episode3
「凛、俺と付き合ってくれ」
「京本さん、どうしたんですか」
「かなり昔から凛のことが好きだった」
かなり昔って、私たちまだ出会って1日も経っていないのに。京本さんは私の肩に顔を埋めてきた。
「ビールの売り子」
「え?」
「よく一人でドームに行って野球を見るんだ。そこでいつも君を見かけていた。笑顔で丁寧に対応する君を見て、行くたびに好きという気持ちが募った。」
そんな....ずっと私を見ていたってこと?
「わたし、まだ京本さんと会って1日しか経ってないです」
「すぐに答えはいらないよ。けど、約束が一つ」
「約束?」
京本さんは私の体の向きを変えてキッチンの縁に手をついて私を囲むようにした。心と体の距離が一気に縮まった。すぐ目の前に京本さんの顔があった。
「うん。もしまたドームで会えたら、その時は俺と付き合って」
京本さんはほぼゼロ距離で目を見つめてきた。京本さんの前髪が私の顔にあたる。よく見てみると、黒目がとっても大きくて二重線がうっすらとある。鼻筋もシュッとしてて、私には申し訳ないほどのイケメンだ。
「もし、会えなかったら?」
「俺と凛は、また会える」
「それだと約束の意味ないじゃないですか」
「それじゃ、いま付き合う?」
「.......」
私は下を向いて黙り込んだ。結局京本さんはずるい。急に距離が近くなったり、急にハグしてきたり。一つ一つの言動が、私を萎縮させる。
「あの、一晩ありがとうございました」
京本さんの腕を通り抜けてソファに置いてあった荷物を持った。
小走りで玄関まで行きスリッパを脱いだ。ものすごいスピードで靴に履き替えて玄関を出た。
ガチャン!
「はぁ〜」
玄関を出てすぐのところで一度立ち止まった。京本さんの匂い、手、抱擁、全てが一瞬で無くなり、心に虚無感がじんわりと広がった。
そういえば、あの黒いスリッパって京本さんのだよね。勝手に使っちゃったわ.....
♢
「ありがとうございまーす!」
「わー!とっても綺麗な子ね!」
めんどくせー。親世代のよくある戯言。一応自分磨きは頑張っているけど、仕事中に言われることに腹が立つ。
「ビールお願いしまーす」
少し離れた席からおじさんがビールを頼んできた。私は小さなため息をこぼしながら彼の元に急いだ。
「お支払いどうされますか?」
「カードカード!おぉ〜かわい子ちゃんに当たったぞー!飲むぞ飲むぞ!」
このおじさん、かなり酔ってるな。周りの客も巻き込んで一緒に飲もうとしてる。
彼の態度をスルーしたままプラスチック製のコップにビールを注いだ。筋肉痛がひどく手足が震える。
「お待たせしましたー!」
「ほらほら!お姉さんも一緒に飲もうよ〜!はい飲め飲めの〜め〜!」
「お客様、そのような行為は禁止されています」
「はぁ〜?若造が何言ってんだぁ?」
おじさんは手を大きく上げてきた。あ、これ殴られる。
『お父さんやめて!凛だけはやめてっ!』
『母さんは黙ってろ!』
私は目を細めて下を向いた。抵抗できない。暴力を振るような人には余計。
しかしその時だった。目の前に黒いパーカーを着た男性が現れた。
「おい。てめぇ女に何してんだよ」
「へ?」
京本さん?
「いたたたた!離せよっ!」
「おい、お前こっち来い」
「ちょ!ちょっと!」
京本さんは私の腕を掴んで力強く引っ張った。重い樽の中に入ってあるビールが揺れて音を立てる。
「あ、あの京本さん」
私の体はスルスルと人の合間を抜けていった。京本さんは見た目通り、力も強かった。引っ張られている間、何度も振り解こうとしたが、到底できなかった。
知らぬ間に人の気が少ない渡り廊下にたどり着いた。まだ少し人がいたからか、京本さんはさらに私を引っ張って廊下の死角に隠れた。
「京本さん、これってどういう」
柔らかい素材のパーカー。だらけたように見えたるけど、京本さんが着ることでちゃんとした正装に見えた。
京本さんは私の頭を撫でながらさらに体を近づけた。京本さんの胸に顔が埋もれる。
「......会いたかった」
そう一言、耳元でつぶやいた。いまにも消えちゃいそうな声なのに、甘くとろけてしまう。
私も自然と手が回ってしまう。誘惑されてもないのに、なんで。
「わたし、京本さんがいい」
『本当にすみません。そちらにメイクポーチを置いて出てしまったかもしれません。早速ですが明日、取りに行くこと可能ですか?』
『洗面所にあるやつかな?届けるから心配しないで』
『届けるっていっても、そちらの負担にもなりますしほんと、自分で取りに行きます。』
『了解。』




