第10話 弥生の涙
夏休みが始まった。
島の空は、どこまでも青くて、セミの声が朝から響いている。
港では、漁師たちが網を干し、子どもたちが水鉄砲を持って走り回っていた。
美晴島の夏は、いつもにぎやかだ。
でも、俺の心は、少しだけ静かだった。
告白未遂から数日。
弥生とは普通に話してるけど、どこかぎこちない。
俺は、ちゃんと伝えなきゃと思いながら、言葉がまとまらなかった。
ある日、図書館の帰り道。
港のベンチに座っていた弥生を見つけた。
制服じゃなくて、白いワンピース。
髪は風に揺れていて、表情は少しだけ寂しそうだった。
「弥生」
声をかけると、弥生は驚いた顔をして、それから笑った。
でも、その笑顔は、いつもより弱かった。
「悠翔って、昔から気づくの遅いよね」
「え?」
「私、ずっと待ってたよ。悠翔が、ちゃんと言ってくれるの」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
弥生は、海を見ながら続けた。
「引っ越してからも、ずっと思ってた。悠翔がどうしてるか、どんなふうに過ごしてるか。戻ってきたとき、また隣に座れるかなって。……でも、悠翔は、幼馴染のままでいてくれると思ってたから」
俺は、何も言えなかった。
弥生の声は、少しだけ震えていた。
「映画のときも、遊園地のときも、嬉しかった。でも、悠翔が何か言いかけて、言えなくて……そのたびに、ちょっとだけ不安になった」
弥生は、目を伏せた。
そして、ぽつりと言った。
「……私、怖かったんだよ。悠翔が、私のこと、もう“女の子”として見てないんじゃないかって」
その瞬間、弥生の目に涙が浮かんだ。
俺は、何かが胸の奥で弾けるのを感じた。
「弥生……俺、ちゃんと言うよ。今度こそ」
弥生は、涙をぬぐいながら、笑った。
「うん。待ってる」
その笑顔は、泣き顔のままで、でもすごく綺麗だった。
俺は、彼女の隣に座って、海を見た。
潮風が、少しだけ優しく吹いていた。
俺は、もう迷わない。
次こそ、ちゃんと伝える。
俺の言葉で、俺の気持ちを。




