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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(7)仮面を付けた人たち

作者: 刻田みのり

 俺とイアナ嬢は離宮を後にした。


 いやぁ、イアナ嬢がクッキーを食べまくったものだから、それ以降居心地が悪いこと悪いこと。早々に話を切り上げてしまったよ。


 何せ見送ってくれたリアさんが苦笑してたくらいだからね。もう恥ずい恥ずい。


 それなのに……。


「バタークッキー♪ バタークッキー♪ バタークッキー♪」


 すっげぇ上機嫌でやんの。


 こいつがあんまりにも美味そうにクッキーを食べるものだから帰り際にリアさんが持たせてくれたんだよね。結構大きめの布袋一つ分だけどきっとイアナ嬢なら一人で全部平らげてしまうはず。


 うん、このまま王都にいたら太るな。


 とか思ってたら睨まれたよ。何故だ。


「あんた、あたしがクッキー貰えて浮かれてるって思ってるでしょ」

「いや、思ってないぞ」


 太るとは思ったがな。


 イアナ嬢がはあっと溜め息をついた。


「あのね、あたしはリアさんからネンチャーク男爵のことを聞き出せたから気分が良いの。間違ってもバタークッキーが手に入ったから嬉しいんじゃないんだからね」

「……」


 絶対嘘だ。


 つーか、こいつ放っておいたら一人でもネンチャーク男爵のところに突撃するんじゃないか?


 油断できないな。


 ともあれ俺たちは騎士団の詰め所に向かっていた。


 シスターラビットのお店で捕まえた暴漢のことを訊くためだ。それによってネンチャーク男爵との関わりの有無もはっきりするかもしれないからな。


 騎士団の詰め所は王都に数カ所あり俺たちが目指しているのはそのうちの一つだった。場所はシスターラビットのお店からも近い。


 俺たちがその付近まで来ると何やら騒いでいるのが聞こえてきた。


「ん?」

「ねぇ、あれ煙が上がってない?」


 イアナ嬢の指差した方向に黒煙が見えた。


 丁度、騎士団の詰め所があるあたりだ。


 そして、そちらから逃げるように人々が走って来る。何事かが起きたのは疑いようもない。


「急ぐぞ」


 俺はイアナ嬢の返事を待たずに駆け出した。


 *


 現場に到着すると騎士団の詰め所があった場所には瓦礫の山が出来ていた。それどころか周囲の建物まで巻き込まれており酷い有様だ。


 逃げずに野次馬をしている数人のうちの一人に声をかけた。


「何があった?」

「詰め所を魔物が襲ったんだよ」

「いやいや、あれは詰め所の中から出て来たぞ。誰かが詰め所の中で魔物を召喚したんだ」

「俺は男が魔物に化けたって聞いたぞ」

「騎士様が何人も殺られたそうじゃないか」

「こういう時にシスター仮面が来てくれたらなぁ」

「そうそう、魔物なんて一発だろうに」

「……」


 えっと。


 シスター仮面って?


 いや、それはとりあえず脇に置こう。


 何となく触れたら駄目な気がする。


「ところで騎士団の人たちは? 魔物の姿も見当たらないけど」


 イアナ嬢がきょろきょろしながら訊いた。


 野次馬の一人が答える。


「それがさっきまでいたのに急に見えなくなっちまったんだよなぁ」

「消える直前に魔法の粒子が見えたぜ」


 別の野次馬。


「騎士様の誰かが被害を広げないようにって結界を張ったんじゃね?」


 さらに別の野次馬が混じって来る。


「それにしたって結界内も見えるだろうに」

「そんなの知らねぇよ」

「案外、騎士じゃなくて魔物の仕業だったりな」

「おいおい、それじゃやばいんじゃないか? そんなこと出来る魔物相手じゃいくら騎士でも苦戦するぞ」

「誰か城の魔導師呼んで来いよ」

「それよりシスター仮面呼ぼうぜ」

「どうやって呼ぶんだよ。あの人神出鬼没なんだぞ」

「あ、俺、ウィル教の教皇直属の特務だって聞いたことあるよ」

「それガセだろ。信じてるんじゃねーよ」


 野次馬たちが次々と話に加わってきたので収集がつかない。


「……」


 あ、やばい。


 イアナ嬢がにこやかだけど青筋浮かべてる。


 おいおい、野次馬たちを相手に暴れたりしないでくれよ。


 俺はイアナ嬢に向いた。


「場所を変えよう」


 俺たちは野次馬たちから離れた。


 シスターラビットのお店の方へと移動しながら尋ねる。


「まだ今日の上位鑑定使ってないよな?」

「ええ」


 こくり、とイアナ嬢がうなずいた。


「何回か使おうとしたけどね。でも我慢したわ」

「よしよし、偉い偉い」


 頭を撫でてやった。


 イアナ嬢の顔が真っ赤になる。


「ちょ、あたしを子供扱いしないでよね」

「おっと、嫌だったか」

「むぅ」


 イアナ嬢がすげぇ目つきで睨んできた。


 わぁ、そんな怒らなくてもいいだろ。


 て、それどころじゃないな。


「イアナ嬢、上位鑑定で何が起きているかわからないか?」

「えっ」

「結界が張られているかどうかはともかく、何かがあればそれを見つけられるかもしれない。仮に結界内に騎士たちが閉じ込められていたら早く助けないと手遅れになりかねない」


