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第15話:回想の顛末

 視界に映るのは見慣れた景色。

 部屋の大半を支配している本棚。そのどれもが魔法関係の書物によってぎっしりとつめられている。

 机の上に乱雑に置かれているノートの数々に、その周りにクシャクシャに丸め込まれた紙屑。

 お世辞でも綺麗とは言いがたい散ばった部屋は間違いなく俺の部屋であった。

「えっと、その……。少しは片付けようね」

 俺の部屋の有様を見て、祐希が遠慮がちに言ってくる。

 言いにくそうに言う姿を見て、言葉を選んで言ったんだろう。苦笑いしているし。

「自覚はしている。……が、先ずは言いたい事があるんだが」

「うん。何かな?」

 何かな、じゃないだろ。

 俺が言いたい言葉が思いつかないのか、それとも理解しても理解していない不利をしているのかは定かではないが、小首を傾げて問う姿を見て、思わず溜息を漏らす。

「本気なのか、祐希。いくら親友だからと言って、女性が男の家に軽々と来るものではない。ましてや、泊まるなんてもってのほかだ」

 あまりの理不尽な拓馬さんの判断に怒りたくもなるのは無理もあるまい。

 祐希だって女性だし、女性らしい事もして見たいと思うのも当たり前の話し。

 それを全て拓馬さんの我侭に近い言葉で出来なくさせられてしまったのだ。青春を邪魔された腹いせに困らせてやりたいと思うかも知れないが、それでも勢いでやっていい事と悪い事がある。

 特に見目麗しい女性が男の家に単身で乗り込んでくるのなんて、飛んで火に入る夏の虫状態と言っても良い。

「へぇ」

 感嘆の声を上げる。

 どことなく嬉しそうにしているのは気のせいか。

「な、何だよ」

「ううん。ただ、わたくしを女として見ているんだな、って」

「なっ!? そ、そんなの当たり前だろ。どう見ても今のお前は女だろうが」

「そうだね。けど、わたくしが女と知らないでドレスを着させたら、どんな態度を見せたのかな?」

「そ、それは」

 楽しげに訊いてくる。

 そ、そうだったな。こいつ、今日の出来事を共感――対象の五感を共有させる事が可能な魔法――を俺に使っていたんだからな。

 夢野さんとの打合せも、俺が一人呟いていた事も全て把握済みのはず。つまり、全ては筒抜けというわけか。

 言われて初めて気付いたが、俺が祐希を女と知らないでドレスを着させていたらどんな態度を取ったんだろうな。

 あまりの可憐さに思わず見とれるかな。いやいや、それは絶対にない……と、言い切れない俺がむなしい。

 なにせ、先ほどの祐希の姿を見て見惚れていたから、何の説得力の欠片もないし。

「で、どうなの?」

 ずいっと迫ってくるな。

 真剣な表情で訊いてくる場面じゃないぞ、ここは。

「そ、そんな事よりも飯にしないか。両親には既に言っているんだから、飯の支度も出来ていると思うし」

 答えられる訳もなく、逃げの一手を打つ。

 そんなこと本人を目にして答える事なんて出来るわけないしな。それに、帰って直ぐに出たから腹が空いているのは嘘じゃないし。

「ぶー」

 あからさまの逃げの一手に祐希が不満げに頬を膨らませる。

 てか、そんな顔もするんだなお前。俺の知っている祐希はそんな子供染みた態度を見せたことはなかったんだが。

 やっぱり、男装の時は多少ながら無理をしていたんだろうか。していたんだろうな、たぶん。

 たく、拓馬さんも娘可愛さにバカをやらなければ良かったのに。

「膨れるな膨れるな。可愛い顔が台無しだぞ。ほら、メシメシ。恐らく親父とお袋の事だから――」

 先ほどの祐希の言葉を真に受けているとすれば、あの両親のこと。次に取る行動など手に取るように分かってしまう。

 天然と言うか、幸福を背負って生きていると言うか、こう言った特別なイベント事に大げさに反応を見せる両親だからな。

 きっと、両親が起す行動は――。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「やっぱり赤飯かよっ!!」

 テーブルに並べられている料理のメニューを見て、思わず声を上げずに居られなかった。

 やはり、祐希の言葉を真に受けているのか、普段では考えられないクオリティーの高さ。挙句にテーブルの中央には「おめでとう」とデカデカ画かれているショーとケーキ。あれって、ワンホール(しかも四号の大きさで)一万近くしているケーキ屋の奴じゃなかったか。

 料理の品々を見て、表情を歪ませている俺に対して、隣に居る祐希は目を輝かせている。

「わぁ、お母様。これって、ミルフィースイーツのケーキじゃありませんか!?」

 お、お母様!?

