episode15
「響さーん!朝ごはんできましたよー!」
奥様に言われるがまま、台所から京本さんの声を呼んだ。奥様曰く、京本さんは大きな声を出さないと起きないらしい。それも遠くから。
たまに家に泊まる時、私はすぐそばに行って優しく起こす。この起こし方は彼には効かないらしい。意外といつも起きると思うけど.....
「はーい!」
思ったより大きな返事があった。奥様の方を見ると、意地悪そうに笑っていた。
「これこれ。あの子は夜型だからね」
奥様は朝型なため、生涯賛成できないと言ってた。その時にもくしゃりと目をつぶして笑った。本当の両親ではないとはいえ、笑顔がとっても似ていた。
「あいつは昔からあぁだったな。君が何度言っても起きないし、寝起きは機嫌が悪いし」
「そうですね。あの子は夜型ですから」
「夜になったらスポーツ選手みたいに走り回ってその辺で勝手に転んでよく泣いてたもんだ」
奥様と旦那様は時々目と目を合わせながら笑って話していた。
あぁ。これが夫婦なんだ———
自然と息が合うから話も被らないしスピードも同じ。笑うツボも同じで、本当に心から笑っていた。
ちょっぴり、”憧れ”を感じた。
「おはよございまーす」
あ、きょう...違う違う。響さんだ。
いつもみたいに髪はボサボサで、目にかかっていた。でも視力は悪いからちゃんと黒縁のメガネをしている。この姿はいつもと変わらない。
「響さん。おはようございます。もう朝食出来てますよ」
「ごめんね」
小さく手を挙げてから斜め向かいに座ってあぐらをかいた。
「お前、一人暮らしでもそんなくだらん生活してんのか」
旦那様が低い声で言った。
はい、してます。と心の中で叫んだ。
でも朝は美味しい朝食を作ってくれます。はい、生活習慣いいです。
.....って言いたい!でも、なんかそんな雰囲気じゃない。旦那様はムスッとしてるし。奥様は無言で茶碗にお米をよそってるし。
「朝はちゃんと起きてるよ」
「本当か?凛ちゃんを困らせてるんじゃないだろうな?」
ちょっと待って、旦那様、それは誤解。
「え!?2人は一緒に住んでるの?」
奥様が勢いよくこちらを見た。私は思い切り首を横に振って否定した。
「いやいや!一緒に住んでないですし、朝の姿を見たこともありません!」
「お父さんったら!そんなこと言うんじゃありません!」
「すまんてすまんて!」
小声で話してるつもりなんだろうけど、バリバリ聞こえてる。2人は天然なのか?
「ごめんね凛ちゃん。ほら、早く冷めないうちにいただきましょ」
「いただきまーす」
響さんは勢いよく箸を持って麦ご飯を頬張った。まるで部活帰りの少年みたいに。
「うん!美味しい!」
「よかったです」
「2人とも料理が上手なんだなー!」
朝早いのに旦那様の髪の毛はきっちりしていて、浮腫もしっかり取れていた。響さんとは違って、上品な食べ方をしていた。
「響!食事は丁寧に摂るものだ。俺らなんかより朝起きて準備して食卓に並べて。2人に感謝しろ」
旦那様の言葉が効いたのか、響さんは背筋を伸ばして箸を持ち直した。旦那様の言葉には従順なんだよな〜。それも可愛い。
その後も、暖かくて、幸せな食卓が広がった。
「ごちそうさまでした」
「響さん、お茶碗もらっちゃいます」
「ありがとう...父さん、仕事の確認いい?」
「おう」
朝食を終えて、奥様と一緒に食器を運んだ。
「和枝ー。一緒に確認してくれ」
「はいはい。凛ちゃん少しだけ任せていい?すぐ戻ってくるから」
「大丈夫です!」
奥様は今では珍しいかっぽう着を脱いで2人のもとに急いだ。
遠くで仕事の話が聞こえてきた。だけどあまり聞かないほうがいいかな。丁寧にお茶碗を洗ってしまおう。
「.....」
