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第六章 水鏡遠野(トーノ)

  1

 

 フォウシャール・クロイツの車に便乗したおかげで、カリグラの指定したクロイツコーポレーションの本社ビルまでは分けなく辿り付くことができた。

 軽からRV車まで、趣の異なる五台の車はクロイツコーポレーションのビルから1ブロック離れた角に次々と停まる。

 平日も休日もごった返す街並は、静まり返っていた。人影も、ピンクの肉塊ですら見えない街は、全ての生物が死に絶えてしまったかのようにしんとしている。

 父や母の職場も遠くないリンドにすれば、動揺するなという方が無理な話だったが、「ゆかりを助け出すのが先決だ」言い聞かせると、リンドは気を引き締めるように左右の頬を張った。


 車から降りると、御影を中心に置いて、リンド、ユアン、トーノ、かぎる、そしてサリーとフォウシャール・クロイツのメンバー総勢二十名が円を描く。


「これから、隊を三つに分け突入後、それぞれの隊は各階を探索。リンド君たちは連れ去られた生徒の保護優先に。そして、我々フォウシャール・クロイツは、聖帝ネロを名乗る『三ヶ峰楼馬(みかみねろうま)』率いる『黒十字騎士団クロノ・クロイツ』殲滅を目指す」


 御影の号令の元、リンドとトーノは御影隊。ユアンとかぎるは三上という男の隊。そして、サリーはみかどという男の隊に割り振られた。

 それぞれが突入後、一階、二階、三階を探索。続けて二十階立てのビルをそれぞれが三階ずつ非常階段で上り、順次探索していく。

 フォウシャール・クロイツのメンバーと細かい調整を手早く済ませると、改めて御影はリンドたちに注意点を伝えた。


「君たちはあくまでフォローに徹して生徒の保護に努めて欲しい。だが、もし戦闘に巻き込まれることになった場合、一番に注意して欲しいのは銃弾だ。兆弾も踏まえて対応して欲しい」


 ユアンは呆れ顔で呟く。


「そんなの当たり前だろ? それよりヤバいのは殺戮ロボの殺人ビームだって。おたく、神社での話、聞いてなかったわけ?」


 御影は真面目な顔で小さく頷いた。


「勿論、話は聞いたよ。あの人形たちは、『Auto・Logical・Machinery』通称――『アルマナ』本来なら、我々フォウシャール・クロイツの補助として製造されていたはずのものだったんだ。つまりは対『アンノウン』用の兵器として。だから『アイディー』たる君たちに害はないはずだよ。とはいっても、色々手を加えられているだろうから、他の機体の装備までは不明だけどね」


 聞きなれない用語にユアンが眉を吊り上げた時、リンドが訊いた。


「あいつらもそんなこと言ってたけど、『アイディー』とか『アンノウン』とかって何のことなんですか?」


 御影は腕を組み、少しだけ悩んだ素振りを見せたあと、口を開いた。


「『アイディー』とはこの世界における魂を持った人間のこと。そして、『アンノウン』とは魂を持たない人間のことだよ。君たちが出会った『プラテネリ』使い達は魂を持たないアンノウンだ。だから、彼らは君たちのように魂を持ったアイディーを憎んでいるんだ……」


 リンドとユアンは話が見えず顔を見合わせ、傍らにいたかぎるは難しそうな話を何となくノリで聞いている。


「つまりそれは、彼らが誰かに作られた人間ってことですか?」


 リンドの質問に御影は即答する。


「そういう事になるね。……あと一つ付け加えるなら、君たちは恐れているかもしれないけど、バクというのは元々そのアンノウンを退治するウィルスバスター的な存在なんだ」

 

 と、いうことは、あのピンク色の肉塊は正義の味方ではないにしろ、リンドたち普通の人間には害はないということになる――三人はその衝撃的な言葉に、返す言葉も失った。


「でも……」


 リンドがまだ納得できないというように質問を続けようとすると、今はこれ以上答える気がないという意思表示のように御影が号令を発した。


「これから、突入を開始する。各自、くれぐれも生きて帰るように!」


  *


 突入後、ユアンたち三上隊と、サリーのいる帝隊が非常階段を昇っていくのを確認したあとで、一階の探索を御影隊は手早く済ませる。

 案の定、一階にはこれといった収穫のないのを確認すると御影隊は四階を目指し階段を進む。


 四階の扉を開けざま、雄叫びが響いた。

 並んだ事務用の机、その合間に先刻見た迷彩柄の集団。だが、ガスマスクを外し露となったピンクと肌色のつぎはぎで構成された素顔、その瞳には少しだけの理性の色が灯っている。バクより少しだけスリムになった体型と、手にするのは人間的な兵器、短機関銃。バクと人間の中間の存在――ナルコレプシー。

 総勢八体のナルコレプシーを率いるのは、ゼンマイ仕掛けの人形――ユリウス。

 ユリウスが駆動音を鳴らし、内装のさらけ出されたか細い腕をもたげる。それを合図にナルコレプシーが跳躍する。

 ユリウス率いるナルコレプシー部隊と御影隊の戦闘が開始された。


 激しい銃弾が飛び交う中、剣主体のフォウシャール・クロイツは苦戦を強いられるかに見えた。しかし、御影と数人のメンバーが広げた右手を差し出すや状況は一変していく。


「――〝ギュガルド〟‼」


 叫んだ瞬間、掌に金色の光が圧縮された光球が出現し、彼らの眼前でそれは光弾となって発射される。

 リンドが唖然と見守る中で、それは次々と重装備の迷彩服を着たナルコレプシー部隊を撃破していった。

 次第に防戦一方となったナルコレプシーの中にあっても、ユリウスは御影の指摘通りアカネを滅ぼしたあの閃光を放つことはなかった。右手の付け根に生えたマガジンを抜いては新しいものと交換するたび、右手の五本の指から銃弾がバラバラと飛び出す。

 それにフォウシャール・クロイツのメンバー二人が犠牲になるのを見て、戦闘には参加するなと釘を刺されていたリンドが動いた。

 ペットボトルから飛び出した水が形作ったネイル・フー・トゥーンを握り、『ロウ』を告げる。〝氷壁ヒョウヘキ〟の盾が出現すると、ユリウスの部隊がばら撒く銃弾の全てを遮った。

 空になった弾倉の交換に手間取るナルコレプシー隊を確認するように、リンドは『ロウ』を解く。

 その瞬間に空中で静止していた弾丸が豪雨のように床に降り注いだ。その豪雨のような音の中で、再び金色の光弾が発射されると、ナルコレプシーはなすすべもなく弾け飛んでいった。

 爆風が舞う中、ユリウスは機械ゆえの無機質なまでの冷静さで、御影へと照準を合わせる。モーターの回転を響かせたその右手から弾丸が発射される寸前で、〝断ち切るウスラヒ〟の青い刀身が煌めく。