 俺の話を聞いているうちにイアナ嬢の表情がどんどん硬くなった。


 彼女は遠目に騎士団の詰め所の方を見つめ、しばし黙り込む。


 その目が大きく見開かれた。


「ジェイ、これ魔物の仕業じゃないわ」

「魔物、じゃない?」

「ええ」


 彼女はクッキーの布袋の口をぎゅっと握った。


 ブツブツと呟きながら詰め所の方へと引き返し始める。呪文の詠唱だとは理解出来るが何の呪文かまでは判別がつかない。小声だしな。


 俺も彼女の後を追った。


「おい、じゃあ何の」


 仕業なんだ、と訊こうとしたところでイアナ嬢が魔法を発動させた。


 見えない壁に干渉するように光の粒子がイアナ嬢の前で飛び散る。結界を破壊するというより穴を開けて侵入するといった感じだった。


 恐らくこれは破壊するのが困難な結界なのだろう。それでも入り込めるだけの穴をこじ開けられるイアナ嬢の実力は大したものだと思う。さすがは次代の聖女様。


「あんまり長く開けていられないから早く入って」

「お、おう」


 先行したイアナ嬢に急かされながら先に進むと違和感があった。


 急に耳が遠くなったというか不自然に周囲の音が聞こえ難くなったのだ。それに野次馬たちの姿は見えるのに彼らの声が聞こえない。


 どういうことだ?


 疑問を浮かべながら飛んできた何かを躱した。


 うわっ、折れた剣先かよ。危ねぇなあ。


 剣先の飛んできた方を見ると消えていた騎士団の連中が武器を手に魔物と戦っていた。数人が倒れているが死んでいるかどうかは不明だ。


 ただ、首が不自然な方向に曲がっていたり胸に風穴が空いていたりしている者は絶望的だろう。あれで生きていたらそっちの方が怖い。


 そして騎士団が対峙しているのは……。


「グレーターリザーティコアか」


 俺も実物を目にするのは初めてだった。


 前に読んだ本によるとグレーターリザーティコアはリザーティコアの上位種で、体の大きさが二回り以上のサイズになるだけでなく素早さや攻撃力も数倍に跳ね上がるらしい。さらにブレスや魔法も使ってくるとか。わあ怖い。


 モンスターランクはA。


 凄腕の冒険者でも複数パーティーでの討伐が推奨されている危険な魔物だ。いくら王都の騎士でもこいつには手こずるだろう。実際手こずってるみたいだしな。


 騎士の一人が剣を振りかぶりながらグレーターリザーティコアへと突撃した。


 一閃するもグレーターリザーティコアの分厚い皮膚に阻まれる。むしろ体勢を崩した騎士にグレーターリザーティコアの尻尾が襲いかかった。その先端にはサソリの毒針がある。もちろん猛毒だ。


 騎士は避けられなかった。


 吸い込まれるように毒針が騎士の胸へと突き立てられ……。


「ウダァッ!」


 俺の放ったマジックパンチが間一髪間に合った。サソリの尻尾の先端ごと毒針を粉砕する。


 ファストに腕輪の改良をしてもらっておいて本当に良かった。赤の他人だけど目の前で死なれるのは気分悪いしな。


 戻ってきた左拳が手首に接合したタイミングでダーティワークを解除。


 俺は再度腕輪に魔力を流す。


 負傷している騎士の数を視認して次の能力を発動させた。


「スプラッシュ」


 発射した水球のエフェクトは空中で人数分に分かれた。寸分違わぬコントロールで全員に着弾していく。


「おおっ、傷が癒えた」

「これならまだ戦える」

「第三と第四班は悪魔を討て。それ以外でこのままこいつを片づけるッ!」


 回復した騎士たちが活気づいた。



 **



「補助の魔法か魔道具を使える者は攻撃力を増強しろ!」

「槍持ちは間合いを取って援護だ」

「後ろから回り込んで魔物の注意を引き付けろッ!」


 俺のスプラッシュで回復した騎士たちが活気づいた。


 うん、やる気になっているのはいいと思うよ。


 でも、その魔物ランクAのめっちゃ危険なモンスターだからね。迂闊に攻めるとせっかく治したのにまた怪我するよ。


 低く唸って威嚇してくるグレーターリザーティコアを二手に分かれた騎士団の一方が取り囲む。


 もう一方は……おや?


 俺はイアナ嬢に訊いた。


「なぁ、俺の目がおかしいのかな? あそこに色違いのケチャが見えるんだが」

「大丈夫、あたしにも見えてるし。それにそいつここの結界を張った奴よ」

「そうなのか?」

「だって上位鑑定した時にそう啓示が出てたもの」


 俺たちの視線の先にケチャそっくりの子供がいた。


 いや、そっくりというには語弊があるか。


 俺の知るケチャは白髪で顔色の悪い子供だ。着ているローブの色は緑。


 こっちのケチャは金髪。顔色が悪いのは本物(?)のケチャと一緒だがローブの色はピンクだ。それも目が痛くなるような派手派手のピンク。趣味悪っ!


 遠目でもにやけているのがわかる。


 さて、俺は今二つの戦闘を間近にしているのだが……これ、どっちも放置できないよな?


