9.ままならない世の中
おじさんが目頭を押さえてうつむいた。疲れ目かしら。
「あの?」
「……すまん。我が妹ながらあまりにも情けなくて涙が……。いや、本当に申し訳ない」
あらら。涙が出ちゃったの?
そうねぇ、分かるわ。だって、私もバネッサの粗相を発見すると泣きたくなるもの。それが雨の日だったときの悲しさ! せめておねしょは晴れの日にして! と思うから。
あ、お母さんたちのやらかしとおねしょを一緒にしたらいけなかったかも?
「……ああ。いつまでもこんな外で話すべきではないな。まずは中に入ろう」
「えっ、いいんですか?」
やった! これでおじいちゃんにも会えるかも!
「ところで、彼は?」
ようやくおじさんも落ち着いたのか、レイさんのことが気になったらしい。
でも、どうしてそんな顔をするの? 不審そうに見ないで!
「レイさんはひったくりに奪われたカバンを取り返してくれたんです!」
「……ほう?」
「本当に本当で! せっかく髪を売ってお金にしたのに、もうちょっとで全部盗られるところだったんですよ⁉」
「は⁉」
ね? 酷いわよね? もう売るものなんか他にないのに! もう少しで路頭に迷うところだった。
「おい、フィリシア。その髪、本当にお金のために売ったのか?」
あれ? そっちに驚いているの? そういえばレイさんにも言ってなかったっけ。
「え、そうだよ? だって、王都までの馬車代がなかったから」
お父さんに言っても絶対にそんな大金は出せないって言われるもの。お小遣いのない私には、それ以外に方法がなかったのだから致し方ない。
「でもね、金髪は高く売れるのよ? ちょっとパサついていたから値が下がったけど、それでも」
「…………あのボンクラ共が」
私の髪がいかに高値がついたのかを自慢しようと思ったのに、おじさんから冷気が感じられそうなくらい低~い呪詛のような言葉が聞こえた。
「おじさん?」
「……分かった。叱ってやろう。この私が徹底的に叱ってやるともっ‼」
「本当に⁉」
やったわ、グレース! 心強い味方を手に入れましたっ‼
思わずぴょんっと跳ねてしまう。だって、それくらい嬉しいんだもの。
「よかったな」
レイさんがまたぽんっと頭を撫でてくれた。うふふっ、今度はちゃんと喜べるわ。
「ありがと。レイさんのおかげよ」
「まさか。お前が頑張ったからだろ」
確かに頑張った。でも、私だけだったらきっと今でも町中をさまよっていたと思う。
「ううん。絶対の絶対にレイさんのおかげ!」
レイさんの手を取って、ぶんぶんと振る。
「何やってんだか」
そう言いながらも笑ってくれた。優しい笑顔だ。
「ああ、君。その……レイと言ったか。先程は不躾に見てすまなかった」
「いえ。気にしないでください」
「君の家はどこかな。馬車で送らせよう」
「……え?」
そっか。レイさんにはレイさんの家がある。帰るのは当たり前のことなのに。
「大丈夫です。歩いて帰れますから」
「うそ、だって馬車できたのに!」
「平気平気。男だからな」
どうして? なんでそんなことを言うの?
「平気じゃないよ? 男の子だって大変なものは大変だわ。私だってお姉ちゃんだけど大変なものは大変だったもの!」
それと同じことでしょう?
思わずレイさんの手をぎゅっと握る。すると、彼が困ったような顔になってしまう。
そして一つ、ため息を吐いた。……私がわがままを言っているから?
彼に無理してほしくない。でも、嫌われるのも悲しい。どうしたら……。
「あ~~……。だからさ、言っただろ? 俺は異国の血が混ざってるって」
「……うん」
「この国ではそういうのは嫌われるんだ。だから、俺はスラムに住んでる。そんなところにお貴族様の馬車でなんて帰れないから。気持ちだけもらっとくな」
そう言ってレイさんがニカッと笑うから。私はボロボロと涙が溢れてしまったのだ。




