第11話:野郎は女郎だった
「あー、師匠。どうやらさっきので少々耳をやられたみたいです。すみませんが、もう一度言っても」
きっと空耳の類の聞き間違いだろう。そうだよな。まさか、上空に佇む女性があの祐希だって誰が信じようか。
確かに髪の色やオッドアイと言った類似点は多いけど、アイツの髪は腰まで伸びるほど長くはない。いや待てよ。最近ではウィッグと呼ばれている付け毛なんてものもあるみたいだし、だがしかし、祐希がそれを付けて俺を騙す理由なんてないし、いやでも。
考えれば考えるだけ深みにはまっていく。可能性で考えてしまうと、目の前の女性が祐希じゃないと言えば祐希じゃないし、祐希だろうといえば祐希だろうに見えてしまう不思議。
だからこそ、あえて聞えなかったと言わんばかりに師匠に尋ねたのだった。師匠に否定して欲しいと言う願望をのせて尋ねたのだけど、
「え? ……はっ」
うん。今の行動は「しまった」と言わんばかりに口元を手で押さえたよな。
そんな反応を見せられれば、師匠が言ったことの真実味が増えてしまうじゃないか。
軽く溜息を吐き、なるべく動揺を隠すように言った。
「お、お、お前、ゆゆ、祐希なのか?」
訂正。どうやら動揺を隠す事は出来なかったよ。
声がもろに震えているし、さっきから走馬灯の如く祐希との思い出がリフレインしていく。
これは、もしかしなくても次の朝日を拝めないパターンだな。我が人生、実に短かったものだ。
「フフフ。驚きましたか、勇気」
口元を隠して楽しげに笑う。彼女は俺の言を否定せずに話しを進めていく。
宙でヒラリと身体を一回転させ、ドレスの裾を掴んで一礼した。
「――初めまして、坂本勇気様。ボク……もとい、わたくしの名は神藤優希と申します。家庭の事情とはいえ、長々と貴方様を騙し続けてしまった無礼をどうかお許し願います」
言葉を失うとはこのことを指すのだろうか。優雅に頭を垂れる彼……いや、彼女か。そんな彼女の一つ一つの動作が絵になり、なんて言うか「お嬢様」って言いたくなるオーラを感じてしまう。
一礼を済ませた祐希じゃなくて優希だっけか。頭が混乱するので神藤は地上へ舞い降り、師匠へ視線を向ける。
「それにしても、奈々。これはどう言うことでしょうか? わたくしは言いましたよね。本日、勇気に事の真実をお話しますと」
「は、はいお嬢様。ですが、旦那様は「勇気を追い払え」と申し上げましたが」
「お父様が?」
師匠の話しを聞いて、端正な顔が多少ながら歪む。
神藤は短く「来て」と呟き魔法を発動。神藤の命令に従い彼女の掌に光が集まり、携帯電話を生み出す。
転送や移動系の魔法って結構高等技術なのにな。それを軽々と行うから、やはり神藤は俺とは才能が違うと思い知らされる。
呼び出した携帯電話を操作し、とある人物へかける。まあ、話しの流れからして拓馬さんの所にかけたんだろうが。
「……あっ、お父様、わたくしです。実は大切なお話しがあるんですが……。え? 今は会議で話せない? そんな些細な事は後回しにしてください。さもなければ絶好です。親子の縁を切らせてもらいます」
……なんか、話しの流れが非常にまずいんですが。
師匠に振り向くと、俺の言いたいことが読み取れたらしく、肩を竦めて「諦めなさい」と言ってくる。
何を諦めないといけないのかは疑問なところだが、師匠の言うとおりなるべく考えないようにしておこう。
「分かりましたね。今度このような事態になりましたら、わたくしも考えがありますから。……家を出るな? それはお父様の今後の態度次第だと思いますよ」
く、黒い。拓馬さんに同情してしまうぐらい黒いよ。
いったい、神藤はあそこまで気持ちを高ぶらせているのだろうか。
「さて、と。少々いざこざがありましたが、話しを元に戻しましょう」
「あ、あぁ。正直、超展開に話しがついていけないって所だが、やっぱりお前は祐希……神藤祐希なんだな?」
「はい。正確には男の姿をしていたときの名前ですが」
