episode10
「う〜ん.....これでいいかな?」
鏡の前で何度も自分の姿を確認した。濃すぎず、程よいメイクで自己主張が激しすぎないようにした。メイクに合う白いワンピースに、もこもこのネックウォーマーをつけた。最後にピアスをつけて完成。
「よしっ!」
両頬を軽く叩いて自分を鼓舞した。京本さんの仕事を一緒に見に行くなんて、周りから見たら不思議に思うことだろう。だからきちんとした服装で、彼女らしく行くんだ。
「お待たせしました」
洗面台を出てリビングにいる京本さんのもとに急いだ。京本さんはリビングにあるソファでテレビを観ていた。
私の声に気付き素早く後ろを振り向いた。
「凛ちゃん.....」
「少し派手すぎましたかね」
京本さんは立ち上がった。
整った七三の髪型、きっちりしたスーツ。いつもよりかっこよさが増していた。
「綺麗だ」
京本さんは私を見下ろして両手を包むように掴んだ。私も咄嗟に握り返して京本さんを見上げた。
「京本さんも」
二人で小さく微笑み、唇を重ねた。長く、深いキスだった。
「京本さん、メイク取れちゃいます」
「んん....、、じゃあ、これが最後」
「もう.....!」
唐突に恥ずかしくなり下を向いた。京本さんの足と自分の足の先が触れて距離の近さを再認識した。彼と触れている時間が長ければ長いほど、それはそれは愛おしく、同時に離れ難い。
「行こっか」
京本さんは私の手を握りしめたまま玄関に向かった。京本さんのいい香りが微かに匂った。肩幅が広くガッチリとした体が頼もしく見えた。こんな素敵すぎる人、私には勿体なすぎるよ。
「ん?どうした?」
靴を履いている京本さんが首を傾げてきた。私は何でもない、と言い隣で靴を履いた。今日はちょっと背伸びして踵が高いヒールを履いた。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
再び手を繋ぎ家を出た。車が駐車してある地下駐車場に向かった。何度来てもこの家は不思議な構造をしているなと思う。これはこの先も慣れない、と思う。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
扉を開けてくれて私は助手席に座った。なんでもかんでもレディーファーストな彼。
シートベルトをつけてスマホで時間を確認した。ちょうど9時。大学だったらこの頃にはとっくに家を出ているだろう。
「それじゃっ、行きますよー」
「お願いしまーす」
目の前の自動扉が開き広い地下から抜け出した。眩しい太陽の光が車内を照らした。
「今日は天気がいいですね。先週は雨とか言ってたのに」
「これなら洗濯物も干せたなー」
「もしかして家干しにしちゃいました?」
「うん。完全にミスった」
「どんまーい」
「うっざ!凛ちゃんも家干し?」
「ま、まぁ」
「はいどんまーい!」
煽っては煽り返された。あっという間に笑いが起きて緊張が解けた。
最初は猫を被り、女性として見てもらおうと必死だった。しかし最近は京本さんとは同じ目線で立てている気がする。自分の性格をさらけ出すようになり、気持ちの拠り所になっていた。
「お仕事はどの辺なんですか?」
でも敬語は絶対に欠かさない。年上という概念を忘れてはならない。たま〜にタメ語を混ぜるくらい。
「意外と近くてね。あと20分くらいで着く」
「京本さんがどんな仕事してるか想像つかないです」
「それよく言われるんだけどさ、なんて返せばいいの?」
愉快な音楽が流れている中、砕けた会話を交わす。こんな時間がこれからも続くと思うと、幸せでならない。
「俺社長なんだぜ!とか言っとけばいいと思いますけどね。京本さんならどんな仕事でもしっくりきます」
「ほんと?しっくりきてくれたら嬉しいけどな」
何を話しても会話は途切れない。これが虚心坦懐というものかな。最近知った四字熟語だから使ってみたかっただけ。
「もうすぐ着く.....あの建物」
「どれどれ.....お、おぉ。かなり趣のある会社ですね」
車は京本さんの言う”会社”の前に止まった。窓から顔を覗かせると、二階建ての木造住宅のようだった。しかし住宅というのにはあまりにも豪邸すぎた。
「よしっ、降りますか」
京本さんはシートベルトを外して車から降りた。ぐるっと周り再び扉を開けてくれた。
「ありがとうございます」
小さくお辞儀をして運転のお礼を言った。京本さんは少し照れたようにどこか気色悪い笑みを浮かべた。
「またその笑い、不気味ですよ」
「ガーン!」
「効果音いりません」
「怒んないでって。ほら、中入るよ」
京本さんは私の肩に手を回した。いつもだったら手を握って引っ張ってくれるのに、肩に触れられたせいでいつもよりグッと体が近づいた。
「緊張する〜」
「大丈夫大丈夫。きっと凛ちゃんに合う人ばかりだから」
「ほんと?」
京本さんは優しく頷いた。
古い門がキシキシと音を立てて開いた。覚悟を決めて息を呑んだ。さぁこい!
