第9話:覚悟
「見ているんだろ、祐希」
名指しで呼ばれ、ドキッと心音が跳ね上がるのを感じた。
び、ビックリした。さっきまで気付く気配がなかったのに。
夢野さんの諍いを見た途端、まるで人が変わったようにボクの同調を見破った勇気に驚愕を覚えてしまった。
あんなに真剣な表情を見せる勇気の姿は何年ぶりに見たことだろうか。そうだな。ボクの記憶が正しければ、小学五年のあの時以来かも知れないね。
「と、言う事になるけど、ゆう君はどう思う?」
「え? あ、えっと……。ごめんなさい、何の話だっけ?」
いけないいけない。勇気と夢野さんの丸秘打ち合わせを覗き見るのに夢中で、今日の作戦会議らしい会合の内容をほとんど覚えていないや。
はあ。何でよりによって今日なんかに代表戦の事前作戦会議なんか開かないといけないんだろう。
大体、代表戦は事前に何人か候補に上げて選出戦を行い、それに生き残った人間が代表戦に出るのが通例だ。確かに今年の二年は優秀な人材が豊富なのは認めるけど、こうやって集められた人物を見ると思いっきり身内で固めた感が否めないよ。
代表戦の主力人は主に二年生になるのが通例だ。三年は今後の進路があるし、一年は基礎能力が充分に備わっていないから、自然的に二年生が主力になってしまう。もちろん、そんな通例の枠組みにはまらない例外は必ず存在する。
たとえば、琴ちゃんこと檜琴音の妹である、茜ちゃんこと檜茜がそれにあたる。彼女の魔法名である散歩は私達の可能性を大きく広げてくれるだけの効果を持つ。それに加えてひまちゃんこと、天野向日葵は我が学年の実力ナンバー2を誇る実力者。
ひまちゃんの魔法特性である吸収は貴重な特性らしく、あらゆる方面から声が掛かっているらしい。だから、今後の進路も既に決まっているらしく、大学試験や就職活動に勤しむ必要性はないとのこと。正直羨ましい話しだと思う。
そのひまちゃんが心配そうにボクを見つめてくる。綺麗な顔立ちをしているから、そんな風に心配されると見惚れるよりも申し訳なさが先に来てしまう。なんていうか、こんな美人の彼女を心配させたボクが悪いと、そんな罪悪感を抱いてしまうんだよ。
「どうしたの、ゆう君。今日は会議が始まってから終始心ここにあらずって感じよ。何か不安ごとでもあるの?」
「い、いえ。特にそう言った事はありませんが、ただ……」
「ただ?」
「この面子を見てみると、ちょっと戦力不足は否めないかな、と思いまして」
真吾を除いた全員から「え?」と素っ頓狂な声が上がる。
本当は勇気と夢野さんの動向が気になって同調を使っていたから、と言うのが本音なのだが、そんな恥かしい行為を吐露する事は出来ない。
一応、妨害の魔法を掛けているから琴ちゃんの読心術も効かないと思うけど……もし、聞かれたら羞恥心で死んじゃうかも。
へ、平常心になれボク。クールだ、クールになれ。前も勇気が言っていただろ。良い男はクールであることって。
けど、今の発言は何も苦し紛れに話しを逸らしたわけでもないんだよね。このメンバーで唯一の攻撃力を持つ真吾君は「うんうん」と何度も首肯しているし。
「俺もその点は神藤に同意するな」
ボクの気持ちをくんでくれたのか、真吾君が話しを継ぐ。
「やはりさ、火力不足だと俺は思うんだよ」
「それはどう言う意味かしら、真吾君」
「言葉通りの意味さ、副会長。俺達の中で攻撃手段に優れている人間ははっきり言うと俺だけだろ? 神藤は万能だから何処でもそつなくこなせるけど、はっきり言うと副会長や水樹、檜姉妹の魔法特性は防御や補助に優れていると思うんだ」
と、言うよりも彼女達の攻撃手段は皆が扱える初級の魔法のみ。そんな威力の低い魔法では代表戦で勝ち上がるのは難しい。
「ならどうする訳? 攻撃力に優れている人間は何人か思い当たるけど、正直戦術的価値は低いと私は思うわよ」
「水樹の言うとおり、攻撃手段に長けた奴で戦略的価値が高い奴はいないと言えるが……ほら、いるだろ? たった一人、適した人材が」
ニヤ、と口端を曲げる真吾君。彼が何を進言したいのか分かったボクは思わず「なるほど」と呟いていた。
「真吾君は勇気を参加させようとたくらんでいるんでしょ」
「なっ!?」
またもや、真吾君を除いた全員が驚愕の声を上げた。
対する真吾君は再び口端を曲げて「その通りだ」と首肯した。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。皆はあのバカが周りからどんな風に呼ばれているか知っているでしょ!?」
「そ、そうですよ。それに坂本勇気はきっと手を抜きます。それは私達の諍いで証明されています」
