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第16話:先手の指名者

 油断していた。というよりも、昨日の衝撃が強すぎて、全く記憶の片隅にも留めていなかった。

 あれから朝の鍛錬を終えた俺達は、師匠と母親が合作した朝食を済まし、あろう事か男装状態の祐希と共に登校してしまったのであった。

 そんな状況をあの四人、祐希ラバーズなんかに見られたら、結果は考えなくても分かっただろうに。

 てかさ、四人同時に奇襲とか反則だろ。

 その結果、昨日の事件で気を取られていたと言う事もあり、いつものように避ける事も出来ず、無防備のまま四人の嫉妬の攻撃を受けるハメになってしまった。

 その為、全身のあちこちに生傷を負った俺は、教室に付くなり机に突っ伏せるのは当然の帰結。

「だ、大丈夫?」

 心配げな表情で尋ねてくる夢野さんに俺は軽く手を振って「大丈夫」と答えた。

 いてぇ、マジいてぇ。久々のダメージに身体のあちこちが悲鳴を上げている。

 不思議な事に致命的なダメージは負っていない事に不思議に感じてしまう所だが、あの四人も紛れもなく才女なんて呼ばれている程の逸材だしな。俺に対する攻撃の強弱を心得ていると言っても良いが。

「しっかし、お前にしては珍しいな。ここ最近、ラバーズの攻撃なんてヒョイヒョイって感じで避けていたのに」

 しげしげと、俺が彼女達から受けた傷を見ながら言う真吾。痛々しい姿に顔を歪めている。

 ちなみに、真吾が言うラバーズとは言うまでもなく祐希に好意を寄せている四人――檜姉妹と副会長と雛菊さん――の事を指している。

「たはは。さすがに四人同時攻撃は始めてだったからな。不幸中の幸いと言うか、受けたのが初級の魔法程度で助かったけど」

 それでもこの有様か。致命傷はないとは言え、両腕のダメージは酷いな。打撲程度で済んだとは言え、当分の間は重たい物を持つのも難しいか。

 急所――目や股間――を避けてくれたのは情けだろうか、その辺りのダメージが一切ないのは唯一の救いだな。

「けど、ひどいよ。いくらなんでもやりすぎだよ。先生とかご両親には何も言われないの?」

「ん? あー、言われた事はあったかな」

 もっとも親父達には、それぐらい避けられないでどうする、って逆に怒られたが。

 教師陣は教師陣であの四人に対抗する術を持っていないらしく、見て見ぬ振りが多いからあてにはならないしな。そのおかげで面倒くさい問題にならないでこちらとしては大助かりしていると言えるが。

