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第1話:神藤祐希(改)

「……またか」


 何時もの光景とはいえ、登校して直ぐに頭を悩ませる事態はどうにかならないものか、と胸中で愚痴を零しながら床に散らばっているそれらを拾い上げる。

 手に取るそれはどれも可愛らしい色彩で装飾されており、どれもがハートマークのシールで封をされていた。


「……全部で二十枚って所か。今日はいつもよりも少ないな」


 拾いつつ枚数を数えていた勇気は、本日のそれを枚数に「助かった」と安堵の息を吐いた。


「しっかし、どうしてみんな、俺の下駄箱にアイツの恋文を出すんだろうかね。俺は、恋の配達人ではないんだがな」


 一枚ぐらい自分宛の恋文はないだろうかね、と我ながらアホな期待だな、と苦笑する。そんな勇気の肩を叩く者がいた。


「おはよう、勇気。こんな所でなに突っ立っているの?」


 聞き慣れた声に直ぐ誰か察したのか振り向く事無く答える。


「誰のせいだと思っているんだ、祐希」


 背中越しから拾ったラブレターを見せる様にあおぐ。

 それを見た祐希は「あぁ」と納得の声を上げた。


「毎回毎回ごめんね、勇気」


 勇気からラブレターを受け取った祐希は申し訳なさそうに謝罪した。だが、言葉とは裏腹に表情はどことなく楽しげだった。

 そんな親友の態度が気に食わなかったのか、何時もなら「頼むぜ、本当に」と話しを切り上げる所なのだが、両腕を組み、不機嫌そうに非難の声を上げる。


「まったくだ。いくら俺らが親友同士だと言っても物事には限度があるんだぞ。そこの辺りもう少し気を配ってくれてもいいと思うんだがな」


 悪態突く勇気は「はっ」と思い出したかのように周囲を見渡し始める。

 唐突に警戒心を強める親友から受け取ったラブレターの送り主を確認していた祐希が不思議そうに問うた。


「ん? どうしたの、勇気」

「いや、お前を悪く言うと必ずと言っていいほど、鉄拳やら火の玉が飛んでくるんだが……今日はやけに襲撃時間のタイムラグが長いな」


 言葉の意味を理解したのか、祐希は「たはは」と苦笑いをした後に「大丈夫だよ」と付け足した。


「今日はボク一人で登校したからね」


 それを聞いて、今度は勇気が目を丸くする番だった。


「天変地異の前触れか。もしくは、これが俗に言う嵐の前の静けさと言うやつなのか」

「い、言いたい放題言ってくれるね」

「当たり前だ。お前絡みで俺がどれほど苦労しているか知らないだろ」

「それについてはボクも心苦しいと常々感じているんだけどね」

「そう思っているなら、もう少し彼女らの対応をどうにかしてくれよ、ったく」

「し、仕方がないじゃん。ボクの事情は勇気が一番理解しているだろ」

「……見るまで信じがたかったけどな」


 数年前のある日の事を思い出す。

 満月の夜の桜時、新しい学年になった矢先、勇気は祐希に呼び出された事がある。

 改まって「大事な話がある」と言って。

 今思えば、それが二人の腐れ縁を本格的に強める儀式とも言えなくなかっただろう。

 あの時、勇気が祐希の呼び出しに答えなかったら、きっと二人の関係は大きく変わっていたはずだ。


「(過ぎた事を考えても仕方がないか)」


 聞いて後悔した訳でもないし、むしろあの時聞いてよかったと思う。それだけ自分を信じてくれると理解したからだ。

 なんて、そんな恥かしい台詞を言うつもりはない勇気は咳払いを一つして、話題を変える事にする。


「それにしても珍しいな、祐希一人で登校するなんて。何か用事でもあったのか?」

「うん。キミの素行調査」

「……はい?」


 眩しい笑顔で耳を疑う事を言われた気がする。

 疲れているのだろうか。

 幻聴を聞くなんて、と思った矢先、勇気の心情を知ってか知らずか、祐希が言葉を続ける。


「最近、勇気ってさ、付き合いが悪いじゃない。だからさ、親友として何をしているのかな、と思って昨日から軽いストーキングを」


 嬉々と話す祐希の頭上に鉄拳を振り下ろす。不意打ちの攻撃は勇気の目論見通り、祐希の頭上に落ちた。