 グレーターリザーティコアは間違いなく騎士団では対処しきれないだろうし、ピンクのケチャは何となくこれはこれでやばそうだ。本物のケチャと同じかどうかは不明だけど。


 ま、とりあえず先にグレーターリザーティコアを仕留めておくか。何か尻尾が再生してきているみたいだし。


 俺はダーティワークを発動した。


 両方の拳を黒い光のグローブが包む。


 腕輪に魔力を流しながらグレーターリザーティコアに狙いを定め、発射。


 轟音を伴って撃ち出された左拳がグレーターリザーティコアの頭を粉砕した。


 肉片と体液を撒き散らせつつ横倒しに崩れたグレーターリザーティコアに騎士たちがどよめく。


 ほぼ一斉に彼らの視線が俺へと向けられた。


 驚嘆、恐れ、羨望、そして幾分かの疑念が混じり合うように俺へと注がれる。あ、獲物を横取りされた怒りで睨んでくる奴もいるな。面倒くさい。


「そこの君、協力感謝する。ところで……」


 リーダーっぽいいかにも育ちの良さそうな騎士がこちらに声をかけてきたのを無視して俺はピンクケチャへと駆ける。


 背後でイアナ嬢が呪文の詠唱を始めていた。物凄い早口だ。


 俺がマジックパンチを撃つ前にイアナ嬢の魔法が発動した。


 キラキラと青白い光が俺を包み、消える。


 身体が急に軽くなった。脚力が増して走る速度が何倍にもなる。


 補助系の申請魔法だ。


「ウダァッ!」


 騎士団の攻撃をその場に立ったまま回避しようともしないピンクケチャに俺はマジックパンチを放った。


 嘗めているのかピンクケチャは指一本動かそうとしない。


 突然背後から乱入した俺に騎士たちが一瞬身じろいだ。彼らの攻撃が止まったところに俺の左拳が飛び込む。


 ピンクケチャに着弾……しなかった。


 見えない障壁がピンクケチャの直前で展開しそれに命中した左拳が金属音にも似た衝撃音を響かせる。障壁を打ち破ることも出来ずに左拳は俺の元に戻ってきた。。


 だが、その頃には俺もピンクケチャのすぐ傍まで迫っている。


 呼び止める騎士たちを無視して俺は右拳で殴りかかった。


 障壁に拳が止められる。


 ビリビリと右腕を伝わってくる衝撃。右腕を痺れさせる感覚に気付かなかったふりをして拳を握り直した。


 俺の中で「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 黒い光のグローブが脈打つ。深淵の闇より深くて禍々しい力が俺の拳へと注がれていった。気を抜くとそのまま魂まで持って行かれそうな激しくて危険な力の奔流が俺の内側から溢れてくる。


 俺は自分の魔力を少しずつ加減しながら「それ」へと与えていく。しかし、俺の身に宿る「それ」は貪欲だ。このまま魔力を与え続ければいずれは全て喰らい尽くし、さらには魂をも喰らおうとするだろう。


 そうさせないためにも時間はかけられない。


 俺は一点集中で障壁を連打した。


「ウダダダダダダダダッ!」


 ピンクケチャの頬がぴくりと動く。


 その僅かな変化に俺は手応えを感じ、さらにラッシュを浴びせまくった。


 障壁に亀裂が浮かぶ。やがて亀裂は放射線状に広がってガラスを砕くように割れていった。


 俺が一歩前に踏み込むよりも早くピンクケチャが地面を蹴る。


 跳ぶように俺へと突っ込むピンクケチャには笑みが消えていた。その身体から澱んだ色のピンクの影が噴出する。


 俺は構わずぶん殴った。


 ぐにゃりと嫌な感触。


 ピンクケチャの顔面を捉えた拳がその顔を陥没させていた。それでも怯まずにピンクケチャが影を伸ばしてくる。


 触手のようにうねうねする影の先端にはサソリの尻尾。毒針がやけに長い。


 俺はもう一方の拳で毒針を叩き折った。


 損傷した部分がピンク色の影に覆われて再生する。


 ピンクケチャからさらに影が伸びる。


 俺はそれも殴打した。そして再生。


 キリがない。


 俺は腕輪に魔力を流した。


 呼応するように「それ」が喚く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 俺の戦いの邪魔になるのがわかっているからか騎士団は手出ししてこない。それは俺にとっても好都合だった。


 正直、下手に近づいて来られたら巻き添えにしてしまいそうだ。騎士の動きに合わせながらピンクケチャとやり合える余裕はない。


 俺との戦闘の間に顔を再生させたピンクケチャが何かを叫んだ。甲高く、人を不快にさせる響きの叫びだ。


 空間に無数の小さな魔方陣が現れそこからサソリの尻尾を先端に付けたピンク色の影が伸びてくる。一斉に俺へと向かってくる影はどれくらいあるのか。


 数えるのも面倒だ。


 俺は両拳でラッシュを放つ。

 獲物に喰らいつくかのように拳がサソリの尻尾を砕いていく。一発一発放つ毎に俺の中の「それ」が歓喜の声を上げていく。


 怒れ……。


「遅くなってごめんなさいねぇ」


 声。


 この場にはそぐわない妙に脳天気な感じの声だった。どちらかといえばお菓子屋の店長とか地方の古びた教会で子供と遊ぶ優しいシスターを連想させる声だ。俺のイメージなので異論は認めない。。


 そして、横から照射される謎の光。


 その光がピンクケチャの胸を貫く。


「あがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 両手で大穴の開いた胸を押さえてピンクケチャが絶叫する。その目は大きく見開かれ驚愕の色を示していた。そして、その身体からキラキラとした青白い光の粒子が溢れてくる。。


 声の主がゆっくりと歩み寄ってくる。。


 騎士たちのつぶやきが聞こえた。


「シスター仮面だ」

「これで助かった」

「相変わらずお強い」

「それにしても、あの攻撃は何だよ。あんなの反則だろ」

「馬鹿、あれはウィル教の特務だけが使える秘術なんだよ。聞いたことないのか?」


 顔を白い仮面で隠した人物が足を止める。俺とピンクケチャとの間合いを絶妙にとった距離。仮にどちらがこの人物に肉迫しようとしてもこの距離なら容易に対処できるだろう。


 何故かそう思えるのだ。


 銀色の手鏡を持ち、ウィル教の修道服で身を包んだその人物は頭から真っ白なウサミミを生やしていた。


 いや、あれはカチューシャか。


 お嬢様もあれと良く似たカチューシャを持っていたな。まあ、お嬢様の方が絶対に似合うけど。


 ん?


 そういや、この人誰かに似てないか?


 うーん。


 誰だっけ?


