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第三章 災厄

  1


 夢を見た――。


 昔話のように懐かしく、昨日のことのように鮮明な夢。

 得体の知れない影は敵なのか味方なのか分からない。だが、その影に向かってリンドは力の限り吼えていた。

 その隣で剣を手に身構えるユアンとカギル、そして少女。

 美しく長い金髪をなびかせる少女がゆっくりと振り返る。その少女の顔をあとわずかで見る事が出来る、その瞬間、視界をどこからともなく広がった白い光が包んだ。


 画面全体を白が覆った所で、サリー・サレスは目を覚ます。

 また、同じ夢か――、未だおぼろげな視界の中、内心で呟いた。

 シチュエーションも風景もいつもまばらだったが、夢の中で彼はいつも旅をしていた。

 リンドとユアンとカギル、そして名も知らぬ少女。夢の中で旅をする面子がいつも同じなら、少女の顔を見られずにして夢から覚めるのも、いつもと同じだった。

 おぼろげな視界が晴れ、現実世界へと戻った彼が横になるベッドの隣には、温もりだけが残っている。彼は横になった姿勢のまま首だけ傾けた。

 昼から夜へと時が変わりゆく途中、あたりは薄暗くなりつつあったが、電灯を灯すには少し気がひけるような時間帯の沈みかけた陽の残灯の中で、ベアトリス・カラーチェは佇んでいた。

 下着姿で化粧を直し終えたベアトリスは、鏡越しにサリーの目覚めに気付く。


「ごめん、起こしちゃった?」


 サリーへと近づく彼女の言葉のトーンに感情の色は見られなかったが、切れ長のはっきりとした二重の瞼は微妙に動揺している。

 上半身だけ起こしたサリーは、彼女が悪い訳ではないというようにそっと差し出した右手で彼女の頭を撫でた。

 はたから見ればベアトリス・カラーチェの喜怒哀楽を読み取るのは困難だったが、サリー・サレスだけは彼女の感情の機微をさも当然のごとくに読み取る。 

 サリー・サレスの右手に自身の左手を添えたベアトリスの目頭がピクリと震えた。彼女の満面の笑みだった。当然、それを理解しているサリーも微笑む。


「もう、行くのか?」


 サリーが尋ねた。

 パラス・アズロの平和を祈願する白の神巫と違い、黒の占星術師はパラス・アズロに降りかかる災厄を占う星視ほしみをその定めとされている。占星術師が、その務めを行うのは夜と決まっていた。


「今日は神託しんたくの日だから」

 

 いつもより入殿には早い時間を気にして尋ねたサリーの問いに、ベアトリスはそう答えた。

 月に一度、満月の夜には、より明確な星視を行えるといわれている。それが神託と呼ばれるものであり、その日はパオロ宮で星視を行うのが慣例であった。

 サリーはベアトリスの返事に「そうか」とも「気をつけて」とも、ましてや「寂しい」などと言うこともない。代わりにこれから出かける彼女の唇に自分の唇を軽く重ねた。

 ベアトリスは、黒の占星術師の礼装たる薄い紫色と黒のローブを身に纏うと出口へと向かった。

 だが、出がけに少しだけ振り返り、サリーの顔を見つめた後、目頭をピクリと震わせて見せた。


  *


 サリーと別れたベアトリスがパオロ宮へと到着した時、そこにはそうそうたる顔ぶれが揃っていた。


 賢王、シャルナァプ・ウーデルカ。


 四方守護騎士団総長、ガンド・マギアス。


 幾重にも重ねたローブから美しい顔だけを覗かせた女性。白の神官。アラベル・フラン。


 重騎士のような甲冑のせいで、容姿はおろか性別すら不詳の黒の神官。キーラ・バレンシア。


 パオロ宮の最奥にある祭壇へと通じる小さな部屋。持徒の占星術師たちに聖水と称された冷水で身を清められた後で、神託用の正装へと着替えたベアトリス・カラーチェがシャルナァプたちの待つ祭壇へと入った。

 黒の神官キーラが促すようにして広げた右手の先には、既に星視用の占星板と少しだけ大きな作りの水晶玉、そして球状にカッティングを施された綺羅と輝く色とりどりの宝石が用意されていた。

 ベアトリスがそこへと辿り付くと同時に、待徒の占星術師達がベアトリスの目前のがっしりとした造りのかんぬきを外し、木戸を開いた。

 小さな造りのテラスへと歩み出たベアトリスは空を仰ぐ。

 待徒の占星術師が布包みを広げる。中から現れたのは木製の板。

 切れ長の瞳をゆっくりと閉じると、薄い唇から小さく呼吸が漏れる。そして、ベアトリスは二つの石を手にした。侍従の占星術師の持つ、基盤の目のように穴の点在する占星板の中心に水晶玉を、夜空に見立てた板の月の位置にはムーンストーンの球石をはめ込む。

 空には、連日の天候が嘘のように雲一つなかった。都合の良い程に晴れた夜の空を見渡しながら、ベアトリスは次々と宝石をはめ込んでいく。

 その時、どの星が重要であるか。星の輝きの見極めこそが正に占星術師の星視の難しさであり腕の見せ所でもあった。つまりは、一見して同じ輝きに見える二つの星のどちらを切り捨て、どちらを重要ととるか。もちろん、そのどちらもが重要であることも、そのどちらもが重要でない場合とてある。そこに至るのは何十年と研鑽を重ねたベテランでも困難といわれる星視の世界で、若干二十二才のベアトリス・カラーチェは実に迷い無く、次々と宝石をはめ込んでいった。

 周囲を見守るようにして並ぶ、待徒の占星術師の一人から不謹慎にも感嘆の溜め息が漏れる。

一度も躊躇うこと無く、次々と宝石をはめ込むベアトリスが最後の宝石をはめ込もうとした瞬間、北西の空から一筋の流星が駆け落ちた。

 最後の宝石をはめ込んだベアトリスの指が少しだけ震えた。

 滞り無く星視を終えたベアトリスがテラスから祭壇へと戻ると、窓のかんぬきをはめ込む間も与えずに「神託はなんと」と、シャルナァプが訊いた。

 ベアトリスは小さく頷くと、口を開いた。


「パラス・アズロを取り巻く環境は、四方守護騎士団がある限り万全でしょう」


 満足気な表情でシャルナァプが頷く。

 しかし、「ただ……」と続けたベアトリスに、シャルナァプの表情は一気に翳った。


「……間もなく、北西より厄災が訪れます」


「北西だと?」


 右の眉を吊り上げて、片眼だけ射るような眼光のガンド・マキアスがいぶかしむ。


「……剣王、ル・シウスか」


 呻くように呟いたシャルナァプに、ぎょっとした顔のガンドが口を挟んだ。


「しかし、ル・シウスが帝都を奪取したとはいえ周囲を砂漠に覆われている以上、閉じ込められているも同じ、進軍など行えるはずも……まさか……」


 ガントは自身の提言の途中で、頭に浮かんだ懸念に言葉を詰まらせる。そして、それはシャルナァプが抱いていた懸念と同じであった。


「……まさか、完成させたというのか……ガンダルノヴァを」


 飛空船艦『ガンダルノヴァ』の製作に、今は亡きアウレリア帝国が取りかかったのは今から七十年も前の話であった。

 元々ガリア族討伐の前線へと送られるはずのそれは、時同じくして開発の進められていた移動型城塞都市、パラス・アズロの完成に伴い、完全に打ち切られた計画のはずだった。


 老騎士の身体は年相応のものではない震えに包まれる。


「前皇帝が砂漠の驚異から逃れる為に計画の再開を命じた可能性は十分にある。パラス・アズロと同じ移動型城塞都市を造るのは、資源を砂漠に呑み込まれた今となっては無理だろう。だが、パラス・アズロに遅れはとっていてもガンダルノヴァも六割方完成していたと聞いている」


