第10話:神城奈々
「いつ見ても、凄い門だな」
家に帰った俺は、荷物を放り出し学生服のままとある場所へ急行した。
急行した場所はもちろんのこと、祐希が住む神藤家のお屋敷。……屋敷と言うよりも城と呼ぶべきか。
目に広がる神藤家の門にいつもながら圧倒されつつも、備え付けられているセキュリティカメラに視線を向けて言う。
「夜分遅くに申し訳ありません。坂本勇気です。本日は師匠と――」
いつものように言葉を言い終わるよりも早く門が開く。同時に俺に向けて寒気すら感じる殺気が飛ぶのを感じ、無意識の内に距離をおくように後方へ跳んだ。
「反応してから退避するのにコンマ五って所ですか。もう少し反射的に動けたんじゃありませんか、勇気」
「し、師匠?」
門の奥から現れたのはエプロンドレスを纏った女性だった。
日本人特有の黒髪を一房に纏めている。必要以上にフリルの多いエプロンドレス――メイド服を着込んでいる女性は、両手に白木の獲物を持って佇んでいた。
「構えなさい、勇気」
「へ?」
「悪いですが、今日は貴方を神藤家の敷地内に入れる事は出来ません。その理由、貴方は分かっているでしょ?」
その言葉にピンと来た。
なるほどなるほど。確か、祐希は俺に同調――相手の五感を完全にシンクロさせる事が出来る魔法をかけていた。
と言う事は、俺の考えなどアイツが看破出来ない訳ないから、自分の秘密を守る為に師匠に護衛を頼んだって所か。
――なるほどなるほど。どうやら、祐希。あれを見ても、お前の答えは否なんだな。
「先にお伝えしますが、この事は祐希様は存じ上げておりません」
「……は?」
「貴方は直ぐに表情に出る。戦術の成功率を上げたければ、先ずは表情のコントロールを覚えるべきですね」
「いえ、それは仰る通りなのですが。……なら、何で師匠は俺の邪魔を?」
「旦那様のご命令です」
旦那様。つまりは、祐希のお父さんである神藤拓馬さんか。
神藤家の頭であり、祐希と同様に天才の名前を欲しいままにしてきたあの人か。
戦争根絶を胸に、世界中を飛び回ってはあらゆる面で色々と活躍していると聞いているが。
「あの拓馬さんが俺の邪魔を?」
あの人とは中学校一年以来から会った事はないが、気さくでいい人だった覚えがある。
金持ちで天才肌ともなれば少々高飛車になる傾向が強いのだが、俺の知っている限りの神藤拓馬さんは自分の才能などを鼻につけないお人だ。
そんな拓馬さんが俺の邪魔をすると言う事は相当な事だ。普段は温厚なお人故、今度会ったときに何を言われるか畏怖の念を抱いて仕方がない。
「全く、勇気も思い切った事をしてくれましたね。まさか、祐希様の秘密を暴こうとするなんて――貴方、そんなに死にたいんですか?」
ゾクリ。
睨まれただけで全身に寒気が走る。
やばい。師匠はマジで俺を殺しに掛かろうとしている。
それほどなのか、祐希の秘密とやらは。そこまでして、守りたい秘密とやらなのか。
蛇に睨まれた蛙のように全身が硬直しかけていくのを肌で感じる。
まずい。これ以上、師匠の殺意にのまれたら何も出来なくなってしまう。何か反論しなくては。
「な、ならば尚の事、アイツの秘密とやらを暴こうとしている人間が許せないんじゃないか?」
「……どう言う事です?」
「アイツの秘密を暴こうとしている輩がいる。――正直、祐希の秘密とやらに興味はないんだ。ただ、それを機に対策の意図を見つければと思って」
「だったら尚のこと、貴方はこうして私の前に立つべきじゃありませんでしたね。祐希様の秘密を暴かれるのはまだ時期尚早。決して知られてはならないもの。私は祐希様の懐刀。例え、貴方が相手でも容赦はしません」
ダメだ。師匠から伝わる殺気が増幅されるばかりだ。
そして、ついに師匠は両手に持つ二振りの刀を抜く。
刀身に淡い金色の輝きを纏わせる様は、師匠が得意とする雷の魔法剣術を放つ準備態勢だ。
「……師匠。本気なんですね」