 青い刀身を灯したネィル・フー・トゥーンを携えたリンドを、右腕を失ったユリウスは無表情なままで覗き込む。琥珀色の瞳でリンドの顔を認識した瞬間、口から下半分がぱっくりと割れた。中からは銃口が突き出る。

 迷うことなくそこにリンドはネィル・フー・トゥーンを突き刺した。そしてリンドはそのまま上方へと切り裂いた。

 白煙を昇らせながらユリウスは倒れる。その衝撃で胸の部分が粉々に砕けた。殺戮兵器とは思えぬ程の脆さを見せつけたあとで、ユリウスはその動きを完全に停止した。


「助かった」と話す御影に小さく頷いて見せたあと、リンドはオフィスデスクの後ろで身を縮めるトーノへと声を掛ける。

 この戦闘のせいか、トーノの顔色は悪い。出会ってすぐに見たような青白さを浮べるトーノをリンドは気遣ったが、トーノは「大丈夫」と繰り返すだけだった。

 足取りのおぼつかない彼女を心配しつつも、リンドたち御影隊は四階を後にし、七階を目指した。


  2


 敵の奇襲によって、ビルの九階へと辿りついた帝隊はほぼ半数の人間が息絶えた。奇襲を掛けてきたくせに、指揮を執る先刻見たゼンマイ人形の姉妹機と見受けられるその女性型ロボットは丁寧に名乗りを上げた。


「ワガナハ、コウギョク、ノ、ティベリウス、ナリ」

 

 ナルコレプシーがバラバラと銃弾を撃ちまくるのに対応するように、帝たちフォウシャール・クロイツのメンバーは右掌から射出される光弾で反撃していた。

 しかし、ティベリウスの胸元で怪しく光る鈍色の光玉がふわりと宙に舞うと、それはビー玉状の大きさの散弾となり、フォウシャール・クロイツのメンバーが〝ギュガルド〟と呼んだ光弾を撃ち落していく。そして散弾は勢いを失うことなく、辺りを血の海へと変えていった。

 鈍色の弾丸は対象物に触れた面を粉砕していく。それは壁であったり、フォウシャール・クロイツの持つ剣であったり、彼ら自身の身体であった。

 確実に対〝ギュガルド〟用の兵器であろうそれに、帝隊は防戦一方となっていく。

そんな中、サリーは巨大な針葉樹の影に身を隠していた。

 帝隊が突入したビルの九階は、一部屋丸々を用いたプランターだった。バイオテクノロジーの分野でも他社を圧倒するクロイツコーポレーションだったが、本社ビルの一部屋を使ってのそれはどちらかといえばただの酔狂のようにも感じられる。

 フォウシャール・クロイツのメンバーが次々と倒れていく中にあって、サリーは手にした魔剣ハーデスをぼんやりと見つめていた。

 

 何となく感じてはいたことだが、どうやらサリーとハーデスの愛称は良いらしい――。

 大概の場合、ベアトリーチェ以外との会話を無価値と思っているサリーにとって、寡黙なハーデスはパートナーとしては上出来といえた。

 それでも、トリセツ的な部分としての剣の理、つまりは『死(始)』に始まり、『創(想)』へと至る剣の道に関しては簡単なレクチャーがあった。そこでサリーは何となく、そんな面倒くさい事を絶対にしなければいけないのか――、と質問した。

 それは『』の状態に敢えて留まり続けることによって『始』のみをレベル・2、レベル・3と上げていくのが可能かどうか、ということだった。

 ハーデスは基本的には出来ないこともないが、『想』へと至るのは困難な道のりとなるだろう、とサリーの胸の内に響く声で教えてくれた。

 そう言いつつもハーデス自身、他の属性との馴れ合いを好ましくは思っていないらしい。だから、そういう考え方の持ち主はハーデスにとっても都合が良いようだ。そんなハーデスの考えを手に取るように感じながら、コイツとは上手くやっていけそうだな――、とサリーは改めて思った。

 聞けば、全ての鉱物をその支配下に置くハーデスにとって、たいていの鉱物を基盤として形成している剣や鎧などはバターを切るようなものであるらしい。

 リンドの〝断ち切るウスラヒ〟のような攻撃力の底上げをわざわざする必要のなさを感じたサリーにとって、剣の道の概念は不要であった。攻撃性においてアドバンテージを持つ魔剣ハーデス。あとは『始』をどのような形に持っていくかだ。

 それほどの攻撃力を持つ魔剣ハーデスにあって、唯一の弱みが小太刀ほどしかない刀身の長さだった。だが、『始』をもって槍のような形状にしたからといって、サリーが使いこなせなければ意味がない。と、なれば……。


「……やってみるか」


 呟くと、今まで静観していたサリーは一転してティベリウス目指して駆け出した。

 思わぬ伏兵にナルコレプシーは反応できなかった。その中で、唯一ティベリウスだけが例の鈍色の光玉の照準をサリーへと合わせていた。

 しかしそれを十分に察して、サリーは隠し持っていたダガーナイフを次々と放つ。

 一呼吸遅れて発射された光玉は空中で散弾となり、矢のように飛んできた八本のダガーナイフを打ち抜いた。

 一度につき、光玉は八個にまでしか分解できないことは、針葉樹の影からティベリウスとフォウシャール・クロイツとの戦闘を介してサリーが知りえていた情報だった。そして知りえていたからこそ、サリーはなおも駆けるスピードを上げた。

 両手を広げたティベリウスの手首が折れ、中から鋭利な仕込み刃が突き出る。光玉の射出が間に合わないと判断し迎撃体勢をとるティベリウスは、駆けて来るサリーをのみ視線に捉えた。

 刃を穿とうとティベリウスが動いた時、サリーも懐から武器を取り出す。

 しかし、それはハーデスではない。

 その時だった。完全に意識のないティベリウスの背後からニョキと人影が生えた。魔剣ハーデスを右手に持つそれはプランターの土から造られた人形だった。


』――「〝砂人形ブードゥー・チャイルド〟」


 サリーが告げるのと同時に、ティベリウスは魔剣ハーデスによって真二つに切り裂かれた。

 それを合図に金色の光弾が降り注ぐ。帝隊の反撃が始まった。


  4


「あんたは弱いんだから、あたしの影に隠れてなさいよ」


 非常階段を駆け上がるかぎるが、隣のユアンへと声を掛ける。


「だーいじょぶだって」


 何の根拠もないくせにユアンは続けた。


「もしもん時は俺が守ってやっから、よ」


 既に二度、かぎるに命を救われたことなど忘れたように、自信満々に話すユアンを見て、かぎるは呆れたように笑った。


 ユアンとかぎるが所属する三上隊は、十四階の非常口まで上がり、中へと突入する。

 ここに至るまで清南の生徒の手掛かりらしい手掛かりは皆無だった。だから、先陣を行く三上たちの静止も聞かず、内心で焦りを募らせるかぎるは勢い良く突入した。

 こういう時のかぎるは空回りする――ユアンの読み通り、勢い良く突入したはずのかぎるは早速後ずさりしていた。

 十四階には、右腕の付け根に真紅のクレイモア状の剣をはめこんだゼンマイ仕掛けの人形。それが重装備の鎧と槍を身に着けたナルコレプシーの小隊を率いていた。


「ワレハ、ツルギノ、クラディウス、キサマラヲホフルモノ、ナリ」

 