 使い物にならない老騎士に変わり、冷静さを取り戻した賢王はよく働く頭で整理をしながら話を続けた。


「ル・シウスの反乱が成功したとはいえ、おそらく帝都の食料はもう尽きかけているはず……」


 そして、締めくくった。


「……剣王は、死にもの狂いで来るぞ」


  2


 傍らに流れる雲の縫目に稲光が走るのに気が付くと、男は目を覚ました。

 飛空船艦ガンダルノヴァは、月光に照らされながら夜の空を駆けている。

 せわしなく船の航行の作業に追われる乗組員達を見下ろすようにして作られたガラス張りの部屋。彼だけが座することの出来る特注の玉座で、彼はゆっくりと両眼を開く。

 誰もが見上げる程の長身に、その長身をしてもアンバランスに感じられる手足の長さ。しかし、それ程の体駆を持っていながら、骨ばってひょろりとして見える姿は痩せぎすといった印象が強い。

 顔ものっぺりとして人の目に留まるという容貌ではなかったが、そう見られるのを嫌がったかのように、彼の両の耳にはピアスへと加工された彩りも様々な宝石が併せて十個、無駄すぎるまでの輝きを放っていた。それは、彼の両手で不揃いに輝きを放つ十の巨大な指輪同様、王族達を殺して奪った物であった。


 男の名は――剣王、ル・シウス。


 第六十七代アウレリア皇帝の妾の子であった彼は、半年前に皇帝とその子息、王族に連なる者のほとんどを殺すと、初代シウス王国の王へと即位した。


 類まれな武力を用いて帝都を奪い取った剣王だったが、その都が実は無価値同然であると気付かされたのは、クーデター成功をしてのことだった。

 完全なる勝利と自分と母へ苦汁を飲ませ続けてきた王族達への復讐。その酔いから覚めてのち思い知らされたのは、自分がどうにかする、しないに関わらず、かつて栄華を誇ったアウレリア帝国は既に虫の息だったという事実に他ならない。

 帝国は既に敗れていた。自分にではなく、砂漠との戦いに――。

 かりそめの栄華など所詮ハリボテで、実際には食べる物にすら困窮する実情。

 長い時間を掛けて練り上げてきたクーデターなど、その計画自体が失敗であり、自分の人生すら無駄だった――絶望の淵に陥った彼は、アウレリア帝国最後の皇帝として祖国の滅亡に立ち会おうという気にすらなっていた。

 その彼に、間もなくして訪れた報せはまさに朗報となる。

 亡き先帝が秘密裏に造らせていた完成間近の飛空船艦ガンダルノヴァが、王宮脇の施設より発見されたのである。もし、クーデターの時期がずれていれば、完成した飛空戦艦で王族達は都を捨て、逃げ伸びていただろう。その報せに改めてクーデターの成功を確信したル・シウスは、間髪入れずにガンダルノヴァの完成を命じた。

 それから半年、食料も既に尽きかけた。


 ――だが、それがどうした? 何のことはない。これから始めれば良いのだ。


 その手始めにまずやらなければならないこと。それは、新生シウス帝国の遷都。その場所は既に決まってある。


「あと、どれくらいで着く」


 剣王ル・シウスの低い声が室内に響いた。


「今しばらくの辛抱です我が王よ。パラス・アズロ到着まで四十八時間を切りました」


 ル・シウスの後ろに控える、大柄な体躯にスキンヘッドの男が答えた。男はル・シウスより縦にも横にも一回りは大きな体躯をマントですっぽりと覆い、スキンヘッドの頭部の右半分にはゴーグルが張り付いていた。

 スキンヘッドの返答に、のっぺりとした顔立ちで感情の読み取れぬ男の胸の内が、静かに、しかし力強く鼓動を刻む。

 自身の内奥に広がる高揚を感じながら、ル・シウスは誰ともなしに訊いた。


「シクロはどうしてる?」


 ル・シウスのくぐもった声が室内に消えていった。


「シクロなら、ロウマの身体を切り刻んで遊んでますよ」


 少年が答えると、ボウズ頭の男は溜め息をついた。

 少年は小柄で、短パンにブーツという元気の良い姿とは正反対に、伸ばし気味の髪の間からギョロリとした瞳を片方だけ出し、喋る声も陰鬱だった。


「プラィ・マリィ、なんで黙っていた?」


「……だって、僕興味ないし、ジンモさん」


 ボウズ頭のジンモの質問に全く興味を示さないように、自分の背丈程もある大鎌と戯れるプラィ・マリィは上の空で答える。

 ジンモが再び溜め息をつくと、彼の肩にちょこんと乗った砂兎が面倒くさそうにあくびをした。

 ボールでも相手にするように膝、肩、そして額で大鎌の柄を受け止めては、宙でくるくると回す遊びに夢中になっているプラィ・マリィを無視するようにジンモは剣王ル・シウスを睨むように見据える。


「大体、若も若ですぞ、あれを生かして残すなど。あれはアウレリアの血統最後の者。良からぬ考えを起す者とているやも知れませぬ。遊びにしては度が過ぎますぞ」


 ジンモがその強面をぐいとル・シウスへと近づけると、彼の顔の右半分を覆うゴーグルの奥で青い光が揺らめく。

 しばらくの間ル・シウスを見据えてみせたジンモのそれは、若き王の相談役、ひいては指導役としての戒めであり、その役は自分にしか出来ないという自負のもと、内実で少しだけ悦に入っていた。


 アウレリア帝国三十九代目の皇帝にして武帝と呼ばれたヴェスタ・アウレリアを崇拝する彼は、今は亡き六十七代アウレリア帝国にとっては時代遅れの無用の者でしかなかった。

 とはいえ、古くから軍のエリートを輩出してきたウコン家の人間をぞんざいに扱う訳にもいかなかった当時の王家が彼に与えた仕事が、妾の子といえども王の血を引くバラガン・ル・シウスの指導と護衛であった。

 当時、若く美しい母を亡くし(諸説流れたが、王族の人間による嫌がらせの心労がたたったというのが、どうやら本当の話らしい)子ひとりとなったバラガン・ル・シウスを狙う者など誰もいないだろうに、という世間の嘲笑など生来の鈍感さゆえ気付くこともなく、アウレリア王家の血を引く者の指導、育成にジンモは力の限りを尽くした。

 そして、その少年に確かに王の資質を見たジンモは、脳の奥で打ち震えた――、この少年は武帝ヴェスタの生まれ変わりに違いない、と。

 ル・シウス少年を指導するジンモの熱はやがて一人の少年を育てるものから、一人の王を育てる為の狂気と呼べるまでのものへとなっていった。そして、あらゆる分野で師を越えるほどに成長する頃、彼の王は完成した。