「そうか。……お前は俺に真実を話すといったが、それは本当か?」
「相違ありません」
「俺が言うのもなんだが、数年……いや、もしくは一生隠すつもりの真実を、こうして土足で踏み荒らそうとしている。その事に抵抗はないのか?」
神藤はおかしそうに微笑む。
「相変わらず優しいですね、勇気。けど、貴方の性格上、私が隠しても嗅ぎ付け様としましたでしょ」
「お前相手にそんな事出来るか。だから、あんな宣告をしないといけないハメになってしまったんだぞ」
「つまり、あの『お前の正体とやらを聞きに行かせてもらうからな』って奴は一時的な感情任せの言葉じゃなかったと? だどしたら、私は貴方の見方を変えなくてはいけないですね」
思案顔を見せる神藤に「その意見に関しては同意します」と師匠が横から割ってはいる。
「お嬢様の仰るとおり、見方を変えるべきでしょう。勇気が使用しようとした魔法はおそらく、闘の技である『稲妻落し』です。あれは旧日本に広く伝わっていた九字の魔法の一つ」
「えぇ、その点にはわたくしも驚きました。魔法は苦手と言っていたのに、九字の魔法が扱えるなんて……どうして黙っていたんですか?」
ジトー、と擬音が聞えるぐらいねめつけてくる。
隠し事をされたのがよっぽど気に食わない様子だが、隠し事に関してはお互い様だと思うぞ。
相手の秘密を打ち明かしてもらう立場としては、こちらも「秘密だ」と言えるわけないし、少々お茶を濁しつつ話すとしますか。
「あの魔法はいつかお前達に勝つ為に用意してきた切り札だ。ったく、中学から用意してきた切り札をこうもあっさりと台無しにされると気が滅入るな」
「中学からって……。そんな前からこの魔法を習得するのに注いだのですか」
「神藤なら分かるだろ? 旧日本の魔法は発動時間がバカ長い。だから使えないと評され、誰も使い手がいなくなった。けど、習得のし易さは他の国の魔法に引けの取らない簡単さだ。そこに光明を得るのは至極当然の話しだろ。……だが、ま。魔法の才能がない俺には習得するのに三年を有してしまったが」
技術大国と謳われている日本だが、やはり魔法の部類に関しては発展途上と言われがちな傾向がある。
日本がかつて発展されていた魔法の部類はどれも長時間の下準備と多くの道具の消費が必要とされている。
それに比べて魔法大国と表されている西洋の魔法は発動時間が比べ物にならないぐらい早い。その代わり、才能に左右されて習得できる魔法が限られ欠点がある。
猿真似大国とも言われている日本は西洋の優秀さを見習い自国の魔法を捨てて、直ぐに西洋の魔法に乗り換えた。故に、日本特有の魔法を継承している人間が限りなく少なくなってしまい、今では存在を知る者すら危うい。
「ま、俺の話しはどうでも良いんだ。それよりお前の話しだ、神藤。……いや、この場合は優希と呼ぶべきか?」
「好きに呼んでください。何なら、マイハニーでもOKです」
「いや、それはダメだろ」
「そうですよお嬢様。そこはスイートを挟まないと話しになりません」
「師匠も何を言っているんだよ、無理して話をあわせなくても」
あ、意外そうな顔をしている。今のは冗談抜きの発言かよ。
「そうですね、奈々の仰るとおりでした。では、勇気。ここはマイスイートハニーとおよびください。私も雛ちゃんみたいにダーリンって呼ぶから」
「……人で遊ぶのも大概にしろよな。男のときならまだしも、今のお前を見てそんな事を聞かされたらマジになるからな」
「その時は急いで式を挙げないとね。奈々、常備婚姻届を」
だから人で遊ぶな。それと、そこのバカ師匠。
問題ありませんといいながら婚姻届をだすな。何処に隠し持っているお前は。胸元に隠すな、はしたない。
「さて、と。充分なアピールタイムは終わったことですし」
神藤の表情が真剣そのものに変わる。どうやらやっとの事で本番に入るようだ。
「先ずはわたくしのお部屋に移動しましょう。お話しはそれからって事で」