「ふふっ、仮面の効果はバッチリみたいですねぇ」


 どこかで聞いたことのあるような声。でも、誰の声かはわからない。


 何となく若い女性の声だとは思う。


 ……って。


 やばっ、俺まだ戦闘中だってのに何やってんだよ。


 慌てて俺はピンクケチャに意識を向けるがそこにはもう誰もいなかった。


 代わりに転がっていたのは一部が欠けたピンク色の魔石。小さな子供の拳くらいのサイズだ。


 俺はウサミミの人物を見た。


 何故かその表情が微笑んでいるように思える。仮面で顔は隠されているのに。


「……」


 俺、この人知ってる。


 何となくそんな気がした。



 **



 シスター仮面によってピンクケチャは倒された。


 彼女はまるで俺のお嬢様が新作の魔道具を自慢する時のように銀色の手鏡を見せてくる。


「これ自然光や人工光を利用して光属性とか聖属性の光線を発射する魔道具なんですよ。持ち手の部分に二つの魔石が填められていて、上の魔石を押すと光属性、下を押すと聖属性といった具合に切り替わるんです。あ、両方押すと消耗が激しくなりますけど光と聖の両方の属性の光線になりますよ」

「はぁ」


 やっぱり誰かに似てる。


 でも、誰かはわからない。


 何となくこの人だと思えているはずなのに肝心の「この人」が頭の中でぼやけてしまっているのだ。答えがすぐ目の前にあるのにモザイクがかかっているかのような感覚。もどかしい。


 俺の横に並んだイアナ嬢がシスター仮面に訊いた。


「えっと、初めまして?」

「そうですね。初めまして、シスター仮面一号です」

「一号?」


 イアナ嬢の頭に疑問符が浮かぶ。


 シスター仮面がうなずきながら応えた。


「ええ、私の他に仲間がいるんです」

「そうなんですか……って、あれ?」


 イアナ嬢がコテンと首を傾げ。


「あたし、どこかで会ったような?」

「うーん、ちょっとレジストされてる? まあ完全に仮面の効果がないって訳でもないみたいですし、後で改良するってことで良しとしましょうかねぇ」

「……?」


 シスター仮面が何かつぶやくが、俺には聞こえているはずなのに言葉が理解出来なかった。何かの力が働いているような錯覚に陥るがそれも違う気がする。


 うん、よくわからん。


 イアナ嬢が手鏡に目を向けた。


「これ、すごいですね。ジェイが手こずっていたのを一発だなんて」

「ええ、そうでしょ。すごいでしょ。何せファストとロッテに協力して貰った逸品ですから……とは言えこれもまだまだ改良の余地はありそうですけど」

「ファストとロッテ!?」


 イアナ嬢が目を丸くして叫んだ。


 俺も耳を疑ったよ。


 ファスト、ファストってあのファストだよな?


 つーことはロッテも精霊王のことか?


 いや、まさかな。


 どうもこのところナーバスになっているようでいけない。


 うん、きっと同じ名前の友人か何かなんだろう。


 深く考えたら負けだ。


 グルルルルルルルルッ!


 突然、背後で唸り声がした。騎士団も何か騒いでいる。


「おい、魔物が復活したぞ」

「何て奴だ。頭を吹っ飛ばされたんじゃなかったのかよ」

「いや確かに頭は失っていた。それなのに生きてる?」

「アンデッドだったってオチはないよな?」


 振り返ると倒したはずのグレーターリザーティコアが起き上がっている。


 俺のマジックパンチで粉砕した頭も再生していた。


 ちっ、しぶといな。


「あらあら」


 シスター仮面。


「グレーターリザーティコアはただ頭を吹き飛ばしたくらいじゃ倒せないんですよねぇ。ちゃんと弱点を突かないといけないと言いますか……そもそも魔物という認識が間違っていると言いますか」

「……」


 え?


 あれ、魔物じゃないの?


 魔物じゃないのなら、一体何?


 ……じゃなくて!


 俺は今度こそ仕留めようと拳を握り直した。


 しかし……。


「ウサギーキックだぴょんッ!」


 可愛らしい少女の声とともに茶色い毛並みのウサミミ少女が空から降ってきた。


 格好はシスター仮面とほぼ同じ。ただこちらは顔の上半分を隠す黒い仮面と赤く光るブーツを履いていた。揃えた両足が一つの赤い光となって輝いている。


 その両足がグレーターリザーティコアの首の付け根部分に命中する。


 というか貫通したよ。すげーな。


 グレーターリザーティコアが断末魔の叫びを上げる暇も無く倒れた。


 何故かその体が影に呑まれるように消えていく。


「……」


 これは……。


 リザーティコアと影の消えた場所には欠けた赤い魔石が残されていた。この魔石も結構大きい。欠けていなければ総統の値が付いていただろう。


 ウサミミ少女が魔石を拾い上げ、俺たちの方を向く。


 両手で魔石を掲げた。


「店長……じゃなくて一号、これ完全に砕いちゃった方が良いぴょん?」

「あーうん……そうですね、もう瘴気も感じられませんしそのままでも大丈夫ですよ」

「わかったぴょん」


 ウサミミ少女は魔石を修道服の袖口に入れた。


 すうっと魔石が袖の奥に消える。


 いやいやいやいや。


 どうして袖が膨らまないんだよ。


 あれか、また袖口にマジックバッグが仕込まれているのか? やっぱ流行りなのか?