 そこから先はドミノ倒しだった。完全なる王が完成しても王が王たりえるのは国があってこそ、そう思えばこそジンモはル・シウスの愚かな企みにも全知全能をもって当たった。

 自身の国を滅ぼしてしまうことなど、ジンモの頭にはなかった。それは全て武帝ヴェスタ時代にも引けを取らない、完全な王の統治による完璧な帝国の再現。なればこそジンモは帝国の忠臣気取りですらあった。

 そしてクーデターは成功した。結果は自身の想像していたものとは多少違ったが、ジンモに惑いなどなかった。国はその名を変えた。だが、自分が我が王と帝国一の忠臣であることには変わりはない。多少の歪みなど気にもせず、信念を貫く男の浅はかさがそこにあった。

 王を育てし者の自負を持って、ジンモは諌めるように話した。


「若……我が王よ、私は王の遊びは容認してきたつもりですぞ。おもしろいものを見つけたと言って、貧民街からこの陰気なプラィ・マリィを拾ってきた時も、貴族の出自でありながら人目に着かぬよう監禁されていたあの壊れたシクロ・ソナゥを拾ってきた時も」


 そこまで言うと、ジンモは無言の圧を与える。まだル・シウスが幼き頃には十分すぎるほどに効果のあったひと睨み。だが、ル・シウスは説教に退屈そうに気だるそうに伸びをしただけだった。

 それを見て、ジンモは唸るように継いだ。


「しかし今回の遊びだけはいけませぬ。ロウマ・アウレリアはアウレリア直系の一族、唯一の生き残り。あれを生かし続けることなぞ遺恨の種にしかなりませぬ。王とてそれくらい……」


「遊びが過ぎてんのは俺じゃなくてシクロだろう?」


 ジンモの言を遮るようにル・シウスは言った。そのあとで少し馬鹿にするようにヒャッヒャッと笑う。


「さすがに俺でも身体を切り刻んで楽しむなんてことは出来ぬな。それに、だ。誰かが、ロウマを立ててアウレリアの再興を画策しようにも、ロウマが俺に逆らえないことくらいお前にだって分かるだろう? ……ジンモ、俺にはどうしても『四人』必要なんだよ 」


 ジンモには、王の発言の真意が読みとれなかった。

 四人とは――。だが、ジンモが悩むより先にル・シウスは答える。


「パラス・アズロには四人の騎士がいるだろう? だったら俺にも必要だろうが、ロウマにプラィにシクロにお前の、四騎士がよ」


 言い終えて、ル・シウスはゆっくりと立ち上がった。


  3


 グオーン、グオーンという排気音と共に、移動するパラス・アズロの街並みは揺れていた。

 ロムルスがそれに気がついたのは、パラス・アズロの市街に落ちた薄闇に紛れるように消えた白の神官アラベル・フランを見失い、しばらく経ってのことだった。

 レムルスと暮らす時計塔の二階部、その窓をつぶてが叩いていた。

 寝息をたてるレムルスが目覚めないよう静かに窓を押し開くと、階下を見下ろす。瞬間、ロムルスはその目を見開いた。

 泡を食って、しかしレムルスを起こしてしまわないよう細心の注意を払いながら、部屋を後にする。そして一階へと続く階段を駆け下りた。

 閂を外し、ドアを開くと、目前にはまだ夜には薄寒い晩春の夜とはいえ、明らかに季節違いなコートを羽織り、フードを目深に被った二人組が立っていた。

 だが、そんな姿にも関わらず、二人組の正体はロムルスには一目瞭然だった。

 フードを脱ぎ、月光の下顔を露わにしたのは、やはり騎士学校の同級生たる二人。クロエ・ポーカーと、マルコ・ユーミルだった。


「どうしたんだよ二人とも、騎士見習いは自宅待機のはずだろ」

 

 口を開いたロムルスに被せぎみに、マルコがまくしたてた。


「ロムっ、取りあえず中に入れてっ」


 開口一番、既にその声は泣きが入っている。騎士見習いにとって、上位騎士からの命令は絶対である。自宅にて待機せよ、という命令を犯して市街をウロウロしていたなんてバれたら、罰則は確実。その辺を十分に理解していればこそにマルコの声は悲壮感に満ちている。

 ならどうしてそんな危険を冒してまで――、訝しく思いつつロムルスは二人を屋内に入れた。


「ドキドキしたねっ」


 顔を上気しながら言ったのはクロエだった。騎士になるという決意の下、元は長かった黒髪をバッサリ切ったらしいショートヘアー、フードに押しつぶされた前髪を手櫛で整える。


「ドキドキしたじゃないよクロエ、僕は緊張しすぎて死ぬかと思ったよ」


 マルコはコートを脱ぐと、胸元をはためかせて衣類の内にこもった熱を逃がす。詰襟を開いて胸元までボタンを外していた。

 マルコが着ていたのは黒地にピンクのステッチが施された騎士学校の制服だった。やはりクロエもワンピースタイプの制服を着ている。


「それで、命令違反まで冒してどうしたんだよ二人とも」


 ロムルスが訊くと、マルコは何も言わなかったがしきりに目で訴えてくる。おでこに張り付いた癖のある金髪と子犬のように小さく瞬かせてみせる瞳がなんだか憐れさを誘う。その目があくまで僕は被害者なんですと告げていた。

 そんなマルコとは対照的に胸を張るクロエ。さすがはカギル・パンナイン信奉者とでもいうように、黒の制服が張り付いた胸は、自信に満ちた表情とは裏腹に謙虚さに満ちている。


「驚かないでよロム、私は一晩とかからずあの難題を解いちゃったのよ」


「難題?」


 通訳のようにマルコが早口で説明する。


「昼間の、鍵の話だよ」


 ロムルスは四桁の数字を思い出す――0、5、1、7。


 秘密の部屋の数字錠だと、クロエがこだわったあの数字を


「まさか、わざわざそれを伝えに?」


 言いながら、ロムルスはそんなわけないと理解していた。おそらく、『剣』の腕章をわざわざつけた制服姿なのは騎士見習いであることの証明であり、一般市民への言い訳用。コートまで着こんで、自宅待機の命令違反を冒しているのは確信犯たればこそ。それでもまだ伝言だけならマルコもここまで切羽詰まってはいないはずだ。

 そして案の定の言葉をクロエは告げた。


「これから実際に鍵を開けに行くに決まってるじゃない、秘密の部屋の」


 ロムルスはさめざめと溜息を吐いた。あまりの想像通りに、しかし皮肉めいた笑いなどおきもしなかった。

 騎士になるという崇高な信念においては他の追随を許さないクロエは、男であるとか女であるとか関係なく、厳しい上下関係の中でそれを当たり前として生きている。先輩が腹筋五百回だとか腕立て千回だとか命令すれば、「はい」と即答してなんの迷いもなく従順に命令を遂行するし、そこで待てと言われれば十時間でも二十四時間でも疑問に思うこともなく立ち続けているだろう。だが、意外とこんな常識的なことは破ったりもするのだ。

