コンビニの幽霊は、22時03分に笑う
深夜のシフトはいつも静かだ。田舎の国道沿いにあるこのファミマは、22時を過ぎると客足がぴたりと止まる。たまにトラックの運転手がタバコと缶コーヒーを買いに来るくらいで、それ以外は本当に「無」になる。
俺の名前は佐藤悠斗、24歳。大学中退後、適当にフラフラしてた時期を経て、今はこの店で週4の夜勤をやっている。時給は1100円。まあ悪くない
。店長からは「変なことは起きないから安心しろ」と言われていた。
でも、変なことは起きる。最初に気づいたのは、入って3ヶ月目の10月だった。
22時03分。レジ横の時計の秒針が12を指した瞬間、店内の蛍光灯が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、チカッと暗くなった。そして、笑い声。
くすくす……くすくすくす……
女の子の、すごく幼い、でもどこか冷たい笑い声。最初は外から聞こえてきたのかと思った。駐車場に誰かいるのかと、自動ドアの方を見た。でも誰もいない。ガラスに映るのは、商品棚と俺の疲れた顔だけ。
「……気のせいか」
そう呟いて、俺はコーヒーマシンの掃除に戻った。でも、次の週も、その次の週も、同じ時間に同じことが起きた。22時03分。蛍光灯の明滅。
くすくす……くすくすくす……
三回目で、ようやく確信した。これは、幽霊だ。俺は別にオカルトが好きなわけじゃない。むしろ苦手だ。でも、毎週同じ時間に同じ現象が起きるとなると、無視するのも難しくなる。
四回目。今度は少しだけ、笑い声の方向がわかった。冷蔵ケースの奥。飲料のコーナー、スポーツドリンクの並んでいる棚の裏側。そこに、誰かが立っている気がした。いや、立っている「何か」が。俺は恐る恐る近づいた。
棚の隙間から覗き込む。そこには、誰もいなかった。ただ、ペットボトルのラベルが、一本だけ、微妙にずれていた。アクエリアス。500ml。レモン味。俺がそのボトルを触った瞬間、また笑い声。今度はすぐ近くで。耳元で。
「ふふっ……当たった」
背筋が凍った。振り返っても誰もいない。でも、さっきまで正面にあったはずの俺の影が、床に二つ描かれていた。一つは俺の。もう一つは、明らかに小さい。女の子のシルエットみたいに。
「……やめてくれよ」
声に出して呟いたら、影がふっと消えた。それから俺は、22時03分になると必ずレジの裏に隠れるようになった。商品補充も、床掃除も、全部21時59分までに終わらせる。時計の針が22時を回ったら、モニター室の小さな椅子に座って、スマホをいじるか、目を閉じるか。そうやってやり過ごしていた。
でも、ある日、限界が来た。
12月に入って、雪が降り始めた夜。その日は異様に寒かった。暖房を最大にしても、店内が冷え切っている。吐く息が白いくらいだ。21時50分頃、珍しく若い女の子が入ってきた。高校生くらい。黒いコートに赤いマフラー。髪は肩より少し長いボブ。彼女は飲料コーナーに行って、迷うことなくアクエリアス・レモン味の500mlを一本手に取った。そしてレジに持ってきた。
「……袋、お入れしますか?」
俺の声が震えていた。彼女は小さく頷いた。顔を上げた瞬間、目が合った。彼女の瞳が、すごく黒かった。光を吸い込むような黒。そして、彼女は言った。
「いつも見ててくれて、ありがとう」
「……え?」
「私、22時03分になると、笑っちゃうの。ごめんね、怖がらせて」
俺は言葉を失った。彼女は財布から小銭を出して、ぽとぽととトレーに置いた。
「あとね、私ね、ここで死んだの。3年前の今日」
「……」
「トラックに、はねられて。意識が戻ったときには、もうここにいた。ずっとここにいるの」
彼女は少し首をかしげた。
「でもね、誰にも見えない。触れられない。話しかけても、誰も返事してくれない。だから、毎日22時03分になると、笑うことにしたの」
「どうして……?」
「だって、笑ってると、少しだけ寂しくなくなるから」
彼女はそう言って、くすくすと笑った。今まで聞いたどの笑い声よりも、近くて、はっきりしていて、でも悲しかった。俺は震える手でレシートを渡した。彼女はそれを受け取って、言った。
「ねえ、お兄さん。今日で最後だから、聞いてくれる?」
「……うん」
「私、名前は美咲っていうの。川村美咲。3年前の12月24日、22時03分に死んだの。クリスマスイブだった」
彼女はアクエリアスを両手で抱きしめた。
「この飲料水、好きだったんだ。レモン味が一番好きで。死ぬ直前まで飲んでたの。だから、ずっとここに残っちゃったのかな」
俺は黙って聞いていた。
「もう、いいよね。私、そろそろ行こうと思うの。ずっとここにいたら、誰かを怖がらせるだけだもん」
「……行っちゃうの?」
「うん。でも、最後に一つだけ、お願いがあるの」
彼女は俺をまっすぐ見た。
「22時03分になったら、私の代わりに、ちょっとだけ笑ってくれる?」
「……俺が?」
「うん。誰かが笑っててくれたら、私、安心して行ける気がするの」
俺はわからなかった。でも、彼女の目があまりにも真剣で、寂しそうで、俺は頷いてしまった。
「わかった」
彼女はほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう」
そして、時計の針が22時03分を指した。蛍光灯がチカッと明滅した。今までと同じように。でも今回は、笑い声が聞こえなかった。代わりに、彼女が小さく呟いた。
「じゃあね」
自動ドアが開いて、冷たい風が入ってきた。彼女の姿は、もうどこにもなかった。アクエリアスのボトルだけが、レジカウンターの上に、ぽつんと置かれていた。俺はそれを手に取った。まだ、冷たかった。それから俺は、約束を守った。毎晩22時03分になると、誰もいない店内で、ぎこちなく笑うことにした。最初は気恥ずかしくて、声に出さずに口の端だけ上げていた。でも、だんだん自然になってきた。
くすくす……くすくすくす……
俺の笑い声は、彼女のものよりずっと下手くそで、ぎこちなくて、でも、なんか温かかった。ある夜、いつものように笑っていると、「ふふっ」どこか遠くから、小さな笑い声が重なった気がした。一瞬だけ。それっきり、二度と聞こえなくなった。今でも、俺はこのコンビニで夜勤を続けている。
店長は「最近、佐藤くん、なんか明るくなったな」と笑う。
俺はただ、「そうっすかね」と返すだけだ。22時03分。今日も俺は、誰もいない店内で、静かに笑う。誰かが、どこかで、聞いてくれているかもしれないから。────────────────────────────終わり。
こういったの続きかいてみてぇなぁ




