第5話 お化け屋敷の勇気
「遊園地、行かない?」
俺は、また言った。
映画のときみたいに、心臓が跳ねた。
清沢弥生は、少しだけ考えてから、笑った。
「いいよ。お化け屋敷、入れる?」
その瞬間、俺は言葉に詰まった。
お化け屋敷…苦手だ。
ネトゲでゾンビを相手にするのは平気なのに、現実の暗い通路と突然の音は無理。
でも、ここで「無理」と言ったら、誘った意味がなくなる。
「……まあ、たぶん」
弥生は、俺の顔を見て、ふっと笑った。
その笑顔は、どこか試してるようで、でも優しかった。
土曜日。
フェリーで本土に渡って、電車を乗り継いで、遊園地に着いた。
弥生は、白いブラウスにスカート。
俺は、無難なパーカーとジーンズ。
映画のときよりはマシな格好……のはず。
ジェットコースター、観覧車、射的。
一通り回って、ついに来た。
お化け屋敷。
「じゃ、行こっか」
弥生が何でもないように言う。
俺は、足がすくんだ。
入り口の暗さ、響く音、スタッフの不気味な笑顔。
無理だ。これは、無理だ。
「……やっぱ、俺、外で待って…」
「悠翔」
弥生が、俺の手を取った。
その手は、あたたかくて、少しだけ細くて、でもしっかりしてた。
「一緒に行こ。怖かったら、叫んでいいよ」
俺は、何も言えずに、ただうなずいた。
手を引かれて、暗い入り口に足を踏み入れる。
心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
中は、想像以上に怖かった。
暗闇、冷たい風、突然の音。
何かが飛び出してきた瞬間…
「うわあああああああああああああああ!!」
情けないくらいの声が出た。
弥生が笑ってるのがわかった。
でも、手は離さなかった。
むしろ、少しだけ強く握ってくれた。
出口に出たとき、俺はぐったりしていた。
弥生は、ケラケラ笑いながら言った。
「悠翔、叫びすぎ。後ろのカップル、びっくりしてたよ」
「……無理だった……」
「でも、ちゃんと入ったじゃん。えらいえらい」
そう言って、弥生は俺の頭をぽん、と軽く叩いた。
その手が、まだ少し温かかった。
俺は、繋いでいた手の感触を思い出していた。
柔らかくて、でも芯があって、
怖さよりも、そっちの方がずっと強く残っていた。
春の空は、少しだけ夏に近づいていた。
俺たちの距離も、少しだけ近づいていた。