俺はあえて師匠に問う。
返ってくる言葉など分かりきっているが、それでも心の準備が欲しかったのだろうか。俺は聞かずにいられなかった。
対する師匠は無言で首肯。順手で持っていた刀を逆手に持ち直し、身体を前倒しに構えなおす。
「雷の魔法剣術、雷迅。貴方はこれを一度も攻略できていませんでしたね」
「……祐希も攻略に苦戦しているんだ。凡人の俺が攻略するのはそれこそ酷でしょ」
「フフフ。でも、決して貴方は無理だとは言わないんですね。……切り札を切りなさい、勇気。この技をクリアすれば入っていいと旦那さんから言付かっております。祐希様の秘密を暴こうとするのですから、それぐらいの覚悟は持ち合わせてください」
「そうですか。……要するに試されているんですね、俺は」
燃える展開ここにアリってか。……と、呑気に言っている場合ではないな。
相手はあの祐希ですら負け越している我が師、神城奈々だ。
勝てるのか。神の名を持つ天才を背負いし者に。
「って、今更そんな事を考えている暇はねえよな!」
そもそも、神藤家に来た時点でそんな覚悟は既に出来ているはずだ。
相手が誰であろうと臆すること事態、時間の無駄だ。祐希を敵に回すのは得策ではないが――あれを見て、なんとも思わない奴は男じゃねえ!
「――御身奉る」
詠唱開始。
俺の可能な限りの最強な手札。
発動時間に一分を有するが、俺の魔法を打ち砕いて倒そうと算段しているのか、師匠は動く気配がない。
ならば、その時間存分に使わせてもらう。
「臨むは毘沙門天、天照皇大神。兵は十一面観音、八幡神。闘うは如意輪観音、春日大明神」
「これは……」
詠唱の詩で俺の魔法の正体を知ったのだろう。師匠は慌てて一振りを投げ出し、刀身に雷を纏わせていく。
「光臨せよ、雷鳴の轟。響け雷声、金色の夜叉!」
師匠も詠唱を!?
やばい。この魔法は威力は強力だがその分だけ発動時間が長いのが欠点。師匠が迎撃体勢のままでいてくれたからこそ、この切り札を選んだのに……。
今から手札を代えるか。しかし、あの師匠に対抗出来る手札なんて――。
そう思っている矢先に使用の魔法剣、雷迅が完成する。刀身からバチバチと放電しながら発光するその様は光の剣と呼ぶに相応しい様であった。
「驚きました。まさか、九字の魔法を会得していたとは」
「者は不動明王、加茂大明神」
「本来ならば貴方の全てをこの身で受けて、跳ね除けようと思いましたが九字の魔法は私には荷が勝ちすぎる」
「皆は愛染明王、稲荷大明神」
「だから、申し訳ありませんが先手を打たせてもらいます」
「陣は聖観音、住吉大明神」
「――必殺」
ちっ、ダメだ。
詠唱が間に合わない。急いで別の手札を――。
「――そこまでです!」
それは一瞬の出来事だった。
師匠が雷迅を放とうと一足飛び。
俺が詠唱を破棄して迎撃体勢を取ろうとした僅か二秒。
その僅か二秒の間に地面から鎖が飛び出し、俺と師匠の手足の自由を封じていく。
「これは拘束の鎖?」
その魔法の正体は誰もが扱える初級の位置にある捕縛魔法。地面から無数の鎖を出現させて相手の動きを封じさせる魔法。
「貴方達、こんな夜遅くに何をなさっているのですか!」
上空から叱咤の声が飛ぶ。俺と師匠の動きを封じた魔法使いは上空にいるらしい。
俺達の勝負を妨げた無粋者に視線を走らせ――身体が凍りついた。
夜の空ゆえ、純白のドレスが強調的に映り、金色の髪が星々の輝きに負けないぐらいに輝いて見える。
一言で言えば綺麗な女性であった。だけど同時に既視感を覚える。
会った事のない女性のはずなのに、何処かで会った事があるような気がしてならなかった。
そんな事を考えている俺の耳に、師匠の口から信じられない言葉が届く。
「ゆ、祐希様」
あ、そうか。
どこかで見た事があると思ったら、何だゆう、き……え?
「は、はいぃぃぃぃい!?」
ちょっ、ちょっと待ってくれ。
今のは俺の聞き間違えだよな。