 人形は流暢な片言でそう名乗りを上げた。

 それを合図として槍を突き出した重装歩兵が進軍を開始する。

 三上たちは右手を差し出すと、掌に凝縮されるようにして出現した光弾を放った。

 しかし、そのことごとくは鎧に弾かれてしまう。


「特殊な加工が施されているな」


 三上が苦々しく呟くのを尻目に、かぎるは重装歩兵へと駆け出す。


ロウ」と告げると同時に、かぎるの前に空気が集まっていく。回転を続ける小さな渦の集合体。その前に神剣アテナイを構えると、それを弓に見立て、かぎるは左手で弦を引く動作。


「走れ――〝風切るスピカ〟」

 

 かぎるが叫ぶと小さな渦の集合体は、五本の風の矢となって飛んでいく。重装歩兵が防御体勢をとるのを見越してかぎるは呟く。


「どうせ弾かれちゃうんでしょ、でも狙いはそっちじゃ――ないっ!」

 

 重装歩兵の眼前で、矢は軌道を変えて天井目掛けて跳ね上がった。矢は天井から吊るされた蛍光管を粉々に砕いた。砕かれたガラス片が重装歩兵の頭上へとばら撒かれる。

 後方で剣を振り上げ駆けて来る三上たちの気勢を感じながら、かぎるは混乱する重装歩兵の隙間を縫って飛んだ。

 振り下ろし気味の一撃は、クラディウスの剣に弾かれるが、即座に体勢を立て直すと間髪入れずに〝風切るスピカ〟の矢を打ち込む。

 至近距離で鎌鼬かまいたちの如く放たれた風の矢は、しかし、事もなげにクラディウスの真紅の剣で掻き消される。

 そしてクラディウスは一気にかぎるの眼前へと迫ると、剣を振るった。

なんとかアテナイで防いだかぎるだったが、脆弱な体躯とは思えぬ程の衝撃に、そのまま弾き飛ばされた。

 十メートル以上吹き飛ばされ壁に背を打ち付けてのち、かぎるは立ち上がった。呼吸を取り戻そうと、無理やりに大きく息を吸い込んではむせる。そんなかぎるに、アテナイが動揺する声を発した。


 まずったわね。あれ、剣皇ポーニロアよ。あの人形は契約者じゃないから、剣の理は使えないだろうけど、《神具ハルモニア》同士だから、こっちの技も相殺されちゃってる――。


「なんで……そんなの、今、言うのよ……『共振作用』で……分かるんでしょ? ……先に教えといてよ……」


 涙目で話すかぎるに、アテナイが言い訳がましく言った。


 そんなこと言ったって私だって今知ったんだから、しょうがないでしょ。共振はなかったのよ。この建物のせいか、あの人形の能力なのかは知らないけどさ――。


 一度立ち上がったかぎるだったが、いまだ力の入らない下半身が無常にも尻餅を付かせた。

 戦闘態勢を整えられないかぎるに向けて、クラディウスがゆっくりと歩き始める。

 そんな時だった。頼りもやる気も無さそうな人影が、二人の間に割って入った。


「ちょ、ちょっと、何やってんのよ、ユアン」


 驚きの声を上げたかぎるへと、ユアンは頭を掻きながら振り返る。


「俺が守ってやるって言っただろが、よ」


 のんびりと話した後で、ユアンはクラディウスを真っ直ぐに見据えた。


  3


 ビルの最上階たる二十階へと真っ先に辿り着いたのは、リンドとトーノの所属する御影隊だった。

ドアが開いた瞬間、御影隊は猿のように素早い生き物に襲われる。

 即座に反応したのは、戦具アルマを鞘から抜いたトーノだった。その影からもう一匹のそれが姿を現した時も至って動揺することなく撃退した。

 二匹のそれは、猿のように小柄なナルコレプシーだった。子供のバクとでもいうような体躯の二匹は、腕の甲に鉄の爪を生やしている。

「ぎぃいい」と叫ぶその二匹を眼前において、トーノは戦具アルマの構えを直す。

 フォウシャール・クロイツの一人が加勢するのを見て、リンドもトーノに加勢しようとしたが、トーノはそれを短く断った。


「ここは私に任せて、リンドは先に進んで」


 リンドは一瞬戸惑ったが、鉄の爪を鮮やかに捌くトーノの剣道仕込みの剣術は、リンドのものより確実に様になっているた。小さく頷いたリンドは、その場をトーノに託した。

 そして、リンドと御影隊五名は先を急いだ。


 豪華なオフィスの一室に、その男は佇んでいた。


「……楼馬」


 御影が声を発したが、当の聖帝ネロこと、三ヶ峰楼馬は虚ろ気な瞳のまま反応することはなかった。

 ぼんやりとした足取りのまま対峙する楼馬は、ゆっくりと鞘から剣を引き抜く。彼と御影隊との距離はまだ大分離れていたが、楼馬のその所作を見てフォウシャール・クロイツの一人が反応した。

 発射された〝ギュガルド〟の閃光が楼馬を直撃する。

 楼馬の上半身がゆらりと傾ぐ。だが、その一撃は然したるダメージを与えたとも感じられない。ぼろぼろに崩れ落ちた衣類の下から、鍛え抜かれた上半身が現れた。

 その瞬間、御影は苦々しく呟いた。


「やはりそういうことだったか……おのれ、ジャッジマンめ!」


 三ヶ峰楼馬の上半身には、鍛えられた胸の中心にガラス張りの瓶のような物が埋め込まれていた。その瓶の中では金色の小さな炎が膨張と収縮を繰り返しながら、揺らめいている。

 リンドが御影の顔をちらと覗くと、質問するより早く彼は説明する。


「我々が共有するミカトン・ケイルの魂が封じられている。記憶を破壊し、力だけを残した状態で楼馬は聖帝ネロへと洗脳されたんだ……ジャッジマンの手によって」


『ミカトン・ケイル』という新たな謎の単語の登場で、リンドには御影の話が見えなかった。しかし、かつての同朋越しに、ジャッジマンを憤怒の表情で見つめる御影の心情を計り知ることは出来た。

 御影が剣を構えるのを見て、リンドもまた剣を大きく構える。


 御影はネロが裏切り者ではなく、洗脳されていると分かった上で切るつもりだ。同志だったからこそ、自らの手で楽にしてやるってことか――事情が事情であれ、自分ならユアンやかぎる、そしてトーノを切る事が出来るだろうか? 


