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エピローグ

 膨張を続ける黄砂が世界の容量を満たし、砂漠だけとなった世界。その一角からニョキと腕が伸びると、掻き分けるようにしてアン・ミンツは這い出た。

 あぐらをかいて座り、口の中に入った砂を吐き出しながら顔を見上げると、金色の光を纏い、満面の笑みを浮かべるミカトン・ケイルが立っていた。

 自分の這い出てきた砂に手を突っ込むと「ほらよ」と、小さなオルゴール状の小箱と、金色に輝く剣を放り投げる。

「ごくろうさん」言った後で、ミカトン・ケイルは続けた。


「これで『神の箱庭パンドラ』と『全てのユピテル』。『剣帝』に『剣皇』、『神剣』に『魔剣』。前の世界で回収した『黒滅瞳石エキドナ』と合わせて七つの《神具ハルモニア》と七個の『複製プラネテリ』、その全ての回収が終わったよ、アン」


「こんなのは二度とゴメンだ」呟きながら立ち上がるアン・ミンツは、上の空で話を聞きながら膝の砂を拭う。


「で、今度はどんな夢を見るんだ?」


 何の気もなしに尋ねたアン・ミンツを、珍しく神妙な面持ちでミカトン・ケイルは見つめた。


「なぁ、アン。俺はちゃんとした神じゃないから魂を創る事は出来ないだろ。でもさ、今回の事で俺は思ったんだ。ひょっとしてそんなの大した問題じゃないのかもってさ。魂のあるなしに関わらず、それは生まれ落ちてから、その人それぞれが創り育んでいくものなのかもってさ」


「そうかも、な。ま、それならそれで今度はシャカリキに良い夢を見るこったな」


 継いだアン・ミンツの言葉に、「んな、無茶な」ミカトン・ケイルは苦笑いを浮かべる。

 その様を見て、アン・ミンツはミカトン・ケイルの双眸を見据えた。


「無茶でも何でもねーよ。少なくとも『この世界』の神はお前なんだろうが。だったらせめてこの世界に生きる者達ぐらいは、幸せにしてやれよ」


 緩い笑みが消えると、アン・ミンツが初めて見るような真剣な顔でミカトン・ケイルは頷く。


「ああ、そうだな。こっから先は俺が頑張らないとな」


 珍しく奮い立つ友の頼れる姿に、なぜだか照れるような気がして、アン・ミンツは踵を返す。


「俺は世界の再生が終わるまでこんこんと眠らせてもらうからよ。そんで俺の出番がもう無いってことを、ミカトン、お前がちゃんと神様の勤めってヤツを果たしてくれることを、祈ってるよ」


 皮肉混じりに歩き始めたアン・ミンツだったが、振り返るでもなく訊いた。


「……ところで、プウのヤツはどうするんだ?」


「あんなバカでも友達だろ。ほっとけないさ」


 ミカトン・ケイルは考える素振りもなく答えた。


「バカにバカって言われて、プウも可哀想なヤツだな」


 アン・ミンツの独り言にミカトン・ケイルが「何?」と尋ねた。

「べっつに」アン・ミンツはぶっきらぼうに言った後で、空を見上げて「ニヒ」と笑った。













 世界は終わり――。

































 ――そして始まる。













 ドアを押し開くと、眩いばかりの春の陽光がふりそそぐ。

 一瞬、その眩しさに目を細めて、氷ヶ守燐人は大きく伸びをした。

 真っ黒な学生服の上下を少しでも愛らしく見せようとしているような、ピンクの刺繍糸でステッチの施されたジャケットの右ポケットから取り出したフリスクを口の中に放って、見慣れた世界へと足を踏み出す。