 ふと気配を察知して俺が振り向くと背の高い黒猫の男が立っていた。


 やはり修道服を着ている。彼も顔の上半分を隠す仮面を付けていた。


 その目が鋭く細まる。


「……」


 うわぁ、こいつ絶対人を殺してるな。


 正義の味方というより悪役、しかも殺し屋だ。


「……」

「んだよ。なーにメンチ切ってんだ。文句あんなら相手になんぞコラ」

「……いや、特に文句はないが」

「あ? 何かその態度ムカつくな。いいぜ、俺もせっかくこんな恥ずかしい格好を我慢したってのにあいつに先を越されて苛々してんだ。ちょっと面貸せや」

「そりゃそっちの都合では?」

「んだとコラァッ!」

「……」


 不覚にも威圧されてしまった。


 こいつ、そこらの魔物より怖い。


「この黒猫って悪党? ガラも悪いし悪党だよね?」

「……」


 イアナ嬢。


 それ、激しく同意だけど口にするのはどうかと思うぞ。


「ああん? てめぇも泣かされてぇのか?」


 クロネコ男がイアナ嬢を睨み付ける。


 睨み返すイアナ嬢。おおっ、強い。


 たしなめるようにシスター仮面が声をかけた。


「もうクロちゃんったら駄目ですよぉ。それじゃ悪役の振る舞いじゃないですかぁ」

「だがな店長」

「あらやだ、一号ですよ。一号」


 シスター仮面から超絶な負のオーラが漂った。


 あと声が物凄く冷たい。


「ええっと、何回言ったらわかってくれるんですかねぇ。それともまたお仕置きが必要なんですかぁ?」

「……」

「……」

「……」


 俺、イアナ嬢、クロネコ仮面が揃って沈黙。


 つーかあれは口答えしたら駄目な奴だ。


 あと、まわりにいる騎士たちも固まっちゃってるよ。時間まで止めてるのかな? 怖い怖い。


 ややあってクロネコ仮面がごまかすように咳払いをした。


 時が動き出す。


「あ、あれだ一号。間違いは誰にでもあるよな?」

「そうですねぇ」

「ほ、ほら他の奴らも引いてるし。あんたも周囲の人間をビビらせるのは本望じゃないだろ?」

「そうですねぇ」

「ここであんまり怖いところを見せるとまた変な噂が広まるかもしれないぞ。そんなの嫌だろ?」

「そうですねぇ」

「……」


 クロネコ仮面が縋るような目で俺を見てきた。


 いや、あんたさっき俺に威嚇してただろ。それなのにそんな目をするのかよ。


 わぁ、面倒くせぇ。


「あのぅ、一号」


 シスター仮面二号ことウサミミ少女が遠慮がちに声を上げた。


 皆一斉に彼女の方を見る。


 もちろん騎士団の皆さんもウサミミ少女に注目だ。


 一身に皆の注目を浴びてウサミミ少女がビクリとする。しかしどうにか持ち直したらしく彼女は言った。


「この人とこの人なんですけどぴょん」


 と、首が不自然な方向に曲がった騎士の死体と胸に風穴を開けられた騎士の死体を指差し。


「アン……じゃなくて二号ならまだ生き返らせることができるかもしれないぴょん」

「そうね。二号ちゃんなら生命の精霊王の守護もありますし、蘇生術くらい使えますよね」

「ぶっ」


 俺はつい吹いてしまう。


 いや、何だよ生命の精霊王の守護って。


 あと蘇生術。


 そんなん使える奴いたのかよ。


 あまりの発言にイアナ嬢まで口をあんぐりとさせてるよ。次代の聖女にあるまじき姿になってるよ。


 騎士たちが口々に声を上げる。


「せせせせ生命の精霊王ッ!」

「守護持ちって実在したんだ」

「さすが二号ちゃん」

「可愛い。飼いたい」

「お持ち帰りしたいッ!」

「俺も蹴って……いや、踏んでくれないかなぁ」

「……」


 おい。


 何人かおかしな奴が混じってないか?


 クロネコ仮面が反応した。


「ああん? 誰だ変なこと言ってる奴は? 代わりに俺が踏んでやろうか?」

「……」


 クロネコ仮面。


 つっこむところ、それだけか?


 飼いたいとかお持ち帰りしたいとかはいいのか?



 **



 二人の騎士の死体を自分の前に並べるとシスター仮面二号ことウサミミ少女が祈るように両手を組んだ。


 俺やイアナ嬢、そして騎士たちがそれを固唾を呑んで見守っている。無駄口を叩こうとした奴もいたがクロネコ仮面に睨まれてすぐに口を噤んだ。


 シスター仮面一号はニコニコしている。この人だけ何というか空気が違うな。ほんわかしてると言うか。


 ブツブツとウサミミ少女が呪文を呟き、祈り文句のような声があたりに響き渡る。詠唱とともに二つの死体を包むような青白い光が浮かび、さらに大きな光の魔方陣が地面に描かれた。


 死体を包む光がその傷を癒やしていく。


 曲がっていた首が正常な向きに戻り、開いていた傷口が塞がっていった。


 見た目はもうただ眠っているようにしか見えない。


 念じるようにウサミミ少女が魔方陣に向かって頭を下げて祈る。


 彼女は告げた。


「生命の精霊王ファミマの守護を授かりしアンゴラの名の下に命じるぴょん。魂よ、その肉体に還れぴょん」

「……」


 ん?


 今、アンゴラって言わなかったか?


 ええっと、どっかで聞いたような……?


 俺が思い出そうとしていると二つの死体の上に白く光る球体が現れた。


 それらがすうっとそれぞれの死体へと溶け込んでいく。


 声。



『うんうん、アンゴラちゃん今日も可愛いねぇ』

『その格好も似合ってるけど今度は天使の格好をしてくれると嬉しいかな♪ 超ミニスカ白ニーソで♪』


「……」


 あ、あれ?


 今のってもしかしなくてもファミマの声?