 一年以上付き合いのあるロムルスは知っていた。

 当初は多少の不祥事くらいポーカー家の力をもってすれば揉みつぶせる、といった権力者ゆえの自信過剰の表れと思ったりもしたが……それは違った。

 それは単純に、人より好奇心が強いというだけの話なのだ。一見華奢な身体には不相応な隠れ筋肉と、凛とした佇まい。はっきりとした目鼻立ちは学校行事の演劇なんかで男装の麗人役でもやらせたら様になりそう。そんなクロエだけど、実際は結構なミーハー体質で、崇高な信念ですら、強い憧憬がそのまま転じたようなものだ。

 ロムルスは知っていた。知っていればこそに、ロムルスはぼんやりとクロエを見つめた。

 当のクロエはといえば、黒めがちな瞳を爛々と輝かせていた。それはそれはパラス・アズロの大名家たるポーカー家のご息女が、本来の姿を垣間見せた瞬間でもあった。


 ポーカー家のたしなみとして外面はすごくいいけど、クロエときたら本当のところ子供っぽくて好奇心の塊だもんな――。


 思いながらロムルスはマルコを見た。

 当然、マルコも知っている。知っていればこそにクロエを止められず、そしてここへと、ロムルスのところへと当たり前のように連れてきたのだ。


「で、これから学校に行くってわけ?」


 呆れ顔でロムルスは言った。

 ひとり楽しそうにクロエは頷く。


「ロムも行くでしょ」


「僕が止めるとかって思わないわけ?」


「止めても行くけど」


 目を瞬かせて、当たり前じゃないと言わんばかりの返答。

 それもまた想像通りの言葉にロムルスは再び溜息を吐いた。ちらとマルコを見ると下手なウィンクなんてしていた。マルコにしてもロムルスが止められないことは想定の範囲内といった様子。マルコの目が言っていた。クロエに巻き込まれるのが自分だけなんて心細過ぎる――、と。目は口ほどに物を言う。


「分かったよ、僕も行くよ」


 ロムルスが言った途端、クロエの瞳が輝く。ついでにマルコの瞳も。


「そうと決まればロムもカモフラージュ用に着替えてきた方がいいよ。その恰好も結構可愛いけど」


 黒めがちの瞳はじっと見つめていた。それに気がついて、ロムルスはようやく自身が上下、麻の寝間着姿であることを思い出す。ポーカー家のご令嬢なら身に着けることもなさそうな、ゆるゆるで貧相な衣装に気恥ずかしさなんて覚えて、ロムルスは二階へと足早に引っ込んだ。


  *


 逆に目立つのじゃないかと思えるような、制服の上にフードをすっぽり被ったコート姿の三人は、裏口から学校へと侵入した。

 周囲の気配を探りながら、ひそひそ声でクロエが話す。


「ここよ、ここ」


 クロエの導きでやってきたのは学校の裏手、掃除当番の際にはおなじみの焼却炉だった。


「焼却炉なんかに何があるっていうのさ」


 ロムルスが言った。一人残してきたレムルスを気にして、その声は早口になっていた。


「この裏に……ほらあった」


 興奮してやや声高になるクロエ。マルコはヒヤヒヤと辺りを窺う。

 ロムルスがクロエの指さすところを見る。焼却炉の裏には確かに四桁の数字を合わせることで外れる南京錠があった。人ひとりくぐれそうな一応の扉の形状は赤錆まみれ、手すりにも似た簡単なノブも錆ついてはいたが、開けられなくもなさそうだった。

「こんなところに」言いつつも、ロムルスはだからどうしたのかと思っていた。

 焼却炉の裏に溜まった炭だとか灰だとかを取り除く為の仕組みがあったからといってなんの不思議もない。だがクロエはふふんと鼻を鳴らしてこんなことを言う。


「おかしいと思わない? 焼却炉にしては奥に長すぎるのよ」


 ロムルスはそう言われてもピンとこない。確かにパオロ宮なんかにある暖炉に比べればその形状は三倍以上もあるが、焼却炉の一般的な規格などロムルスは知らない。

 だが、ロムルスの思案など最初から期待してなかったように、クロエはさっさと錠の数字を合わせる。そして実にあっさりと錠は外れた。


「嘘っ」


 頓狂な声を上げて小さく驚いたロムルスの隣で、クロエが誇らしげに言った。


「ほらね、だから言ったでしょ」


 四桁の数字を合わせる何かがあったとして、試して外れないことを確認したらクロエも諦めもつくだろうと、とっとと帰る気でいたロムルスにすれば飛んだ誤算だった。ここまできたらさすがにロムルスも後には引けない。

 赤く錆びたノブを引くと、軋み音を響かせながらも扉はあっさりと開いた。

 箱形の奥に広がる闇、その先を見留めて三人は目を丸くする。中には地下へと続く階段があった。

 ごくりと唾を鳴らしたのはマルコだった。


「で、どうするんだよぉ」


 どうにかこうにか絞り出した問いかけも、ただの藪蛇だった。

 クロエが当たり前のように言った。


「前進あるのみよ」


 先頭に立つクロエはさっさと階段を降りていく。ロムルスは慌てて追い、マルコも渋々と続いた。

 一歩、一歩と階下に降りるに従い、宵闇に浮かぶ月光は薄れていく。

 やがて石造りの壁に手を付き、足元を探りながらでないと降りるのもおぼつかなくなっていく。闇はただそれだけで恐怖心を煽った。

 騎士見習いは騎士や準騎士に従う者で、命令がない限り普段の帯刀も認められていない。当然、この日も手ぶらだった。階段を行くロムルスは、その心もとなさに不安を覚えた。


「階段を降り切ったみたい」

 

 前を行くクロエが足を止め、そう言った。

 漆黒にその把握など不可能だったが、階段を降り切った先には空間が広がっているようだった。

 クロエの声が闇に呑まれ消えていく前に、ロムルスはその主の隣へと歩を進めた。危険があるならクロエの身を守ろうとロムルスは決めていた。とはいえ、人ひとり分しかない階段へとクロエはさっさと踏み入ってしまったので、後をすがるロムルスにすれば恰好悪いことこの上ない。名誉挽回には今さらかもしれないが、ほんのちょっとだけクロエの斜め前に位置する。

「さて」呟きながら、クロエが何かをまさぐる音がする。間もなくして小さな火が暗闇に点った。

 冒険、というか探検の準備に余念のないクロエ、その手が火のついたマッチ棒をかざしていた。

「油の匂いがするね」マルコが言った。

 マルコへと振り返ったクロエは、小さな光源の霞む先に何かを見つけた。

 共にそちらへと視線を移したロムルスもそれに気がつく。色褪せた石壁の、自分たちの目線より少し高い位置に握り拳ほどの穴が開いていた。

 見れば穴は等間隔で壁に点在している。クロエは階段から降りてすぐの壁に開いた穴へと近づくと、短くなったマッチの火を投げ込んだ。

 その匂いから、点在する穴から壁の内側にかけて、油が流れているだろうことはロムルスにも分かった。だが、どれほどの量かは分からない。確認もせずクロエは着火元を放り入れたが、下手をすれば焼け死ぬところだ。

