episode2
「ん〜......え?!え、ちょまって。ここ、どこ?」
目を覚ますと見知らぬベッドで寝ていた。家で寝てるような狭いベッドとは比にならないほどの大きさ。ふっかふかで暖かい。ダブルかな?クイーンかな?
.....ってそんなこと今はどうでもいい!
とりあえず、この状況を理解しないと。
私は恐る恐るベッドから起き上がり、そばにあったスリッパを履いた。黒くて大きめのスリッパ。
立ち上がって気づいた。服装は昨日のままだ。
昨日って、何してたっけ?いつもみたいにバイトして、怒られて、ビルに行って、それから....
「起きた?」
「え?うわっ!」
考え事をしながら歩いていると、目の前にスーツ姿の男がいた。驚き思わず大きな声を出してしまう。
「覚えてる?昨日のこと」
男は私のおでこをツンと叩いた。驚き自分のおでこに手をやると、ひんやりとした冷えピタが貼ってあった。
「これって?」
「昨日ひどい熱だったから。貼っておきました」
「あ、どうも。あー!京本響!」
昨日のことを一気に思い出した。ビルで死のうとしていた私を、説得してきた男。
「うん。思い出してくれありがとう」
京本さんは私の頭を撫でてキッチンに向かった。
「コーヒー飲む?」
「いただきます。ありがとうございます」
「そこ座ってて」
「ありがとうございます」
大きな長ソファの端にちょこんと座った。ふかふかで気持ちいい。家にあるような安っぽいソファとは全く違った。
「え?え?!」
周りに視線をやると、信じられない景色が広がっていた。
「たっか!なにこれ?!」
私は思わず立ち上がった。足元まで伸びる大きな窓の外には、東京の街が広がっていた。近くに線路が通っていた。緑の線が描かれている電車。あれ何線だっけ。
「山手線」
「やまのてせん、かぁ.....えちょ近い!」
「コーヒーできたよ」
「え、あ、ありがとうございます」
外を眺めていると、いたずらっぽく笑いながら後ろから京本さんが顔を覗き込んできた。
「座って飲みなさい」
「.....はい」
少し偉そうに上から話してくるから、ついムスッと怒った。すると、京本さんは自分のソファ横を叩いた。
「こっちおいで」
「え?」
「ん?」
彼は口元を緩めて優しく笑った。ソファに置かれている手、顔、仕草、全てが完璧で素敵だった。
「し、失礼します」
「どう?苦くない?」
「ん!とっても美味しいです!」
「.....よかった」
京本さんは片手でコーヒーを飲みながら私の頭を撫でた。この飲み込めない状況、なんだか嫌じゃない。
「あの!」
「ん?」
「こんなにくつろいでしまって、すみません。あとベッドも、冷えピタも、ありがとうございます。いろいろご迷惑をおかけして、ほんとごめんなさい。私もう帰ります!」
急いでコーヒーを飲み込んだ。一気に苦い風味が口いっぱいに広がった。
「京本さん?」
しかし、なかなか前に進めない。自分の手を見ると、京本さんが手を握っていた。そして立ち上がり、勢いよく私の腕を引っ張った。
「え?!」
彼の胸に飛び込むように顔が埋もれた。
「あの、京本さん」
「もうだめだ」
「え?」
ため息混じりに耳元でつぶやいた。
「君を離したくない」
「それって、どういう」
京本さんは少し顔を離し、私の耳に触れながら髪をかけた。
「ちょっと待ってくださいっ!わたし、まだキスもしたことないのに。いきなりすぎます」
恥ずかしすぎて顔を見ていられなかった。すぐ上を見れば京本さんがいる。こんな赤面、絶対に見せられない。
下を向いているとフワッと、彼の匂いがした。
「え?」
「こっちはまた今度」
知らぬ間に頬にキスをされていた。
京本さんの手が、腰に触れていた。触れるたびに体が近づいた。同時に匂いも近づく。
ポケットに手を入れて何か取り出したそうにしていた。
「はいこれ」
「なんですか、これ?」
「連絡先。何か困ったら連絡して。もう俺仕事に行かなきゃだから。部屋は好きに使って。じゃ」
「えちょまって!」
「留守番、頼んだよ」
京本さんは私に視線を合わして頭ポンポンをした。スーツ姿の後ろ姿。ヘアセットする時間がなかったのか、無造作な髪型。前髪が目にかかってて、ハグされた時目がよく見えなかった。
なんか、全部ひっくるめて、男だった.....