「なーんて、実は声だけでなく実物も来ちゃいましたぁ♪」


 ウサミミ少女のすぐ傍に天使の格好をした十歳くらいの男の子が出現した。黒髪のなかなかに可愛らしい子である。


「僕ちゃんが来たからもうこの蘇生術は成功したも同然だね♪ というかアンゴラちゃんに失敗なんてさせないけどねっ!」


 二人の騎士の死体がより強く発光する。


 祈りのポーズをとったままウサミミ少女がびっくりしたようにファミマを見た。つーか、驚き過ぎてちょいその場で跳ねてるし。さすがウサミミ少女。


 そんなウサミミ少女を他所に光が唐突に消えた。魔方陣も初めからなかったかのように消え去っている。


 そして……。


 横たわっていた二人の騎士が息を吹き返した。


 さっきまで死んでいたのが嘘のように、身を起こし一人は大欠伸をしてもう一人はきょろきょろと周囲を見回した。軽い混乱があるようだ。まあやむなし。


 騎士たちが喝采を上げた。


「おおっ、生き返った」

「二号ちゃん蘇生術を成功させるなんてすごい!」

「俺、これ見たの自慢しようっと」

「二号ちゃんやっぱり可愛い。飼いたい!」

「お持ち帰りしたい」

「げ、下僕にしてくれないかな?」

「……」


 おい。


 また変なこと言ってる奴が混じってるぞ。


 ここの騎士たち大丈夫か?


 やはり聞き逃さなかったらしいクロネコ仮面がチッと舌打ちした。


「……ったく、わかってねーな。あいつの下僕なんてなったら地獄を見るぞ」

「……」


 何それ怖い。


「あ、そういうのいいかも。ジェイをあたしの下僕に……うふふ」

「……」


 もう一人怖い奴がいたよ。


 ああ、優しくて天使なお嬢様が恋しい。


 俺が遠い目をしていると一人の騎士が歩み寄って来た。戦闘中にあれこれと仲間に指示を飛ばしていた育ちの良さそうな騎士だ。


 白銀の鎧に身を包んだ彼は俺と同い年くらいの優男だった。見た目は細そうでも筋肉がムキってるのは何となくわかる。お嬢様的に言うなら細マッチョだ。


 ふわっとした感じの金髪をゆらりと揺らして騎士は会釈した。


 右手を差し出してくる。


「さっきは協力感謝する。私はこの文体の隊長のロッテだ」

「……」


 おい、やめろ。


 そんなやばそうな名前の奴が俺に関わって来るな。


 俺が黙ったまま握手に応じずにいるとシスター仮面一号が強引に俺の手を取った。


 そして、ロッテ分団長の手に握らせる。


「もう、ジェイったら分団長さんに失礼ですよ」

「……」


 えっと。


 この人、本当に俺と初対面か?


 めっちゃ知り合いな気がするんだが。


 ああでも、そんなことないよな。


 うん、きっと疲れてるんだ。


 俺、ノーゼアに帰ったら少し休んだ方がいいな。


 握手を終えるとロッテ分団長が訊いてきた。


「ところで、君は冒険者かな? ここ(王都)では見ない顔だが」

「ああ、俺は北の辺境のノーゼアから来たんだ」

「なるほど」


 ロッテ分団長がイアナ嬢を見遣った。


「彼女は元次代の聖女……で合ってるかな?」

「……」


 元?


 おいおい、現在進行形で次代の聖女じゃないのかよ。


 俺がすぐに返事をしなかったからかロッテ分団長が言い直した。


「ああすまない、彼女はイアナ・グランデ伯爵令嬢で合ってるかな?」

「あ、ああ」


 ひょっとしてイアナ嬢って王都ではもう過去の人?


 聖女の後継者じゃなくなってる?


「うーん、私はまだイアナさんは次代の聖女だと思うんですけどねぇ」


 シスター仮面一号がやや残念そうに言った。


「それに今のメラニアさんではまだ聖女になれませんし」

「ふむ」


 ロッテ分団長が興味深そうに。


「シスター仮面、あなたはメラニア妃では聖女として相応しくないと?」

「ええ、現時点では」

「なるほど。教皇の直轄と噂されるあなたがそう言うのならそうなのだろう」


 教皇の直轄についてシスター仮面一号は肯定も否定もしなかった。


 自分のことを話題にされていたイアナ嬢がここで口を開く。


「あたし、別に聖女とかどうでもいいわよ」

「おやおや」


 ロッテ分団長。


「それはグランデ伯爵が聞いたら卒倒しそうな発言だ。君もグランデ家の人間ならそんなことを軽々しく口にするものではないよ」

「別にあたしが聖女になることとグランデ家は関係ないでしょ」

「グランデ家程の名家なら大いに関係すると思うがね」

「くだらない」


 あ、うん。


 そういうのを「くだらない」と一刀両断出来るのがイアナ嬢なんだよな。


 そういうところ、嫌いじゃないぜ。


 何となくイアナ嬢の頭を撫でてやりたい衝動にかられたが俺より先に別の手が伸びた。


 シスター仮面一号だ。


 彼女はよしよしとイアナ嬢の頭を撫でた。


「私、イアナさんのそういうところ好きですよ。うんうん、イアナさんはそのままでいてくださいね」

「えっと、あの、一号さん?」


 戸惑うイアナ嬢の顔が赤くなっていく。俺がやると「子供扱いしないで」って怒る癖に。納得いかん。


「なあ」


 と、クロネコ仮面が横から声をかけてきた。


「そんなんは後でいいからさっさと後処理しちまおうぜ。どうせ消毒する必要があるんだろ?」

「もう、クロちゃんは情緒がないですねぇ」


 シスター仮面一号はイアナ嬢の頭から手を離すとやれやれといった風に肩をすくめた。


 うん?


 後処理?


 消毒?


 俺が目で問うとシスター仮面一号は修道服の袖口から奇妙な形の瓶を取り出した。


 瓶には引き金のついた蓋が付いており、どうやらその引き金を引いて中身を噴射するようになっているらしかった。


「あ、これはファブ……浄化スプレーくんです。この瓶の中に魔法処理された薬品が入っていましてスプレーすることによって汚染された物を清めることができます」

「へぇ」


 ロッテ分団長が好奇心たっぷりな目をした。


「それがあればどんな物でも清められるのかい?」

「まああくまでも瓶の中身の薬剤次第ですね。これにはクースー草を元に調合した物を入れてあります」

「クースー草?」


 俺。


「何でまた」

「あ? 知らねえのかよ。呪毒に効くんだよ」


 クロネコ仮面が露骨に馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らした。


「グレーターリザーティコアはそこにいるだけで空気中に毒をバラ巻いているんだよ。その呪毒は吸った者を病気にしちまう。それもかなり悪質な病気にだ」

「……」


 えっ、それやばくね?