 だからそうはならずに、点在する穴が次々と照明灯を放っていく様を見て、ロムルスは安堵する。


 クロエ、少しは考えてから行動してよ――。


 非難めいた言葉を継ごうとしたロムルスだったが、それが口から発せられることはない。眼前に広がる光景に言葉が出なかったのは、クロエもマルコも一緒だった。

 灯っていく光源に露わになったその部屋は学校の教室ほどの広さはあるだろうか。その空間を仕切るように、赤錆びの目立つ、所々がひしゃげた鉄製の檻が並んでいる。その他には小さな木の机がひとつだけ。机の上には錆びたノコギリや大小さまざまなペンチ。木槌と転がり落ちたいくつもの太い釘。


「……ここはいったいなんなんだよぉ」


 マルコが泣き出しそうな声で言った。


「収容所、というか……」


 継いだクロエの声が途切れた。それに気づいたからだった。

 並ぶ檻の鍵はそのすべてが開いていたし、そもそも鍵の必要性もないほどに至る所がひしゃげていて檻本来の隔離機能を果たしていない。その中の最奥、並んだ先の七つ目の檻で何かが動いた。

 鉄状の扉が軋みながら開く。そして光源の下へと、グロテスクなそれが這い出る。


  4


 漆黒のパオロ宮の内殿を正門へと向かい、青・赤・白、そして少し遅れて黒の騎士が歩いていた。


「まいったね、こんな深夜から呼ばれて何事かと思えば戦争の準備とはね」


 苦々しく話すユアンは、まだアルコールが抜け切れていないせいか顔色が悪い。

 対照的に、今朝の号泣が嘘のようにケロリとしているカギルと、リンドが続けた。


「とりあえず召集をかけて各屯所に全騎士は集合してるはずだけど、ガリア族との些細な争いはあっても、対人相手の本格的な戦闘っていうのは初めてよね。……心配だな……」


「各騎士団は東・西・南・北の各屯所で待機、飛空船が現れ次第応戦、他の団もその方面に駆けつける。大丈夫だよカギル、一人で戦う訳じゃないんだ。皆一緒で一丸となればいつも通りの力を発揮できるさ」


 部下の騎士が、という立ち位置で心配して見せたのはカギルの精一杯の強がりだった。本当のところはカギルとて恐いのだ。それを十分にリンドは察している。察していればこそ、同じ騎士団長という物の言い方でカギルを力づけた。

 カギルには、そんなリンドの優しさがありがたい。「そだね」と言って少しだけ微笑む。

 しかし、そのやりとりの真意を読み取れない赤の騎士団の残念団長が話をこじらせる。


「あ、でも敵って飛空船で来るんだよな。だったらカギルが戦えばいーんじゃないか? 『空』ならお前の専門だろーし」


「だったらユアンはあたしの後ろに隠れて、いつもの無能ぶりを披露してればいいじゃない!!」


 一瞬目を輝かせかけたユアンは、鼻息荒く一気にまくしたてるヒステリー気味のカギルを見て、ようやく「戦争が始まる」ということに、皆が皆、緊張状態であることを今更ながらに悟った。

 こういう時、彼はいつも同じ言い訳をする。つまりは、アルコールが自身の反射神経をコンマ一秒遅らせたのだ……、と。しかし、さすがにヒステリーを起している今のカギルにそれを言う訳にもいかず、彼はとっさに話題を変えた。


「しかし、あれだな……って事は、最悪パラス・アズロ内での戦闘も十分あり得るってことだよな?」


 リンドが頷く。


「ああ、正騎士団がパラス外で剣王軍を撃退すること。今回の戦いの重要性はまさにそこだけど、パラス内の防衛とフォローは、準騎士を率いてガンじいと勲功士団で指揮を執るらしいからな」


「じじいたちで、大丈夫かよ」


 そう呟いたユアンに、


「そーゆう言い方は前団長たちに失礼でしょ」


 カギルが、きっと瞳をきつくする。

 ひとしきり視線を泳がせたあとで、思い出したようにユアンが口を開く。


「……パラスの中に外敵を侵入させるなんてことになれば、五年前のあの時以来になるな……」


 リンドは、今回は頷かなかった。ただ、五年前のあの日、ロムルスとレムルスに初めて出合った時のことをぼんやりと思い出していた。


 災害。

 竜巻。

 スラム地区。

 風に巻き上げられた砂漠特有の生き物。

 砂トカゲ。

 その顎の内で果実のように弾けた父親の頭部。

 床に臓腑を撒き散らした母親。

 助けを求める双子の兄。

 発作を起こす弟。

 弟の身体をマントに包み、兄を背に駆けた愛馬。

 辿り着いた豪邸。

 サリー・サレス。

 彼に連れて行かれた時計塔。

 名家のお抱え医だった老医師――。


 次々と浮かんでは消えるフラッシュバック。言葉を紡げずにいるリンドに代わり、ユアンが言った。


「あれから五年、あっという間だな。でも、ロムはたくましくなったよ。そいつは間違いなく、お前がそう導いてやったからさ。お前はもっと誇っていいはずだよ、リンド。あれは良い騎士になるな」


 今度はカギルもユアンに同意した。微笑むカギルの視線の先で少し照れたように、だが、晴れやかにリンドが「ああ」と頷いた。


 パオロ宮の正面を抜け、パオロ広場へと差しかかった所でカギルとユアンが顔を見合わせる。そして、二人は鞘から剣を抜いた。少し戸惑いながらも、二人の思惑を理解したリンドも剣を抜く。

 我関せずとばかりに遅れてきたサリーがそしらぬ顔で三人を通り過ぎようとした所で、「サリーくんもッスよ」ユアンが声を掛けた。

 渋々というより、面倒くさそうにサリーも剣を抜く。

 向かい合う四人が剣先を交えた。

 ユアンが目配せをした後で、リンドが口を開いた。


「パラス・アズロに平穏と安寧を!!」


 四人は剣先を額にかざす。


「では、戦場で」


 リンドが踵を返すと、三人共それに倣った。

 四人はそれぞれの守るべき場所へと向かって歩き出した。


  5


 パオロ宮の二階にある講堂。今や、作戦本部と化したそこで、四方騎士団総長、ガンド・マキアスはぼんやりと窓の外を見つめていた。


 作戦本部では現在、トトラ・ド・プライズモアが砂漠における戦略的配置と迎撃の手順について説明している。

 普段、砂漠の構成、及び環境について大学で教鞭を揮う彼に相談が持ちかけられたのは、ベアトリス・カラーチェによる星視が行われてすぐのことだった。

 ガリア族との小競り合いや、砂漠に住む甲虫達の迎撃こそ限りなく経験してきたパラス・アズロも、本格的な戦争については初めてだった。緊急招集された各分野の専門職たる学者たちも初めてのことに浮き立つ中にあって、彼は唯一人、すぐさま敵が首都アウレリア方面から向かってくるのであれば、南門を持って向かえ討つこと。敵が砂漠環境に慣れていないのであれば、それを最大限活かす必要があることの二点を献策した。

 これを賢王シャルナァプ・ウーデルカは承諾し、かつてはムーナル湖という美しい湖が存在していた、だだ広い砂丘の広がる北西に向けて南門を展開すべくパラス・アズロの移動を命じた。


