店員の押しに弱すぎる勇者
僕は勇者クラフ。陛下の命を受け、世界を脅かす魔王や魔族を倒すために旅を続けている。
悪戦苦闘しつつ、どうにか魔族との戦いに勝利を続け、僕の冒険も半年ほどの時が過ぎた。
僕はある商業都市に立ち寄った。国でも有数の大都市で、活気があり治安もいい。休息したり、今後の準備をしたりするにはもってこいだ。
それに、僕が今使っている剣もあちこち刃こぼれして、そろそろ限界のようだ。ここらで買い替えるのもいいかもしれない。
「あのー、この街で武器屋というとどこですか?」
「武器屋? ここはそういうのなくてね。全部デパートにまとまってるよ」
町の人に尋ねると、ここでは「武器屋」「防具屋」はなく、全部ひっくるめた「デパート」があるらしい。
行ってみると、デパートは十階建てぐらいの大きな建物だった。
中は広く、客も多く、ちょっとした宮殿を思わせるような内装だ。さすがは商業都市だなと思わず唸ってしまう。
さっそく剣のコーナーに立ち寄る。
最新モデルの剣が何本も売っている。うーん、これは目移りしてしまうな。じっくり見て決めるとしよう。
すると――
「お客様、何かお探しですか?」
店員さんに声をかけられた。
年齢は20代から30代、顔面には営業スマイルを張りつけている。
僕はこういう“声かけ”がどうも苦手だ。自分のペースで買い物したいし、放っておいて欲しいと感じてしまう。
なんとか断らなければ……。
「よろしければ、ご案内しましょうか?」
にっこりと笑う。笑顔の反面、圧がすごい。
こうなると、「結構です」とは言いづらい。
「はい、お願いします……」
ああ、OKしてしまった……。
がっくりしている僕を尻目に、店員さんは一振りの剣を持ってきた。
「こちら、超一流鍛冶師ジュメル氏作の剣でして、軽い、扱いやすい、よく斬れる、の三拍子が揃っています」
プレゼンが始まってしまった。
「弾力にも強く、スライムのような軟体モンスターもスパスパ斬れます。さらに竜滅薬を塗り込んでいますので、ドラゴンにも効果抜群。高名な聖者に祈りを捧げて頂いており、ゴースト系モンスターにも効果があり……」
「な、なるほど」
店員さんはずいと剣の柄を差し出してきた。
「ちょっと振ってみますか?」
「えーと……」
振ってしまうと買わなきゃならないムードになる。ここは断らねば。
「振ってみないと剣の良し悪しは分かりませんよ」
「そ、そうですよね」
結局、剣を振ることになった。
「えいっ、えいっ!」
振り具合は悪くない……気がする。
というか、店員さんの熱い眼差しが気になってよく分からない。
「いかがです?」
「と、とてもいいですね」
僕をじっと見つめてくる。
口に出しこそしないが「買え」と訴えられているかのようだ。
商品を握ったのだから、振ったのだから、買え買え買え買え買え買え買え買え買え買え……。
そして、僕は――
「こ……これにします!」
「ありがとうございます」
買ってしまった。
もっと色々見たかったけど、まあ悪い剣ではなさそうだしいいだろう。
剣も買ったし、もう用は済んだ。このデパートを出よう。
「ところで鎧もご覧になりませんか?」
「え」
呼び止められてしまった。
「当デパートは剣だけでなく、防具の類も多数取り揃えているんですよ。ぜひご覧になって下さい。見るだけでもいいので。今はこんな防具があるのかと、いい刺激になると思いますよ」
にっこり笑顔でのマシンガントークに、僕はたじたじになり――
「見ます」
そのまま案内されるがまま鎧のコーナーに来てしまった。
こうなるともう向こうのペースだ。いきなり商品を紹介される。
「こちらソフィア鋼の鎧です」
「ソフィア鋼?」
聞き慣れない単語に、つい聞き返してしまう。きっと思う壺だろう。
「近年発見された金属で、軽くて丈夫、さらに加工もしやすい夢のような金属ということで女神の名を冠せられました。この通り光沢もないので、魔物から発見されにくいというメリットもあるのですよ」
