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第13話:別に理由はなかった

 簡潔に纏めると、祐希が男装している理由は二つに要約されるらしい。

 一つは、祐希に悪い虫が付かないようにするため。この点は、祐希の本来の姿を見れば容易に想像付く答えだ。男の姿の時でもそれなりに注目を集めている。危ない奴は祐希の顔でコラを作る奴もいたしな。それだけ、そこらの女性とは顔のつくりが違うと評判を受けていたのにも関わらず、実は女性だったと聞けば、男のむさ苦しい団体さん方が集まるのは考えなくても分かる。それこそ、学園アイドルなんて単語が付くほどの人気を集めても不思議じゃないだろう。それは分かるのだが、問題はもう一つの理由だ。

 もう一つの理由は、本人曰く、男装を看破出来た男は婿候補に挙げられると言う点だ。これが分からない。こんなことを決める拓馬さんの考えが俺には分からないが、きっと何かしらの理由があるのだろう。

 そんな俺の気持ちを察してか、師匠が補足する。

「最も、その理由は旦那様がお嬢様に本気で見破られないようにする為に言った言葉ですから、あまり本気にしないほうがいいですよ」

「あっ、やっぱり?」

 今ので何となく納得してしまう。

 そうだよな。俺が祐希の秘密を訊くのにも「追い出せ」と師匠に命令した拓馬さんなら、そう言った理由で言わせるのなら納得がいく。

 けど、そうなると……。

「なにそれ? それじゃあ、わたくしが男装する理由って殆どないに等しいわけじゃないの」

 本人の祐希が納得する訳がない。

 だよな。自分の婿を決めるの試験の為に男装していたはずなのに、そんなのは二の次だと知ってしまえば憤慨するのもおかしくない。

「それじゃあ、わたくしがお友達とファミレスで楽しくおしゃべりしたり、可愛い小物を見たり、途中でアイスクリームを食べるのを我慢しなくても良かったって訳?」

「やけに庶民染みた内容だが、間違っていないんじゃないか?」

「な、な、なっ!」

 驚愕な事実発覚って所か。今更になって拓馬さんの不利益な情報を吐露してよかったのかと師匠を見る。等の師匠は楽しげに笑いながら「そろそろ旦那様にも覚悟をしてもらいませんと」と意味深な事を言ってくる。

「まぁ、青春の殆どを男として過ごすハメになってしまった事を考えると、同情の念しか抱けないのは確かか」

 そう考えてしまうと、拓馬さんのフォローなんか出来るはずがないよな。

 よっぽどダメージを受けたのか、祐希はガクリと擬音が付くぐらいの勢いで項垂れたかと思うと、勢い良く立ち上がり部屋から去っていく。

 呼び止める暇もなく消えて行った祐希の後を追おうと思ったが、アイツの行く場所など検討も付かない。下手に動くと迷いそうだしな。

「改めて言いますけど、良かったんですか師匠。何気なく言いましたけど、祐希にとっては驚嘆以外の何者でもないですよ」

「さっきも言いましたけど、旦那様にも覚悟をしてもらいませんといけません。それに、このままではお嬢様は不利な戦いを強いられますしね」

「不利な戦い? アイツ、知らない所で敵と交戦でもしているのか?」

 アイツの敵に回る奴と言うよりも、アイツに敵が出来るとは思っても見なかったんだが。

 そんな俺の発言が的外れだったのか、師匠は意味深な笑みを浮かべて言った。

「そうですね。交戦中というよりも、これから交戦するかも知れませんって話です」

「なんだそりゃあ?」

「直に分かりますよ、直に」

「ふうん。……それよりも、師匠。実はお願いが一つあるのですがよろしいですか?」

「唐突ですね。なんでしょうか。試したい術の一つでもあるんですか?」

「いや、実は師匠の――」


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「遅いですね、アイツ」

 かれこれ既に一時間は経つと言うのに、祐希が戻ってくる気配はなかった。

「やはり、相当ショックだったんでしょうかね」

「だろうけど、爆弾を投下した師匠が平然とした顔でいるのは不思議で仕方がないんですが」

「いやあ、照れますね」

「褒めていないですからね。……これ以上長居すると迷惑なので、そろそろ御暇させて頂きます」

「お嬢様にはお会いにならないのですか?」

「お会いにどころか、その等の本人が帰って来ないでしょ。アイツに会ったらよろしくお伝えください」

「分かりました。後、例の件は少し考えさせてください」

「分かりました、良いお返事をお待ちしております」

 では、と帰り支度を済ませた俺は、祐希の部屋から去ろうとした直後、勢い良く部屋のドアが開かれる。

 ドア越しから現れたのは、今まで消えていた祐希であった。

「おっ、祐希。そろそろ帰らせてもらうよ」

「そう。なら、早く帰ろうか」

 うん?

