1.家族は協力して生きるそうです
その日はなんとなくついていない日だった。
目玉焼きを作るために卵を割ると、うっかり黄身を傷つけてしまったり、洗濯をしていたら力を入れすぎたのか、治りかけのあかぎれがぱっくりと割れてしまったり。
そんな些細だけどうんざりする不幸が続いた私に、とどめを刺したのは母の一言だった。
「赤ちゃんができたの」
その言葉に目眩がした。
私の両親は恋愛結婚だ。身分差から駆け落ち同然で一緒になった二人だけど、未だにその愛は消えることなく燃え上がり続けているのだから、ある意味凄いと思う。
でもね? どうしてそんなにも子どもを作ってしまうの⁉
私を入れて子どもは七人。お父さんの給料ではお手伝いさんなんか雇えるわけもなく、おっとりしたお嬢様気質の抜けないお母さんだけで家事育児などできるはずもなく。
そうなると働き手は長女の私だ。
小さな頃からずっと弟妹のお世話と家事に明け暮れきた。それなのに、あなたはまだ産むと言うの?
「……ねえ、お母さんにとって子どもって何?」
「うふふ。それはね、愛の結晶よ」
愛。愛って何? 私はあなた達の愛のために働き詰めなのですけど?
思わず、あかぎれだらけの手を見る。
ガサガサで、爪も短く、今朝割れてしまった傷口はまだ乾ききっておらず痛々しい。
でも、嬉しそうに笑う母の指先はしっとりと美しく、小ぶりではあるが、父の瞳と同じ色のサファイアの指輪が飾られている。
母を溺愛する父は、彼女の手が荒れることに心を痛め、毎晩、手ずからクリームを塗り込み、シルクの手袋をはめさせる。
だから、私とは違って美しいまま。
「……ねえ。その子は誰が育てるの?」
私の問いかけに、まるで異国の言葉を聞いたかのように不思議そうに小首を傾げる母を本気で殴りたくなった。
「フィリシアには苦労をかけてしまうけど、でも、私達は家族でしょう?」
……どうして私頼みなの?
自分達の手に余るなら、そんなモノなど捨ててしまえっ!
私の中で、とうとう何かがちぎれた音がした。
「……そう。家族ですものね」
「よかった! 分かってくれたのね? 愛しているわ、フィリシア」
ええ、分かったわ。あなたが何も理解しない恋愛脳の風船頭だということが。
私は母の部屋から飛び出し、急いで身支度を始めた。
今はまだお昼前。急げば午後一番の馬車に乗れるはず。
「グレース、聞いて。今から王都に行ってくるわ」
次女のグレースを捕まえて、これからのことを伝える。
「え⁉ お姉ちゃん、何を言っているの?」
「母さんがまた妊娠した」
「……馬鹿なの?」
「うん。分かっていたけど、分かっていた以上に馬鹿だったみたいよ」
「でも、王都なんてお金がないじゃない」
「それは大丈夫。往復は無理でも、行きの分はどうにかなるわ。だから、私が帰ってくるまで家のことを頼んでもいい?」
本当はまだ十ニ歳の妹に押し付けるのは忍びない。でも、今、動かなくては大変なことになってしまうから。
「分かった。……でも、本当に大丈夫?」
「任せて。人間、死ぬ気になれば何でもできるわよ」
グレースを抱きしめ、別れの挨拶をすると、急いで家を飛び出した。
くたびれた服に小さなカバンを一つ持って、母譲りのハニーブロンドを翻し、幸せになるために旅立ったのだ。