最初に反対の声を上げたのは琴ちゃんと茜ちゃんだった。
二人は意見は同じだけど、きっと反対の理由は違うだろうね。
琴ちゃんは勇気と同じクラスだから、勇気が昼行灯なんて不名誉な名前を与えられている事で戦力外と思っているだろう。
対する茜ちゃんは、普段から飄々としている勇気の態度が気に食わないって所かな。まあ、勇気の本気を見た事がある人物なんてボクと真吾君ぐらいだろうし、それは仕方がないかな。
「そう? 勇気を仲間に引き入れるのは私的には悪くない手だと思うよ?」
と、思った矢先、雛ちゃんから賛同の声が上がる。
雛ちゃんが同意するとは思わなかったのだろう。ボクを含めた全員が目を丸くして彼女を見ているのだから。
「え? どうしたの?」
「いえ、その。まさか、雛菊ちゃんの口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったから」
「そうは言いますが副会長。勇気の魔法特性は正直言うと、私達の中でも特異性に溢れている力を持っています。それを自在に操る力を持つ勇気は、使い方次第で充分化けると私は睨んでいるんですが」
雛ちゃんの発言に琴ちゃん達の顔が歪む。
三人とも雛ちゃんの言葉を完全に信じられないらしく、どうも納得出来ないと顔で物語っている。
「でも」
琴ちゃんが思案顔のまま言った。
「私はあのバカの魔法特性って知らないんだよね」
「あ、姉さんの言うとおり私も知らないかも」
「言われて見れば……。真吾君や雛菊ちゃん達は知っているのかしら?」
ひまちゃんの言葉に真吾君と雛ちゃんは首を横に振った。
「アイツの魔法名は知らないですがね。特徴は大体把握しています」
「右に同じです」
「なによ。魔法特性も知らないで、あのバカの擁護をしたって言うの?」
雛ちゃん達は、琴ちゃんの言葉に「そうだ」と頷いた。
そんな二人の対応に琴ちゃんは呆れたのか「やれやれ」と肩を竦めて、反論を口にする。
「正直言うと私は反対です。確かにあのバカの身体能力は高いのは認めますけど、魔法の実力は皆さんのご存知の通り、下の下。そんな彼を代表戦なんかに推薦すれば、周囲から波乱を招くのは必須だと私は思います」
「姉さんの同意です。仮に坂本勇気を引き入れると考えるならば、それ相応の実力があると証明しなければなりませんよ」
「二人の話しは最もだわね。咄嗟の判断力や機動性は高いことは私達の不意打ちを避け続ける日々を見ても分かるけど、これは魔法のみで行われる決闘よ」
それを言われると弱っちゃうな。
この代表戦はあくまで魔法使いの能力発表にもつながるため、打撃を初めとした肉弾戦は硬く禁じられている。
魔法の実力が乏しいと思われている勇気の参戦を納得する為にはそれをクリアする必要があるのだ。
「ならばこうしましょう」
話しが平行線になりつつあったとき、雛ちゃんから提案が上がる。
「今度の代表戦を決める戦いに勇気を参戦させましょう。理由は……副会長ならでっち上げる事は可能ですよね」
「そ、それは可能だけど……。雛菊ちゃん本気?」
「はい、本気ですよ。仮に勇気が手を抜く様な事があれば……そうだね。琴音の貞操が危ないって脅すのはどうかな?」
綺麗な笑顔でとんでもない発言をする雛ちゃんに全員が絶句した。
その直後、直ぐに我に返った琴ちゃんがすぐさま赤面しながら反論する。
「ちょっ、そこでどうして私の名前が出るの!」
「え? だって、毎日毎日ちょっかい出しているのは愛情の裏返しなんじゃないの?」
「雛菊、絶対分かってて言っているでしょ」
「あれ? 何のことかな」
「こ、このサディスト女」
「あら、言ってくれるわね。ロリ女ちゃん」
あ、それは禁句。
「な、な」
ああ、遅かったよ。
この二人ってたまにだけど、こうやってけんか腰になる節があるんだよねえ。
本当は仲が良いはずなのに、どうしたものか。
「はいはい、ストップストップ。二人とも喧嘩なら他所でやってちょうだいね」
炎上する前に、直ぐにひまちゃんが止めに掛かる。
二人の喧嘩をよく仲裁するからお手の物って感じだね。本人にとっては非常に嬉しくないことかも知れないけど。
「まあ、勇気に関してはボクからも説得してみせるよ。親友のボクがお願いするんだもん、きっと二つ返事で返してくれるよ」
「お願いというよりも、半分脅しが入っているがな」
「何か言った、真吾君」
「気のせいじゃないか、神藤」
ボソッと言ったつもりだろうけど、きっちり聞えていたよ。
ボクがいつ脅しをしたって言うんだよ。ほんと、真吾君もボクに不名誉な発言をちょくちょく言うから困るよね。
説得かあ。……ん? 説得?