『京本さん、お疲れ様ですっ!』
「え?」
「お疲れ」
門を抜けた先には、数えきれないほどの筋肉質な大男たちが一列に並んでいた。
「きょ、きょうもとさん?!これってどういう.....」
京本さんを見上げると、見たことない真剣な顔をしていた。こんな表情の京本さん、初めてだ。
『京本さん、お荷物お待ちします』
「嵐、ありがとう」
玄関にいた一番大きな男に荷物を預けた。
『凛様、お寒い中足を運んでいただきありがとうございます。本日はごゆっくりお過ごしください』
「は、はい、ありがとうございます」
訳もわからないまま知らない人にお礼をし、玄関扉を開けてもらった。
『では、失礼致します』
扉が勢いよく閉められて、下駄箱で京本さんと二人きりになった。
「どう?しっくりきた?」
京本さんは顔を覗かせて苦笑いをしてきた。
「ここ、本当に京本さんの職場なんですか.....?」
「うん、そうだよ。こんなとこはなんだから、居間に行こう」
私は一気に不安になった。いきなり大人数の大男達に囲まれて、気が気じゃなかった。いくら信頼できる京本さんでも、初手でこれは怖すぎる。
しかしここまできたら引けない。京本さんの真似をしながら居間に向かった。
「実は、凛ちゃんに紹介したい人がいるんだ」
「私に、紹介したい人?」
京本さんは口元を緩めて頷いた。真剣な表情の中で見せる一瞬の笑みがどれだけの安心感をもたらしたか。この感情はきっと、彼には分からない。
京本さんは私の肩を抱いたまま、襖を開けた。
「お久しぶりです。父さん、母さん」
畳が敷かれた部屋には、若干年老いた夫妻が座っていた。旦那様はあぐらをかき、奥様は手と手を重ねて正座をしていた。
てか、父さん?!母さん?!これって、京本さんの、だよね?
「響、この方が例の?」
京本さんにそっくりな旦那様が低い声で呟いた。京本さんは小さく頷いた。そして肩に添えてあった手を降ろして私を座るよう促した。綺麗な座布団に座るのを少し躊躇った。
すると奥様の方が優しい声をかけてきた。
「遠慮しないで、座ってください」
「ありがとうございます」
この優しい口調、これもまた京本さんそっくりだった。
京本さんも隣に座り、背筋を伸ばした。
そして間を置いて一言。
「凛、すまない。二人が俺の両親。京本厳と、京本和枝だ。突然連れてきてしまい、しかも仕事と嘘をついた。だが、どうしても二人を凛に紹介したかったんだ」
京本さんは見せたことない厳しい表情で頭を下げてきた。しかもいま、凛って、呼び捨てで呼んだよね?
「京本さん!そんな、謝らないでください」
京本さんの両肩に触れて頭を上げさせた。
「あなた、お名前は?」
奥様が話しかけてきた。
「浦田凛です」
「凛さん。素敵なお名前ね」
「ありがとうございます」
タレ目な奥様の声に思わず引き込まれた。隣に座っている厳さんは、腕を組み傲慢な態度でこちらをギロリと睨んでいた。
「父さん、母さん。紹介します。こちらが、俺が結婚しようと思っている女性です」
.....え?