 突発的に発生する竜巻や甲虫対策にパラス・アズロを移動させることはあっても、ガリア族との小競り合いも稀となった近年ではパラス・アズロの長距離間移動自体が珍しいことだった。

 シャルナァプの命令を受けた整備士たちは深夜にも関わらず、脚部や各機関の点検と整備に追われていたが、それももううすぐ終わるだろう。朝の訪れと共に、パラス・アズロは決戦の地となる湖の成れの果て目指して歩き始める。


「我らが子供の頃にはムーナルで水中戦の演習などしたものですがな。あの頃は湖の水が尽きるなど考えもしなかったというのに。彼の地にて決戦とはなかなか懐古趣味が効いているとは思いませぬか、ガント殿」


 外の薄闇を眺めていたガントは掛けられた声に振り返る。

 見知り顔が二つ並んでいた。ガントに声を掛けた初老の男が口元に笑いを浮かべているのと対照的に、


「現役時代とは違うというのにカクニアス殿の軽口は相変わらずですね」


 その隣に立つ女性は感情もなくそう言った。


「お主らと会うのは年に一度の勲功記念式典のみであってほしかったがのう、カクニアス、サユキ。勲功士団への伝達はもはや済んだか」


 カクニアス・マキシマスとサユキ・ロナウはともに頷いた。


 各騎士団に所属する騎士は一定の期間を持ってその職を辞すると、その栄誉として名誉爵位を賜る。騎士団の退職金で悠々自適の生活を送る者や、生涯一騎士を自任して後進の育成に努める者、その後の人生は様々ながら、パラス・アズロ砦に危機が訪れた際には勲功士団の名の下、パラス・アズロ五番目の騎士団として防衛に専念することが騎士法に明記されている。

 荒武者といった体躯に豪放な笑い方の似合った初老の男、とはいってもガント・マギアスとは父と子ほど年の差のある前西方騎士団長カクニアス・マキシマス。その彼とは同期でありながらそう思えないほどの若々しさを保つ、纏めたアッシュブラウンの髪色が印象的な前北方騎士団長サユキ・ロナウも勲功士団のメンバーだった。

 先代騎士団長の肩書きを持つ彼ら二人が、勲功士団の指揮を執ることとなる。


 カクニアスもサユキもガントの見つめる先を見た。

 パラス・アズロの内燃機関が作動する音が、パオロ宮に響き渡る。

 講堂がゆっくりと傾ぐのを感じてガンド・マギアスは、パラス・アズロがその歩行を開始したことを、これから間もなく戦争が始まることを理解した。


「……夜が明けるか……」


 砂漠の地平線の先が白んでくるのを見て、ガントは何気なく呟く。その時、不意に「そうですね」と合いの手が入った。

 見ると、トトラ・ド・プライズモアが彼特有の人なつこい笑顔を覗かせながら、ガンドの後ろに立っている。カクニアスもサユキも彼へと振り返った。

 トトラの説明はいつの間にか終わっていた。全く話を聞いていなかったガンドが謝罪しようとするのをトトラは遮った。


「いや、ガンド殿、説明は昨夕のうちにしていたものと同じですのでお気を使わずに」


 トトラがニコニコとしているのを見て、ガンドはそれ以上続けなかった。


「……しかし、本当に始まるのですね……戦争が……」


 トトラが少しだけ寂しげな表情で呟いた。ガントは黙ったままトトラを見る。


「いや、私なんてたかが学者風情ですからね。もう戦争などと聞いただけで震えてしまう始末。私みたいな者は部屋にこもって砂クラゲの死骸と砂漠化についての関連を調べているのがお似合いです」


 トトラが溜め息を吐いた時、講堂の両開きのドアが大きく開きシャルナァプ・ウーデルカが入ってきた。

 傍らには彼の親衛隊長たるヒリュー・ド・プライズモアが控える。

 実の兄へと向かい小さくトトラは会釈して見せたが、ヒリューは無反応だった。


 先代東方守護騎士団長ヒリュー・ド・プライズモアは事故で右腕を失ったあと、その座をリンド・ヘイワースへと譲った。だが、剣の技量だけなら、いまだ片腕だけでも現在のリンドと渡り合える程の持ち主である。

 それ程の人間であるから、賢王シャルナァプは直々に自らの親衛隊長へと迎え入れた。厚みはあるが引き締まった体躯に、長髪の精悍な顔が不敵に笑う様はさながら獅子のようでもあった。


 講堂に並ぶパラス・アズロの要職の面々の正面へとシャルナァプは歩み出ると、一呼吸を置いて皆を見た。


「我々の望む、望まないに関わらず争いの火種は生まれてしまう。だが、この戦も後年のち、我々の子らは賢き選択と呼ぶであろう。なぜならば、我々には勝利が約束されているのだからだ‼」


 シャルナァプの演説は、一瞬でその場にいる全員の心を掴んだ。


「パラス・アズロに安寧と平和を!!」


 誰かが叫んだそれはあっと言う間に講堂中へと広がっていく。その中で唯一人、ガンド・マギアスだけは厳しい表情のままだった。


  6

 

 色とりどりの花びらが敷き詰められた小さな部屋で、少女は声を上げて笑っていた。

 遠目で見れば花畑を連想させる部屋の花びらは、赤に、青に、黄色に白、全てが原色のもので、近くで見ると、どこか毒々しさを感じさせる。

 壁には子供の落書きのような絵心で、パパとママがいくつも描かれていたが、そのどれも特徴が一致するものはなく、またそのどれもが首を裂かれて血飛沫を上げていた。

 いまだ少年と呼べる年端のプラィ・マリィよりも更に幼く見える容貌。色の抜け落ちたような白髪に褐色の肌色をした少女の眼前には、薄い下着一枚だけを身に付けた長い黒髪に端整な顔立ちをした若い男が立っていた。彼の身体中に刻まれたいくつもの傷口から血が滴るのを、少女はうっとりとした表情で見つめながら、時おり無邪気に笑った。


 砂漠には砂クラゲ(アリエネプタ)と呼ばれる、ゼラチン質の生物が存在する。普段、砂中のずっと奥底で生活しているそれは、思い出したように砂の上に這い出て来ては陽光に水分を奪われ、干からびて死滅する。

 その死骸こそが砂漠が広がる理由の一端とする学者もいるが、本当の所は分かっていない。

人間に対しては全く害を持たない水くらげではあったが、実は変わった習性を持っていることが『砂漠とクラゲの関連説』を唱える学者の調査で判明した。自分から砂中を這い出て来たくせに、体表に熱が篭らないように少しでも暗く温度の低い所へと避難しようとするという習性だった。それは、例えば、岩影であったり、捨てられた空き缶の中であったり、生物の体内であったりする。

 現に砂漠では、クラゲが体内に侵入したことが原因と思われるガリア人の死体が見つかってもいた。その死体を解剖した学者によると、死体の脳はクラゲと同化してほとんどが溶け出し、解剖する以前から脳とクラゲの溶解したそれは『水脳症』の末期症状に擬似していたと報告された。