 リンドの中で幾許かの葛藤が生まれたときだった。

 怒号を上げながらフォウシャール・クロイツの一人が切り掛かり、御影たちも後に続くその瞬間、リンドの中のネィル・フー・トゥーンが叫んだ。


 いかん‼ 奴の目を見るなっ――。

 

 長く伸ばした髪から覗く虚ろな瞳。楼馬の右の瞳の黒目に、猫のような縦の線が走ると、それは鳩時計のように真ん中からぱっくりと開いた。刹那のうちにそこから生え出た黒い球体は、巨大な形を形成するように開き始める。それは巨大な黒い向日葵のようでもあり、風船のようでもあった。

 向日葵の中心に位置する点が広がり、塗りつぶされた黒い円へと変わる。その直前、瞳を閉じたリンドの間際で、フォウシャール・クロイツたちの断末魔の悲鳴が聞こえた。

 わずか十数メートル四方の世界が、地獄へと変わってしまったかのような恐怖。それを感じつつ、少しの間を置いてリンドは瞳を開く。そこには右腕で視界を遮るようにして立つ御影だけを残し、フォウシャール・クロイツの姿は消えていた。

 確かめながらゆっくりと腕を離す御影と同じくして、リンドは、花びらが閉じた巨大な黒い風船に身を任せるようにして少しだけ宙に浮く三ヶ峰楼馬を見た。

 その姿は黒い向日葵に生気を吸い取られたように少しだけ干からびていた。


「《神具ハルモニア》がひとつ、『黒滅瞳石エキドナ』か!!」


 戦慄いた御影が唾を飲み込む音が聞こえた。それ程に、辺りは深々とした恐怖に包みこまれていた。


  4


 かぎるは足に力の入らない自分を奮い立たせるように気勢を上げたが、気持ちとは裏腹に体は全く言うことを聞いてはくれなかった。


「いいから俺に任せとけっての。黙ってかぎるは休んどけ、な」


 相変わらず頼りなく立つユアンだったが、その声には力強さが含まれている。

 この二日で傷だらけになったダテ眼鏡を外すと、ユアンは床に放り投げた。彼なりの戦闘態勢は整えられつつあった。


 こういう時のユアンには、何を言っても無駄なことをかぎるは知っている。

 すこしずれた所に信念を見出しては、それを貫こうとする他愛のない頑固さというヤツだ。なぜに他愛ないかといえば、それはユアン自身の語る所の信念とは相反する『俺は勝てない喧嘩はしない主義』精神ゆえだったが、それでなおユアンの計算違いによるところの勝率の低さもまた、かぎるは知っていた。

 ここに来て、自ら前線に赴いたユアンはその性格上、何かしらの勝算を持っているのかもしれないが、かぎるにとってそれは恐ろしく不安極まりないものだった。

 この二日間でユアンは既に一度、かぎるの腕の中で死に掛けていた。自分の近しい人間が腕の中で冷たくなっていくあの感覚、かぎるはそんなのは二度とご免だった。

 それがなおさら彼女に不安を焦らせた。〝凪風トネリコ〟の癒しの力にも限界がある。アテナイのいう所の、レベルの低い今のあんたじゃ、傷口を塞ぐのがせいぜい関の山――という一言が追い打ちだった。


 ひょっとしたら次は無いのかもしれない――今度こそ、ユアンは……。


 だが、そんなかぎるの思いになど気づく風でもなく、ユアンはクラディウスを挑発し始めた。


「最初見た時はあまりの不自然さにビビっちまったけどよ。こうしてみると案外愛嬌あんのな、お前。子供とかに喜ばれそうじゃね? クリスマスプレゼントとかにさ」

 

 ゼンマイ仕掛けの人形は機械特有の無表情で話した。


「オマエカラ、サキニ、シニタイ、ノカ?」


 右腕の真紅の剣を軽く振るう。ユアンはそれに動じることも無く、睨みつける。


「で? 結局何なの、お前。言いなりになんかなっちゃってさ。それでお前は良いわけか?」


 その一言に、話しかけられているクラディウスでなくとも、かぎるは唖然とした。


 まさか、ユアン。機械を説得しようとしてるの――!? 


 ユアンの策が説得であったという結論。目にしたかぎるの顔からは、冷や汗がどっと流れる。

 やっぱりだ、最悪の勝算を持ってユアンは事に望んでしまった――そうかぎるが結論づけたまさにその時、思いがけないことが起こった。


 クラディウスの腕にはめ込まれた真紅の剣。それを固定するボルトの一本が軋み始めたのだ。


「お前の本当の居場所はそこじゃないだろうが」


 ユアンが再び話しかけると、ボルトの一本が弾け飛ぶ。自分の意思に関係なくカタカタと震えだした右腕を押さえつけようとするクラディウスだったが、震えはさらにひどくなっていく。


「お前が必要だっていうなら、俺が一緒に戦ってやる」


 剣を固定する残りのボルトの全てが弾け飛んだ。


「お前が必要とするなら、俺がその名を呼んでやる」


 剣をはめ込んでいた台座ともいうべき右腕は粉々に砕け、ユアンがその名を告げたとき、真紅の剣はその真の主の下へ向かって飛んだ。


「来いよ――ポーニロア!!」

 

 ユアンは驚くほどに穏やかな表情で、手にした真紅の装飾と刀身の剣、剣皇ポーニロアを見つめた。

「よし」確認するようにユアンは小さく呟く。

 クラディウスは、今しがたまでそれを備え付けていた右腕をもぎ取ると、そこから新たに小型のキャノン砲を突き出した。


「お前、剣のナントカって言ってなかったか? 自分の信念をあっさり捨てちゃダメだろうが、よっ!」

 

 右腕にポーニロアを携えたままで、ユアンは告げた。

 エン――。ユアンの右肩の上にめらめらと燃える火球が合わせて六つ、円を描くようにして出現する。クラディウスがキャノン砲を射出するより早く、左手を伸ばすと親指を引き上げ、突き出した人差し指と中指でクラディウスへと照準を合わせる。


「〝炎弾リボルバー〟!!」

 

 声を上げると同時に射出された最初の火球が、一瞬のうちにクラディウスを焼き尽くす。

 ユアンは向きを変えると、重装歩兵に向けて残りの五発を撃ちつくした。炎に呑まれる重装歩兵に向けて、三上隊が反撃の狼煙を上げる声を聞きながら、ユアンは座り込んだままキョトンとしているかぎるを見つめた。