 つーか空気中にって知らなければ避けようもないじゃん。


「まあグレーターリザーティコアは魔物ではなく異世界の悪魔ですからねぇ。普通は知らなくても仕方ないと思いますよ」

「体内の魔石を破壊しねぇと何度でも復活しちまうしな。頭を潰して勝ったつもりでいたら……てなことになっても仕方ねぇ」


 ニヤリ。


 クロネコ仮面が俺を嘲うように笑んだ。


「ま、知らなかったんだからしょうがねぇ。それにあいつが仕留めてくれただろ?」

「くっ」


 何か悔しいな。


 それにグレーターリザーティコアが異世界の悪魔だなんて本には書かれてなかったぞ。



 **



 シスター仮面一号がシュッシュッとスプレーの引き金を引いて回っている。


 噴霧された薬剤には酒の匂いに混じって微かにフルーティーな匂いがした。クースー草の匂いに何かの果物の匂いを添加しているのだろう。


 つーかクースー草本来の匂いは酒臭いしな。


 クロネコ仮面がブツブツと呪文を唱えながら噴霧された薬剤を風に乗せる。


 シスター仮面一号によるとグレーターリザーティコアの呪毒はただの毒でも呪いでもないらしい。


 たとえ耐性があってもその耐性もあまり効果がなく、毒消しや浄化魔法では治せず、唯一クースー草だけが特効薬になるとのことだ。


 さらにこの場にいる者たちだけでなく周囲の人たちにも被害を及ぼしかねないとか。そのため消毒いや浄化作業も広く行わなくてはならない。


 そこで風魔法だ。


 シスター仮面一号が噴霧した薬剤はクロネコ仮面の風魔法によって周囲一帯に散らばって行った。噴霧直後は濃度も濃く白く煙っていたが風魔法で拡散されるとあっという間に空気と見分けがつかなくなった。酒臭さやフルーティーな匂いもほとんどしなくなっている。


 ひとしきり作業を終えるとシスター仮面一号はクロネコ仮面に声をかけて風魔法を止めた。


「こんなものですかねぇ。あ、ウマイボーで回復します?」

「いや、いい」

「そうですか。じゃあ、帰ったらラーメン作ってあげますね」

「ワンタン山盛りで頼む」

「はいはい」

「……」


 ワンタンが何かはわからんがクロネコ仮面のテンションがめっちゃ上がってる。尻尾もピンと立てているし、そんなに好物なのかワンタン。


 話を聞きつけたのかウサミミ少女が駆け寄って来た。その後からファミマがふわふわと空中を漂いながらついてくる。


「あ、ずるいですぴょん。アンゴラもラーメン食べたいですぴょん」

「うんうん、僕ちゃんも食べたい♪ いいでしょ? ねっねっ、僕ちゃんもいいでしょ?」

「はいはい。じゃあ帰ったら皆でラーメンタイムにしましょうね」

「……」


 あれだよな。


 ラーメンって王都の学園にいた頃にお嬢様が作ってたあのスープだよな。


 ショウユとかミソとかって調味料がないから塩味しか作れないってお嬢様がよく嘆いていたなぁ……。


 あと精霊王も食べるのかラーメン。何だかすげぇ違和感。


 とか思っていたら俺の横でイアナ嬢がめっちゃ食べたそうな顔をしてたよ。グゥって腹の音も鳴らしているし。


 わぁ、やめろやめろ。隣にいる俺まで恥ずいからやめろ。


「いいなぁ、よくわかんないけど美味しそうな物を食べられるなんて羨ましい」

「……」


 イアナ嬢。


 お前、ここに来る前に離宮でバタークッキー食いまくっただろうが。


 どうしてそんなに底なしなんだよ。


 頼むから自重してくれ。


 イアナ嬢の視線に気づいたのかシスター仮面一号がにこりとした。


「ふふっ、イアナさんはまた今度ね」

「はい、ぜひっ」


 元気良くイアナ嬢が応えるとシスター仮面一号たちの姿が消えた。一瞬だった。


 ファミマもいない。


 ま、まあひとまず解決? ってことで。


 とか油断してたら。


「ああ、そうそう」


 ファミマが空間からにゅっと上半身だけ出してきた。


「せっかくだから君を祝福してあげる。だからアンゴラちゃんに色目を使わないでね♪ 君のフレンズの能力って僕ちゃんには凄い脅威だし」

「脅威?」

「うん。だってほらシャム……じゃなくてクロネコなんたらも君に友好的だったでしょ?」

「……」


 友好的?


 クロネコなんたらってクロネコ仮面の事だよな。


 あいつのどこに友好的な所があった?


 俺の頭には疑問符がたっぷりと浮かんでいたのだろう。ファミマが愉快そうにクスクスと笑った。


「彼、お客への対応でもなければ基本的に心を許してないと口を利かないから。口が悪くても会話が成立したって事はそれだけ君に対して友好的だった訳。まあぶっちゃけ君のフレンズのお陰だと思うけどね♪」

「全くそんな自覚はないのだが」


 俺のその言葉にファミマが驚愕したように仰け反った。


「うわぁ、無自覚? ますます怖いよ。そんな奴にアンゴラちゃんを取られたらたまらないなぁ」

「安心しろ、俺はお嬢様一筋だ」

「そうなの? でもアンゴラちゃん可愛いからなぁ。今はそのつもりがなくてもこの先もって保証はないし……まあとにかく祝福しておくね。くれぐれもアンゴラちゃんに手を出さないようにっ。約束だよッ!」