 お前、お袋になんて呼び名で呼んでいるんだよ。

 ツッコミたいんだけど、俺がツッコミを入れるよりも早く、料理――シチューを運んでいたお袋が微笑みながら「そうよ。優希ちゃんの為に奮発しちゃった」と明らかに浮かれた声で返す。

「しかし、ようやくバカ息子にも彼女が出来たのか」

 と、感慨深い声を上げるのは既に席に座っている親父であった。

 俺に彼女が出来た、と言う所に色々と言い返したい言葉があるのだが、既に缶ビールを三本も飲み干している親父に何を言っても意味がないだろう。酒好きなくせに直ぐに酔うからな親父は。

「もう、好きなように言ってくれ。正直、言い返すのも疲れたぞ」

 どうせ、俺の味方をしてくれる人などこの場にはいないんだ。孤軍奮闘なんかするよりも、この場は潔く投降するのが吉だ。

 反論せずに席に座った俺を見て、親父は無言で俺のグラスに烏龍茶を注ぎ込む。珍しい事もあるものだな。いつもなら、無理矢理でもビールを飲まそうとするのに。

「あっ、お母様。わたくしも手伝います」

 俺が席に座ったのを見計らって、直ぐにお袋の所に歩み寄る祐希。

 そんな祐希の背中を見送った親父は、ニンマリと口端を曲げて俺を見てくる。

「しっかし、やっとの事でお前も分かったんだな」

「……それはどう言う意味だ、親父」

 こと何気に言い放った言葉に、引っ掛かりを覚える。

 まさか、この酔っ払い親父は祐希(男)が優希(女)だった事を既に見破っていたと言うのか。

 小学時代に何度か対面しているとは言え、逆に言えばそれぐらいだ。間近にいた俺ですら分からなかったのに、数回しか会っていない親父達は既に見破っていたとでも言うのか。

 親父は俺の内心の言葉を知ってか知らずか、得意げな顔を見せて高らかに「なに。まだまだ俺も青臭いお前に負けるられないって訳さ」とばか笑いを見せる。

「で、今日は一丁やるのか?」

「やるって何がだ」

「何って分かっているだろう。若い男女が同じ屋根の下でやることと言ったら一つしかないだろ。なぁなぁ」

「下品な事を言うな、クソ親父。大の大人が若い男女に過ちを進めるんじゃねえよ」

 自分達が学生結婚したからと言って、息子の俺も同じだと思ったら大間違いなんだからな。

 てか、同じ道に進ませようとするな。知っているんだぞ、俺は。結婚を反対させられて、駆け落ちして結婚したって事を。

 何気に気になっているんだからな。俺の姓名が本当は坂本じゃないって事をさ!

「あら。過ちなんて、それはちょっと違うんじゃないかな」

「そこで、お袋まで便乗したら話しが収拾付かなくなるから、受け付けません」

 当たり前のように「違うよ」反対しながら料理を置くな。てか、マジで料理が多くないか。これで何品目だよ。

 これで最後だったのか、鳥の唐揚を山の様に積まれている皿を置く。

「ん? 祐希はどうしたんだ?」

 祐希が来ないのにも関わらず、お袋は既に親父の横に座っている。

「直ぐ来るわよ。期待して待っていなさい」

「期待? お袋、あんた祐希に何をした」

「まぁまぁ、直に分かるわよ。――優希ちゃん、そろそろいいかな?」

 台所に向って言う。

 直後「はい」と祐希からの返事が来る。

 声色から緊張しているような気がする。その理由は直ぐに理解出来たが、率直に言わせてくれ。

「――おい、お袋。どうやって、あれを手に入れた?」

「ふふ。どう? 似合っているでしょ」

「そりゃあ似合っていないかと訊かれれば、滅茶苦茶似合っているさ。だけど、俺が言いたい事はそんな事ではない。どうして、うちの女性用の制服をあんたが持っているのか訊きたいんだよ。しかも、ご丁寧にエプロンまで付けさせて、あんた何気に狙っていただろ!」

 もう嫌だ、この両親。絶対に確信犯で俺の理性をぶっ壊そうとしているよ。

 不貞腐れる俺を見て、おずおずとお袋に視線をやる祐希。不安な表情を見せる彼女にお袋は「照れているのよ」と楽しげに言う。

「何せ、勇気が愛用しているシチュエーションに合わせたからね」

「やっぱり確信犯かよ。てか、どこでそれを知った!」

 ガバッと起き上がり、勢い良く立ち上がる。

 人の性癖をピンポイントで突いて来ると思ったらやっぱりか。

「勇気、貴方ね。隠しておきたいなら少しは部屋を片付けなさい。本棚の裏に隠してあってもバレバレよ、あれじゃあ」

「それに、勇気はボクだった頃に力説していたからね」

 そ、そうでしたね。祐希が男だと信じていた頃、さんざんに制服とエプロンの凶暴性を力説したっけ。

 てか待てよ。色々と祐希にはまずい話をしてしまったような。

 ……冷静に考えると、実は俺ってかなりまずい状況なのでは?

「ささ、勇気。突っ立っていないで食べようよ。折角の料理が冷めちゃうよ」

「あ、あぁ」

 いつの間にか俺の隣に近づいてきた祐希に促され、再度、席に座りなおす。

 俺が座った直後に祐希も席に座り、四人同時に箸を取り「いただきます」と声が重なる。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「――随分と楽しそうにお食事なさっていましたね」

「やっぱり、そこから見ていたのかよ」

「はい。ご両親と和気藹々とした食事風景に、嬉恥かしい混浴シーン。それに初夜の顛末を一分一秒見逃さず、このカメラに録りました」

「い、いつの間に。てか師匠。それだったらさっさと助けてくれても良かっただろ。見ろ、この隈を。知っていると思うけど俺は一睡も出来なかったんだぞ」

「そうですね、かなりがんばっていましたね。回想しますか?」

「するか!」

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