「なるほど……」
説明が上手い。つい乗せられてしまう。
「ささ、ぜひ試着してみて下さい」
「は、はい」
ああもう、完全に店員さんのペースだ。
「よくお似合いですよ」
「か、買います」
買ってしまった。
しかも、店員さんのターンはまだ終わらない。
「ううん……籠手の方もだいぶ傷んでいるようですね」
「そうですかね」
「よろしければ、商品を見ていかれますか?」
「見ます」
もはや、店員さんにとっては赤子の手をひねるようなものだろう。手玉に取られるとはこのことだ。
「こちらの籠手はサイズも合いますし、デザイン・機能性ともに一流ですよ」
「買います」
籠手も新調してしまった。
「よろしければ、レガースのコーナーもありますが……」
「見るだけなら……」
買ってしまった。
「兜もご覧になりますか?」
「そうですね……」
買ってしまった。
「こちら、“妖精のマント”という新製品でして、急な背後からの攻撃にも安心できますよ」
「じゃあ、これも……」
たくさん買ってしまった……。
剣だけ買う予定だったのに、装備一式全部新しくしてしまった。
しかしさらに恐ろしいのは、店員さんのターンはまだまだこれからなのであった。
にっこりスマイルでこう言ってくる。
「薬草や傷薬なども買い込んでおいた方がよろしいかと……」
「お願いします」
お願いしてしまった。
その後も、やれこれがオススメだ、これが最新モデルだと言われたものは全部買ってしまい――
「お会計32万ゴールドになります」
「うう……」
これまでに稼いだお金をほとんど使ってしまった。
そして、最後に――
「たくさんお買い上げ頂いたので、この“身代わりケニー君”をプレゼントします」
掌サイズほどの奇妙な人形を手渡される。
「なんですかこれ」
「致命の一撃を受けた時、一度だけ身代わりになってくれる人形です。ぜひどうぞ」
「はぁ……」
デパートに入る前はあれだけ身軽だったのに、出る頃にはすっかり荷物だらけになってしまった。
金も使い切っちゃったし、先が思いやられるなぁ……。
果たして僕は魔王を倒して、世界を救えるのだろうか……。
***
それから半年が過ぎた。
僕は魔族の本拠地に乗り込み、魔王を倒していた。
恐ろしい相手だったが、僕の剣が魔王の胸を深々と切り裂いたのだ。
「ぐはぁっ……!」
「や、やったぞ!」
「うぐぅ……。見事だ、勇者……」
「……」
「だが、剣の腕だけではない……。装備が見事だった……」
「……!」
「類まれな剣術に、完璧な装備が加わっては……もはや我でもどうしようも、ない……。悔しいが、完敗だ……」
この言葉を最期に、魔王は消滅した。
そう、その通りなのだ。
僕はあのデパートで買った装備のまま魔王の元までたどり着き、ついに打ち倒してしまった。
魔王にも切り札といえる最強攻撃があったのだが、当たれば即死というその攻撃すら、“身代わりケニー君”が防いでくれたのだ。
僕が魔王を倒せたのは、あの店員さんのおかげという他ない。
凱旋を果たし、勇者として一通りの祝福を受けた後、僕はすぐ店員さんにお礼を言いに行った。
僕が魔王を倒せたのはあなたのおかげですと伝えると――
「あー、あの時の! あなた、勇者様だったんですね! わざわざありがとうございます!」
以上。
リアクション、薄っ!
僕と少し会話をすると、かなり多忙なのか、他のお客さんのところに飛んでいってしまった。
店員さんからすれば、世界を救った僕も大勢のお客の一人。
彼からすれば日常業務をこなしたに過ぎないのだろう。
しかし、僕が勇者であるのなら、彼もまた勇者だ。本人にその自覚はないだろうけど。
デパート内にあの店員さんの声が響き渡る。
「いらっしゃいませー!」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。