「よ! 今日も元気そうで何より」同級の柚子原庵と、「おっはよー」風早かぎるがやってくる。


「元気そーで何より、じゃねーよ。ユアン」


 燐人が嘆息する。

 オシャレ使用で度も入らない眼鏡の奥で、ユアンこと柚子原庵は目を瞬かせた。


「かぎる、なんかリンド怒ってんだけど」


「図らずも番長への道を駆け上がっちゃってんでしょ」


 制服の上にライムグリーン色のジャージを羽織ったかぎるが、他人事のように笑いを忍ばせた。


 と、颯爽とペダルを踏む音が聞こえ、それに気付いたかぎるが大きく手を振った。


「かぎるちゃん、おはよー」


 自転車に急ブレーキをかける緑色のブレザー姿。見ている側がハラハラするような不慣れな動きで、彼女は降り立った。


「今日もセーナンの制服かっわいーねーゆかりちゃん」


 えへへ、とゆかりは照れ笑いを浮かべた。

 恒例の柚子原の制服談議に、冷めた視線のかぎると、燐人もその輪に加わった。


「セーナンの制服はオレランキング堂々の第二位だからね。でも、ゴメンね。清楚系セーラーの凰華おうかが堂々の第一位ってのは譲れないんだ」


「黙れ制服フェチ」


 かぎるの容赦ない一言にも、柚子原は無視して前に出る。


「こんなに素敵な制服が山ほどあるってのに、ウチの、ゲッコーの制服、ついでにいえばゲッコーの制服ときたら……」


「別にあんたのために着てる訳じゃないから」

 

 ピンクのラインステッチが施された黒のワンピースタイプ。如月高校指定の制服をなおさら隠すように、ジャージを首までジップアップしてかぎるが言った。不揃いなショートヘアーの下、元々ネコみたいな瞳をさらに吊り上げる。


「そもそもゲッコー、ゲッコーって、あんたら工業科と、あたしやリンド、普通科の生徒を一緒にして欲しくないっての」


 始まった二人の口喧嘩は、いつも通りの情景。それを愉しそうにゆかりは眺めている。

 幼少の頃は体が弱く、ひょっとしたら……なんて言われた彼女に今はもうその陰りはない。今日もゆかりはそこにいる。普段通りの日常に差す、木漏れ日のような笑顔で。


 氷ヶ守ゆかり――双子の妹の健やかな姿を、燐人はなんとなく複雑な心境で見ていた。


 もちろんそれは彼女自身の頑張りに他ならない。だが、それでもそこに悪友二人の支えがあったのも事実といえば事実で。

 なんにせよ、一時は荒れに荒れて、危うく羽織りかけた『悪来』と刺繍された特攻服。袖を通さなくてホント良かったとしみじみ思う。


「あっ、マズい。遅刻しちゃう」


 ゆかりの自転車がぎこちなく、だがしっかりと走り出した。

 やがて二人の人物とばったり出くわしたのは、校門が見えてきた頃だった。

 燐人は喉に物でも詰まらせたような顔。柚子原も歩みを止め、二人でペコリとお辞儀をする。


「サリーくん、ちわス」


 ゴシックロリータ調に崩された制服を着た女生徒とは対象的に、全身黒づくめにシルバーのアクセサリーをジャラジャラと飾り付けた小柄な男子生徒が近づいて来た。


「二年の終野やったってな。次はヒリューさんのとこか? それとも俺とやりあうか?」


 目深に被ったニットキャップの下から覗く、やけに鋭い眼光。


「めっそうもないです」


 燐人が言うと、サリーは連れの女生徒と校内へと消えて行った。


「……やっぱりサリーくんって、先輩の中でも別格って感じな。おっかねー」


 柚子原へと、燐人が「そうだな」と答える。

 柚子原が「あれ?」間の抜けた声を上げた。


「かぎる、なんかリンド変だぞ。いつもなら『俺とサリー先輩がやりあう事になったら、ユアン、お前のせいだ』とかなんとか、愚痴の一つも言いそうなもんなのに……」


 と、突然。

「あーっ!」と柚子原。

 かぎるも校門前で仁王立ちの女生徒に気付いて、「うわ!」と声を上げた。


「さてはオーカちゃんを狙う気か!? オーカちゃんは俺が、ってかオーカちゃんのセーラー服は俺が狙ってんだぞ!!」


 もはや訳の分からないことを口走りながら、必死の形相の柚子原。


「お前何言ってんだよ!!」


 逃げる燐人。

 追う柚子原。

 置いてけぼりを食ったかぎるも走り出す。


「置いてかないでよっ! 蒼姉に見つかっちゃうでしょ!」


 駆ける燐人は、一人の生徒とすれ違う。それは真新しい如月高校の制服を身に着けた、美しい黒髪をポニーテールにした女子生徒。

 彼女は、燐人たちの賑やしさを羨むように微笑んだ。

 視線が重なった瞬間、燐人も気付かぬうちに瞳を緩ませていた。


 また今日も一日が始まる。


 新しい出会いを重ねて。


 新しい世界は続いていく――。


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