 その症状が発現すると思考能力が次第に退化し、簡単な命令しか脳が受け付けなくなる。やがて死に至るまでに要する期間が三ヶ月。

 書物を読んでそのことを理解していたシクロ・ソナゥではあったが、どうやってクラゲが体内へと侵入するのかにはとても興味があった。

 かつては帝国一の剣士と呼ばれた第六十七代アウレリア皇帝の三番目の子息、ロウマ・アウレリア。敵とはいえ天晴な力量に、ル・シウスがロウマの処刑を躊躇うのをみた時、シクロはこの時こそ自身の好奇心を満たす機会だと理解した。

「アタシに任せて」瞳を輝かせて言うや、「殺せ‼」と自らの処刑に臆することもなく叫ぶロウマの眼前で、少女は温めた小瓶の蓋を開けた。

 瓶の中で死んでいるかのように身動きひとつしていなかったクラゲが、驚く程の素早さでロウマの鼻の中に入っていくのを見て、少女は興奮し、歓声を上げる。


「あぺ、ぴき、ぽぴゅら、がぎぎぷらり、ぺろ、ぽぴゃま、らりるらら」


 冗談のように口走ると、瞳孔も開きっぱなしでピクリともしなくなったロウマの姿を見た時、少女は高揚の果てに、身体の芯が熱くなるのを感じていた。


 その時のことを思い出し、再び興奮し始めたシクロが、手に持った短刀でロウマの身体に新たな傷を刻もうとしたその時、ふいに部屋のドアが開いた。


「それ以上やったら必要な時に使い物にならぬだろうが」


 ル・シウスが立っていた。

 少女はその顔を見て、小さなイタズラを見つけられたかのように舌をペロリと出すと、無邪気に笑った。


  *


 月光の下、飛空船艦ガンダルノヴァは一路、パラス・アズロを目指す。

 船の操舵室へとやってきた剣王ル・シウスを、船長が中央に設置された巨大な水晶まで案内した。

 船長は、まだ目的地まではだいぶあったが、それでもアウレリアの誇る魔石技術の粋の一つたる望遠水晶有効範囲内に入ったことを説明した。

 船員に勧められるがまま、ル・シウスは設置された望遠水晶を覗いたあとで、感嘆の声を上げた。


「あれが、俺の新たなる王都か」


 水晶の内部に小さく映る移動型城塞都市は、造られてから現在に至るまでの長い歴史を感じさせるように紺碧色の外装は所々が剥げ、色褪せて見えたが、その堂々たる姿は堅牢そのものだった。

 後ろに控えるシクロ・ソナゥや、プラィ・マリィに「お前らも見てみろ」と声を弾ませるル・シウスにジンモの諌めるような苦言が呈される。


「王よ、くれぐれも油断は禁物ですぞ。もう少し気を引き締めて頂かなければ、兵の士気も下がります」


 忠臣ジンモ・ウコンの言葉を煙たがる様に、ル・シウスは口を開いた。


「これは油断じゃなくて、王たる者の余裕ってヤツだ」


 望遠鏡の側ではしゃぐシクロとプラィ・マリィの声に時々掻き消されながらもル・シウスは続ける。


「だいたい油断も何も、奇襲をかけるならこの悪天候の時期を置いて他にはないと言ったのはどこのどいつだ? 軍師気取りのお前の空を読む目を信じて船を走らせては来たものの、いざ蓋を開けて見ればこの天候だぞ。油断しようもないわ」


 昨日までのどんよりと厚い雲が嘘のように、ガンダルノヴァが前進する度にわずかに残る雲も空へと霧散していくようだった。

 痛い所を指摘されて「む、ぐぅ」と言ったきり、隣に立つ虚ろな瞳のロウマ・アウレリアと供にジンモはだんまりを決め込む。

 口ではそう言いつつも、対砂漠での戦闘用に造られたパラス・アズロの人間にしてみれば、突然現れた敵に上空から襲われるという事は想像もしていないだろうから、それだけでも十分に奇襲と呼べることを、ル・シウスは理解している。だが、苦々しい表状を浮かべるジンモがおかしかったので、敢えてそれは言わないことにした。

 ル・シウスが吹き出すのを我慢しているその時、船員の一人が「目的地までの到着、二十時を切りました」と告げた。それは艦内放送を通じて艦内の隅々まで届けられる。

 途端に艦内が開戦準備に向けて騒がしくなり始めた。

 ル・シウスはそれを肌で感じながら、ゆっくりと振り返る。その視線はロウマ、ジンモ、プラィ・マリィ、シクロを順に捉えた。

 そして、つまらなさそうな無表情でいながら、さも愉快そうな声音で言った。


「一族郎党、殺して、殺して、殺しつくそう。さあ、楽しい、楽しい戦争がはじまるぞ」


  7


 砂漠で発生する自然現象の中で、特にやっかいなものは竜巻だった。

 突如として砂漠の砂を巻き上げながら発生するそれに鉄壁を誇るパラス・アズロの外壁が揺らぐ事はなかったが、二次被害ともいうべき、竜巻に巻き込まれた物が外壁を越えて、パラス内に降り注ぐという事も少なくはなかった。

 それは大体が、枯れ果てた巨木の残骸であったり、死んだ後、風化の影響で残った砂噛み(アレデントード)の甲殻であったりするのだが、五年前のあの日は違った。

 砂漠には甲虫以外にも様々な生物が生息している。その圧倒的な巨体と硬さを持ち、尋常ならざる破壊力を生み出す大型の甲虫以上に『厄介』な生物も生息しているのだ。


 その一つとして上げられるものに――『砂トカゲ(アリエジェラード)』と呼ばれる生物がいる。

 

 人間の大人と同じ程度の体格で二足歩行する事から、『人もどき』という二つ名を関するそれは、その特質性においては甲虫以上に悪質な生き物であった。その特質とは、周囲の環境と同化する非常に珍しい肌質と、強靭な顎と刃のごとき牙を有する事によって成り立つ、暴食とも言うべき雑食性にある。


 呆然と見つめた闇の最奥、虚ろな光源に瞳は釘づけのままで、呼吸だけが荒々しくなっていく。

 騎士学校の裏手の焼却炉に、誰が造ったのかも分からない隠し階段を降りた先、打ち捨てられたような収容所の檻から這い出てきたものは、紛れもなく砂トカゲだった。

 突き出た二つの眼球。焦点が合わないかのように絶え間なく宙で回転していたかと思えば、時にすぼめつつ辺りを窺う。裂けた口からは矢じりのような牙がいくつも並び、先端が二つに分かれた舌がチロチロと覗く。


 忌むべき姿。それはロムルスの記憶の奥底に封印された、あの日と同じ緑色をした災厄――。


 崩れそうに柔らかな白。


 砕かれた果実。


 部屋に満ちたのは世界の終わりの色にも似た真紅。


 強烈なフラッシュバックに、ロムルスの意識は一瞬遠のきかける。だが、現実を現実として受け入れるに足る理性がそれを許さなかった。

 それが出来たらどんなにか楽だったろう――ロムルスは思った。

 だが、それがロムルスの脳内に浮かんだ最後の言葉だった。完全に思考の停止したロムルスは全身に走る震えを隠すこともせず、それどころか逃げ出すことも出来ずに、ゆっくりと四つ這いで近づいてくるトカゲの化け物を、呆然と見つめていた。

