第18話:工藤飛鳥
工藤飛鳥。
先日、俺が偶然目撃した状況の中に居た片割れ。
黒縁眼鏡越しで射抜く様に睨みつける彼女は、この場面に似つかわしくない姿、ナース服――しかもピンク――姿であった。
何故にナースと強く問い質したい所だが、仁王立ちで腕組みする彼女の雰囲気に呑まれない様にするので精一杯だった。
「あら、彩。あなたも来たの?」
「お邪魔だったかな? けど、二人とも初対面だし、そのゴメンね」
舌を出して手を合わせる夢野さん。
あの出来事を見ていなければ、この二人を仲の良い友人であろうと思ったであろう。
それだけ、今の夢野さんの態度は自然で、彼女達に脅迫されているなんて夢にも思わない態度だ。
「紹介するね、坂本祐希君。飛鳥ちゃんが会いたい会いたいって言っていた男の子」
「ばっ、そんな事は言っていない」
「そうだっけ?」
「愛したいの間違いだ」
……我慢だ、我慢。
いくら目の前で、三文芝居が繰広げられているからってここで俺が取り乱したら、何の為に誘いに乗ったのか分からなくなる。
だから我慢だ。頬を赤らめながら平然と告白まがいな発言をする彼女に、俺は平然としていてはいけない。
相手が演技をしているんだ。こちらもそれ相応の演技を、道化を演じる必要がある。
「え、え、え? 今、この子。途轍もない発言をしなかった?」
動作を大きくし、目を見開き、慌てているかのように声を荒げて夢野さんに確認をする。
夢野さんは親指を付き立ててサムズアップして返答する。
俺は両手を力一杯強く握り、空に向って拳を振り上げ、可能な限りの声量で言う。
「キタ――――っ!! 俺のターンが。世界が遂に俺の時代に追い付いてきやがった」
……やべぇ。言ったそばで何だが、物凄く穴があったら入りたくなってしまったぞ。
何だよ、来たーって。奇声を上げるにも程があるだろよ。言った本人の俺が思うんだ。当然の如く、俺のバカな叫び声を聞いた二人は――。
「ほら見なさい彩。彼も『俺も愛しているんだぞ』って言ってくれたじゃない」
「いやいやいや。どう聞いたらそんな都合の良い言葉が耳に届くわけ? 確かに滅茶苦茶喜んでいるのは間違いないみたいだけど」
引いていると思ったが、二人はそんな事などお構いなく話しを進めている。
死ぬほど押し寄せて来る羞恥心に耐え、俺は気障っぽく話しかける。
「初めまして、工藤さん」
「飛鳥でいい」
「……はい?」
「飛鳥って呼んで……呼んでください」
「いやいや、そんな頭を下げて頼む様なことじゃないし。いいよ、それぐらい。なら、こっちも下の名前で呼んでよ」
言って直ぐに我に変える。
あぶないあぶない。気が付いたら彼女のペースに巻き込まれている。これでは彼女達を探るなんて事は出来ない。
それとなりに探りを入れたいところではあるが、どうやって切り出す事やら、上手い突破口が思いつかない。
取り合えず、場をつなげる為に、隣で苦笑している夢野さんに向けて話しかける。
「えっと」
「ごめんなさい、もう言う必要はないと思うけど一応ね。彼女が工藤飛鳥ちゃん。私達と同じクラスだから知っていると思ったんだけど、その様子じゃ知らなかったみたいだね」
俺の表情を読取ったのか、そう言ってもう一度苦笑する。
流石に同じクラスメイトの人間を知らない事に気まずさを感じて言い訳の一つでもと考えている際、
「まあ、まだクラス替えしてから間もないし仕方がないかな」
フォローを入れてくれる夢野さん。
そのフォローは名前を覚えていない俺に対してなのか、それとも名前を覚えられていない飛鳥に対してなのかは定かではないが。
改めて俺をご指名した人物、工藤飛鳥を見る。
「えっと……ところで、何故にそんな格好を」
ようやく落ち着いてきたのか、気が回らなかった彼女の格好に対してようやくツッコミを入れる事が出来た。
普通は挨拶なり、色々という言葉があるのではと思ったが、どうしても彼女の格好の方が気になってしまい、そちらを優先させてしまった。
そこで夢野さんも俺が唖然としている理由を知ったのか、三度苦笑いを浮かべ「これは……」と説明しようとすると、
「これが私の勝負服」
と、簡潔に答えてくれたのであった。
「しょ、勝負服?」
「あの、一応説明しますけど魔装衣ですからね」
「あ、ああ。まほういね」
危ない危ない。夢野さんが解説してくれなかったら、勝負服の意味を勝負下着の同義語という意味で捉えていたかも知れない。
俺も男だから、裏に何があるのが分かっても色仕掛けで来られたら抗う自信があるなんて断言出来ないからな。
ナース服越しから分かるようにくびれた腰つきに、夢野さんと比べれれば小振りな胸だけでも充分魅力的だというのに、すらっと伸びる脚線の美しさは反則に近い。あれで踏まれたら違う世界が見えるかも知れないな。