「な。だから大丈夫だって言ったろ」


 ユアンが人懐こい笑顔を浮べた。


  5


 巨大な黒い向日葵が再びその花弁を押し広げる姿を確認すると、リンドと御影は柱の影へと姿を隠した。

 そこへ猿型のナルコレプシーを撃破したトーノとフォウシャール・クロイツの一人がやってくる。いち早く察したリンドは、小柄なトーノを抱きしめると向日葵の視界からトーノを隠した。

 声もなく立ち尽くし、リンドに身を預けたままでトーノはピクリとも動けなかったが、そのすぐ近くでフォウシャール・クロイツのメンバーは一瞬のうちに灰に帰していく。

 呼吸も出来ないトーノへと、リンドはそのままで凶悪な向日葵の生態について説明する。緊急事態に一応は「うん」「うん」と頷いてみせたトーノだったが、こんな瞬間にもその頬はかすかに桜色に染まっていた。


 柱の影に隠れ、機を窺う三人の下へサリーの所属する帝隊三名も到着する。援軍の到着は頼もしくもあったが、一瞬にして壊滅の恐れもあるこの状況下では、それほどの助けになるとも思えない。

 しかし、何の策も打ち出せずにいる彼らの中で、サリー一人だけは違った。


「ようは、あれを直に見なきゃいいんだろ?」


 そう言った後で、そばにあった観賞用のドラセナの鉢の土へと魔剣ハーデスを突き刺した。


「目覚めろ、〝砂人形ブードゥー・チャイルド〟」


 呟くと同時に、頭の上にドラセナの花を生やした人型が形成される。


「中を空洞にして引き伸ばしちゃいるが、この土の量じゃこれが限界だな」


 小柄とはいえ、力士の体躯ほどはある砂人形を見上げてサリーが言った。


「つまり、これに隠れて近づけってこと? サリーくん」


 リンドが尋ねると、サリーはこともないと言わんばかりにあっさりと答えた。


「敵の位置は知れてんだし、動く気配もない。誘導はしてやるから、あとはそっちで何とかしろ」


 自分の役目はそこまで、と戦闘役を丸投げしたサリーの案を受けて、「自分が行く」と告げたのは御影。そして間髪いれずにリンドも告げた。「俺も行きます」

 砂人形の体躯であれば、同時に動けるのは二人が限度だった。リンドの申し出を御影は「頼む」と言って快諾する。砂人形の影に身を隠す二人をトーノは心配そうに見つめた。


「あの、リンド……気をつけてね」


 トーノは言葉を詰まらせる。まるでこれから死地へと向かう恋人を送るような表情のままで。

その視線をリンドは真っ直ぐ見返すと、「ああ」と応じた。


「行くぞ!!」


 御影が発すると同時に、踵を返したリンドは砂人形の後を追って駆け出す。

抑えきれない心情に衝き動かされるように、その後を追って駆け出そうとしたトーノを、フォウシャール・クロイツの一人が引き戻した。

 走り出した二人に向けて、巨大な向日葵は再びその花弁を広げる。ビリビリとした空気を肌で感じながらも、リンドは砂人形の背中から目を逸らすこと無く駆けた。

『それ』がやんだと思った瞬間、先に飛び出したのは御影だった。

 トーノと同じ装飾の施された戦具アルマを楼馬に向けて打ち込んだ時、その剣先は楼馬の首筋にすんでといったところでピタリと停まる。


「こんな状態でも、『リミッター』が機能するというのか……」

 

 苦々しく呟いた御影を捉えた向日葵。その中央の点が広がり始める。しかし、それが完全な形を作り終える前に、リンドは青く灯る〝断ち切るウスラヒ〟の刃を薙いだ。

 ただの一太刀で向日葵は切り裂かれると、花弁をバラバラと撒き散らしながら枯れていく。

 向日葵が枯れ果てると、それに身を委ねていた楼馬の身体は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。

 向日葵の生えていた右目の奥から、黒色の鉱石が転がり落ちる。

 萎れて息絶えるかつての同胞を見下ろす御影の下へと、フォウシャール・クロイツのメンバーが集まり、リンドの元へとトーノが駆け出す。

 不安から溢れた涙が喜びのものへと変わり、彼が生きていることを確認するようにトーノがリンドへと抱きつく。


 その時だった――ビルの窓を揺るがすようにしてモーター音が響き渡った。


  6


 先の戦闘で二名だけとなってしまった三上隊と共に、ユアンとかぎるはビルの十七階へと辿り着いた。

先ほどの教訓からかゆっくりとドアを押し開いた先に、檻に閉じ込められた緑色のブレザー姿の学生たちの姿があった。五十名以上はいるだろう、生徒がぎゅうぎゅうに詰め込まれた檻からは、苦しそうに喘ぐ声だけが響いていた。

 ユアンとかぎるは手に持つ剣で鎖の錠を次々と断ち切り、生徒たちを開放していく。


 人の波に呑まれながら、かぎるは「ゆかりー」と何度も呼ぶ。

少し離れた場所にいるユアンもまた、美作ゆかりと杏子・ベアトリス・天城山の姿を探していた。その最中、見知った顔をユアンは見つけた。


「おっ、マルコじゃん。お前さぁ、ゆかりちゃん知らね?」

 

 ユアンの見つけた清南高校の女生徒は、多少雰囲気が変わってはいたが、確かに伏姫中学校時代の同級生、円子由美まるこゆみだった。

 チャームポイントのそばかすの上で、瞳に警戒の色を浮かべる女生徒。彼女は上手く言葉を紡げずに、声を詰まらせていた。

 その姿に、ユアンは少しだけ苛立つように声を上げた。


「あーっ! マルコ、お前なんか知ってんな? 早く言えって、ゆかりちゃんはぁ、どーこーだーよぉ!」


 その瞬間、駆け寄ってきたかぎるが、ユアンの後頭部を殴った。


 中学時代のヤンチャだったユアンに対して、少なからず警戒心を強める同級の女子は少なくなかった。というより、本人が気づいていないだけで、かぎるとゆかり以外の女子のほとんどがそうだった。そしてなにより高校デビュー宜しく、当時の下品な金髪もそのなりを潜めたユアンの今の姿を見て、まともに話もしたことのない同級の女子の中で、それが彼だとすぐに気づく者などほとんどいないだろう。


「ユアン、あんたねっ、それはものを尋ねてるって言うより脅してるっていうのよっ! 大体あんた影では姫中の女子から、近づいたらおかしな病気を移されるだの、子供が出来るだのって言われるくらい変な目で見られてたんだから。少しは自重してよ!」


