第19話:急展開
「意味が分からない」
俺は飛鳥の単刀直入の言葉に同じように端的に答える。
飛鳥は興味があるのは祐希自信ではなく祐希の力と言った。
と言う事は、結婚騒動云々やら惚れた腫れたの話しに結び付くには少々難しいと思う。
「お前は一肌脱げと言ったが、具体的に俺に何をやらせようとするんだ?」
俺の協力が必要。それは何となくさっきの言葉で感じるが、仮に俺の協力を得たとしても飛鳥達が望んだ結果を助長するような結果は得られないと思う。協力を得たいなら俺よりも沢山の人間が候補に挙げられると思うんだが。
「なに、簡単な話しです。我々の側について神藤さんを説得するだけでいいです」
説得か……。なるほど。力でものを言わせるよりも親しい人間を味方につけて交渉を得ようと言うのか。
確かにその点では俺は最適と言えなくもないか。男の中でそれなりに気楽に話せるのは俺だけだし、そう言う意味では女子生徒に頼むのは困難と言うものだ。アイツを説得するまともな理由がない限り、好意を抱く人物を売るなんて無理だからな。
そう言う意味では女が男の人間を味方にするのは簡単かも知れない。最も、それを言う覚悟があればの話だが……。
俺は考えるそぶりを見せながら、飛鳥に尋ねる。
「二三訊いても良いか?」
「訊いても、答えられないものと答えられるものがありますよ」
「かまわないさ。先ず一つ、俺のメリットだ。親友を裏切る様な事をするんだ、当然の如く俺が協力するだけの魅力的な何かがあるんだろうな?」
その問いに明らかに飛鳥の眼が鋭くなるのを感じる。胸中では「この下種が」とでも思っているのであろう。その態度を見る限り、俺が何を言いたいのか分かっていると見ていいだろう。
今まで悪い意味で無表情、良い意味で冷静な態度を取っていた飛鳥の表情がここに来て崩れる。
怒りに身を任せたいのを必死に堪えて飛鳥は無表情を繕う。
「ええ。貴方が協力した暁には、私を……私達を差し上げます」
言い切った。
正直な所、今のこの状況で聞きたくない言葉を飛鳥は完全に言い切ってしまった。
「飛鳥、それが何を意味しているのか分かっているのか?」
「……覚悟はしています」
思いつめた顔で頷くなよ。
こっちの方が夢野さんの力になろうと決めた覚悟が揺らいでしまうじゃないか。
「じゃあ、二つ目の質問だ。なぜ、夢野さんを巻き込んだ。こうやって俺に直接交渉すればいいだけの話しだろ。彼女を巻き込む理由は何一つないはずだ」
そこが不思議で仕方がなかった。俺に協力を仰ごうが、祐希に近づこうが、夢野さんを巻き込む必然性は全くと言ってないはずだ。
あの時のあの情景を思い出すと、夢野さんは飛鳥ともう一人の女性によって何かを奪われ、それを盾に脅されている。
夢野さんを巻き込むメリットなんてないはずだ。ならば、どうして彼女を脅してまで自分達側に引き込んだのか。
「その質問は私よりも彼女に聞いたほうが良いかも知れませんね」
「何だと?」
刹那、俺が居る場所に影が差す。慌てて振り返ると、獲物を大きく振り被って襲撃する人物が俺の直ぐ目の前にいた。
「なっ!?」
俺の右肩から左脇を両断するかの如く振り下ろした獲物から逃れる為に、大きく後方に跳んで回避。
切裂かんと言わんばかりに振り下ろされた獲物は、轟音を上げて床に突き刺さり、襲撃した少女は「チッ」と舌打ちをしながら俺を睨む。
「あんたは」
その襲撃する少女に見覚えがあった。昨日見たばかりだ、見間違えるはずがない。
「紙一重で必ず避けると聞いていたけど、まさか今のを避けるなんて……本当に人間?」
「し、失礼な。大体、こんな所でそんなものを振り回すな! お前、俺を殺すつもりか!」
ひび割れしている床を見て戦慄を覚えずに居られなかった。回避するだけで精一杯で何を振り回されたか分からなかったが、どうせなら、何で攻撃されたのか知らない方が良かったと今にして思わずに居られなかった。
「雷様か!? 何を思ってそんな棘付き棍棒なんかをチョイスしたんだよ」
何を隠そう彼女の手にある得物は、とてもじゃないが彼女の華奢な腕で持てるとは到底思えないほどの重量兵器に分類される鉄製の棍棒であった。殺傷力の高い鋭利な棘付きの。あんな鈍器なんかで叩かれた日には俺の肉体等ミンチになるのは免れないだろう。
「うるさいわね。男ならこんな些細な事なんて気にしないものよ」
「些細か!? 重量兵器でぶん殴られそうになった事は些細なことか!?」
「ああ、うるさいわね。……彩香、煩いから黙らせてくれないかしら」
彼女の要望の直後、俺の足首を何かで縛り付けられる。
二度目の不意打ちに咄嗟に動こうとするが、両足を封じられた俺はバランスを保つ事が出来ず、仰向けになって倒れてしまう。
「っ!?」
「……ゴメンね、坂本君」
頭上から聞きなれた声が届く。
両足を封じられた為に立ち上がる事が困難な為、断念した俺は唯一動く首だけを動かし声がした方角へ向ける。
「ゆ、夢野さ、ん?」
申し訳なさそうにする夢野さんの顔を見て、俺は「どうして?」と口を開こうとしたが、その言葉を押し止めた。