 そんな俺の他人事のような態度が気に入らなかったのだろうか、夢野さんは鸚鵡返しで「あったかなって」と呆れた声を上げたと思うとキッと両目を細める。

「そう言うのはもっとはっきりと言ってあげないとダメだと思うよ」

「はっきりねぇ」

 真吾を見る。俺が何を言いたいのか察してくれたのか、苦笑して肩を竦める。

「神藤君も神藤君だよね。友達がこんな目にあっているのに、自分は女の子とよろしくやっているって訳!?」

「確かに見方次第ではそうとられても仕方がないが、アイツもアイツで色々と苦労しているんだよ。今だってあの四人をなだめるのに必死になっているだろうし」

 何で俺が祐希の弁護をしているんだろう。普通逆じゃないか。

 俺が祐希を罵倒して、夢野さんと真吾が弁護するのが本来の姿だと思うんだが。

 ……まぁ、アイツの秘密を知らない二人にとってはある意味、その見方は正しいのかも知れないな。

 実際、今の祐希は神藤優希としてじゃなく、神藤祐希として未だにこの学園に通っているんだ。

 本人的にはキリが言い夏休み後にでも元に戻りたいと言っている。

 それまでに拓馬さんを説得して便宜を図ってもらう手配をしてもらわないといけないんだが。

 その時、あのラバーズ達がどのような反応を見せるんだろうな。その辺は今から考えても仕方がないかな。最も、今までと変わらないなんてオチにもなりかねないが。

「まーまー。夢野さんもそんなに熱くなるなって。こいつはいっつもこんな感じだしな」

「しかし」

 間に割って弁解する真吾に対し、夢野さんは納得いかないと言わんばかりに不満げな表情を見せる。

 きっと、心優しい子なんだろう。理不尽に見える暴力を見て、同情してくれたんだろうな。

「ま、俺としては問題ないさ。最近ではこの痛みが癖になっているしね」

 もちろん嘘だが、そんな冗談の一つも言わないと空気が重苦しくていけない。

「あっ、やっぱりか?」

 おい待て真吾。

 何だその「やっぱりか?」って。

「最近うすうす感じていたんだが、自覚していたんだな。どう思う、夢野さん?」

「どう思うって、私は遠山君が何を言いたいのかしゃっぱりだよ」

 しゃっぱりって、いま舌を噛んだよね。

 思いっきり動揺しているんだが。顔も林檎のように真っ赤だし。

「なるほど。夢野さんはムッツリ派か」

「ちょっと待とうか、遠山君。今、私の尊厳を著しく下げる発言をしたよね」

「なに、安心しろ夢野さん。女性の大半はムッツリ派だ」

 勝手に決め付けるな。全女性陣を敵に回す発言だぞ。

「ちなみに家の妹なんかガチのムッツリ派だぜ」

「誰もそんな事は聞いていないんだが」

 てか、お前に妹なんかいたんだな。

 わなわな、と身体を震わせている夢野さんを放って、俺達は未だに到着していない祐希の机を見る。

「アイツ、まだ教室に辿りついていないようだな」

「みたいだな。てか、いつもの如くラバーズに捕まっている……だけなら、ここにお前はいないか」

 そんな事で納得をしないで貰いたいものだがな。

 真吾の納得の声に「どう言うこと?」と、唯一察すことの出来ない夢野さんが問う。

「簡単な話し、神藤に関する事によく巻き込まれるんだよ。可哀想なぐらいに」

「可哀想とか言うな」

 祐希と親友と言うだけで目の仇にされるからある意味仕方がないんだぞ。

 特に女性陣からのちょっかいは酷いもので、ラバーズのように容赦なく魔法をぶっ放すのが当たり前になってきているからな。

 そう思うと、卒業まで無事に生きていられるんだろうか。

 俺達の会話を横から聞いて、何を想像したのか知らないが夢野さんの顔が青白く彩り始める。

「た、大変だったんだね」

「大変だったってもんじゃないさ。ここ最近の話しなんだが――」

 って、どうして真吾が嬉々となって俺の黒歴史を説明するんだが。

 黙って成り行きを見守っていると何を言われるか分からないので、話半分の所で頭を殴りつけて強制的に話を中断させた。

「ってぇ。何をする!」

「なに人の黒歴史をお前が説明しているんだよ。あれか? 実は前々から夢野さんに目をつけていたのか?」

 物凄く活き活きとしていたからな。もしかしてと思ったが、予想に反してシレっと「違う」と言われる。

 その横で突拍子もなく自分に気がある発言を耳にした夢野さんが、今度は顔全体が真っ赤に染め上がり「あわわわ」と口にして狼狽していた。その姿に内心「萌」と口にしたのは内緒である。