 かぎるにまくし立てられて、「……俺って、実はイジメられてたのか」一人ショックを受けるユアンは放っておいて、かぎるは女生徒の傍へと駆け寄った。


「怖かったよぅ、かぎるー。ってあれ、柚子原なの?」


 かぎるの顔を見て落ち着きを取り戻した円子由美は、その後でまじまじとユアンを見た。


「柚子原ってバカな格好してなきゃ、もともとの素材は結構良かったんだね」


 しみじみと呟く同級生の脱線しかける話を、かぎるは軌道修正する。


「そんな事より、マル。ゆかりを見なかった? ここに連れて来られてるはずなんだけど」


 とたんに円子由美の表情は暗くなった。


「私は何度もやめてって言ったんだよ。なのに、アイツが……。ついさっきの話だよ、アイツが、青いフレームの眼鏡を掛けたあの男がやってきて、ゆかりと如月のスゴイ綺麗なハーフっぽい女の人を連れて行っちゃったの……」

 

「杏子先輩だ……」かぎるは呟き、円子由美の顔を見つめた。


「それで、そいつはどこにゆかりとベアトリスさんを……」


 その時だった。

 ビルの窓を揺るがすようにしてモーター音が響き渡った。

 十七階のユアンたちにわざと姿を見せ付けるように下降した後で、バタバタと風を巻き上げながら上昇するそれは一台のヘリコプターだった。

 操縦席には、にやけた顔を浮かべる青色フレームの眼鏡の男――カリグラ。食い入るように見つめるユアンとかぎるを確認した後で、ヘリの後部を見ろ、とカリグラはジェスチャーする。

 ヘリの横腹に備え付けられたドアが開く。両手を縛られた女生徒が二人、ナルコレプシーに押さえつけられたまま外へ突き出される。二人の目には、恐怖がありありと浮かんでいた。

 ヘリが巻き起こす風に煽られて、肩ほどに伸びた栗色の髪と、美しく長い黒髪が空になびく。それは、清南高校の緑色のブレザーを着た女生徒と、ゴシックロリータ調に仕立て直された如月高校の制服を着た女生徒。

 その三階上でリンドとサリーが同じくして叫ぶのと同時に、かぎるとユアンも叫んだ。


「ゆかりっ‼」


「杏子先輩‼」


 絶望的な表情を浮かべるユアンとかぎる。その光景を十分に愉しんで、カリグラは小さく手を振った。

美作ゆかりと天城山・ベアトリス・杏子は、ナルコレプシーの手によって、再びヘリの中へと引き戻される。そしてヘリは、ドアが閉じ終えないうちに遥か上空へと姿を消した。


「マルコ! あいつはっ! カリグラのクソ野郎はっ! どこに行くか言ってなかったか⁉」

 

 ユアンが叫ぶと、びくりと飛び上がったあとで円子由美はおずおずと答えた。


「ホントかどうか分かんないよ。でも、アイツは、リンドが来るはずだから伝えろって。『動物園』で待ってるから、早く取り返しに来いって、言ってた……」


『動物園』という言葉にユアンとかぎるは怪訝な表情を浮かべる。だが、同時にあの男は確実にリンドを、そして自分たちを目的とした何かを始めるつもりなのだと理解していた。

あの男がその何かをゲーム感覚で始めるつもりなら、常識的ではない「動物園で待つ」という言葉もブラフでは無いだろう。

 愉快犯とも呼ぶべき男の不気味な行動に、ユアンもかぎるも背筋が泡立つのを感じていた。


  7


 三台の車は山側に向けて走る。


 この地を統べていた藩主の城址。その間近のくねくねとした山道を抜けていく。


 強力な武器を手に入れたユアンと、新たな技を修得したサリー。

 そして《神具ハルモニア》のひとつを回収した御影たち。

 適度な修練と、適度な目的の達成。それを成し遂げた後で、追って来いというカリグラ。

 まるで茶番だった。

 小さくなっていったヘリを思い出し、車中でリンドは怒りに身を震わせていた。


 と、あと少しで目指すべき動物園に辿り着くという所で、三台の車はそのスピードを緩めた。

 怪訝な顔を浮かべたリンドに対して、御影は「腹が減っては、戦は出来ないだろう」と言った。

 西の空にゆっくりと陽が傾きつつある。リンドはそんな悠長な暇はないと食ってかかったが、御影は穏やかな表情を浮かべながら答えた。


「もう、今しか君達に真実を話す時間はないだろうし、君も色々聞きたいことがあるだろう? 答えて上げられるのも今しかない」


 車はファミリーレストランの前で停車した。まだ何か言いたげなリンドだったが、御影に促されて車から降りる。先程の戦で六名だけとなったフォウシャール・クロイツのメンバーとリンドたちは、そのままファミリーレストランの中へと入った。

 店内に人影は無い。静まり返ってはいたが、幸いにして電気関係は生きていた。早速、食べ物にありつけると厨房へと駆け込んだユアンが、「マジかー!」と大声を上げる。何事かと顔を覗かせたかぎるに、ユアンが納得いかないとばかりに口を尖らせた。


「普通、こういうとこってレンジでチンだろうがよ」


 見れば厨房内に食材は山ほどあったが、今すぐ食べられそうな物はなかった。

「なら、作ればいいじゃん」事も無げに話すかぎる。トーノが「私も手伝う」とやって来る。

「カレーでいいよね」かぎるが訊くと、ユアンが「何でも」と答えた。

 手早く下ごしらえをこなすかぎるとトーノを眺めて、ユアンが感心するように声を上げる。


「トーノちゃんは分かるとして、かぎる、お前も女の子だったんだなぁ」


 しみじみと話すユアンを、かぎるは軽く睨みつけた。


 離れた厨房の賑やかな声を聞きながら、御影とテーブルで向かい合うリンドは少し気まずそうにしている。何から訊けば良いのか、というリンドの心境を特に察して訳でもないだろうが、椅子を引いて離れて座ったサリーは気にする素振りもなく尋ねた。


「あんたらの、手から出るあれは何なんだ?」


 先の戦いで御影たちが見せた圧縮された光弾。普通に考えれば常識的ではないそれではあったが、世界が今や普通ではなくなり、また自分達も剣と会話を交わし常識的ではない力を行使している以上それ程大きな問題とも思えない。だが、数ある質問に口火を切るものとしては上出来と言えなくはない。御影が頷く。


「あれは自身の生命力を凝縮し放つ『ギュガルド』……金色の英雄と呼ばれし者、『ミカトン・ケイル』の御技だ。真実を話すに当たっては、まず彼の話から始めなければいけないだろうな」


 少しだけ窓から見える空を見上げて、御影は話し始めた。


  ***


 遥か昔――。

 世界に唯一人存在したのは、《創生神》と呼ばれる存在だった。彼は『天上界ハル』と呼ばれたとても小さな星において、眩いばかりに輝く神殿に住んでいたらしい。

 唯一、生命だけでなく、魂をも作り出す御業を持つ彼はある日、戯れに自らの力を分け与えた息子を四人生み出したとされる。即ち、上から順に《アンブロシア》。《ドヴァーズ》。《デプルート》。《テラマギナ》の四神である。