 無防備に勇気の鉄拳を受けた祐希は、頭を押さえ、涙目で抗議の声を上げる。


「って、痛いじゃない。ボクの頭が余計バカになるじゃないか」

「うるせぇ! お前の頭がバカだったら、世間の皆様方をバカと言わざるを得ないだろうが。そもそも、お前がストーキングなんておかしな事を言うのがいけないんだろ!」

「だってぇ、奈々とは毎日会っているのに」


 第三者の名前に思わずビクッと勇気の肩が上がった。


「し、師匠には鍛錬をお願いしているだけだ。何もやましい事はない」

「……ボク、別にやましいなんて一言も言っていないんだけど」


 藪蛇だった。それに気づき、口を閉ざそうと口元に手を触れたとき、自分で自分の首を絞めている事に気づく。


「い、いや、確かに神藤家で雇っている新人メイドさんの練習相手として呼ばれた事はあるが、それぐらいで」


 なんで自分はこんな言い訳染みた事を言っているのだろう、と必死に弁解している最中、胸中で嘆く勇気であった。

 弁解の間、ジト目で勇気を睨んでいた祐希は「うん、知っていたよ」と破顔しながら言った。


「へ?」

「毎日、奈々が報告してくれるからね。家での勇気の行動ぐらい【共有】を使わなくたって筒抜けだよ」


 【共有】。

 使用者と対象者の五感をリンクさせる高等魔法。


「そ、そうだよな。あの師匠が祐希に言わない訳ないよな」


 たはは、と笑みを繕い安堵する。


「それで?」

「そ、それでって?」

「ボクの為に魔法習得に勤しんでいるんでしょ? 一体、どんな魔法を習得しようとしているのかな、って」

「……師匠から聞いていないのか?」

「奈々は『ご本人から聞いて下さいませ。最も、あの秘密至上主義者がそう易々と教えて下さるとは思いませんが』って」


 それを聞いて誰が秘密至上主義者だ、と胸中で反論する。


「たはは。師匠の声真似上手いな。ほんと、何でもできるんだな、お前は。マジそっくり」

「笑みを繕ったって無駄だよ、勇気。ボク達は親友じゃないか。ボクの為の特訓で忙しいなら、是非ともボクも手伝させてくれよ」


 ずい、と迫って来る祐希。その押しの強さに、勇気は反射的に「分かった」と頷こうとした時――。


「さーかーもーと、ゆーうーきぃぃいいー!」


 遠くから怒気の孕んだ声とゴゴゴ、と唸り声のような音が勇気達の耳に届いた。

 その声と音を聞き、最初に動いたのは呼ばれた勇気であった。

 直ぐに状況を察したのだろうか。

 音が近づく方――校庭の方へと体を向けた。

 案の定、勇気の予想通り、赤い球体が剛速球で勇気の方へ近づくのを確認する。


「こんな所で火の魔法を使うなよ!」


 初期魔法の一つ、魔法玉。

 魔力を球体に形成する魔法で、あらゆる応用に使われている。

 目の前に迫って来るそれには、火の力が付加されており、触れた瞬間に触れた対象を燃やすか、爆発させる効力を有している。

 そんな物が建物内で放たれたのだ。安易にその火の魔法玉を避けて、建物に接触したらどうなるか、考えなくても分かること。

 瞬時に避ける選択肢を捨て、受け止める事を決意した勇気は、両手をクロス状に交差させ、防御の姿勢を取った。

 ダメージを受ける覚悟を決めた勇気は、体を強張らせて魔法玉が来るのを待つが、そんな勇気の前に立ち、迎撃の魔法を祐希が唱えたのだった。


「水よ」


 軽く呟くと同時に祐希の真正面に水の膜が張られる。

 祐希が使った魔法も魔法玉の応用の一つ。形状を円盤の様に広げ、さらに水の力を付加させたもの。

 基本魔法でも使い方一つで、水の盾を生み出す事が可能になる。

 火の魔法玉は祐希の水の膜により、相殺される。祐希に助けられた事を知った勇気は、構えを解き、自分の前にいる祐希に礼を述べた。


「悪い、祐希。助かったぜ」

「修行が足らないんじゃないの、勇気」


 皮肉交じりの言葉に「かもな」と同意の言葉を述べ、視線を魔法玉が飛んできた方へ向ける。

 そこには、悔しそうに地団太を踏んでいる少女がいた。

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