「.....」
「もう帰る時間か〜」
「忘れ物ない?」
「大丈夫です!」
「まぁあってもまた取りに来ればいいし」
寝室で帰る支度を終えると、部屋の電気を消して旦那様と奥様のもとに向かった。
「ほんと広いご実家ですね」
京本さんの家の廊下は趣があり、現代を感じさせない造りになっていた。床は光沢をたいていて、歩いてて気持ちがいい。
借りたパジャマは綺麗に畳んで部屋に置いておいた。奥様がそのままでいいって。
本当に親切な方。
時刻は10時。お昼過ぎからバイトがある。ちょっぴりめんどくさい。
響さんもこれから仕事だって。同じように愚痴を言っていた。
「いきなり押しかけてしまってすみませんでした。とっても温かいご家族で、ほんと、ありがとうございます」
玄関先に立っていた2人に深くお辞儀をした。
「いえいえ。時間があれば、また来てね!」
「はい!」
「...じゃあ、また来る」
響さんがそう言うと、旦那様は肩を叩いた。
「凛ちゃんの言うこと聞くんだぞ」
「分かってる」
いい意味で2人は分かりやすい。そっくりな親子だ。奥様と目を合わすと、クスッと笑っていた。
車に乗り、京本さんはエンジンかけて車体を発車させた。
「お邪魔しました!」
「気をつけてね!」
車の窓から顔を出して手を振った。外まで出なくていいと言ったのに。姿が見えなくなるまで見守ってくれた。
2人の姿が見えなくなり、窓を閉めた。
「はぁ!楽しかったですね」
「うん...」
あれ?なんか、京本さん、元気ない。
運転は好きだからテンション上がるっていつも言うのに。私がいたから無駄な気を遣っちゃったのかな?
「今日何時までバイト?」
「今日はお花屋さんなので、8時までです」
「そっか。迎えにいこっか?」
「いや、大丈夫です。京本さんもお仕事あるだろうし。この2日間、2人でいられたので今日は自宅に帰ります」
京本さんからの返事はなかった。
「実は——」「あの!」
2人の声が被った。
「あ、ごめん。先いいよ」
「あ、いや、お先にどうぞ」
京本さんの顔を見ると、険しい顔で窓の外を見ていた。
「実は、父親から言われた言葉を思い出したんだ」
「どんな言葉ですか?」
「昨晩の夕食の時、父親が母親と結婚を決めた理由」
結婚を決めた、理由?
旦那様、なんて言ってたっけ?やばい、思い出さないと。
「台所立った時、その姿を見て決めたっていう話」
———そんなこと、言ってた。
京本さん、なんで今そんな話を?
「朝食を終えた後、ふと目に入った。君が台所に立っている姿。うん。父さんと同じ気持ちだ」
「えっ?」
「いやいや、まだ早かったね。ごめんごめん」
「.....」
なんだ。期待した私がバカみたい。
勝手に結婚とか、将来のこととか、1人で考えちゃってた。
そうだよね。
私は子供で、京本さんは立派な大人。釣り合うはずもないのにこれから先なんて.....私たちにはない。
「凛ちゃん?着いたよ」
「あ、ありがとうございます!」
いつの間にか、お花屋さんに続く道の道路脇に着いていた。
「気をつけて」
「はい。京本さんもお仕事頑張ってください」
シートベルトを外して車から降りた。
後ろを振り返り車を見ると、少しだけ微笑んだ京本さんが手を振っていた。
「.....っ」
胸がギュッと鷲掴みされた。苦しくて苦しくて。なんでこんなに苦しいんだろ。
2日も2人でいられて、いつもと違う環境で2人で寝て、ご飯を食べて、とっても幸せだったのに。
こんな苦しい思い、すぐに吹き飛ぶ。
店外に広がる色鮮やかな秋桜を見て元気を出そう。
こんな暗い顔してちゃダメだ!
「よしっ!こんにちわ〜!」
「凛ちゃん!お疲れー」
うん。いつも通りにバイトをしよう。