しかし、あれが魔法を主に使う魔法闘技で着る魔法の衣、すなわち魔法衣なんて信じられないな。確かに、ここ最近ではネタに走ったかの如く、可愛らしい服装――女性の場合、メイドや浴衣、ドレス――が流行っていると聞くが、ナース服が魔法衣なんて初めて聞いたぞ。
「一応聞くが、何故に魔法衣なんて」
「……これに着替えないと魔法が使えないから」
「は?」
彼女の言葉が完全に理解するよりも早く、飛鳥は隣に居る夢野さんに向けて言う。
「彩」
「うん、分かっているよ」
短いやり取りで話しが伝わったらしく、夢野さんは「じゃあ、後はお若い者同士よろしく」と言ってこの場から去っていく。
反射的に「待て」と言いそうになったが、彼女の立場を考えると何も言えず、そのまま彼女が去るのを見届けるしかなかった。
「さてと」
夢野さんが去ったのを確認した飛鳥の双眸がギラリと光った気がする。
「坂本勇気君」
「な、何だよ」
「私、大切なシーンを覗き見されるのって好きじゃない」
「な、何を言って」
「共感、掛けられているんでしょ」
その言葉に戦慄を覚える。
この女、三文芝居をしている最中、俺に気付かれずに『共感』の魔法が掛けられている事に気付いたのか。
確かに俺は、いつの間にか祐希によって共感を掛けられている。しかも、恐らくまだ継続中だろう。見破られた祐希もきっと驚嘆しているだろう。感情が高ぶると勘が鋭くなるタイプなのか。それとも、何らかの魔法を掛けて見破ったのだろうか。
「……どうやって知った。探知系の魔法を掛けた様子は見られなかったぞ」
「女の秘密よ」
いけしゃあしゃあと。
「それで」
「それで?」
「私のお願いは聞いてくれるのかしら?」
俺の瞳を真っ直ぐ射抜く様に睨んで言う。どうやら俺にではなく、俺に魔法を掛けた祐希に言っているらしい。
「(祐希)」
こんな所でしくじるのは得策ではない。
短く頼むと、祐希から「分かった」と返事が来る。
祐希が魔法を解いたのが分かったのか、飛鳥は「改めて」と口火を切る。
「初めまして、坂本勇気君。私は工藤飛鳥。先ほども言ったように飛鳥と呼んで頂戴ね」
さっきと打って変わって態度が変わる。
穏かな雰囲気を醸し出していた少女が、一変して背筋が凍り付きそうな程の威圧感を感じる。
「……たいした演技力だな。さっきまでのあれは全部演技なのか?」
「演技ですか? フフフ」
「……何がおかしい」
「演技力なら貴方も負けていないでしょ。さっきのアレは中々面白い見世物でした」
「どう言う意味だ」
「どう言う意味? そんなこと分かっているくせに。それとも、それが貴方のスタンスなんでしょうか」
計算外だ。まさか、行き成りこっちが事情を知っている事に気付いているとは予想外であった。
何でだ。何で分かった。こいつも檜姉と同じ様に読心術者とでも言うのか。
「その様子では気付いていないようですね。……一つ面白い事を教えましょう」
「面白いことだと」
「はい。私の魔法特性は『視る』です」
「視る? おい、まさか……」
もし、俺の予想が正しければ、今こいつはとんでもない事を告白した事になる。
だが本当なのか。それはある意味ありえない。もし本当ならば、今まで彼女の存在を気付けなかった訳がない。
だってこいつの魔法のカラクリは――。
「はい、察しの通り私は先天異眼魔症。視るに特化された魔眼使いなんです」
先天異眼魔症。通称、魔眼持ち。
人の特定な場所、眼や髪、両腕に魔力の影響を強く受ける事がある。
それが魔手やら魔眼なんて呼ばれている。
先天的なものが多いため、魔法に必要な詠唱なしでも発言出来るチート要素なんて言われたりもする。
威力が抜群な反面、制御するのが難しいと言われているが、それを完全に制御出来れば並みの人間では太刀打ち出来ない魔法使いになれると保障されるほどだ。
「魔眼使いか。……なるほど。視るに特化された魔眼を持っていれば、俺に魔法が掛けられたかどうかなんて朝飯前か」
視る。どれほどの効能を持ち合わせているかは知らないが、魔眼で視るとなると代表的なもので二つの効能が上げられる。
透視眼。障害物すらもすり抜けて視たいものを見る事が可能な力。
万里眼。どんなに遠い場所でも望遠鏡を使ったかの如く間近で見られる力。
この二つだけでも厄介なのに、恐らく飛鳥は魔力の波長を見る事が可能な力も有しているだろう。そうでなければ俺に共感を掛けられているなんて見抜く事など不可能だ。
「飛鳥。君が優れた魔眼を持っている事は分かった。分かったからこそ分からない事が一つある」
「分からない? 何がですか」
「君ほどの力を持った人がどうして祐希を欲しがる? まさか、惚れたから自分のものにしたいって独占欲じゃあるまいな」
「独占欲ですか。生憎ですが、私は神藤さんの力に興味があっても彼自身に何の興味もありません」
「祐希の力だと」
「っと、些かお喋りが過ぎたようですね。今日、貴方をお誘いしたのは他でもありません。坂本勇気君、私達の為に一肌脱いでくれませんか?」