第20話:天才の参戦
「――その前に、貴方は永続植物隷属と言う病を知っていますか?」
祐希の力が必要な理由を話そうとした夢野さんの質問に俺は「聞いたことがない」と返答した。
夢野さんは「そうですか」と頷いて「では」と言葉を続ける。
「植物人間なら知っていますよね」
「それなら分かるが、さっきの永続植物隷属と一体何の関係があるんだ」
「そうですね。……では、意図的に植物人間と化す魔法があることは……知っていますか?」
言い終わると、夢野さん……いや、三人とも緊張した顔付で俺を見てくる。
まるで俺の返答に幾分かの期待を込めた眼つきに俺は申し訳なさそうに顔を振る。
明らかにがっかりした三人は「そうですか」と声を落とす。
「永続植物隷属。植物人間に強制的にさせる魔法を掛けられた人達の病名です」
植物人間。人は心臓が止まる以外に脳が壊れると死亡扱いにさせられる。
どんなに鼓動が刻んでいたとしても、人間の思考の源である脳が壊れたらそれは人間と呼ぶ事は難しい。
汚い言い方をすると木偶人形と言えなくもない。
「その話しから推測されると、まるで誰かがその強制的に植物人間にさせられたみたいだな」
三人の顔が一変する。琴線に触れてしまったようだ。空気が一気に重くなったのを感じる。
俺の間近に棍棒が突き刺さる。
「……どうやら図星か」
最も機能の師匠の報告から大体の事情は知っているがな。
鬼の形相になりつつある柳田さんを見やり、俺はため息を付きながら言う。
「柳田さんは感情が先走るタイプか。今ので図星だと言っているものだ」
「黙れ。おまえ、自分の立場が分かっていて言っているの」
「立場? 大いに理解しているさ。お前こそ、俺を叩きのめせばどうなるか分からない訳あるまい?」
唯一の交渉役を叩きのめせるはずがない。それが分かっているからこそ、動きを封じられていてもこんな軽口を言えるんだがな。
付け入る隙がなければこんな状況であんな挑発染みた真似をするなんて死期を早めるだけだ。
「ぐぬぬぬっ!」
俺に言い負かされて悔しかったのだろう。
柳田さんはもう一度高々と棍棒を振り上げ、俺に目掛けて振り下ろそうとする。
「……今度は外すなよ」
どうせ牽制の一撃。何を臆する必要があるか。
そんな俺の意図を読み取ったのだろう。「馬鹿にしやがって」と声を凄ませて、俺を睨む双眸に力が籠められる。
今の挑発に我慢の限界が来たってところだろうか。こいつは次の一撃来るな。
「アズサ」
頭に血が上った柳田さんに鶴の一声が届く。その言葉で我に返る柳田さん。
「あんな下手な挑発で簡単に怒らないの」
「ご、ごめんなさい。けど彩、こいつは――」
「事実だし、こっちは一応頼む身なのよ。少しは感情を抑えて頂戴ね」
……なんか非常に複雑な光景だな。
脅され涙を流された相手に上から目線でものを言う。
昨日と違う力の上下関係。今の光景を見ると夢野さんの助けになりたいと思っていた自分が非常に滑稽に思えてならない。
実際、今の自分は道化の何者でもないと自負しているがな。
「さっきの話しで大方理解できた。……お前たち、祐希にその永続植物隷属とやらの魔法効果を取り除いた欲しいって訳だ」
「お察しの通りよ。……あの神藤君の力ならきっと何でも出来ると思う。だから――」
「だから、助けてほしいって訳か。……はぁ」
「何がおかしいのよ」
「全部に決まっているだろ。確かに祐希はみんなが知る通り天才だと思う。魔法に関しては特にだ」
「なら」
「だが、相手が相手だ。魔法は魔法でも人体に関する魔法となると医学的分野に属する。医学的分野を素人が扱えるわけないだろ」
「けど、原因である魔法を取り除くことさえ出来れば」
「なんとでもなると思っているなら大きな間違いだ。人体に関わる魔法に間違った対処を施せば人体にどんな影響を及ぼすか分からない」
「そんなのやってみなくては」
「――分からない、か? その言葉、妹さんを前にして同じ言葉が言えるのか?」
「っ」
口を閉じる夢野さん。今にも泣き出しそうな顔を下に向け、それ以上口を開かなかった。
震える体。地面を濡らす一粒の滴を目の当たりにして、俺はどうにも居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
これでは俺が悪役みたいじゃないか。……彼女たちからしてみれば悪役当然なのかもしれないな。
俺は今日で何度目かわかないほどの大きなため息を一つ付き、ポケットから携帯電話を取り出す。
三人の光を失った視線を一身に浴びながら、三回のコール音で出た相手に向かって端的に述べた。
「あー祐希? 俺だ俺。いや、互いに携帯電話の連絡で俺俺詐欺なんで普通は出来ないだろ。非通知設定にもしていないし。そんな事よりも、大至急屋上に来てくれないか? いや、愛の告白でも決闘の申込みでもなくって……てかお前、事情はさっきまで共感で見ていただろ。そうそう、その話し。んじゃ、すぐに来てくれよ」
