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プロローグ(改)


 思えばこれが初めてだった。

 全身に走る激痛を感じながらも、勇気は思い出したかのように笑みを浮かべる。

 争い事は嫌いだったはず。

 喧嘩なんて愚かな行為だと思っていた勇気にとって、いま自分がやっている行為に皮肉を感じずにいられなかった。


「……だけど」


 己の右の掌を見やる。

 勇気の掌は既に真っ赤に染まっていた。掌から手の甲まで傷口が開いており、貫通しているのが分かる。

 コボコボと傷口から多量の血が流れ、手のひら全体が熱くて仕方がない。


「お前」


 痛くて仕方がないはずの右手を力強く握りしめ、自分でも今まで出したことのない怒気を含めながら、目の前に立つ勇気と同学年と思われる少年を睨みつける。


「……お、俺は悪くない。俺は刺すつもりはなかったんだ。お前が、俺の言うことを聞かずに動くから」


 勇気に睨みつけられた少年は、一歩後退しながら言う。

 自分のやった行為の愚かさに気付いたのか、声を震わせて狼狽しながら一歩、また一歩と後ろに下がり、手に持っている物を落とす。

 カランカラン、と地面にバウンドして落ちたそれは、勇気の足元で止まった。

 勇気はそれを拾い、見せる様に差出す。


「言い訳はいい。お前、いま自分が何をしたのかわかっているのか」


真直ぐに向けられる勇気の眼差しから視線をそらす少年。唇を震わせながらも、自分が悪くないと必死になって正当性を説く。


「だから俺は本気でやるつもりはなかったんだよ。お前が悪いんだ! 下っ端の落ちこぼれの癖に俺達エリートに逆らうから」

「人、それを逆ギレって言うんだよ!」


 手に持っていたそれを無造作に投げ出し、力いっぱい床を蹴って少年に詰め寄る。

 間合いを縮められるのを嫌った少年は掌を勇気に向けて力強く吠える。


「お前が悪いんだ。そう! 貴様が悪いんだ!」


 少年の掌に赤い光が集う。

 魔法を行使する前の事前動作。

 迎撃に魔法を選択した少年に詰め寄る勇気の足は止まる事無く、あろう事か加速する。魔法を使われるよりも早く制圧する腹積もりなのだろう。

 だが、勇気の予想よりも早く、少年の掌に集う光が収束し始める。


「詠唱なしか」

「気づくのが遅いんだよ」


 口端を曲げる。

 不意を突いた事で勝利を確信したのだろう。少年は不敵な笑みを浮かべ、命を下す。


「黒焦げになれ、【火の粉】」


 少年の掌から無数の赤い弾が飛び出す。

 散弾の様に無作為に飛ぶ無数の火の弾丸は意思を持っているかのように勇気へ向かう。

 立ち止まり避ける暇もない。

 仮に避けた所で勇気の後ろには泣きじゃくる親友がいる。もとより避ける選択肢は勇気にない。

 ならば、取る行動など一つしかない。

 飛来する無数の火の粉を迎い撃つ訳でもなく、防御して堪える訳でもなく、蹴る足に更なる力を込めて弾雨の中に自ら入ったのだった。

 次の瞬間、勇気のいた空間が爆発する。

 火球に触れると爆発する付与効果を与えていたようだ。

 耳を劈く爆発音で今まで泣きじゃくっていた少年が初めて勇気達の方を見やる。

 声は聞こえていた。

 だから、大体の事情は頭で理解しているが、目の前に広がる光景は自分の脳裏で繰り広げられていた光景よりも無残だったのか、目を大きく見開き、悲鳴の声を上げる。

 いくら誰もが最初に覚える初期魔法だからと言って、それを何の対抗もしないで受ければただで済まない事を誰もが知っていること。

 だからこそ、誰もが自分に考えうる最悪な事態を予想した事だろう。

 白煙から勇気の手が伸びるまでは。


「なっ!」


 これには魔法を放った少年も驚嘆するしかなかった。

 詠唱破棄の技巧で行使した魔法は幾分か威力が下がると言われているが、それでも何の術もなく魔法を受ければただで済むはずがない。

 そんなことを思っているうちに、勇気に襟首を掴まれる。


「っ!」


 慌てて解こうと勇気の手を掴むが、少年が勇気の手を引張るよりも早く、勇気の拳が捻り襟首を引張り上げたのだった。


「まるで、予想しなかったって顔だな」


 白煙が晴れ、勇気の姿が露わになる。

 右腕で少年の火属性の魔法を受けたのか、右腕全体が赤く腫れているのが見受けられる。


「バカにしていた下っ端にやられる気分はどうだ、エリート様よ」

「き、貴様。この俺にこれ以上何かしたらただでは――」

「ただでは、何なんだよ? ただでは済まないってか。上等だよ! お前が、お前が、俺の親友にナイフを突きつけた事を考えれば!」


 言葉が言い終わる前に、勇気の右拳が少年の顎を強打する。

 渾身の力を込めたアッパーは少年の「待ってくれ!」と抗議の声を上げるよりも早く繰り出し、少年の体が数秒ほど宙を浮かび、地面へと叩きつけられる。


「この程度で済む問題じゃないはずだ」


 少年が動かないのを確認し、くるりと体を翻す。視線を涙一杯に溜めている少年、勇気の親友へ向け、出来るだけ自然に微笑んで言う。


「立てるか、祐希」


 坂本勇気と神藤祐希。

 二人の腐れ縁はこうして始まったのだった。

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