 彼らはその神として与えられた力により、それぞれが新たなる星を創生した。『ニュクス』。『メビウス』。『ネメシス』。いずれ生まれる人類をして、『魔界』。『邪界』。『冥界』と呼ばれる三つの星と人界。四人の神の考え方の違いによる環境をそれぞれが構築していたが、数珠繋ぎのように隣り合う星と星との間で諍いが起こる事などなかった。

 しかし、兄弟として、友として互いを認め合っていた神の子らに亀裂が入ることとなるのは、またしても《創生神》の思い付きにも等しい戯れだった。


 ――真の神たる御座、天上界。戴くに値する世界がいずれか、それを汝らの生み出したる生命の優劣によって決める。


 至高の存在たる彼はそう告げた。


 天上界をその地に戴くということ。それは永遠にも等しい世界の繁栄を意味している。

数億にも及ぶ魂を父から貸与された四人の神の子らは、競い合うように新たな生命の誕生に邁進した。やがて魔界神と呼ばれる《アンブロシア》も、邪神と呼ばれることとなる《ドヴァーズ》も、冥界神・《デプルート》ですらが、それぞれの力を分け与えた神の眷属ともいうべき、魔界人、邪界人、冥界人を作り出す中で、唯一、《テラマギナ》だけが、土くれに崇高なる魂を注いだだけの脆弱な『人間』という存在を創り出した。

 己が力から生み出した強く逞しい生命体に、創生神から分け与えられた魂をもって創り出された神の眷属を横に置いて『人間』は、力も、知恵も、寿命も、生命力も、何一つ勝っているものなどなかった。だが、人界神となった《テラマギナ》は「なればこそ、成長。つまりは進化することが出来る」と語った。


 創生神は、この『人間』というひ弱で愚かなる種族を大層気に入った。故に、天上界を戴くのは『人界テラ』となった。


 創生神無き時、天上界はその姿を次元の狭間に隠すとされる。それほどの不安定さを補う為には強大な力を有す人柱が必要だった。天上界の最下部にあたる祠。そこに人界神・《テラマギナ》が入り、天上界と人界とを一本の光り輝く柱が結んだ時、人々はただ感嘆の声を上げた。

 彼らの神は、ただの人の神から、至高の神へと移り変わった。

 人界の頭上に絶対神を戴き、人類の繁栄が約束された瞬間だった。


 しかし、事件はまさにその時に起こった。


 人類が新たなる主神の神々しさに目を見開く様を眼下に見下ろし、創生神は満足そうに瞳を緩ませる。その一瞬の隙に魔界神、邪神、冥界神の三神が襲いかかった。

 創生神の閉じられた右の瞳には、不出来な生命を誕生させてしまった際に一瞬でその肉体を消滅させる『黒滅瞳石エキドナ』が封印されてある。それを知っていればこそ、三神は創生神が気を緩めるギリギリまで待った。

 そして、三神の目論見はまんまと成功した。

 一瞬の隙に背後を襲われた創生神は、その右目を向けることも出来なかった。

 主神殺しにして、親殺し。実に容易く、至高にして絶対の神はその命を散らした。


 だが、その後の三竦みともいうべき事態に、三神もまたそれ以上を求めることは出来なかった。いつ背後を取られるかもしれない緊張状態と、その三神をしても予想だにしなかった不測の事態に、三神は、三神共に自らの支配する地へと引き下がる他なかったからだ。


 やがて、それに呼応するようにして天上界はその姿を消した。

 神を失い、怯えて暮らす人類を尻目に、冷戦は長きに渡って続いた。それこそ神話と呼べる体系を築くまでに。


 その悠久の膠着状態に終止符を打ったのは、紅砂コウ・サと呼ばれる砂漠の侵食だった。

 人界以外の三つの世界に突如発生したすべてを呑みつくす紅き猛威。その脅威には、神の力ですら無力だった。

 そして、雪崩をうつように三神は、紅砂コウ・サの手が及んでいない人界へと侵攻を開始した。

 三界の民に暴虐の限りを尽くされる、抗う術持たぬ人類。その中で立ち上がったのが、


 金色の英雄、『ミカトン・ケイル』。


 赤の剣士、『アン・ミンツ』。


 青の錬金術師、『シャルナァプ・ウーデルカ』


 の三人だった。


 隠遁の賢者クイルドより授かりし秘儀、〝ギュガルド〟を会得したミカトン・ケイルを筆頭に、三人は神々をも打ち倒した。


 だが、彼らにも紅き砂を止めることは出来なかった……。


  ***


「……そして、世界は一度滅んでしまったんだ」


 御影はあっさりと告げた。プロローグともいうべき神話を終え、いよいよといった物語の始まりとしては似つかわしくない言葉。およそ結末ともいうべき言葉で御影は一度話を止めた。

 リンドとサリーは半ば呆れ、ケチをつける気さえ忘れて御影の話の続きを待つ。


「その最後の時に、金色の英雄ミカトン・ケイルは滅び行く世界から救えるだけの魂を『神の箱庭パンドラ』と呼ばれる装置に避難させた。人の住めない荒野と化した世界が再生を果たし、人類が誕生するまでの間、その魂を保管する事にしたんだ。そして、彼は、彼を守りし赤の剣士と青の錬金術師と共に、世界が再生するまでの間、永遠ともいえる長き眠りについた」

 

 神話とも寓話ともつかない話に、事の真意を掴めないリンドを十分に察する御影は質問を口にした。


「ところでリンドくんは、アメリカという国を知っているかい?」

 

 突然に小学校低学年向けの話題に切り替わったことに戸惑いつつも、リンドは「もちろん」と答える。御影はその答えを聞いてすぐ続けた。


「でも、それは君の目で確かめた事実ではない、そうだろ? ひょっとしたら、自分はアメリカ人だという人間に会ったかもしれないし、テレビや新聞でそれがさも本当にあるもののような情報を得ているかもしれないが、君自身で確かめたものじゃあない。でもね……本当はそんな国は存在していないんだよ。現在、この星における総人口は六十八億人。そして、この国の人口は一億二千万人。そう言われてはいるが、実際のところは一万人ほどといったところだ。それは即ち、魂をもった存在が、という事だけどね。この小さな島国に生きる十万人の『I・アイディー』と、その彼らを支える為だけに存在する『UNKNOWNアンノウン』、それが、この星の、そして、この国に生きる者の真実だよ」


