16.貴族にはよくある話で
「美味しい食事をありがとうございました」
「とっても美味しかったです!」
いざ食べ始めれば祖父たちの視線も何のその。全く気にすることなく食事を平らげた。だって、食事とは感謝の気持ちで残さず頂くことが自分の知っているマナーだから。
「食事が終わるまで待ってくださりありがとうございます。お礼に質問には答えますよ」
「……レイさん、いいの?」
「もちろん。フィリシアが腹ぺこなのを気にせず質問攻めにしてきたら絶対に答えなかったけどな」
……ごめん、私のお腹が鳴ったせいだと思う。
本当なら私がいない場で聞くつもりだったんじゃないかな。
「それにどうやらご婦人達から叱られた後のようだし」
あ~ね。それは私も思った。おじさん達は私達が食べ終わるのを今か今かと待っていたけど、おばあちゃん達が絶対に急かすなと笑顔と視線で止めていたもの。
「でも、私が聞いても平気?」
「別に大したことじゃない。ケチな大人が多いってだけだから」
「じゃあ、本当に君がオハラの家宝を盗んだのか?」
「まさか。あれは父が母に贈ったものだ。それを取り返しただけですよ」
家宝……。え、とっても大事なのでは?
「……その、オハラさんって誰ですか」
「俺の父親の家がオハラ男爵家。家格は低いが資産家の新興貴族で、でも正妻との間になかなか子どもができなかった」
神様は不公平ね。本当に子どもを望む夫婦には授けないのだから。我が家の子宝運をぜひとも分けて差し上げたい!
「そんなある日、遊びで手を付けた平民の女性が身籠ってしまったんだ」
「……奥さんはその旦那さんを百叩きにしたらいいと思います」
私は本気で言ったのに、レイさんが楽しげに笑った。
「本当にな。で、その時の子どもが俺ね。それでも父親は悪人ではなかったから、母と俺が不自由なく暮らせるようにはしてくれていた」
「じゃあ、平民として暮らしていたの?」
「ああ。でも、俺が五歳になっても正妻との間に子どもを授かることができなくて、仕方なく俺を引き取ると言い出したんだ」
お貴族様は本当に人のことを犬猫のように扱うのね。思わずおじさんの方を見ると、すごい勢いで首を横に振っている。自分は違うと言いたいらしい。
「俺を引き取って後継者教育を始めてしばらくした頃に、正妻に子どもができて」
「……え?」
「でも、子どもは無事に育つか分からないだろう? だから、その子が十歳になるまでは男爵家で暮らして、無事に誕生日を迎えたのを見届けてから母さんのところに戻ったんだ」
何だそれって思う私がおかしいの? これも貴族ルールなのか。もう、おじさんの顔を確認するのも嫌になってしまう。
「それでも、父のことは嫌いじゃなかったよ。母のことを大切にしてくれていたし、気づけば愛していたらしい」
「……奥さんがいるのに?」
「困った人だよな。でも、俺にどうにかできる問題でもなくて。父は家宝の首飾りを自分の気持ちだと言って母に贈ってくれたりもした。……そんな高価な物を貰ったって着けていく場もないのに」
本当の奥さんにはしてあげられないからせめてってこと? だけど、本当の奥さんはどんな気持ちだったのだろう。
それに、そんな大人達を見ていることしかできないレイさんの気持ちには誰も気付かなかったの?
「だけど半年前、母さんが病気であっけなく逝ってしまった途端、男爵家の人達が家宝を返せって乗り込んで来たんだ。まるで母さんのことを泥棒みたいに言うから腹が立って、俺は首飾りを持って家を飛び出した。……母さんが父さんを盗ったのは本当なんだけどな」
レイさんがお母さんのことを罪人のように言うのが悲しいと思った。
「君の気持ちは分からないでもないが、このままでは窃盗で捕まってしまうぞ」
おじさんが言った言葉に、私はびくりと反応してしまった。でも、レイさんは落ち着いたまま。
「いえ。無理だと思いますよ」
「……どうしてだい?」
「だって、一度は認知した俺を簡単に捨てる家だ。そんな家の人間から高価な物を貰うなんて後が怖いじゃないですか。だから、どうしてもというなら譲渡証明書を作ってくれと頼んだんです」
「……それは公的なものか?」
「もちろん。父のサインと、男爵家の印が押された正式な書類です。母が亡くなったら、俺に相続されることも書いてあります。だから、家宝の紛失は公にはなっていない。男爵家が内々に俺を探しているだけだ」
レイさんが賢くてよかった。でもそれは、後継者として努力してきた証なのだと思うとやるせない気持ちになる。
「愛ってなんだろうね」
「さあ。俺にもよく分からないな」