「って、あああああああああっ!!」
「ど、どうしたのゆう君」
「う、ううん。な、何でもないよ」
「今のを何でもないと取るにはあまりにも難しいんだけど」
「なんでもない、なんでもない。だから気にしないで」
「そう? なら、坂本君を参戦させた時の事も考えないと」
危ない危ない。事の重大さをすっかり忘れていたよ。
さっきのやり取りですっかり忘れていたけど、ボクが秘密を持っていることを勇気にばれちゃったよ。
いや、別に疚しい秘密でもないんだけど、けど、けど……。うぅぅ、ど、どうしよう。
そりゃあ、何時かは正直に話す時期が来るんじゃないかと、覚悟だけはしていたけど、まさかこんなに早く秘密をばらさないといけない機会が出来るなんて予想もしなかったよ。どうしてボクには未来予知の才能がなかったんだろう。
ど、どうしよう、わ……じゃなくってボク。幾等勇気が単純すぎると言っても下手な嘘で突き通せる自信はないし。
やっぱり本当の事を話すべきか、いやいや、本当の事を話して勇気に嫌われるのだけは何とかしても避けたいし、でもでも。
「先輩? 大丈夫ですか。何だか顔が青くなっていますけど」
「な、何でもないよ」
「けど」
「大丈夫大丈夫、茜ちゃん。ボクはいたって普通だよ。ノーマルだよ」
「その口調からして、先輩が普通じゃないと思うんですけど」
ご、ごもっとも。普段のボクなら「ノーマルだよ」なんて返しはしないはず。
思いっきり錯乱しているなボク。
「そうよ、ダーリン。気分が悪いならば今日はこれで止めにする? 打合せは大丈夫だけど、それで体調を崩したら本末転倒だと思うし」
雛ちゃんがひまちゃんに目配せする。その意図を察知したひまちゃんは軽く頷く。
「そうね。まだ代表戦のメンバーが確立された訳もないし、今日のところはこの当たりで終わりにしましょうか」
「なら、坂本の話しは今後だな。俺からもそれなりに探りを入れてみるから。神藤、アイツを引き入れる役は任せたぞ」
「ま、任せてよ。親友のボクの頼みなら勇気は絶対に二つ返事で返してくれるよ」
「きっとから、絶対になったのはあえて突っ込みを入れないで置くが……まあ、任せたぜ。俺もアイツが参戦するとなれば嬉しいしな」
「う、うん」
それを最後に真吾君は退出する。
今回は気を使ってくれたのか、帰りにちょくちょく誘ってくれる四人も早々と退散してくれた。
皆が「大丈夫?」とか「無理はダメよ」と体調を気にしてくれたのには大変ありがたく、申し訳ないと思ったけど、今のボクにそんな事を考える余裕はない。
ボクは携帯電話を取り出し、ある人に電話をかける。
多忙な人だから出てくれる保障はないと思ったけど、今回は呼び出し音が数回鳴っただけで出てくれた。
「あ、お父様。お忙しい中ごめんなさい」
さあ、どうやってこの難関をクリアしようか。