「……」


 いや。


 別にあんなウサミミ少女には微塵も興味はないぞ。


 とか思っていると。



『確認しました!』


『ジェイ・ハミルトンに生命の精霊王ファミマの祝福が授与されました』

『これにより以降の致死を除く全ての状態異常が無効化されます』


『さらに身体の老化速度が低下しました』

『これによりジェイ・ハミルトンの寿命が100年延長されます』



「はぁ?」


 思わず声が出た。


 おいおい、ちょっと待ってくれ。


 このとんでも効果は何だよ。


 ただでさえ精霊が身に宿っていたりマジックパンチを撃てたりと常人から離れつつあるのに、これじゃますます常人離れしていってるじゃないか。


「ほいじゃね♪」

「あ、おい。ちょっと待て……」


 ファミマが消えてしまった。


 俺はさっきまでファミマがいた場所を睨みつける。


「マジかよ。おい、信じらんねえ」

「えっ、どうしたの?」


 イアナ嬢が訊いてきたので俺は答えてやった。


「ファミマから祝福された。効果は致死以外の状態異常無効と老化速度の低下。寿命が100年延びたとさ」

「え」


 イアナ嬢が目をぱちぱちさせる。


「そ、それじゃあたしジェイより早く死んじゃう」

「……」


 イアナ嬢。


 そういう問題じゃないだろ。


「それにあたしの方がどんどん年をとっておばあちゃんになっちゃう。うわぁ、そんなの嫌すぎるッ!」

「……」


 おいおい、お前どんだけ俺と一緒にいるつもりだよ。


 パーティーを組んだからってそこまでつるんでいるつもりはないぞ。


 俺がそんなことを思っているとロッテ分団長が声をかけてきた。


「シスター仮面たちも帰ったか。まあ、後始末はこちらでやるとして君たちにもきちんと礼をしなくてはな」

「いや、気にしなくていいぞ」

「そうそう、結局倒したのはシスター仮面一号さんたちなんだから」

「だが、君たちのお陰でこちらの被害も大分抑えられた」

「……」


 俺はあたりを見た。


 騎士団の詰め所はもちろんその周囲の建物も崩れてしまって瓦礫の山と化している。一部は焼け焦げて煙を上げているしお世辞にも被害を抑えられたとは言えないだろう。


 ロッテもそれがわかっているのか苦笑した。


「まあ、あくまでも人的被害でってことにはなるがな。正直、詰め所の中で魔物を召喚されたときには肝が冷えたよ」


「召喚したのはあのピンクケチャ……いや子供か?」

「子供? ああ、そうだな。あいつが魔物を召喚したんだ。そもそもあの子供が魔導師の身体を食い破って出て来たところからもう酷かったな」

「……」


 食い破って出て来た?


 ワォ、その場にいなくて良かったよ。


 そんなの目の当たりにしたら絶対後で夢に見るぞ。それも間違いなく悪夢だ。


「えっ、じゃあシスターラビットのお店で捕まえた男は?」


 イアナ嬢の質問にロッテ分団長が首を振った。


「死んだ。死体はピンク色の影に溶けて跡形もないな。まあ、あの食われ様ではどうしたって助からなかっただろう」

「……」


 これはやばいな。


 あの暴漢から何らかの手がかりを得られたらと思っていたのにこれでは収穫がゼロだ。


 あれか、これはもうネンチャーク男爵を調べるしかないか?


「ああ、あの男なんだが」


 俺が黙っているとロッテ分団長が言い難そうに口を開いた。


「実は一年程前にネンチャーク男爵とその手下が女性を乱暴しようとした件で彼を捕まえたことがあるんだ。その時は上からの命令で釈放せざるを得なくなったんだが」

「……宰相からか?」

「それについては察してくれ」


 ロッテ分団長が苦く笑んだ。


 俺はうなずき、横目でイアナ嬢を見遣る。


 彼女は不快そうに眉をしかめていた。


「最悪。そんな人を野放しにしていただなんて。それでも騎士なの? あなたに正義はないの?」

「そう言われると痛いな。だが、こちらも立場がある。理解して欲しいとは言わないがそういう事情だとは察してくれないか?」

「イアナ嬢」


 俺はむすっとする彼女の頭をぽんぽんと叩いた。


「彼も難しい立場なんだ。下手なことをすれば宰相に潰されかねない。それでも正義を為せと言うのか?」

「だって……」

「それに彼だけの問題で済まなくなるかもしれない。一歩間違えれば他の騎士やその家族にまで害が及ぶ可能性だってある。あの宰相は自分と弟のためならそれくらい平然とやってのけるような男だぞ」

「……」


 イアナ嬢がきゅっと口を結んだ。彼女は拒むように俺の手から逃れ、中空へと視線を逸らした。


 いつものように子供扱いされたことへの批難はない。


「マルソー分団長、城から宮廷魔導師が来ています」


 少年のような顔立ちの騎士がこちらに駆け寄って来た。先程の戦闘のせいか茶髪が乱れている。鎧を装備する暇もなかったからか本来は白いはずの騎士服がボロボロだ。


 ……て、待て。


 今、こいつ何て言った?


 俺は急激にリズムを狂わせ始めた胸の鼓動を意識しながらその騎士に尋ねた。


 ロッテ分団長に直接訊くのが恐かったというのは内緒だ。


 できれば俺の嫌な予感が外れてくれますように!


「なぁ、マルソーって?」

「えっ、はい。その、あなたの目の前におられるのが……」

「マルソーは私の姓だよ」


 ロッテ分団長が誇らしげに胸を張って告げた。


「……」


 予感的中かよ。


 わぁ、最悪。


 とか内心呻いているとロッテ分団長が妙に自慢げに続ける。


「微笑みの突撃婦人ことソフィア・マルソー公爵夫人の名は聞いたことがあるかな? 私は彼女の八番目の息子なんだよ」

 

 

 


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