 早く逃げようと叫ぶクロエの声にも、手を引くマルコにも反応しようとしないロムルスへと着実に砂トカゲは近づきつつある。

 全身を覆う鱗も、皮膚も緑色をしたグロテスクな生き物。情報を情報として整理する余裕なんてあるはずもなく、ただぼんやりと見つめていた瞳が、それを認識できたかどうかは分からない。だがあの日と同じグロテスクな生き物には、あの日とは明らかに違っていた箇所があった。


 鱗で覆われた緑色の背、そこに何かが張り付いている。

 掌大をした物体は滑らかに映る水銀色をしていて、そこから指程の太さと長さの針状のものが合わせて十三本伸びていた。それはトカゲの背に突き刺さっているようにも、トカゲの内部から突き出ているようにも見えた。時折モゾモゾと十三本の針を動かして銅の部分を震わせるさまは虫のようだったが、良く見るとそれは四本の足と九本の尾のようにも見える。胴部に乗った狐にも似た細長い顔と瞳は、見方次第では人を馬鹿にしているようにも映った。


 トカゲはロムルスまであと数歩といった距離までやってきたところで、急に止まった。

 ゆっくりと全身を起こしながら、しゃがんだ姿勢を形成していく。そのままで全身を収縮するように丸めていく。素人目にも、トカゲ特有の跳躍力を持って飛びかかってくるのは瞭然だった。


 クロエもマルコも騎士学校に通う者として、当然砂トカゲの習性くらい学んでいた。

 獲物を見つけると機敏さを活かして近づくや、一瞬のうちに最大の武器である跳躍力をもって対象の喉元へと凶暴な牙を穿つ。それこそが獲物を行動不能とさせるトカゲ必殺の黄金パターンなのだ。

 だが、だからこそ逆に、機敏さの欠片もないトカゲの動きが不気味だった。鈍重極まりない四つ這いで近づくだけ近づいた後、自身がトカゲであったことを思い出したかのように特有の攻撃態勢を整える。その一連の流れはぎこちなく、精神と肉体の反応が不一致であるようだった。

 実際、ロムルスが混乱していなければ余裕で逃げ切れるくらいの動きに、砂漠の狩人の面影は微塵もない。余裕があるなら砂クラゲによる脳症を疑うところだろうが、さすがにクロエもマルコもその余裕はない。


 自身のコントロール下を完全に離れてしまった肉体を動かすことは難しい。ロムルスを羽交い絞めにしたマルコは、ロムルスより上背ではあったが、硬直する体を引きずるのもままならなかった。

 意識を取り戻させるべく声を張り上げていたクロエも、マルコの助けとなるべくロムルスの左脇を抱える。二人掛かり、とはいえ然したる改善もなく数歩分後退したところで、トカゲが悲鳴にも似た声を上げた。

 威嚇、と思う間もなかった。疲労が蓄積したみたいにしゃがみこんでいたトカゲが、ついに跳躍した。

 ゆっくりと流れる時間の中で、大の字に宙を舞うトカゲ。ロムルスがぼんやりと見上げていたその時、


「伏せろぉ‼」

 

 室内に声が反響する。

 瞬間、ロムルスは覚醒した。両脇のクロエとマルコを抱くと地面に転がる。


「走れ――〝敵討つ風のスピカ〟」


 ロムルスたちの残影めがけてぱっくり開いたトカゲの巨大な顎を、風の刃が打ち抜く。

 壁に点在する炎の光源は、油が切れてきたのか小さくなりつつある。それに照らされるロムルスたち三人の影もまた、小さな影となって揺れる。

 三つの揺らめきを置き去りに、走り抜けた影はもんどりうって転がるトカゲに態勢を立て直す間すら与えなかった。

 四つ這いの姿勢を取り戻すか戻さないかの一瞬のうちに、頭部へと火掻き棒を打ち下ろした。少し体を持ち上げたばかりのトカゲは、完全に床へと突っ伏した。

 ぼんやりとした蝋燭の明かりが、『槌』の腕章を照らす。トカゲの頭部にめり込んだ火掻き棒を引き抜きながら、その男は、騎士学校刀工科二年のチフル・パンナインは振り返った。


「お前ら、こんなとこで何してんだよ?」


 言い終えて、深く息を吐いたチフルの瞳に一瞬間のあとでようやく安堵の色が灯る。


「チフル先輩こそどうして」


「課題が終わんなくて帰れなくていたんだよ、俺は。息抜きのつもりでプラついてたら、焼却炉の裏からお前らの声が聞こえてきたってわけだ。……で?」


 少しだけ厳しくなるチフルの瞳に急かされて、口を開いたのはクロエだった。名門ポーカー家の息女にしては珍しく何度も言葉がつかえながらも説明する。

 そして二人を巻き込んだのが自分であることを迷いなく伝えると、ロムルスとマルコは示し合わせていたかのように「それは違います」と同時に言った。

 それを見てチフルは吹き出した。


「お前らを見つけたのが俺で良かったぜ。もしかレンジョにでも見つかったらユーズーのきかないあの真面目メガネのこったから厳罰処分だったな」


 思い出したように三人は揃って小さな声を上げた。

 チフルはニヤニヤしながら継いだ。


「あとでなんか奢ってね」


 正当な理屈で後輩にたかると、「ポーカー家の贅の限りを尽くさせていただきます」とクロエが即答した。

 パラス・アズロの三代名家の一角、その豪勢すぎるであろう礼を想像してはニヤケっぱなしのチフルへと、ロムルスが声を掛ける。


「チフル先輩はここが何か知ってるんですか?」


 神妙な顔を取り戻したチフルが首を傾げた。


「いや。ただ、騎士学校が出来る前のパラス・アズロは、アウレリア帝国の対ガリアにおける前線基地だったからな、今よりも軍事機能に特化した施設も多かったって聞いてる。だから多分これもその名残じゃないか? まあ雰囲気的には収容所を通り越して拷問部屋じみてるな。俺たちの先人たちがそういうことをしてたってのは考えたくないことではあるけどさ」

 

 チフルは小さく溜息を吐いたあとで、続けた。


「それはさておき、お前ら自宅待機命令出てんだろ? さっさと帰った方がいいんじゃないか」


 ロムルスと視線の合ったクロエが頷く。マルコへも視線を移すと、マルコはトカゲとの遭遇以上に顔を青ざめてみせた。


「先生たちには、ここは俺が発見したって伝えておくから、まあ心配するな。お前らまで火の粉は飛ばんはずだ」


「せ、先輩ぃ」マルコが歓喜の声を発する。

 抱き付かんばかりのマルコを制しながら、チフルが言った。


「こんな薄気味悪いとこ、さっさとずらかろうぜ」


 ロムルスとクロエ、マルコが階段を昇り終えるのを見て、チフルもその部屋を後にした。

 軋み音をたてながら扉は閉じられる。


 トカゲが這い出た最奥の檻、その裏側から一際濃い影が忍び寄ってきたのは、室内が再び漆黒の闇に覆われた頃だった。

 トカゲの死骸へと近づくと、その背に張り付いた水銀色の物体を引き剥がす。

そしてそれを自身のまとうローブの中へと、黒の神官キーラ・バレンシアはしまい入れた。


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