 リンドは御影が何を言っているのか分からず、ただ馬鹿馬鹿しいとばかりに苦笑いを浮かべた。だが、サリーの瞳は厳しくなる。


「この世界は、PCとNPCで構成されたロープレみたいなモンだと言いたいのか」


「アイディーは確かに自覚の無いプレイヤーキャラクターと呼べるかもしれないね」


 サリーの問いに短く答えると、御影は話を続けた。


「ここに魂を持ったアイディーたるリンドくんという存在があり、その君を支える為に君の父親と母親というアンノウンが存在する。そして君を成長させる為の友人達のようなアンノウンが存在するんだ。君がいつか恋をして、結婚して、子供が生まれる。そうしたら君のデータともいうべき魂は、君自身も知らないうちにその子供に引き継がれ、やがて今の君は父親という存在のアンノウンになる。そうやって世界が再生を果たすまでの間、君の魂はただ保管されているだけでなく成長を遂げていくはずだった。このミカトン・ケイルの見る夢の世界で……」

 

 そんな話が信じられるわけないだろう、と呆れ顔のリンド。しかし、事もないように「だったら……」と口を開いたとき、自制心に反して彼の声は震えていた。そして、その質問も全てを言い終える前に、御影は首を振った。


「君が知りたいのは、誰がアイディーで、誰がアンノウンかというその見極めだろう。だが、それに答えることは出来ないんだ。僕が今話したのはあくまで魂の保管に関する基本的な事に過ぎない。全てを語るにはまだ、我々もまだ完全に記憶を取り戻せてはいないんだ」

 

 御影は小さく溜息をつく。


「このミカトン・ケイルの夢の世界にトラブルが発生した場合、この夢の世界を作り直すために再び魂は回収され、アイディーのいない世界において不要となるアンノウンは夢の世界の掃除屋ともいうべき『バク』の手によって無に帰される。人工知能を有し外見上はアイディーとなんら区別の付かないアンノウンを見分ける事が出来るのは、現状ではバクだけなんだ」

 

 言葉を失ったリンドを一瞥した後で、サリーが訊いた。


「俺たちがそのアイディー持ちだとするなら、つまり俺たちがバクに襲われることは……」


「ない」きっぱりと御影が告げる。

 以降、はたと言葉を発しなくなったサリーはいつものサリーで、押し殺したようにその後口を開く事はなかった。だが、その横顔を薄暗い瞳に捉えたリンドは普段と変わらないポーカーフェイスに別の表情を見た。それは熟考。そしてリンドはサリーが自分とまったく同じ危惧の中にある事に気づく。

『彼女』がバクに襲われていたかどうか――、それこそがサリーの危惧。自身の傍らにいつもいてくれた存在。それを白か黒かと疑わねばならない理不尽にリンドは歯噛みしたが、御影はそれを無視するように続けた。


「事態の早期収拾の為にミカトン・ケイルの百の魂を分け与えられた我々は、魂の守護者フォウシャール・クロイツとしてその記憶を取り戻したというわけだ。百の魂を分けられた我々は、一人失うたびにその記憶と力を残りのメンバーが引き継ぎ、最後の一人になった時、ミカトン・ケイルとしての本来の記憶と力を取り戻す。しかし、本来ならその必要も無いはずだった。完全なるミカトン・ケイルの顕現を待たずして百のクロイツであれば、それ程の問題もなく事態の収拾が可能なはずだった。なればこそミカトン・ケイル顕現の為に仲間内で殺し合わないよう、リミッターも掛けられているわけだしね。……しかし、今回はそれが仇になってしまった。我々にとっても、ミカトン・ケイルにとっても、その敵の出現は予想外だったからね……」


 御影は鋭い視線をリンドに向けた。


「……ジャッジマンを名乗る敵の正体は、ミカトン・ケイルと共に長き眠りについたはずの同志、青の錬金術師こと――シャルナァプ・ウーデルカだ。

 睡眠装置コールド・スリープの中にあって仮死状態の彼がなぜ目覚めたのか、それは分からない。だが、彼はミカトン・ケイルから『神の箱庭(パンドラ』を奪い、この世界に干渉を始めた。彼はこの世界を終わらせ、自ら新しい世界を創生するだろう。それは、神になるのと等しい行為。それだけは決してさせるわけにはいかない。彼が『神の箱庭パンドラ』と同じく、ミカトン・ケイルから奪った 神具の『複製プラテネリ』を用いてアンノウンたちを私兵と化したのは実に厄介な事だが、共に持ち出した《神具ハルモニア》は幸いにして君達を契約者として受け入れた。困難な闘いではあるが、それだけがシャルナァプの誤算であり、それこそが我々の勝機だと私は信じている」


 御影は話を締めくくり、リンドとサリーに向けて小さく頷いた。

 

 リンドにはここに至るまで沢山質問したいことがあった。しかし、御影から語られた事実を受け入れるだけで精一杯だった。いや、心の中ではそれをまだ真実として受け入れられてはいない。

昨日からの出来事をリンドは悪い夢だと思っていた。だが、更に輪を掛けて酷い悪夢は終わらないらしい。それだけが理解できた。


  8


 かぎるとユアン、二人と共に笑い合うトーノだったが、その内心では裁きの時を待つ者のように怯えていた。かぎるやユアンと共に、わざとらしい程にはしゃいで見せてはいても、つとめて冷静な思考のもと少し離れた御影の話に全神経を集中させている。


 トーノだけが知っていた。これからの戦いは始まりであると同時に、終わりであることを……。


 クロイツコーポレーションのビルで救出した清南高校の生徒は、そのままビルに待機させてあった。

動物園で待つというカリグラの宣言を受け、「自分たちはこれからすぐに向かわなければならない」と御影は生徒達に告げた。動揺の声が広がる中、彼は話を続けた。


「――もう間もなく、我々フォウシャール・クロイツの別働隊が到着する予定です。今、このビル内は我々が完全に制圧しています。外に出るよりはここで救助を待つ方が懸命です」


 泰然と話す御影のその態度には、自信が満ちていた。それを聞いて一人、また一人と生徒たちから同意の声が挙がるのを聞きながら、御影は尚更確信に満ちた声で「大丈夫です。問題ありません」と告げた。生徒達に安堵の表情が浮かぶのを見た後、御影は場を後にする。

 清南高校の生徒達は堅く封鎖したビルで、きっと今も助けを待ち続けているだろう。トーノはぼんやりと思った。


 だが、彼女は知っている。絶対に彼らに助けはやって来ないということを。

 

 ――なぜなら、フォウシャール・クロイツのメンバーはここにいる『七名』が、その全てなのだから……。

 

 これから、世界は始まる為に終わり、終わる為に始めるのだ。

 

 ――だから、せめて今だけは……。

 

 トーノの淡い希望は、彼女自身がその儚さを良く理解している。彼女がそれを願うたび、明るく振舞うその裏側で、心に広がる小さな傷は、やがて彼女自身をズタズタに切り裂いていく。


「あたしとトーノちゃん特製のスペシャルカレーの出来上がりっ」


 ふいにかぎるが声を上げた。

 満面の笑みを浮かべるかぎるに返すように、トーノも精一杯の笑顔を浮かべた。


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