな」

「坂本、あなたね」

「何々、隠す事はないさ。俺達のようなお年頃なら性に興味がないのは、むしろ不健全と言うものだろう?」


 得意げな顔を浮かべ、自分の後ろにいる祐希を指さす。


「当然の如く、アイツもそう言ったものには最近興味がお持ちのようだぞ」


 その一言に勇気を除く三者が絶句する。


「坂本、それって本当な訳?」

「嘘を言っているんじゃないでしょうね、エロ先輩」

「嘘じゃないが……。うーむ。嘘ではないと言う証拠も提出する事も出来ないか」


 チラッと横目で祐希を見る。

 今にも突っかかりそうなほど視線を鋭くしている。

 けど、発言を制するような行動をとらない。

 否、取る事が出来ないのだろう。

 勇気は大げさに肩を竦めて見せる。


「まぁ、俺が貸したメイド物を興味深そうに――」


 最後まで言うことができなかった。

 不意打ちの一撃、いや二連撃を受けて、言葉を閉ざさずにいられなかったのだ。

 強烈な一撃を二回も顔面と鳩尾に受けた勇気は大きく状態を仰け反る。

 そのまま仰向けに倒れるかと思いきや、両足に力を込めて踏みとどまった。


「いたたたた。お前達、いきなり何を」

「それはこっちの台詞よ、坂本」

「そうです、エロ先輩。自分だけならまだしも、あなたの変態病を神藤先輩に押し付けないでください」

「変態病って、人を病原菌のような扱いしやがって。大体、お前達二人は祐希を神格化しすぎるきらいがあるぞ。そんな事だと、将来男に騙される可能性だい」

「――ユウキ。少し黙ろうか」


 意気揚々と話している横から静止の声が掛けられる。

 別段、普通に話しているようにしか聞こえなかったが、声を掛けられた勇気はその声を聞いて、肩をビクつかせて慌てて口を閉ざした。

 抑揚のない棒読みの声。

 それは、神藤祐希が怒りを覚えた時に発する癖である。

 少しやりすぎたかと、内心反省をしつつ、勇気は気づかない振りをしながら祐希に話しかけた。


「どうした、祐希。まさか性癖の一つや二つばらされたぐらいで――」

「――それ以上口にしたら、ボクは君の性癖やその他諸々、ある事ない事全部話すよ」


 目が本気だった。

 どうやら珍しく本気で怒りを覚えたらしい。

 これ以上、祐希を怒らせると有言実行されかねない。

 勇気は「分かった」と両手を上げて降参のポーズをする。


「降参だよ、祐希。正直、いい機会だと思ったんだがな」

「何がいい機会なんだが」

「お前が人間であることを知る機会だと思ったんだよ」


 そんな事を言ったら、祐希は「は?」と素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。


「勇気、頭大丈夫?」

「あのな。あまり言いたくないが、この後ろの二人の様に、妙にお前を神格化している節があるのがわからないかな?」

「……そうなの?」


 後ろの檜姉妹に問う祐希。

 二人は互いに顔を見やり、「う~ん」と考えるそぶりを見せる。最初に口火を切ったのは姉の琴音の方だった。


「神格化しているかは分からないけど、クラスの中で「神藤君なら抱かれてもいい!」「お嫁さんになりたい」と声高らかに言っている人はいるわよ」

「それってお前じゃないのか?」


 そう指摘すると、一瞬にして赤面する琴音。


「そ、そ、そんにゃこと言うはずにゃいわよ」

「姉さん、動揺しすぎですよ。まぁ、家でしょっちゅう言っていますから、嘘とは言えませんが」

「やはりか」

「しかし、うちのクラスも似たような事を言っている人は多いですね。まるで禁術の一つ【魅了】の魔法に掛けられたように」


 禁術【魅了】。

 文字通り、相手をメロメロにさせる魔法である。

 催眠術の効力に近く使用した相手の思う通りに人を動かしてしまう。

 催眠術と【魅了】の違いは使用者の言葉を自主的に動くか動かないかの違いである。

 尚且つ、異性に使用すれば性の虜にすることも可能な魔法である。


「おいおい、【魅了】なんて一種の大魔法だぞ。それにあれは禁書に記された禁術だ。そんな魔法使えるとしたら――」


 っと、言いつけていた口を閉ざし、祐希を見やる。


「な、何かな勇気?」

「お前、まさか【魅了】の類の【魔眼】なんか開眼していないよな」


 魔眼。

 魔力を秘めた眼。

 人間の体で魔力が集まりやすい個所が存在する。

 一番多く発見されている個所は目だ。

 常時型、起動型と細かく分類すれば多数存在するが、魔力を通わすと瞳の色が変色するという共通点を持つ。

 特殊な瞳を持つ事は一種のステータスになりえる事が多い。

 故に、血を護る為に家系を重んじる家も少なくない。

 特殊の瞳の大方は、突発性よりも遺伝で発現する可能性が高いからだ。


「勇気。キミがボクの事をどう思っているか、一度ゆっくり話し合う必要があるようだね」

「けど、神藤君のお家は、由緒ある神藤家だよね。神藤君なら【魔眼】の一つや二つ持っていないの?」

「琴音ちゃん。褒めてくれるのは嬉しいけど、ボクの家系で【魔眼】持ちなんて一人もいないよ」

「えっ、そうなの?」

「檜。そこでどうして俺に問うかな」

「だって、神藤君の場合、謙遜が絶対に入るじゃない。悔しいけど、この中で神藤君を最も知っているのは坂本だし」

「なるほど、その点は自負出来るかな」


 で、どうなの?

 と眼で問うてくるから、勇気は「そうだな」と口を開く。


「俺も詳しくは知らないが、祐希の家系は何が凄いんじゃなくって、全てが凄いんだよな。賢一さんと朋花さんの二人とお相手した時、俺死ぬんじゃないか、と本気で思ったし」

「お相手にって、一体、祐希先輩のご両親にどんな粗相をしたんですか」

「茜ちゃんの言うとおりだね、勇気。そんな話し、ボクも初耳だよ」


 茜と祐希に問い質され、初めて自分が失言したことを知る。


「べ、別にいいだろ、そんな事。そ、それよりも長話しすぎたな。そろそろ教室に向かおうぜ」


 笑顔を繕い、矢継ぎ早に言って教室に向かう勇気。

 後ろから「逃げたな」と、明らかに非難めいた声が聞こえてくるが、勇気は聞かなかった事にして、その場から退避したのであった。


「【退魔】の特訓に付き合ってもらった、と言っても誰も信じてくれないだろうな」


 【退魔】の魔法。

 魔法を退かせるアンチ魔法。

 既に失われた技法と言われている、古代魔法の一つ。

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