考えれば、別にありえない話しではない。何らかしらで脅迫されている彼女の事、協力しなければ云々なんて脅して、俺の捕縛を手伝わせたのだろう。
「さあ彩。さっきの坂本勇気君の質問、答えて上げなさい」
「そう、ね。思った以上に頭が切れるみたいだし、もう良いかしら」
飛鳥の言葉の直後、夢野さんの雰囲気が変わる。
可愛らしい女の子と言うイメージが強かった彼女。
普通の女の子と言う印象が強かった少女が双眸を吊り上げ、制服の第一ボタンを外し、ドスの聞いた声で言う。
「変な猿芝居なんかしやがって。おかげでこちらの計画が台無しよ」
「ど、どう言うことだ」
流石にこれは予想外であった。今、自分が置かれている立場が全くと言っていいほど理解出来ない。
数秒の時間を有し、ようやく事の次第を理解出来た俺は、声を荒げて「どういうことだ!?」と言っていた。
「夢野さん、キミは彼女達に脅されていてんじゃないのか!?」
「坂本君が言っているのは、昨日の脅しの事を言っているのかな」
「ああ、あれを視て俺は――」
そう。あれを視て俺は、怒りに感じ夢野さんの何かしらの力になりたいと思っていた。
だからこそ、祐希を説得して協力を得る言質も取ったのに。
「坂本君。今の君なら分かるんじゃないかな?」
「どう言う意味だ」
「考えてもみなよ、私が脅された場所を。普通、あんな場所であんな事をすると思う?」
「それは……」
言われて見るとそうだ。
夢野さんが脅された場所は下駄箱だ。しかも、俺達のクラスの下駄箱の前。
つまり、何時俺が降りて来ても不思議じゃない場所で彼女達はあんな事をしていた。
と、言う事は……。
「まさか」
俺の表情を読取ったのだろう。
夢野さんは「そのまさかよ」と俺の考えている事を助長するかのごとく頷く。
「わたし、こう見ても貴方と一緒で猿芝居が得意なの。知らなかった?」
「……皆目検討も付かなかったさ。こいつは一本取られたな」
もはや笑わずにいられなかった。
まさか、助けようと思っていた子に騙されていたなんてとんだお笑いものだ。
「OK。第二の質問は了解した。んじゃあ、最後の質問だが」
「貴方、自分の立場が分かっていないのかしら」
「……充分理解しているさ。と言うよりもあんた誰?」
脅しのつもりで俺の目の前に棍棒をチラつかせる雷様に今更ながら名を問う。
雷様は「なっ!?」と顔を赤らませ、夢野さんや飛鳥よりも控えめな胸に手を当てる。
「私の事がわかんない? 冗談としては笑えないわね」
「いや、知らないものは知らないし。先日の現場に立ち会わなければ知る機会もなかったんじゃないか?」
まるで私の事は知っていて当然でしょ、と傲慢に近い主張に首を傾げていると、横から「ぷっ」と息を漏らす声が聞えた。
声主は夢野さんであった。
「男からの知名度はさほど高くないみたいだね、アズサ」
「しょ、しょうがないよ彩。あずちゃんは男よりも男らしい女の子だもの。女の子に人気があるからって、男の子に人気があるとは限らないし」
「う、煩いわね二人とも。これでも一月に一回は男の子からこくられるんだからね、これでも!」
さっきまでシリアスシーンよろしくだったはずなのに、気が付けば女性の恋愛トークに変換されていた。
女三人寄れば姦しいなんていうけど、姦しいと言うよりも騒がしい、と言葉を変えるべきではと思う。
「と、言う訳で私の名は柳田梓よ。これで良いかしら?」
何が良いのかはさておき、取り合えず名前は分かった。
「……了解した。君の事はあずニャんと呼ぶべきか?」
「あ、あずニャ、ん?」
俺の言葉が理解出来なかったのだろう。
言葉を失った彼女が理解するよりも早く、横から本日二度目の「ぷっ」と息を噴出した声が届く。
「あ、あずニャん。プププ」
「よ、よかったねあずちゃん。可愛らしい渾名をつけてもらえて。プププ」
夢野さんと飛鳥は口元を手で押さえてどうにか笑うのを抑えようとしていたが、彼女達のツボを抑えてしまったのかさっきから笑い声がだだ漏れだった。そんな彼女達の反応を見て、ようやく理解した柳田さんの顔全体が赤く染まり、わなわなと肩を震わせ、遂には「うがー」と遠吠えを上げながら二人に襲い掛かる。
「さて、冗談はここまでにして」
「その冗談で私がどんだけ辱められたと思うのよ!」
ぜぇぜぇ、と息を荒げる柳田さん。
実力行使で二人を咎め様と試みたのだが、視るに特化された魔眼使いの飛鳥と錬金の魔法特性を持つ夢野さんを捕らえる事が出来なかった。
柳田さんの魔法特性が何だか分からないが、あの二人と鬼ごっこをするにはあまりにも部が悪いだろう。
「さて、冗談はここまでにして」
「二度言った。しかも、さらっと話しを流された」
無視だ無視。柳田さんの突っ込みに一々反応していたら話しが進まないからな。
「第三の質問がまだだったな。いいかな、夢野さん?」
「どうぞ。最も貴方のことだから、こう訊きたいんじゃないかしら? 祐希に一体何をさせたいのか、って」
「流石だ、話しが早くて助かる。それで、その問いには答えてくれるのかな」
「……いいでしょう。私達が神藤君の力を求める理由は――」