「それを言うならお前の方はどうなんだよ。昨日の放課後とか二人っきりだったみたいじゃないか」

 さっきの御返しと言うわけか、顔をニンマリと悪い顔を作って言い返してくる。

 何を言うかと思ったら。

「それこそ違うと言うものだ。誰もがマジックダンスを立候補しないから、こちらとしては対策を練らずにいられなかったんだぞ」

「あー、あのMDね。そう言えば出場者は決まったのか?」

「いやまだだが。そのMDは略称か何かなのか?」

「そうそう。まぁ、略称の決め方としてはお約束って感じかな。でさ、出場者が決まらないんなら」

「おっ? なんだ、お前出るか真吾。何なら、女性の目処は俺がつけてやらなくもないぞ」

「バカ言え。大体、お前に紹介できる女がいるのかよ」

「んー、それを言われると痛いな」

 そう言えば、昨日の事で頭が一杯だったせいでマジックダンスの話しを祐希にしていなかったな。

 今のアイツならば女性として出ろと言えば二つ返事でもらえなくもない気がするのだが、楽観視は出来ない。

 ここは保険として何人かの参加の意思を取りたいところなのだが。

「そ、その事なんですけど。女性の方なら何とかなるかも知れません」

「それ本当、夢野さん」

「はい。私の友達なんですが……」

「名前を聞いてもよいかな。早速出場依頼の話しをしてくるから」

 予想だにしなかった嬉しい誤算に俺は無意識の内に夢野さんに詰め寄っていた。

 俺の態度に若干ひき気味の夢野さんは言いにくそうに「それが……」と言葉を続ける。

「その子が言うに一つ条件があるそうです」

「条件?」

「はい。相手を指名させて欲しいとの事です」

「あー、なるほど」

 それは中々難しい条件だな。

 その子が良いといっても、相手が了承の言を貰えなければ同時にその子も出場したくないと言っているものだ。

 説得ぐらいは出来るが、相手にもよるよな。

 祐希のようにお人よしもいれば、その逆で捻くれものや堅物者もいる。

 せめて彼女が言う相手が説得しやすい奴ならいいが。

「確約は出来ないが説得はしよう。それでその子が言うご指名の人物は?」

 えっと、と言い難そうに表情を歪ませる夢野さん。

 その表情からして、説得しても無駄な人物かなと内心苦笑していると、

「あなたよ、坂本君」

 ……どうやら、今年はビックリドッキリ期間のようだ。予想、いや想像すら出来なかった一言を貰い、俺は隣で驚嘆の声を上げる真吾に向けて言う。

「あー、真吾。どうやら俺、未だに夢の中みたいだ。早く起きないと遅刻するかも知れないから、遠慮なく思いっきり撲ってくれ」

「奇遇だな、坂本。俺も未だに面白くない夢を見ているようだ。俺も遠慮なく思いっきり撲ってくれ」

「そうか、では遠慮なく――」

 俺達は同時に席を立つ。互いに拳――真吾は左手で俺は右手で――を固め、互いの頼みどおり遠慮なくぶん殴った。

 互いの拳はすれ違う様に相手の顔面目掛けて飛び、拳が接触する直前で二人の拳が寸止めの要領で止まる。

「って、何で俺が真吾に撲られなければいけないんだよ」

「お前が最初に言ったんだぞ、坂本。俺はノリでそう返しただけだ」

「だからって普通、そこまでやる必要はないと思うんだけど。しかもクロスカウンターなんてよく出来るよね」

 一連の俺達の成り行きを見ていた夢野さんから呆れる言葉を貰い受ける。

 この一連の元凶を生んだ彼女に言われたくもないが、周囲からの注目も浴びている最中、反論を言い返せず、俺達は黙って着席する。

「それで、夢野さん。坂本をご指名する物好きって誰なんだ」

「おい、誰が物好きだ誰が。そして、当事者でないお前が何故にそんな良い顔をする」

「他人事だからに決まっているだろ。それで、誰なんだ?」

 しつこく訊く真吾に押されつつ、夢野さんは周囲を見やり、俺を指名した本人を探す。

「窓際の一番後ろの席にいる子です」

 俺達は廊下側の真ん中にいるから、反対側の後の方の席か。

「窓際の一番後ろって……まさか」

 俺達よりも早く相手を確認した真吾は、今日で何度目かの驚嘆の声を上げる。

 そして「やったな」と肘で俺の脇を突き始める。

 真吾の態度に頭を傾げる俺も尻目で相手を確認し、思わず「そう来たか」と口にしていた。

「坂本君は確か話した事がなかったよね」

 俺は首肯する。

「お昼に紹介するけど、彼女は――」

 工藤飛鳥。

 それが俺を指名した敵の名前であった。

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