 帰ろうか。何かイントネーションの違いに違和感を感じたのだが。

 それに、その大量の荷物は一体。

「あの、お嬢様? その大量に抱えているお荷物はいかように」

「奈々。わたくし、本日より勇気のご自宅にお世話になりますので、お父様にはそのようにお伝えください」

「「はっ!?」」

 突然の家出宣言に俺と師匠が声をそろえて発していた。

 いつも平然としている師匠もこれには度肝を抜かされたらしく、慌てて祐希の所に駆け寄り何とか説得を試みている。

「お、お嬢様。何卒、何卒冷静に」

「うるさい! わたくしは決めました。もう、神藤家なんかにいられません。わたくし、今日から勇気の所に嫁ぎます」

「ま、待て待て待て。落ち着け祐希。お前、今、とんでもない発言を言っているのに気付かないのか。冷静に、そう! 師匠の仰るとおり冷静になれ」

 それはそれで嬉しいが、俺はまだ拓馬さんに殺されたくないぞ。

「わたくしは冷静で、落ち着いています。家事洗濯なんでもします。大丈夫です、花嫁修業はばっちりこなしましたから。夜のお世話もばっちりこなせます」

「だから! お前の発言を聞くとどう考えても冷静じゃないだろ! 感情的になるのも分からなくないが、取り合えず落ち着け。ほら、師匠も鼻血なんか出していないで説得してください!」

「す、すみません。お嬢様の夜の言葉に過剰に反応を――。そ、そんな事よりもお嬢様、勇気のご自宅に転がり込むなら、先ずは勇気のご両親の了解を取らなければ」

 おい、何だか話しの流れが微妙に変わっていないか。

 確かに、親父とお袋に話しを通さなければ、転がり込む事なんて出来ないのは正論だが。

「ふふん。そう言うと思って、既に根回しはしました」

 ね、根回しだと!?

 俺は慌てて携帯電話を取り出し、自分の家に電話をかける。

「……あっ、親父? 俺だ俺。いや、俺俺詐欺じゃなくって、てか古いなそれ。登録しているんだから俺の名義が出ているだろ、じゃなくって! どう言うことだよ親父! ……は? お嫁さんが出来て良かった、じゃなくって! なに人の未来設計の話しをしているんだよ。だからそうじゃなくって、もう決まった事だから変更不可!? お袋がそう言ったのかよ。孫は最初は女の子? 知るか、ボケ!!」

 ダメだ。あのバカ夫婦。完全にその気でいるな。

 第一、祐希が女であることに疑問を感じなかったのかよ。

 ねめつける様に俺は祐希を見る。

「両親になんて言った。催眠術の類の魔法を使ってはいないだろうな」

「別に。今日から坂本優希としてお世話になりますって言っただけです」

 ……その一言でうちの両親はその気になったと言うのか。

 もはや説得不可と判断。かくなる上は、師匠に力づくで――。

「お嬢様、本気なのですね?」

「当然。何なら、奈々。わたくしと一緒に嫁ぎます?」

 ちょっ、何を言っているの君たち。

 師匠も考え込まないで。軽く「冗談でしょ」と一蹴してください。

「そうですね、面白い考えですが……ご武運を、お嬢様」

「師匠! なに、送り出そうとしているわけ!? 力づくでも何でもいいから止めてくださいよ。あなた、神藤家のメイドでしょ!」

「し、仕方がないでしょ。お嬢様がこう言って折れた試しなんて一度もないんですから。それよりも、勇気。お嬢様を傷物にしたら分かっているでしょうね」

「だったら、尚のこと無理やり引き止めてください。いくら俺でも理性が耐えられるか」

 ふと、俺の腕に何かに包まれる。不意打ちの出来事に、咄嗟に跳び上がろうとすると物凄い力に引き寄せられて無力化される。

 柔らかく弾力のある物の正体が何なのやらと振り向くと、満面な笑みを浮かべる祐希がいた。

「それじゃあ、奈々。お父様にはお世話になりましたって。お母様には後に会いましょうと」

「分かりました」

 分かりましたじゃねえよ。さっきまで反対していた師匠が何で物分りよくお辞儀しているんだよ。助けろよ。

 祐希は物分りよい師匠の返事を聞いて満足そうに頷き、俺に向けて「じゃあいくよ」と短く「跳べ」と発する。

 それは移動系統魔法の詠唱だったのだろう。一瞬にして視界が白く彩り、気がついたら俺の部屋に移っていたのだった。

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