ポチ、と通信を終えて携帯電話をしまう。
「さて、と」
と、話しを続けようとして、いまだに三人とも唖然としている様子に気づく。
さっきまで絶望のどん底に落されたかの如く暗かった雰囲気が一変して、まるでさっきの出来事が理解出来ないと言わんばかりに目を点とさせていた。
「なんだよ。お前たちが言ったんだろ? 祐希の力が必要だって」
「そ、それはそうですけど。なんで?」
「なんで? そりゃまたおかしな話しをするな、夢野さんや。俺は危険だと話したが、祐希を説得しないなんて話しは一つもしたつもりはなかったはずだが?」
俺の言葉に三人は「なっ!?」と驚愕の声を上げる。
声も反応も全くと言っていいほど同じタイミングだったな。
「まずは様子を見てからだな。出来る出来ないの話しはその後でもいいだろ。……ま、祐希の力を借りる事が出来れば、大半の問題はどうにかなるだろうがな」
「あ、あ……ありがとうございます!」
再び、三人同時にお礼の言葉が発せられる。言葉だけじゃなくお辞儀する動作までほぼ同じタイミングに、思わず「三人とも、非常に仲が良いんだね」と呟いていた。
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俺が祐希に召集をかけてからものの一分足らずで現れた。しかし、大至急来いと言ったけど、高等魔法と謳われている瞬間移動を使って来るかな普通。
瞬きした直後に、誰もいない空間に祐希が腕を組んで佇んでいるのを確認したとき、思わず「ぬわっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまったぐらいだ。
しかも、何を勘違いしたのだろうか、現れるや臨戦態勢に入っている。あのまま黙って見守っていたら、どんな魔法が飛び出した事やら。
「……そうか。大体の事情は理解したよ」
「話しが早くて助かる。……だが、お前らしくもないな。見ろ、後ろの彼女達の怖がりようを」
事の顛末を話している最中、祐希に睨まれた三人は俺の背中に回り込んでいる。
さっきまでの威勢はどこへやら。借りてきた猫のように大人しくなっている。激しく身震いしていたが。
「それについてはこちらの早とちりだった。その……ごめんなさい」
「ほら、三人とも。いつまで俺を盾代わりにしているんだよ。確かに、祐希を怒らせるのは大変よろしくないが、普段は女には優しいから安心しろよ」
このままでは話しが進まない。
俺はいつまでも背中に隠れている三人を無理やり祐希と対面するように促し、隠れない様に直ぐ後方へ移動した。
「話しは勇気から聞いたよ。永続植物隷属だっけ? 正直、ボクも初めて聞く症状故、三人を助けてやるなんて確約してあげる事が出来ない」
「……あなたにも不可能な事があるんですか?」
「心外だな夢野さん。ボクだって普通の人間だよ。ボク一人程度の力で成し遂げられる事なんてちっぽけなものだよ」
「……それでも、私達にはあなたの力が必要なんです」
次の瞬間、俺と祐希は大きく目を見開く事になる。
前もって祐希を説得する方法でも考えていたのだろうか。全く同時のタイミングで三人は地面に膝を付けて、三つ指を付いて深々と頭を下げたのだ。
「お願いします! どうか、天才の力を私達に貸してください!!」
「脅迫をしたかと思ったら今度は土下座かよ。随分と見境ないやりかただな」
皮肉で言った訳ではない。
コロコロと変わる態度にこっちの理解力が付いていけないと言われれば嘘になるが、どんな手段を講じても目的を成し遂げようとする三人の本気がヒシヒシと伝わるから言ったまで。
おっと、関心している場合じゃなかったな。一応、俺も祐希の説得をすると言ってしまったのだ。ここは俺も彼女達の援護をしなくてはならない。
「……確か、師匠は医学の心得もあったよな」
「勇気」
「師匠に見立ててもらって、それから出来る出来ないの判断を下しても遅くないだろ? 可能なら助けてあげればよい。不可能なら可能になりえる手段を俺が探してやる。それではダメか」
「ダメじゃない。ダメじゃないが……妙にこの子達に優しいね、勇気」
「そこで不機嫌そうな顔で不機嫌な声を上げる意味が分からないが……そうかもしれないな。なんでだろうな?」
「ボクに聞くなよ。……まぁ、最初っから勇気のやることに首をツッコムつもりだったし、ボクはいいよ」
「さすがは俺の親友。人間の出来が違うよな」
「お世辞を言っても何も出ないよ」
「さて、祐希の説得はとりあえず終了だな。……良かったな、夢野さん。君たちは億に等しい援軍を手に入れる事に成功したぞ」