っていうか!なんで私一人でここにいるの?!奇跡的に今日はバイトも大学も休みだからよかったけど。
辺りを見回す限り、本当に高級感溢れる家。広いキッチン、広いソファ、大きな冷蔵庫。口をポカーンとしてしまう。
「コーヒー、早く飲んだ意味ないじゃん。」
♢
「ただいまー。りーん?」
「あ、おかえりなさいです。お仕事お疲れ様です」
「いい匂いする。何か作ったの?」
京本さんのスーツを脱がせ、部屋の隅にあったハンガーかけにかけた。
「下手なものですが、もう温めてあるので、ぜひ」
京本さんはカウンター席にこしかけた。
鍋からシチューをよそった。中に白米を入れて完成。お母さんが教えてくれた私の得意料理。
「シチュー?」
「はい。浦田家特製シチューです!よく分からなかったので、とりあえず甘口にしておきました」
私はエプロンを外さずに自分の分をよそった。京本さんの隣に座り、顔を覗き込む。
「お味、大丈夫でしょうか.....?」
「美味しい」
「よかった〜。いただきます」
スプーンにシチューを乗せて口に運んだ。
これこれ!懐かしの味だ〜。これを食べるといつも実家のことを思い出してしまう。
「これ、どうやって作るの?」
「基本はレシピ通りに作るんですけど、牛乳の量を多めにして、ほ〜んの少しだけバターを入れます。そしたら甘い味になるんですよ!」
京本さんは首を傾げながら目を細めて話を聞いていた。不覚にもその姿にドキッとする。
「今度一緒に作ろ?」
「.....はい」
小さく頷いて、体を前に向けた。シチューを口に流し込んだ。
「わたし、これ食べた終わったら帰ります」
「え?」
「あー!もちろん、お茶碗は洗ってきます。ちゃんと後片付け全部さっぱりやって。熱ももう下がりましたし」
「あぁいや、そういうことじゃなくて」
「ほら京本さん冷めちゃいますよ?」
これが最後。こんなイケメンと一緒に過ごすなんて、私には無理。このシチューもお礼のうちだし。
「美味しかった」
「よかった〜!私もご馳走様です。やっぱり浦田家のシチューは世界一なんだよね。お皿もらいます」
「ありがとう」
二つのお皿を持って流し台に置いた。手首に巻きつけてあった一本の髪ゴムを使って髪を結んだ。お皿を洗っているときに髪が落ちてくるのが一番ムカつく。
ついでに料理にも使ったおたまや箸を洗う。
「京本さんはどんな.....」
思わずお皿を落とした。
「京本さん?」
後ろから温もりを感じた。あっという間に京本さんに捕まってしまう。突然のことすぎて頭が真っ白になった。
「いきなり、ごめん。でも、もうむり」
「むりって、あのなんで」
「好きだ」
「え?」
「凛が好き」
たった4文字なのにこんなにも意味深いのはなんでなの。会って2日しか経ってないのに、ハグもして。私たちの関係に、名前なんてなかった。
「京本さん、苦しいです」
そう言えばさらに力を込めてきた。肩に顔を近づけているのか、頭がすぐそこにあった。
「きみが汗流して働いてるのを、よく見ていた」
「それって.....」
「ビール。何杯も頼んでるんだけど」
「......」
「俺がいつも行ってる屋上に、君がいた。飛び降りようとしていたから、もうほんとに焦ったよ。あの屋上、人が来るようなところじゃないから余計にね」
耳元で囁かれる甘くてとろける声。また変なクセの赤面が出てしまっているに違いない。
鏡を見たくても、見れない。
「凛、俺と付き合ってくれ」
『なにかお礼がしたいです。キッチン使ってもいいですか?』
『いいよ』
『ありがとうございます。苦手な食べ物とかありますか?』
『強いていうならなすとか』
『分かりました。お仕事頑張ってください。』




